ストレガドッグー気まぐれキャットに駄犬は逆らえないー

匿名BB

文字の大きさ
31 / 42
#04 嬌飾の仮面【ストレガドッグ】

第31話

しおりを挟む
六階位へクス様、現在の情報をお知らせ致します』

 狭い個室に戦術データコネクトへ接続したクリシスから、無頓着な声が投げかけられる。
 胡坐で背にした身鏡に映るのは薄いカーテンによって遮られた試着室の一つ。
 何とかここに逃げ込めた俺は、静かに息を殺していた。

『襲撃から三十分が経過、対象は今朝キャッチアップしていったテロ組織であると断定、警察組織は既に周囲を封鎖、五百メートル圏内に退去勧告。現在は犯人グループと交渉しつつ突入のタイミングを伺っております』

「流石に警視庁のお膝元だから対応が早いな。報道情報は?」

情報規制は不可ネガティブステータス、内部状況をネットリークした男子高校生が射殺。リークをキャッチした報道局がヘリを三機飛ばしている状況です』

 屑共め……こういう時に対応が早いハイエナ根性には反吐が出る。
 を使おうにも、周囲を嗅ぎ回っている今の状況では得策とは言えない。

「クリシス、交渉内容については情報確認できるか?」

『……接続、秘匿回線でのやり取りを提供致します』

 明かりの死んだ個室内で一人、反撃の機会を伺うべく情報をとにかく搔き集める。
 そうして集中している間は良かった。

(アイツも、無事だろうか……)

 接続の合間に生まれた余白で彼女のことを想像してしまった。
 その途端言い知れない不安のような感情に苛まれる。
 三十分前に取った行動────その真否について心が蝕われていく。



◇ ◇ ◇



 三十分前、突入してきた兵隊が一人の男性を殺した。

「クソッ……こっちだ!」

 その恐怖によって掌握されそうになる現場から逃れるように、俺は彼女の手を取って走りだそうとした。

 パシンッ……。

 そして、その右手を強引に外された。
 咄嗟の行動と思いもしない反応に面食らった俺が振り返る。するとそこにあった彼女の表情は恐怖や怖気といった当たり前の感情ではなく、怒りや憤怒といった想定外のものだった。

「なぜ逃げる必要があるの?今ならまだ混乱の最中、頭さえ抑えることができれば問題ないはずよ」

 逃げ惑う人達に反してそう宣言した精神は立派だ。
 イカレテいると称しても差し支えないほどに。

「だというのに貴方はこの惨状を放り捨てて自分だけ逃げるというの?」

「敵の素性も規模も、何もかもが分からないのに立ち向かう奴がどこに居るんだよ。お前こそいい加減にしろ。天才なのは構わないけど、それを過信した勇気は蛮勇と同義だぞ」

 再び掴もうとした手をミーアは叩いた。
 ずっと望んでいたはずの拒絶。
 だというのに何故こうも悲しいと感じるのだろうか。

「じゃあ貴方はしっぽ巻いてウジウジと逃げ隠れすればいいわ。わたくしわたくしのやり方であの人達を救って見せる」

「おい、待てよミーア!!」

 彼女は俺の手から逃れて走りさっていく。
 追いかけようにも混乱する周囲に呑まれて思うように身動きが取れない。

「どうしてこうも思い通りにいかないんだ……くそったれッ!」

 騒ぎに紛れて心の内を唾のように吐き出し、身を潜める場所を求めて俺は走り出した。



◇ ◇ ◇



 結果、たどり着いたのがこの試着室だったという訳だ。
 連中がどれほどの戦力を持ち合わせているかは未だ判然としていないものの、これほど広いショッピングモールでこの場所が見つかるにはもう少し時間が掛かるはずだ。

(アイツは、ミーアはちゃんと逃げただろうか……)

 遠方で銃声が止みつつある中で無意識にそんなことを考えて首を振る。
 お前は何を言ってるんだ?仮にも殺そうとしている相手の心配なんてする意味がどこにあるんだ?寧ろこの混乱に乗じてるか、あわよくば騒動に巻き込まれて────
 そこまで思考してウンザリしたように顔を脚に埋める。なんて最低な考えだ。
 とても数年前に妹や近隣住民を巻き込んだ騒動を経験した人物の言葉とは思えない無責任な言葉だ。じゃあなんで俺はアイツを殺さなければならないんだ……。
 悪いことをしたわけじゃない。天才とはいえただ普通に過ごしていただけの少女の命を、どうして……。

