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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
赤き羽毛の復讐者4
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「……ん……」
────あれ、寝てたか……
左手で右眼を擦る、義手なので温もりを感じることはないが、そのボディを形成する特殊合金の冷たい感触は、目を覚ますのに丁度良かった。
走るジープの景色はまだ暗いまま、どうやら俺は数十分微睡んでいたようだった。今日は一日、新幹線や飛行機、そして車と移動のオンパレードだったので流石にちょっと疲れていたんだろう……後ろを振り返ると……整備されていない、車輪の通り道だけ草木の禿げた道路をヨレヨレ走る車内の中で、セイナとロナが小さく寝息を立てていた。
家だったらソファーとかで結構だらしなく寝ているくせに……任務中のため、寝ていても警戒を解いていないのか、綺麗な姿勢で目を瞑るセイナ。対照的に、全く無警戒なロナが、部屋でネットしながら寝落ちした時と同じくらい無防備な様子で、セイナの肩に寄り添う形になっていた。それでもセイナはそれを拒む様子はなく、上下する車内に合わせて、ロナの頭が肩の上で揺れていた。
────普段から、これくらいは仲が良ければいいのにな……
とも思ったが、実際仲はいいのだろう……互いにそれを認めようとしていないだけで。
そうじゃなければ、ああやって寄り添って寝ることもないだろうしな。
顔合わせれば言い争いなどせず、もっと素直になればいいのに……とも思ったが、素直になった二人がベタベタする様を想像したら、それはそれでちょっと気持ち悪いなと感じた。これぐらいが案外丁度いいのかもしれない。
そんな二人に少し微笑む俺は、視線を横に戻すとアイリスも瞳を閉じてスヤスヤと眠っていた。
────こうしてみると、コイツも男のくせに、顔立ちだけは少女みたいだよな……
さっき見せた殺気が嘘のような穏やかな表情……起きている時よりも表情は幾分和らいで見えた。復讐に囚われなければきっと、普段はこういった綺麗な顔で生活していたのかもしれないな……
────復讐……か……
覚えている限りの俺自身、人の生という概念から外れた92年間……復讐というものに囚われたことも……あった。いや、寧ろずっと囚われていたんじゃないか……?数十年間ずっと。
その考えを改めるのに、つい最近までかかったような俺が、とやかく言える立場で無いことは重々承知しているが……でも、だからこそ、この子にどんなことがあったのかは明確には知らないが、それでも……できることなら────
「あぁ……クソ……」
下らん昔話を思い出していた俺は、首を振った。
どうやら、眠りが浅かったせいで余計なことまで思い出してしまったらしいな……
仕方ない……もう少し、寝るか……
「……」
「……」
────ぶぅぅぅぅん!
「……」
「……じゃねーだろ!!」
俺は助手席から跳ね起きた!最初、寝ぼけているのかと思って現実から目を背けていたが、どうやらマジだったらしい。
「なんで運転しているお前が普通に寝てるんだよ!?アイリス!」
ハンドルを持って運転したまま寝ているアイリスを、思いっきり揺すりながら俺が声を掛ける。
何分間そうしていたかは知らないが、よく事故らずに済んだな……
「……ん……?……なんだい……?」
意外に細い華奢な身体付きのアイリスは、間の抜けた声を上げながら、開き切っていない琥珀色の瞳を俺に向けた。その眼は助手席の俺にすら焦点が合っていない様子だった。
「なんだい……?じゃねーよ!ブレーキ!ブレーキ!そんなに眠かったなら俺が運転変わるから!運転席で寝るなバカ!」
血相を変えて叫ぶ俺に、アイリスは視線はこっちに向けているが反応は無い。聞いてんのか!?コイツ!
