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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
夏の音(ヴァケーションフェスティバル)8
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「わぁぁ……!」
ラッピングのリボンを外し、木箱を開けたセイナが中から取り出したのは、銀燭の髪留めだった。側面に模様の施されたプラチナリング型で、掲げて見せたセイナの指先で月の光を浴びては銀光を放っている。
この街の表市場の装飾店で偶然見つけたものであり、一目見た時からセイナに似合うと思って購入したものだ。何でもかなり特殊な魔術加工によって作られたものらしく、鍛冶職人でも再現するのが難儀な紋様が細かく繊細に描かれているところが特徴的だ。
独創的な模様はセイナも気に入ったらしく、銀燭のリングと同じくらい瞳を輝かせては、嬉しさで開いた口が塞がらないといった様子だ。
「付けてもいい!?」
「あぁ、もちろん」
興奮のあまり、やや前のめりなセイナに俺がそう返すと、彼女は三つ編み団子シニヨンを解いて軽く頭を揺らす。
解放された折り目一つない長い金髪が、まるでカーテンのように垂れ下がり、口にリングを加えつつセイナはそれを改めて結い直す。
「どう……かな?似合うかしら?」
「っ……」
いつものポニーテールに銀燭のリングを付けたセイナは、少し気恥ずかしそうに上目遣いに見上げてきた。その仕草があまりにも可愛くて、聞いたことの無いような鼓動が一度大きく脈打つのに身体が震える。
ショート系の髪型もよく似合ってはいたが、やはりセイナには長い髪型がよく似合う。
「良く似合ってるよ」
「っ!」
恥ずかしい気持ちを堪えながら何とか絞り出した言葉に、きゅんっ!と聞こえそうなほどにセイナは一度飛び跳ね、真っ赤な顔を俺から逸らした。
再び沈黙が訪れる。
互いに何を話せばいいのか、途切れてしまった会話や言葉を探して夜闇に包まれた海辺を見つめるも、帰ってくるのは漣の音だけ。考えれば考えるほど分かるのは、自身の思考が正常に回っていないという事実だけだ。そうしているうちにもどんどん時間は早送りのように進んでいき、気まずさは増すばかり。
こうしていてはダメだと、二、三、躊躇ってから、俺が勇気を振り絞ってセイナの方へ改めて視線を向けるも、
「……ぁ」
おそらく同じことを考えていたセイナと図らずも同時に眼があってしまった。
小さく驚嘆の声を上げた彼女と俺の視線が再度逸れる。
二人して一体何をやっているんだ。
客観的に見ていた人がいるなら、きっとそう言ってあきれているに違いない。
「あの……さ……」
互いに視線を逸らしたまま、セイナから口を開いた。
俺が言うのもなんだが、相当勇気を必要としたに違いない。緊張した彼女の声はやや震えるように上擦っていた。
「今日はその……ごめん……」
「え?」
思わぬ謝罪の言葉に耳を疑う俺が反射的にセイナを見ると、月明かりに俯いた彼女はどこか悲しさを滲ませていた。
「アタシの誕生日なんてすっかり忘れていると思ってたのに、まさかこんなサプライズを用意してくれてたなんて……正直夢にも思わなかった。家族以外でプレゼント貰ったのは初めてよ」
振り向いた瞳の端に涙を浮かばせる彼女は、俺から貰った小箱をその端正な両指で包み込んむ。
「なのに……アタシバカだよね。一度もされたことなかったことを他人に期待しては勝手に一人で怒って、元はと言えばフォルテがアタシを祝う必要も、義務もないのに……」
先の沈黙が嘘のように、堰を切ったようにしゃべるセイナはみるみる表情を暗くしていく。
まるでそこらに広がる海の底のように、俯いた顔には月の光も届かない。
確かにセイナの言う通りだ。
突き詰めれば、俺達はあくまで互いの利害のために行動しているに過ぎない。
俺は借金返却とかつての仲間の情報、セイナは神器と父親の発見、それさえ達成できるのなら後はどうなっても問題は無い。
だが、果たしてそれでいいのか?
