SEVEN TRIGGER

匿名BB

文字の大きさ
190 / 361
月下の鬼人(ワールドエネミー)上

Disassembly《ブレット・トゥゲザァ》9

しおりを挟む
 カチカチ音がピタリッと止まる。

「……」

 何を思っているのか、固まったまま動かないボロ布を被った人物。
 性別は分からなかったが……小柄だ。
 ────子供、それとも老人か?

「────どうして分かった……」

 ボロ布を被った人物は、しがれた老爺の声でそう訊ねてきた。
 まだ何も言っていないのに、何で俺がここに来たのかを知っているような口ぶり。
 つまり────この老爺がシリコンバレーの亡霊か。

「────酷く単純な理由だ。金を欲していたお前が、の金額に、高額な戦闘人形オートマタをあれだけぶつけてきたことに、俺は疑問を抱いたんだ」

 輸送車に積んであるお金。あれは本当は隊全体の給料ではなく、だけが入っている。
 アイツらいま、俺の安月給を守るために奮闘しているのだ。
 そして、街の電力を落とせるほど高度なハッキング技術を持ったコイツは、少なからずそのことに気づいていたはずだ。
 それでも数体で俺の給料に相当する戦闘人形オートマタを、数十体も仕向けるのは割に合わない。
 つまり、そんな非合理的なことをしてまで、他人の視線をあそこに釘付けにしたい理由があったんだ。

「アイツらには言ってなかったが、あの輸送車とは他に、お前を誘き出す策を考えていた……それがいまお前が盗もうとしていた「ダブルヘキサグラム」社の隠し口座だ、周辺の混乱にじょうじてお前はそれをハッキングしようと奮闘していたようだが、実はそれも俺が用意した偽物フェイクなんだ……」

 カメラに映らない、それは直訳すると監視データや装置を無効化していること。
 ハッキング。それがコイツらの最大の武器であり、天才的頭脳を持っているらしいコイツは、裏金のみに眼を付けてはその能力を活かし、何も傷つけることなく盗む行為を繰り返していた。

「……」

 種を明かされたボロ布は何も言わない。
 それどころか、焦りすら見せない老爺。
 でも、おかげで確信が持てた。

「で?はどこにいる?」

「……ッ!?」

 俺の問いに、老爺がピクリッ……と身体を震わせた。
 図星か。
 天は二物にぶつを与えず。
 大型企業の口座を乗っ取れる優れたハッキング能力、強盗時に相手の記憶に残らないほど俊敏に動ける身体能力。
 それを同時に行うことなど不可能に近い。
 とすれば答えは簡単。
 亡霊はいるんだ。
 元々複数人の犯行と踏んでいたおかげで、その辺はなんとなく予測できてはいたが……
 いる。俺達とは別にもう一人誰かの気配を感じる……
 カメラやデータをハッキングする老爺コイツとは別に、もう一人、金庫に直接近づき、敵を無力化するための亡霊。
 そいつがまだ、この建造物のどこかに隠れている……


「フフフフ……クククク……」


 突然────肩を震わせて笑い始めた老爺

「────こりゃあ……ダメだな……」

 口調が変わった。
 声質は老爺のままだが、さっきの物静かな雰囲気とは正反対……男勝りな強気なしゃべりになる。

「だって隙がねぇんだもん。なあいいだろ?こいつは俺にやらせろよ……」

 独り言でありながら、まるで誰かとしゃべっているかのような口調で老爺は続ける。
 コイツは一体────!?

「に……げて……」

「え……?」

 か弱い少女の声。
 どこからか俺にそう告げた瞬間────

 ダァァァン!!!!

 ボロ布の背中が破裂した!

「ッ!?」

 咄嗟に身体を逸らした俺の頭上、コンクリートの天井が砕けたのが右眼に映る。
 パラパラと落ちてくる砂埃に眼を凝らすと、天井には無数の凹凸ができていた。
 ショットガンか……!
 逸らした勢いのままバク宙ムーンサルとに移行し、俺はボロ布から距離を取る。
 亡霊がふところに隠していた散弾銃ショットガンを使い、ボロ布越しに俺を撃ってきたのだ。
 誰のものか知らないが、さっきの警告が無ければ避け切れなかったかもしれない……
 でも、一体誰が……?
 ぬるりとボロ布が立ち上がる。
 小柄な身長。リズよりも少し高いくらいで、身体だけではなく、顔までフードのようにしたボロ布を被っている。
 その手にはBenelliベネリ M3────装弾数七発の軍用ショットガンが装備されていた。

「……ッ!」

 ダァァァン!!!!ダァァァン!!!!