「……ん……騒がしいわね……?」
話しかけていたアイリスよりも先に、俺が騒いだことでセイナが目を覚ましてしまった。ロナは……セイナの肩によだれ垂らしたまま寝ている……
「い、いや……何でもない!お、お前はゆっくり休んでいろ!」
「……ん?……そう……」
余計な心労を掛けないよう咄嗟にそう繕うと、セイナも少し寝ぼけていたのか、短く答えると、再び微睡みの中に戻っていった。
────よ、よし……とりあえずこっちはOKだ……それよりも!コイツをそうにかしないと……!
「……別に……心配要らないよ……この辺の地形は……良く知っているし……迷わない……から……」
視線を戻すと、生気のない眼でぼんやりと正面を見ていたアイリスが、運転したまま甘栗色の頭をこっくりこっくりと落としていた。どこが大丈夫なんだよ!??
「つーかお前、ベトナム来るまでずっと寝てたんじゃないのかよ!?いいから!眠いなら変われって!俺が運転するか!」
まるで、地べたに座り込んだ泥酔者を介護しているような気分だった。意識は朦朧としていて、こっちの言うことを全く聞かず、話は平行線をたどる。タチが悪い……!
そうこうしている間も、車が道を外れて事故らないか常にヒヤヒヤもんだったが、どういう技術か?寝たままハンドル操作をしていた。これが流行りの全自動運転技術か────じゃあ済まされないだろ!
「……ボクは……基本は寝てないと……ダメ……薬も……配分を考慮しないと……ダメ……でも……この辺の道なら……問題……無いから……気に……しない……で……」
スピー……スピー……とマフラーの上から、鼻提灯を器用に伸縮させ、瞳を閉じた状態でハンドル操作しているアイリス……道の方も奇跡的に外れてはいないけど……こっちの心労も流石に限界!だが、30~40キロくらいのスピードとはいえ、下手にハンドルを持つ手を引きはがそうとして急旋回にでもなったりしたら、横転の可能性も十分にある……コイツが離さない限り触れないぞ、これは────
「……それに……道……分からない……だろ……?」
「うぐっ……」
さらに、アイリスから一番の問題に触れられ、俺は押し黙ってしまう。そう、俺達はそもそも工場の場所が分からないのだ。車を止めて休憩してから行こうとも提案したかったが、頑なに運転を変わろうとしないアイリスに言ったとしても、無駄だろうな……
────なら、今の俺のできることは一つしかないなっ!
「ふぁぁ……」
「随分眠そうね……?」
俺が漏れそうになった欠伸を噛み殺していると、セイナが横から心配してきた。
時刻は早朝、顔を覗かせたばかりの朝日が憎たらしいほど眩しい中────車から降りた俺達三人は、目的の工場を目指して、ベトナムのジャングルを歩いている最中だった。
「ん?ダーリン、目の下にクマまでできてない……?」
「あ、あぁ!大丈夫だ。ちょっと寝つきが悪かっただけさ!ハハ……」
ロナの言葉に、俺は二人に心配かけないよう笑ってごまかした。
首を傾げるセイナ、クマのできた俺の顔を見てケラケラ笑うロナを見て、内心でため息をついた。
ちょっとどころじゃない、ほぼ寝てないんだ……
溺愛する娘の結婚を認めない頑固親父並みに、運転を譲ろうとしなかったアイリス、もうしょうがなかったので、俺は事故らないか助手席でクワッ!と目を見開いて危険をずっと監視していた、数時間以上。
その結果、俺以外全員が寝ている車内でずっと起きていなければならず、さらに周りは暗闇に包まれた変わらない風景の中という状況で、常に意識を張り巡らせていた俺は、飛び出す動物、狭い道、車幅しかないボロい橋、などなど、難所難所を寝ながらギリギリで運転にするアイリスに精神を疲弊させていた。
結局、一度も事故ることは無く、快適な運転で目的地周辺にたどり着き、俺の心労は杞憂に終わったことでさらに肉体的にも精神的にもきていた……
アイリスはというと「ボクは少し眠るから……これは地図……こっちのキーソン川は中国領土に含まれる部分もあるから気を付けて……それじゃあね……」と言い残し、ジープで再び寝てしまった。
地図あるなら初めから寄越せよ!それがあれば俺でも運転できただろ!と叫びそうになったが、結局俺が運転したら眠れなかったのは同じだ。それに、どんな方法とはいえ、ここまで運んでくれたのは事実……そう思ってキレかけた心をなんとか律した。