「バカだな……お前は」
答えは断じて否だ。
「んなもんぎゃーぎゃー言わずに素直に喜べばいいんだよ。お前自身が感じたようにな。楽しいもんは楽しい、嬉しいは嬉しい、悲しいは悲しい、それでいいじゃねーか。それをうだうだ悩む必要なんてどこにもない」
笑ってそう答えた俺のことを、セイナはさぞ不思議そうにブルーサファイアの瞳をパチパチとさせている。
王女としての資質。
この少女はきっと誰もが思っている以上に頭がいい。だからこそ、普通の人が気づかないような他人の意志や感情を強く読み取ってしまうのだろう。
でも今の彼女は王女である前に一人の少女だ。
今日の祭りで見せたように、笑って、驚いて、歓喜する、何処にでも普通の少女だ。
「それに誕生日が今日であることをさっきまで忘れていたのは事実だ。最近立て込んでいたとはいえそれを言い訳にするつもりはない。俺にだって十分非があるんだ」
悪かった、と俺はセイナに頭を下げた。
「ちょ、やめてよ。フォルテがそんなことする必要なんて」
「いいやこれでお相子だ。必要云々じゃない、俺がしたいから謝るんだ」
そこに意味なんて必要ない。
さっきセイナは俺に誕生日を祝う義務はない。そう言った。
そしてそれは間違いではない。
俺達はあくまで互いの利害で組んでいるだけの他人同士。
でも……俺は────
「今日の誕生日だってそうさ、俺はお前のパートナーとして祝ってやりたかったんだ。例え義務なんて無くても、それぐらいの権利は許してくれるだろ?」
月明かりがより一層眩しく感じて、眼を細めて笑った俺にセイナは小さく苦笑を漏らした。
目尻から涙を拭う彼女の表情はさっきまでの普通の少女の物へと戻っていた。
「うん、今日は……ありがとう」
ようやく言えたその一言に、セイナも眼を細めて笑った。
どんな装飾品や化粧も敵わない、彼女を輝かせる最高の武器だ。
初めて出会った時は、こうやって話すことすらままならなかったのにな……
そんな彼女の袖口から覗く両手首には、先月回収したばかりの金のブレスレッド型神器、タングリスニとタングニョーストが装着されていた。
彼女と組むきっかけともなった、謎の組織ヨルムンガンド。連中と何度も対立を繰り広げては、セイナが探している失われた雷神トールの神器も既に半数以上を手中に収めていた。
未だ連中の目的や組織規模に関しては未知数だが、このままいけばあっさり神器も全て回収できるかもしれない。
でもそしたら、俺達の今の関係はどうなるんだ……?
全てが終わったら、セイナはここから────
「ごめん、下らない話に付き合わせちゃって……って、どうしたの?」
覗き込むセイナに俺はハッと我に返る。
「い、いや、なんでもない。それより早くパフェ食べないと、ほんとにアイス溶けちまうぞ?」
何を考えていたかは忘れたが、急に現実に引き戻されたような気分に落ち着かなくて、咄嗟に眼に入ったバケツパフェを指さした。
「そうね、早く食べないと……ぁ……」
地面に置いていたバケツパフェを食べようとして、銀のスプーンを持ったセイナが何かに気づいて動きが止まる。同時に収まっていた顔の紅潮が再発する。
どういうことだ?