 助けてくれた人物については後だ……!
 俺はショットガンの追撃を右側方────ボロ布を囲んでいた背丈ほどある大きなPC機材、その裏へと回り込む。

Is it a tagごっこかぁ!?」

 戦闘狂を思わせる叫びと共に、ボロ布は機材越しにBenelliベネリ M3をセミオートで連射してくる。
 俺はその散弾を躱しつつ、巨大な古びた冷却器の裏で立ち止まった。

「そこかぁ!!」

 ダァァァン!!!!

 散弾でバラバラになった冷却器の部品が俺へと降り注いだ。
 あれだけの大掛かりなハッキングをしていた割には随分雑な性格らしく、ボロ布が感覚で放った胸の高さの散弾を、しゃがんで躱していた俺はくるりとその場で一回転。

 ダァンッ!!

 左廻し蹴りで真ん中に穴の開いた冷却器を押し倒した。
 数百キロはある長方体の塊が、ボロ布へと倒れていく────

「へぇ……?」

 焦るどころか、感心するような声を上げたボロ布は逃げない。

 ピタ────!

 倒れかけていた冷却器が動きを止めた。
 ────魔術か……!?
 マイケルジャクソンの斜め立ちゼログラビティのように、途中で倒れるのを止めた冷却器。
 俺は右手に持っていたコルト・ガバメントを、冷却器の穴目構えて放つ。

「チッ!」

 肩を狙った弾丸を、身体を逸らしながら後方に逃げるボロ布。
 だが、完全に避け切ることができず、頭に被っていたフードだけが弾き飛ばされた。

 ズシンッ────!

 斜めに傾いたままの冷却器が倒れ────フロア全体を揺るがす衝撃破が俺達を襲う。

「────やるじゃねえか……」

 衝撃で舞い上がった砂埃の波から姿を現したボロ布の亡霊。
 十メートル先に見えたその顔に、俺は衝撃のあまり眼を見開く。

 ────少女……だと?

 声は完全に老爺のものだった。
 しかし、目の前でボロ布を被った亡霊の姿は、紛れもない少女そのものだ。
 変声術……正体を隠すために声を変えてたってことか……!
 ガサツな性格を表すように、暗闇の中でも煌めくセミロングの銀髪は少し傷んでおり、少女と言うよりも少年のようにも見える。
 切れるような鋭いハニーイエローの瞳。歳はリズやアキラと同じくらいの印象だが、吊り上がった頬と口元からは、大人顔負けの威圧感を放っている。
 だが────俺が一番驚いたのは、砂塵の向こうに見えた彼女の頬から、ほろり……と何かが光ってた。

 ────泣いているのか?

 ハニーイエローの瞳から零れた涙の痕が、差し込んだ日差しでキラキラと瞬いていた。
 亡霊は泣いてた。
 笑い泣きながら泣い笑ってた。
 それが良くなかった。

「オラァ!!」

「ッ!?」

 銀髪の亡霊が何も持ってない左腕をこっちに振るってきた。
 少女の声に我に返るも、その逡巡の隙を突かれ、腰周辺に何かが巻きついた。
 そのままグググッ……と見えない何かが身体を縛り上げていく。
 これはッ……ピアノ線……!?
 銀髪の亡霊の左手から、俺の身体にかけて伸びる透明な糸。
 倒れこそしなかったが、防弾防刃性の戦闘服の上からどんどん糸が食い込んでくる。

「クソ……ッ!」

 左右後方に逃げることのできなくなった俺は、亡霊に向かって駆ける。

 ダァァァン!!!!

 片手で放った散弾をスライディングで躱す。
 ギリギリまで逸らしていた顔の上、前髪が銃弾の風圧で跳ね上がった。

 ダァァァン!!!!

 続く二発目を最大限の力を両脚に込めてジャンプ!
 地面を穿つ銃弾を全宙ウェブスターで避けつつ、さらに緩んだピアノ線に掠らせる。

 ピシッ────!