俺達三人は、貰った地図を頼りに、シダやコケ、高低差バラバラの樹木同士が日光を求めて競争しているジャングルの緩い斜面を登っていく。名前も知らない怪鳥やら獣の鳴き声は絶えず聞こえてくるが、人の気配は感じない。アイリス曰く、この近くに一応人里はあったらしいのだが、今この地域はベトナム政府の管轄となっていて、一般人の出入りは制限されているらしい……きな臭いな。
この辺一帯は、北側方向に膨らむよう弧の描く形でキーソン川が流れている。両側は緩やかな山に囲まれ、川を挟んで北が中国、南はベトナム、流れは西側が上流、東側が下流、という感じだ。
工場はその弧の先端部の山間にあるということで、南東の川の下流の方から、俺達はその小さな山を登っていた。
「それにしても、どんな工場なのかな?」
「そうね、今回は偵察だけど、場合によっては威力偵察、破壊も覚悟しないと……」
地図を見ながら会話する二人のあとに続く俺が汗を拭う。
────チクショウ……寝不足でマジでキツい……樹木で風が通りにくいせいで暑い中でもムシムシと湿気が多く、同じ温度でも感じ方が全然違うから、体力も消耗しやすいな……
そんな俺の心境など知らず、セイナとロナはどんどん歩いていってしまう。
セイナは、数十キロはありそうなアサルトライフルの入ったグリーンの細長いミリタリーバッグを担ぎ、ロナはジュラルミンケースから取り出したベネリM4と、暑そうなICコートまで羽織っている。それでもケロっとしている辺り、体力無尽蔵かよこいつら……
ちなみに、もう一つのあったジュラルミンケース、そっちはアイリスの武器が入っているらしく、そっちはジープに置いてきた。何が入っているのかは中身を見てないので知らないけど……
「それにしても、どうしてセイナはあの子にあんな話したの?」
「何のことよ?」
不意に、思い出したかのように聞くロナにセイナが地図から視線を上げた。
一番先頭を歩いていたロナはくるくる回りながらポンチョ型のICコートを、花びらにようにふんわりと広げてから立ち止まる。
「昨日アイリスに話したセイナ自身のことと……あと、皇帝陛下の話し?なーんで急にそんなこと話したかなって思ってさー」
確かにそれは俺も少し気になる。
信頼を確保するためにとは確かに昨日言っていたが、そのためにする話としては少し度が過ぎているというか、理由がそれだけではないような気がしていた。
俺の前で立ち止まったセイナは「う~ん……」と言いながら、腕を組んで何かを考えるような仕草をしていた。ちっこい背中にはミリタリーバッグの横に綺麗なロングポニーテールが、朝日を浴びて黄金に光り輝いていた。普段なら綺麗と感じるそれも、寝不足の疲れ目には刺激が強すぎる。あと近づいて気づいたが、心なしか、港区のコンテナ街で付けていたローズのフローラルな香水の香りがほのかにした。
「上手く説明できないのだけど、確かにこっちの誠意を見せるために言ったことではあったけど、なんて言えばいいのかしら……なんかアタシあの子、どこか同じような気がして……」
「同じ……?どういったところが?」
ようやく追いついた俺が、珍しく不思議なことを呟いたセイナにさらに問いかける。
汗一つ掻いていないクールな横顔、流石は現役のSAS隊員と言ったところか……
「なんかこう……思想?というか、何処か他人じゃないような気がして、そう感じた時、何となくアタシの直感がアイリスには話しても大丈夫だなって……ちょっと態度にイラっとするところもあったけど……」
「ん~そうか?俺はあんまり感じなかったけどな……」
直感というのはその人にしか分からない感覚だが、まさかセイナがそれを頼りに行動を起こすとは珍しいな。俺達には分からない、なにか未知の感覚見たいなことがもしかしたらあったのかもしれないな。
「へぇ~ロナちゃんも全然感じなかったけどね~まあ、しくじらなければ何でもいいや……」
言い出しっぺのくせに、大して興味なさそうにそう答え、再び前を向いて山の頂上を目指し始めたロナ。セイナの話しよりも、アイリスが失敗しないかどうかの方が気がかりらしい……その気持ちは分からんでもないけど、聞いたならもっと反応してやれよ……じゃないとまた────
と、俺がロナを追いかけながら視線を向けると、隣にいるはずのセイナがいなかった。もしかして、大した興味なさそうなロナに怒ったのか?と、ゆっくり振り返ると……怒っていたのではなく熟考、立ち尽くした状態のまま、まだ何かを考えていた。
「……?セイナ!行くぞ!」
「……っ!?え、えぇ……」
はっと顔を上げて小走りで近づいてくるセイナ、何を考えていたのだろうか……?