「どうした?……ぁ……」
聞きかけて、彼女が銀のスプーンを見つめたまま耳まで赤くしている様を見て、図らずも気づいてしまった。
『間接キス』
さっきセイナが何の抵抗も無しに差し出してきたスプーン。俺のパフェが海の藻屑と消えた以上、それはこの場に残っている唯一のスプーンということだ。
この巨大なパフェを食べる以上、俺達はそれを共有しなければならないという事実に今更気づいたのだ。
俺がさっき口を付けたスプーンを、セイナは悶々とした様子でじっと見つめたまま固まっている。互いに気づいてしまった以上どちらかがそのことに触れないといけないが、流石に少女であるセイナからそのことに言及することは憚られるようだ。
「ご、ごめん……俺が新しいの取ってくるから。ここでちょっと待っててくれ」
こういうことに敏感な彼女を刺激しないよう、その単語には触れずにそう告げて俺は立ち上がる。魔眼を使用すれば五分と掛からないだろう。
ぐいっ……
踵を返したと同時に後ろに引っ張られた。
振り返ると、また恥ずかしそうに視線を逸らしていたセイナが俺の服を掴んでいた。
「いいわよ、別にこれぐらい……軍に居た時は嫌でもやってたことだし……食べる場所だけ……変えればいいでしょ……」
「ここは軍じゃないんだから、別に嫌なら無理しなくても────」
「ち、違うッ!」
跳ねるようにセイナが立ち上がる。
「いや。その……別にアンタとするってのが嫌って意味じゃあ……でもっ!そのしたいわけでも……ただ、その……」
考えが上手く纏まらず、乱心気味な彼女は自分の心と対話しているようだった。
今日はいつも以上に多彩な表情を見せてくれるが、ここまで葛藤したセイナは一度だって見たことない。それくらい今の彼女の中では様々な思いが渦巻いているのだろう。
「ほんと無理しなくて大丈夫だって、これだけ量があるんだから一人よりも二人で食った方が早いだろ?」
このまま待っていたらパフェのアイスが溶けるどころか、夜が明けても答えは見つかりそうになさそうだ。気を遣わせないよう合理的な理由を付けて説得を試みたが、
「だから大丈夫だって言ってるでしょッ!」
しかしそれは火に油だったらしく、三白眼をひん剥いてヤケクソ気味になった彼女は、グーでスプーンを乱暴に掴んだ。
「あ、ちょ!」
そして、俺が止めるよりも先に、彼女は自身が食べる面を向けるべく、パフェを百八十度回転させてしまった。
『Best couple』
突き刺そうとしたスプーンが寸でのところで止まり、セイナの指先から落ちた。
やっちまった。
チリンリチン……無情な響きと共に転がるスプーン。そのたった一本の行方すら追うことができない程、今の俺は噴火寸前の活火山から眼を背けることがままならない。
「……っ……っ……」
口が何かを発しようと動いてはいるものの、言いたいことがあり過ぎて声の出ないセイナ。
きっと、いま彼女の頭の中ではここまでずっとその文字に気づかなかったこと、周りからずっとそう思われていたこと、そしてそれを俺が指摘しなかったこと、それら恥辱の数々が怒涛のように押し寄せては彼女の言語能力を低下させているのだろう。
鬼が出るか蛇が出るか。息を呑む俺の眼前で少女は────
「はぅあ……」
情報過多に耐えられなかった脳がフリーズしたらしく、茹で上がった頭から湯気が漏れでたセイナは、瞳をグルグルと回してよろめいてしまう。
「おっと」
持っていたパフェがセイナの手から滑り落ち、咄嗟に俺がキャッチする。
危ない危ない。
両手でがっちりキャッチしたパフェに安堵するもつかの間、今度はあろうことかセイナがこっちに倒れこんでくる。なにー!?