『────き……える……か。……ペ……』

 収集付かなくなった思考に終わりを告げたのは、ようやく繋がった秘匿回線のやり取りだった。

『聞こえるか、『カルペ・ディエム』さん?私は警視庁捜査一課警部の鏑木かぶらぎという者だ。君達と交渉がしたい。やり取りできる者はいるか?』

『私だ』

 やや音質はよろしくないものの、それでも耳を澄ませば何とか聞き取れるレベル。
 応じたのは、さっき一階に居た双賀グレイ本人だった。

『君のことはなんて呼べばいい?』

『一個人を特定するための固有名詞に興味はない、私の意志は即ち『組織カルペ・ディエム』の総てと思へおもえ

『まぁまぁそう硬いこと言わずに』

 交渉術ネゴシエーションの基本に忠実な会話。
 相手に寄り添いつつ、不快に感じない範囲パーソナルスペースを探り、硬く閉ざされた心を徐々に開かせる。それを数多あまたの人質が居るにも関わらず、落ち着いた声音で保っていられるのもまた、鏑木かぶらぎ自身がこの道二十年以上の大ベテランとして様々な状況を打開してきたからだろう。
 しかしだ、そんな老巧ろうこうにも初めてはある。

『お前のようなただの警察じゃあ話しにならん。とっとと警視総監を出せ。今すぐだ』

『な────そんなこと簡単にできるわけが……』

Non Nonノンノン、とても簡単な話しだ。これを見ればそうしなければならないはずだ』

 繋いでいた無線の向こう側が途端に騒がしくなる。
 クリシスがキャッチした街灯監視カメラ映像をウェアラブルヴィジョンへ展開させると、そこには野次馬を含めたありとあらゆる人々がショッピングモールの壁面を眺めるという異様な光景が映し出される。
 まるで花火でも眺めているような視線の先にあったものは、魔学式投影型広告を用いたリアルタイム映像だった。

「あいつら────まさか……ッ」

 そこにあったものの狙いに気づいてギシリと奥歯が鳴る。
 奴らが見せ付けてきたものは哀れな人質でも、ましてや彼らの唯我独尊はんこうせいめいでもない。
 闇を養分にして咲く、アメジストに輝く魔結晶の姿だった。

おおよそ三十分足らずだ。三十分足らずでこの魔結晶を爆破する手筈は整う。そうすれば半径十キロは消失するだろう』

『ちょ、ちょっと待て、そんなことすればおまえ────君達だってタダでは済まないぞ?!一体何が目的だ?!』

 齢二十年以上のベテラン警察が狼狽する姿に、双賀そうがグレイはようやく人間らしい笑い声を上げた。

『目的ではなく意志だ。我らカルペ・ディエムの怨毒を晴らすためのな。さぁ市民の諸君。スタートの合図は鳴ったぞ!!他者を退け、押し潰し、ここから一番遠くに逃げれた者はまだ助かるかもしれない。だから、醜く逃げ惑え……さぁ、さあッ!!』

 その言葉を皮切りに、たむろしていた市民、マスコミ、その他諸々が蜘蛛の子散らすように逃げ出し始める。他人を蹴散らし、そして顧みず、暴動と言って差し支えない騒乱の渦に警察連中も慌てふためいて収取が付かない。

『伝えることは以上だ、警察の者。精々腰の重い警視総監様にも伝わったことだろう。さぁさぁ愉快な祭りの始まりだ。催しで出てくるものはか、はたまたか。どちらにせよ残りの1800秒を愉しませてもらうとするよ────あぁ、それと言い忘れていたけど』

 唐突に鳴り響いた爆発音。
 空を飛んでいたマスコミ用のヘリが蒼白い閃光に撃ち墜とされ、燃え盛る隕石のように錐揉みしながら落下していく。
 その最後、魔学式投影型広告に映し出されたのは双賀グレイ本人だった。

『このショッピングモールに近づく者総てに鉄槌を下す。警察諸君も突入してくるなら覚悟しておくといい。我々は最後の一人になっても人質を盾にしながら死ぬまで応戦する。一人でも多く天国へと引き吊りこんでやる……』

 屋上と思しきその場所で奴の肩に担がれていたのは、先日俺達を襲った軽量型電磁誘導加速照射砲ライトカスタムレールガンだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

『25歳独身、マイホームのクローゼットが異世界に繋がってた件』 ──†黒翼の夜叉†、異世界で伝説(レジェンド)になる!

風来坊
ファンタジー
25歳で夢のマイホームを手に入れた男・九条カケル。 185cmのモデル体型に彫刻のような顔立ち。街で振り返られるほどの美貌の持ち主――だがその正体は、重度のゲーム&コスプレオタク! ある日、自宅のクローゼットを開けた瞬間、突如現れた異世界へのゲートに吸い込まれてしまう。 そこで彼は、伝説の職業《深淵の支配者(アビスロード)》として召喚され、 チートスキル「†黒翼召喚†」や「アビスコード」、 さらにはなぜか「女子からの好感度+999」まで付与されて―― 「厨二病、発症したまま異世界転生とかマジで罰ゲームかよ!!」 オタク知識と美貌を武器に、異世界と現代を股にかけ、ハーレムと戦乱に巻き込まれながら、 †黒翼の夜叉†は“本物の伝説”になっていく!

処理中です...