「────おおっ!見えてきた!見えてきた!」
歩くこと数時間、俺達の前にいたロナがようやく小さな山の頂上が見えてきたことに興奮した声を上げた。
子供のように「ヒャッホー!いーちばんのり~!」と言いながら走っていく。緊張感無いな~全く。
まあ、周囲の人の気配は俺が常に警戒しているからいいんだけど、今のところ、問題もなさそうだし……
「おい、距離があるとはいえ、ここはもう目標に近いんだぞ!もうちょっと静かに────」
────ダァァァァン!!
「「っ!?」」
前方から突然の銃声────俺とセイナが同時に構えた!
だいぶ遠くから聞こえたということは、おそらくまた狙撃だ!でも俺達はどこも撃たれていない……
「ロナッ!?」
突然、隣にいたセイナが悲鳴にも似た金切り声を上げた。
セイナの視線の先、俺達の5~6メートル前にいたロナが────
────バタン!
その銃声と共に崩れ落ちた……
────あれ、寝てたか……
左手で右眼を擦る、義手なので温もりを感じることはないが、そのボディを形成する特殊合金の冷たい感触は、目を覚ますのに丁度良かった。
走るジープの景色はまだ暗いまま、どうやら俺は数十分微睡んでいたようだった。今日は一日、新幹線や飛行機、そして車と移動のオンパレードだったので流石にちょっと疲れていたんだろう……後ろを振り返ると……整備されていない、車輪の通り道だけ草木の禿げた道路をヨレヨレ走る車内の中で、セイナとロナが小さく寝息を立てていた。
家だったらソファーとかで結構だらしなく寝ているくせに……任務中のため、寝ていても警戒を解いていないのか、綺麗な姿勢で目を瞑るセイナ。対照的に、全く無警戒なロナが、部屋でネットしながら寝落ちした時と同じくらい無防備な様子で、セイナの肩に寄り添う形になっていた。それでもセイナはそれを拒む様子はなく、上下する車内に合わせて、ロナの頭が肩の上で揺れていた。
────普段から、これくらいは仲が良ければいいのにな……
とも思ったが、実際仲はいいのだろう……互いにそれを認めようとしていないだけで。
そうじゃなければ、ああやって寄り添って寝ることもないだろうしな。
顔合わせれば言い争いなどせず、もっと素直になればいいのに……とも思ったが、素直になった二人がベタベタする様を想像したら、それはそれでちょっと気持ち悪いなと感じた。これぐらいが案外丁度いいのかもしれない。
そんな二人に少し微笑む俺は、視線を横に戻すとアイリスも瞳を閉じてスヤスヤと眠っていた。
────こうしてみると、コイツも男のくせに、顔立ちだけは少女みたいだよな……
さっき見せた殺気が嘘のような穏やかな表情……起きている時よりも表情は幾分和らいで見えた。復讐に囚われなければきっと、普段はこういった綺麗な顔で生活していたのかもしれないな……
────復讐……か……
覚えている限りの俺自身、人の生という概念から外れた92年間……復讐というものに囚われたことも……あった。いや、寧ろずっと囚われていたんじゃないか……?数十年間ずっと。
その考えを改めるのに、つい最近までかかったような俺が、とやかく言える立場で無いことは重々承知しているが……でも、だからこそ、この子にどんなことがあったのかは明確には知らないが、それでも……できることなら────
「あぁ……クソ……」
下らん昔話を思い出していた俺は、首を振った。
どうやら、眠りが浅かったせいで余計なことまで思い出してしまったらしいな……
仕方ない……もう少し、寝るか……
「……」
「……」
────ぶぅぅぅぅん!