両手の塞がっていた俺はセイナを抱きとめることができない。かといってこのままだとパフェごと倒れてしまうと、咄嗟に持っていたバケツを真上に掲げた。
「うおっ!?」
パフェまみれになることは防いだものの、両手を掲げたことで更にバランスを悪くした俺へとセイナが寄り掛り、二人して倒れこんでしまった。俺は受け身を取ることができず、思いっきりコンクリートへ後頭部を打ち付けた。
「~~~っ!」
痛ってぇ……
呻きつつも頭上のパフェに眼をやると……良かった、中身はぶちまけていないな。
嘆息を漏らしつつ、視線を上から下へと戻すと、
「ッ……!」
胸元に蹲っていたセイナと眼が合う。
どうやら倒れこんだ際に交錯して、ちょうどセイナが俺の胸元に覆いかぶさるような状態になってしまったらしい。
背中に感じるコンクリートの冷たい感触に反して、俺の身体が芯から熱を帯びたように暑くなる。
薄い服でしか遮りのない彼女の感触。何度も触れたことがあるはずなのに、その柔らかな感触をもっと肌身で感じたいと、あろうことか俺は彼女の括れた腰回りへと両腕を回した。
サラサラと透き通る髪の感触ごと抱きかかえられたセイナはそれを拒まなかった。
それどころか、求めるように彼女のきめ細かな指先が力強く胸元を掴み返してくる。
互いの鼓動を、感触を、思いを感じるように、抱き合ったまま時は過ぎ去っていく。
あれほど気まずかった無言も全く気にもならないくらいに。
しばらくして互いに赤味がかった顔を上げて見つめ合う。
トロンとしたブルーサファイアの瞳は何処か朧気で、鼓動の高鳴りと合わせて息荒げに吐息を漏らしては、セイナは俺の上半身を這い寄るようにしてさらに顔を近づけてきた。
あっと言う間に彼女は俺の双肩に手をかけ、月明かりを覆い隠すようにこちらを見下ろしてくる。
「フォルテェ……」
小さく呟かれた自身の名に、冷静を装っていた鼓動が一気に感化される。
ゆっくり……ゆっくりと近づいてくる薄い桜色の唇。重厚なセイナの香りに鼻腔を埋め尽くされ、近づくたびに高鳴る鼓動で耳鳴りまで引き起こしていた。
セイナ……
そう呟くことすら憚られるくらい、迫ってきたセイナの吐息が俺の唇に触れる。
そんな、戦闘状態に似た極度の緊張状態に陥っていた俺が最後に感じたのは……
ラッピングのリボンを外し、木箱を開けたセイナが中から取り出したのは、銀燭の髪留めだった。側面に模様の施されたプラチナリング型で、掲げて見せたセイナの指先で月の光を浴びては銀光を放っている。
この街の表市場の装飾店で偶然見つけたものであり、一目見た時からセイナに似合うと思って購入したものだ。何でもかなり特殊な魔術加工によって作られたものらしく、鍛冶職人でも再現するのが難儀な紋様が細かく繊細に描かれているところが特徴的だ。
独創的な模様はセイナも気に入ったらしく、銀燭のリングと同じくらい瞳を輝かせては、嬉しさで開いた口が塞がらないといった様子だ。
「付けてもいい!?」
「あぁ、もちろん」
興奮のあまり、やや前のめりなセイナに俺がそう返すと、彼女は三つ編み団子シニヨンを解いて軽く頭を揺らす。
解放された折り目一つない長い金髪が、まるでカーテンのように垂れ下がり、口にリングを加えつつセイナはそれを改めて結い直す。
「どう……かな?似合うかしら?」
「っ……」
いつものポニーテールに銀燭のリングを付けたセイナは、少し気恥ずかしそうに上目遣いに見上げてきた。その仕草があまりにも可愛くて、聞いたことの無いような鼓動が一度大きく脈打つのに身体が震える。
ショート系の髪型もよく似合ってはいたが、やはりセイナには長い髪型がよく似合う。
「良く似合ってるよ」
「っ!」
恥ずかしい気持ちを堪えながら何とか絞り出した言葉に、きゅんっ!と聞こえそうなほどにセイナは一度飛び跳ね、真っ赤な顔を俺から逸らした。
再び沈黙が訪れる。
互いに何を話せばいいのか、途切れてしまった会話や言葉を探して夜闇に包まれた海辺を見つめるも、帰ってくるのは漣の音だけ。考えれば考えるほど分かるのは、自身の思考が正常に回っていないという事実だけだ。そうしているうちにもどんどん時間は早送りのように進んでいき、気まずさは増すばかり。