 無数の散弾で傷ついたピアノ線が切れ、身体が自由になるも俺は空中。
 身動きを取ることができない。

「あーあ……そこで飛んだらお終いだ」

 亡霊が黒い散弾銃を向ける。
 残りの僅か三メートル。だがそれはショットガンにとって最高の殺傷距離キリングレンジ
 これ以上躱すことは不可能。
 抵抗することはできる。右手にはハンドガンがある。
 だが、ボロ布に隠れて全身の見えない少女。彼女の致命的部位バイタルゾーンがどこまでかが分からない。
 銃を撃ち抜こうにも、散弾銃が暴発すれば殺しかねない。
 以前なら、即座に頭部を撃ち抜いただろう。
 しかし、チョーカーこいつででそれができない今、俺はどこを撃てばいいのか戸惑ってしまう。

「あばよッ!」 

 ペロリと舌を出した亡霊が引き金を絞る。
 やるしか……ないのか……
 もう二度と使いたくなかった右眼を……この呪われた魔眼を使うことを真剣に考えた。この期に及んで。
 でも、それでも、例え命と天秤にかけられても、俺はこの過ぎた力を使う気にはなれなかった……
 こんな力を使うくらいなら……俺は……

 ドゥンッ!!

 聞きなれない銃声。
 死を覚悟した俺の眼前を、遠方から何かが横切り────

 ダァァァン!!!!

 眼の前が散弾銃の火薬光で真っ白になった。

「あぁッ!?」

 声を上げたのは亡霊だった。
 それも不平の声。
 三メートルの至近距離にもかかわらず、撃ち抜いたのは俺の真隣の天井。
 何かが、彼女の銃口を僅かに反らしたのだ。

 カチッ!カチッ!

 亡霊は銃口を修正して再度引き金を絞るも、七発目を外した彼女に撃てる残弾は残っていなかった。
 俺は何が起こっているのか理解できていなかったが、持っていた銃を捨て、腰から太刀「村正」を鞘ごと引っこ抜き────

「うぉぉぉぉおッ!!!!」

 逆手に持った太刀を、真上から振り落とし亡霊の脳天をぶっ叩く。
 滞空していた勢いと体重も乗った強烈な一撃が、亡霊の頭部を直撃し、綺麗な銀髪が跳ね上がる。

「……ゥ……ク……ソ……がぁ……」

 そのまま前のめりに倒れた亡霊は気絶したのか、そのまま動かなくなった。
 ガシャンッ────と地面に落ちるハンドガン。
 すぐさま俺は亡霊の銃口を逸らした人物へと、納刀状態の太刀を構えるも、そこには誰もいなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

「ただの経費削減ですが?」 銀河最弱の補給艦隊が、俺の「在庫管理」で最強になったようです

空木 架
SF
日本の企業で総務として働く星野明日虎(32歳)は、ある日突然、見知らぬ宇宙の帝国へと転移してしまう。彼が配属されたのは、整理整頓もままならない「銀河最弱」の補給艦隊だった! ひょんなことから戦艦の艦長に任命されてしまった明日虎だが、宇宙の戦い方など全く分からない。そこで彼が武器にしたのは、長年の社畜生活で培った「経費削減」と「在庫管理」のスキルだった。 「弾薬の無駄遣い禁止!」「エンジンはこまめに切れ!」――ただ徹底的なコストカットと業務効率化を推し進めただけなのに、それがなぜか「天才的な軍事戦略」として周囲に大勘違いされていく。 個性豊かな仲間たちと共に、最弱だった倉庫部門を最強の組織へと育て上げる、痛快・お仕事&成り上がりSFファンタジー! ※この作品は、「小説家になろう」「カクヨム」でも連載しています

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

時渡りの姫巫女

真麻一花
恋愛
リィナは村の祭りで、主役である「姫巫女」役に選ばれた。舞の相手は騎士として活躍しているヴォルフ。  あこがれの彼との舞を喜んでいたのもつかの間、リィナは本物の姫巫女へと祭り上げられ神殿に囚われる事となる。  嘆く彼女に救いの手を差し伸べたのは、出会ったばかりの騎士、ヴォルフだった。 (表紙絵は、りょおさんからいただきました)

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...