「……」
「……じゃねーだろ!!」
俺は助手席から跳ね起きた!最初、寝ぼけているのかと思って現実から目を背けていたが、どうやらマジだったらしい。
「なんで運転しているお前が普通に寝てるんだよ!?アイリス!」
ハンドルを持って運転したまま寝ているアイリスを、思いっきり揺すりながら俺が声を掛ける。
何分間そうしていたかは知らないが、よく事故らずに済んだな……
「……ん……?……なんだい……?」
意外に細い華奢な身体付きのアイリスは、間の抜けた声を上げながら、開き切っていない琥珀色の瞳を俺に向けた。その眼は助手席の俺にすら焦点が合っていない様子だった。
「なんだい……?じゃねーよ!ブレーキ!ブレーキ!そんなに眠かったなら俺が運転変わるから!運転席で寝るなバカ!」
血相を変えて叫ぶ俺に、アイリスは視線はこっちに向けているが反応は無い。聞いてんのか!?コイツ!
「……ん……騒がしいわね……?」
話しかけていたアイリスよりも先に、俺が騒いだことでセイナが目を覚ましてしまった。ロナは……セイナの肩によだれ垂らしたまま寝ている……
「い、いや……何でもない!お、お前はゆっくり休んでいろ!」
「……ん?……そう……」
余計な心労を掛けないよう咄嗟にそう繕うと、セイナも少し寝ぼけていたのか、短く答えると、再び微睡みの中に戻っていった。
────よ、よし……とりあえずこっちはOKだ……それよりも!コイツをそうにかしないと……!
「……別に……心配要らないよ……この辺の地形は……良く知っているし……迷わない……から……」
視線を戻すと、生気のない眼でぼんやりと正面を見ていたアイリスが、運転したまま甘栗色の頭をこっくりこっくりと落としていた。どこが大丈夫なんだよ!??
「つーかお前、ベトナム来るまでずっと寝てたんじゃないのかよ!?いいから!眠いなら変われって!俺が運転するか!」
まるで、地べたに座り込んだ泥酔者を介護しているような気分だった。意識は朦朧としていて、こっちの言うことを全く聞かず、話は平行線をたどる。タチが悪い……!
そうこうしている間も、車が道を外れて事故らないか常にヒヤヒヤもんだったが、どういう技術か?寝たままハンドル操作をしていた。これが流行りの全自動運転技術か────じゃあ済まされないだろ!
「……ボクは……基本は寝てないと……ダメ……薬も……配分を考慮しないと……ダメ……でも……この辺の道なら……問題……無いから……気に……しない……で……」
スピー……スピー……とマフラーの上から、鼻提灯を器用に伸縮させ、瞳を閉じた状態でハンドル操作しているアイリス……道の方も奇跡的に外れてはいないけど……こっちの心労も流石に限界!だが、30~40キロくらいのスピードとはいえ、下手にハンドルを持つ手を引きはがそうとして急旋回にでもなったりしたら、横転の可能性も十分にある……コイツが離さない限り触れないぞ、これは────
「……それに……道……分からない……だろ……?」
「うぐっ……」
さらに、アイリスから一番の問題に触れられ、俺は押し黙ってしまう。そう、俺達はそもそも工場の場所が分からないのだ。車を止めて休憩してから行こうとも提案したかったが、頑なに運転を変わろうとしないアイリスに言ったとしても、無駄だろうな……
────なら、今の俺のできることは一つしかないなっ!