こうしていてはダメだと、二、三、躊躇ってから、俺が勇気を振り絞ってセイナの方へ改めて視線を向けるも、
「……ぁ」
おそらく同じことを考えていたセイナと図らずも同時に眼があってしまった。
小さく驚嘆の声を上げた彼女と俺の視線が再度逸れる。
二人して一体何をやっているんだ。
客観的に見ていた人がいるなら、きっとそう言ってあきれているに違いない。
「あの……さ……」
互いに視線を逸らしたまま、セイナから口を開いた。
俺が言うのもなんだが、相当勇気を必要としたに違いない。緊張した彼女の声はやや震えるように上擦っていた。
「今日はその……ごめん……」
「え?」
思わぬ謝罪の言葉に耳を疑う俺が反射的にセイナを見ると、月明かりに俯いた彼女はどこか悲しさを滲ませていた。
「アタシの誕生日なんてすっかり忘れていると思ってたのに、まさかこんなサプライズを用意してくれてたなんて……正直夢にも思わなかった。家族以外でプレゼント貰ったのは初めてよ」
振り向いた瞳の端に涙を浮かばせる彼女は、俺から貰った小箱をその端正な両指で包み込んむ。
「なのに……アタシバカだよね。一度もされたことなかったことを他人に期待しては勝手に一人で怒って、元はと言えばフォルテがアタシを祝う必要も、義務もないのに……」
先の沈黙が嘘のように、堰を切ったようにしゃべるセイナはみるみる表情を暗くしていく。
まるでそこらに広がる海の底のように、俯いた顔には月の光も届かない。
確かにセイナの言う通りだ。
突き詰めれば、俺達はあくまで互いの利害のために行動しているに過ぎない。
俺は借金返却とかつての仲間の情報、セイナは神器と父親の発見、それさえ達成できるのなら後はどうなっても問題は無い。
だが、果たしてそれでいいのか?
「バカだな……お前は」
答えは断じて否だ。
「んなもんぎゃーぎゃー言わずに素直に喜べばいいんだよ。お前自身が感じたようにな。楽しいもんは楽しい、嬉しいは嬉しい、悲しいは悲しい、それでいいじゃねーか。それをうだうだ悩む必要なんてどこにもない」
笑ってそう答えた俺のことを、セイナはさぞ不思議そうにブルーサファイアの瞳をパチパチとさせている。
王女としての資質。
この少女はきっと誰もが思っている以上に頭がいい。だからこそ、普通の人が気づかないような他人の意志や感情を強く読み取ってしまうのだろう。
でも今の彼女は王女である前に一人の少女だ。
今日の祭りで見せたように、笑って、驚いて、歓喜する、何処にでも普通の少女だ。
「それに誕生日が今日であることをさっきまで忘れていたのは事実だ。最近立て込んでいたとはいえそれを言い訳にするつもりはない。俺にだって十分非があるんだ」
悪かった、と俺はセイナに頭を下げた。
「ちょ、やめてよ。フォルテがそんなことする必要なんて」
「いいやこれでお相子だ。必要云々じゃない、俺がしたいから謝るんだ」
そこに意味なんて必要ない。
さっきセイナは俺に誕生日を祝う義務はない。そう言った。
そしてそれは間違いではない。
俺達はあくまで互いの利害で組んでいるだけの他人同士。
でも……俺は────
「今日の誕生日だってそうさ、俺はお前のパートナーとして祝ってやりたかったんだ。例え義務なんて無くても、それぐらいの権利は許してくれるだろ?」
月明かりがより一層眩しく感じて、眼を細めて笑った俺にセイナは小さく苦笑を漏らした。
目尻から涙を拭う彼女の表情はさっきまでの普通の少女の物へと戻っていた。
「うん、今日は……ありがとう」
ようやく言えたその一言に、セイナも眼を細めて笑った。
どんな装飾品や化粧も敵わない、彼女を輝かせる最高の武器だ。
初めて出会った時は、こうやって話すことすらままならなかったのにな……
そんな彼女の袖口から覗く両手首には、先月回収したばかりの金のブレスレッド型神器、タングリスニとタングニョーストが装着されていた。
彼女と組むきっかけともなった、謎の組織ヨルムンガンド。連中と何度も対立を繰り広げては、セイナが探している失われた雷神トールの神器も既に半数以上を手中に収めていた。
未だ連中の目的や組織規模に関しては未知数だが、このままいけばあっさり神器も全て回収できるかもしれない。
でもそしたら、俺達の今の関係はどうなるんだ……?