「ふぁぁ……」
「随分眠そうね……?」
俺が漏れそうになった欠伸を噛み殺していると、セイナが横から心配してきた。
時刻は早朝、顔を覗かせたばかりの朝日が憎たらしいほど眩しい中────車から降りた俺達三人は、目的の工場を目指して、ベトナムのジャングルを歩いている最中だった。
「ん?ダーリン、目の下にクマまでできてない……?」
「あ、あぁ!大丈夫だ。ちょっと寝つきが悪かっただけさ!ハハ……」
ロナの言葉に、俺は二人に心配かけないよう笑ってごまかした。
首を傾げるセイナ、クマのできた俺の顔を見てケラケラ笑うロナを見て、内心でため息をついた。
ちょっとどころじゃない、ほぼ寝てないんだ……
溺愛する娘の結婚を認めない頑固親父並みに、運転を譲ろうとしなかったアイリス、もうしょうがなかったので、俺は事故らないか助手席でクワッ!と目を見開いて危険をずっと監視していた、数時間以上。
その結果、俺以外全員が寝ている車内でずっと起きていなければならず、さらに周りは暗闇に包まれた変わらない風景の中という状況で、常に意識を張り巡らせていた俺は、飛び出す動物、狭い道、車幅しかないボロい橋、などなど、難所難所を寝ながらギリギリで運転にするアイリスに精神を疲弊させていた。
結局、一度も事故ることは無く、快適な運転で目的地周辺にたどり着き、俺の心労は杞憂に終わったことでさらに肉体的にも精神的にもきていた……
アイリスはというと「ボクは少し眠るから……これは地図……こっちのキーソン川は中国領土に含まれる部分もあるから気を付けて……それじゃあね……」と言い残し、ジープで再び寝てしまった。
地図あるなら初めから寄越せよ!それがあれば俺でも運転できただろ!と叫びそうになったが、結局俺が運転したら眠れなかったのは同じだ。それに、どんな方法とはいえ、ここまで運んでくれたのは事実……そう思ってキレかけた心をなんとか律した。
俺達三人は、貰った地図を頼りに、シダやコケ、高低差バラバラの樹木同士が日光を求めて競争しているジャングルの緩い斜面を登っていく。名前も知らない怪鳥やら獣の鳴き声は絶えず聞こえてくるが、人の気配は感じない。アイリス曰く、この近くに一応人里はあったらしいのだが、今この地域はベトナム政府の管轄となっていて、一般人の出入りは制限されているらしい……きな臭いな。
この辺一帯は、北側方向に膨らむよう弧の描く形でキーソン川が流れている。両側は緩やかな山に囲まれ、川を挟んで北が中国、南はベトナム、流れは西側が上流、東側が下流、という感じだ。
工場はその弧の先端部の山間にあるということで、南東の川の下流の方から、俺達はその小さな山を登っていた。
「それにしても、どんな工場なのかな?」
「そうね、今回は偵察だけど、場合によっては威力偵察、破壊も覚悟しないと……」
地図を見ながら会話する二人のあとに続く俺が汗を拭う。
────チクショウ……寝不足でマジでキツい……樹木で風が通りにくいせいで暑い中でもムシムシと湿気が多く、同じ温度でも感じ方が全然違うから、体力も消耗しやすいな……
そんな俺の心境など知らず、セイナとロナはどんどん歩いていってしまう。
セイナは、数十キロはありそうなアサルトライフルの入ったグリーンの細長いミリタリーバッグを担ぎ、ロナはジュラルミンケースから取り出したベネリM4と、暑そうなICコートまで羽織っている。それでもケロっとしている辺り、体力無尽蔵かよこいつら……
ちなみに、もう一つのあったジュラルミンケース、そっちはアイリスの武器が入っているらしく、そっちはジープに置いてきた。何が入っているのかは中身を見てないので知らないけど……
「それにしても、どうしてセイナはあの子にあんな話したの?」
「何のことよ?」
不意に、思い出したかのように聞くロナにセイナが地図から視線を上げた。
一番先頭を歩いていたロナはくるくる回りながらポンチョ型のICコートを、花びらにようにふんわりと広げてから立ち止まる。
「昨日アイリスに話したセイナ自身のことと……あと、皇帝陛下の話し?なーんで急にそんなこと話したかなって思ってさー」
確かにそれは俺も少し気になる。
信頼を確保するためにとは確かに昨日言っていたが、そのためにする話としては少し度が過ぎているというか、理由がそれだけではないような気がしていた。
俺の前で立ち止まったセイナは「う~ん……」と言いながら、腕を組んで何かを考えるような仕草をしていた。ちっこい背中にはミリタリーバッグの横に綺麗なロングポニーテールが、朝日を浴びて黄金に光り輝いていた。普段なら綺麗と感じるそれも、寝不足の疲れ目には刺激が強すぎる。あと近づいて気づいたが、心なしか、港区のコンテナ街で付けていたローズのフローラルな香水の香りがほのかにした。
「上手く説明できないのだけど、確かにこっちの誠意を見せるために言ったことではあったけど、なんて言えばいいのかしら……なんかアタシあの子、どこか同じような気がして……」
「同じ……?どういったところが?」
ようやく追いついた俺が、珍しく不思議なことを呟いたセイナにさらに問いかける。
汗一つ掻いていないクールな横顔、流石は現役のSAS隊員と言ったところか……
「なんかこう……思想?というか、何処か他人じゃないような気がして、そう感じた時、何となくアタシの直感がアイリスには話しても大丈夫だなって……ちょっと態度にイラっとするところもあったけど……」
「ん~そうか?俺はあんまり感じなかったけどな……」
直感というのはその人にしか分からない感覚だが、まさかセイナがそれを頼りに行動を起こすとは珍しいな。俺達には分からない、なにか未知の感覚見たいなことがもしかしたらあったのかもしれないな。
「へぇ~ロナちゃんも全然感じなかったけどね~まあ、しくじらなければ何でもいいや……」
言い出しっぺのくせに、大して興味なさそうにそう答え、再び前を向いて山の頂上を目指し始めたロナ。セイナの話しよりも、アイリスが失敗しないかどうかの方が気がかりらしい……その気持ちは分からんでもないけど、聞いたならもっと反応してやれよ……じゃないとまた────
と、俺がロナを追いかけながら視線を向けると、隣にいるはずのセイナがいなかった。もしかして、大した興味なさそうなロナに怒ったのか?と、ゆっくり振り返ると……怒っていたのではなく熟考、立ち尽くした状態のまま、まだ何かを考えていた。
「……?セイナ!行くぞ!」
「……っ!?え、えぇ……」
はっと顔を上げて小走りで近づいてくるセイナ、何を考えていたのだろうか……?
「────おおっ!見えてきた!見えてきた!」
歩くこと数時間、俺達の前にいたロナがようやく小さな山の頂上が見えてきたことに興奮した声を上げた。
子供のように「ヒャッホー!いーちばんのり~!」と言いながら走っていく。緊張感無いな~全く。
まあ、周囲の人の気配は俺が常に警戒しているからいいんだけど、今のところ、問題もなさそうだし……
「おい、距離があるとはいえ、ここはもう目標に近いんだぞ!もうちょっと静かに────」
────ダァァァァン!!
「「っ!?」」
前方から突然の銃声────俺とセイナが同時に構えた!
だいぶ遠くから聞こえたということは、おそらくまた狙撃だ!でも俺達はどこも撃たれていない……
「ロナッ!?」
突然、隣にいたセイナが悲鳴にも似た金切り声を上げた。
セイナの視線の先、俺達の5~6メートル前にいたロナが────
────バタン!
その銃声と共に崩れ落ちた……
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その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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