全てが終わったら、セイナはここから────
「ごめん、下らない話に付き合わせちゃって……って、どうしたの?」
覗き込むセイナに俺はハッと我に返る。
「い、いや、なんでもない。それより早くパフェ食べないと、ほんとにアイス溶けちまうぞ?」
何を考えていたかは忘れたが、急に現実に引き戻されたような気分に落ち着かなくて、咄嗟に眼に入ったバケツパフェを指さした。
「そうね、早く食べないと……ぁ……」
地面に置いていたバケツパフェを食べようとして、銀のスプーンを持ったセイナが何かに気づいて動きが止まる。同時に収まっていた顔の紅潮が再発する。
どういうことだ?
「どうした?……ぁ……」
聞きかけて、彼女が銀のスプーンを見つめたまま耳まで赤くしている様を見て、図らずも気づいてしまった。
『間接キス』
さっきセイナが何の抵抗も無しに差し出してきたスプーン。俺のパフェが海の藻屑と消えた以上、それはこの場に残っている唯一のスプーンということだ。
この巨大なパフェを食べる以上、俺達はそれを共有しなければならないという事実に今更気づいたのだ。
俺がさっき口を付けたスプーンを、セイナは悶々とした様子でじっと見つめたまま固まっている。互いに気づいてしまった以上どちらかがそのことに触れないといけないが、流石に少女であるセイナからそのことに言及することは憚られるようだ。
「ご、ごめん……俺が新しいの取ってくるから。ここでちょっと待っててくれ」
こういうことに敏感な彼女を刺激しないよう、その単語には触れずにそう告げて俺は立ち上がる。魔眼を使用すれば五分と掛からないだろう。
ぐいっ……
踵を返したと同時に後ろに引っ張られた。
振り返ると、また恥ずかしそうに視線を逸らしていたセイナが俺の服を掴んでいた。
「いいわよ、別にこれぐらい……軍に居た時は嫌でもやってたことだし……食べる場所だけ……変えればいいでしょ……」
「ここは軍じゃないんだから、別に嫌なら無理しなくても────」
「ち、違うッ!」
跳ねるようにセイナが立ち上がる。
「いや。その……別にアンタとするってのが嫌って意味じゃあ……でもっ!そのしたいわけでも……ただ、その……」
考えが上手く纏まらず、乱心気味な彼女は自分の心と対話しているようだった。
今日はいつも以上に多彩な表情を見せてくれるが、ここまで葛藤したセイナは一度だって見たことない。それくらい今の彼女の中では様々な思いが渦巻いているのだろう。
「ほんと無理しなくて大丈夫だって、これだけ量があるんだから一人よりも二人で食った方が早いだろ?」
このまま待っていたらパフェのアイスが溶けるどころか、夜が明けても答えは見つかりそうになさそうだ。気を遣わせないよう合理的な理由を付けて説得を試みたが、
「だから大丈夫だって言ってるでしょッ!」
しかしそれは火に油だったらしく、三白眼をひん剥いてヤケクソ気味になった彼女は、グーでスプーンを乱暴に掴んだ。
「あ、ちょ!」
そして、俺が止めるよりも先に、彼女は自身が食べる面を向けるべく、パフェを百八十度回転させてしまった。
『Best couple』
突き刺そうとしたスプーンが寸でのところで止まり、セイナの指先から落ちた。
やっちまった。
チリンリチン……無情な響きと共に転がるスプーン。そのたった一本の行方すら追うことができない程、今の俺は噴火寸前の活火山から眼を背けることがままならない。
「……っ……っ……」
口が何かを発しようと動いてはいるものの、言いたいことがあり過ぎて声の出ないセイナ。
きっと、いま彼女の頭の中ではここまでずっとその文字に気づかなかったこと、周りからずっとそう思われていたこと、そしてそれを俺が指摘しなかったこと、それら恥辱の数々が怒涛のように押し寄せては彼女の言語能力を低下させているのだろう。
鬼が出るか蛇が出るか。息を呑む俺の眼前で少女は────
「はぅあ……」
情報過多に耐えられなかった脳がフリーズしたらしく、茹で上がった頭から湯気が漏れでたセイナは、瞳をグルグルと回してよろめいてしまう。
「おっと」
持っていたパフェがセイナの手から滑り落ち、咄嗟に俺がキャッチする。
危ない危ない。
両手でがっちりキャッチしたパフェに安堵するもつかの間、今度はあろうことかセイナがこっちに倒れこんでくる。なにー!?
両手の塞がっていた俺はセイナを抱きとめることができない。かといってこのままだとパフェごと倒れてしまうと、咄嗟に持っていたバケツを真上に掲げた。
「うおっ!?」
パフェまみれになることは防いだものの、両手を掲げたことで更にバランスを悪くした俺へとセイナが寄り掛り、二人して倒れこんでしまった。俺は受け身を取ることができず、思いっきりコンクリートへ後頭部を打ち付けた。
「~~~っ!」
痛ってぇ……
呻きつつも頭上のパフェに眼をやると……良かった、中身はぶちまけていないな。
嘆息を漏らしつつ、視線を上から下へと戻すと、
「ッ……!」
胸元に蹲っていたセイナと眼が合う。
どうやら倒れこんだ際に交錯して、ちょうどセイナが俺の胸元に覆いかぶさるような状態になってしまったらしい。
背中に感じるコンクリートの冷たい感触に反して、俺の身体が芯から熱を帯びたように暑くなる。
薄い服でしか遮りのない彼女の感触。何度も触れたことがあるはずなのに、その柔らかな感触をもっと肌身で感じたいと、あろうことか俺は彼女の括れた腰回りへと両腕を回した。
サラサラと透き通る髪の感触ごと抱きかかえられたセイナはそれを拒まなかった。
それどころか、求めるように彼女のきめ細かな指先が力強く胸元を掴み返してくる。
互いの鼓動を、感触を、思いを感じるように、抱き合ったまま時は過ぎ去っていく。
あれほど気まずかった無言も全く気にもならないくらいに。
しばらくして互いに赤味がかった顔を上げて見つめ合う。
トロンとしたブルーサファイアの瞳は何処か朧気で、鼓動の高鳴りと合わせて息荒げに吐息を漏らしては、セイナは俺の上半身を這い寄るようにしてさらに顔を近づけてきた。
あっと言う間に彼女は俺の双肩に手をかけ、月明かりを覆い隠すようにこちらを見下ろしてくる。
「フォルテェ……」
小さく呟かれた自身の名に、冷静を装っていた鼓動が一気に感化される。
ゆっくり……ゆっくりと近づいてくる薄い桜色の唇。重厚なセイナの香りに鼻腔を埋め尽くされ、近づくたびに高鳴る鼓動で耳鳴りまで引き起こしていた。
セイナ……
そう呟くことすら憚られるくらい、迫ってきたセイナの吐息が俺の唇に触れる。
そんな、戦闘状態に似た極度の緊張状態に陥っていた俺が最後に感じたのは……
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お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
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就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
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「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
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【ためて・放つ】という地味スキルを一生に一度の儀式で授かってしまった主人公セージ。
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