SEVEN TRIGGER

匿名BB

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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

日米英首脳会合(ビギン カンスペリシィ)2

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「……は?」

 寝ぼけて聞き間違えたのだと思わず聞き返してしまう。
 セイナの許婚。
 この男は確かにそう告げたのだ。
 あのセイナの……ねえ。

「なんだその反応は?知らなかったのか貴様?」

 唐突な話しにポカンとする俺の反応に、クリストファーは呆れたように眉を顰めた。
 もちろんそんなことは知らなかった。
 そもそも、存在そのものを世間から隠された王女様だ。
 セイナの口から一度もそんなこと聞いたことが無かったのも事実だが、まさか許婚がいたとはな。

「んなもん知るかよ。俺はアイツのパパでもママでもねえんだ。それよりもアイツと結婚?え、まじで?それ本気で言ってるの?」

 いざ自分で口にしてみて、その異常さに正気を疑う。

「なっ、愚弄するつもりか貴様。あの王女様と婚約をすることがどれだけ光栄で名誉あることか……はっ、さては妬んでいるのか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 セイナと過ごして数か月。彼女に抱く印象は、本来一番立場の高いはずの家主おれを無下に扱う暴君だ。掃除洗濯の家事は勿論。要求に従わないとここぞとばかりに雷撃を放ち、最近じゃあ髪の手入れやマッサージまでセイナに強要されてしている始末。
 最初の頃の他人行儀な態度の方がまだ良かった。あの時は同じ家に居ながら他人と過ごしているようだったのに今では主人と下僕、認めたくはないが完全に尻に敷かれている。
 それでもって厄介なのは、うちにいる怪獣は一人だけではないということだ。
 セイナばかりにかまけていると機嫌を損ねるロナは、駄々をこね出すとおもちゃ屋の子供より質が悪くなる。しつこく朝まで絡んでは寝かせてくれないことも珍しくない。
 最近はアイリスも増えたことにより直接的に他者へ影響を与えることこそ少ないが、食い物を見境なく食べてしまい、スイーツ好きの二人の怒髪天を衝くことは珍しくない。
 そんな、ゴジラ対キングギドラ対モスラの中に放り込まれている人間の俺からしたら、この男がそんな彼女の我儘に一体どれだけ耐えれるのか……寧ろ心配になってしまう。

「とにかくだ。貴様なのだろう、最近を連れまわしている男と言うのは?」

「連れまわしてる?」

「そうだ、君が何しようと興味は無いが、を許可なく連れまわしていることは見過ごせない。何をさせているかは知らないが、今すぐ彼女から手を引け」

 なるほど。それでわざわざこんなところまできて俺に忠告しに来たのか……
 早口で捲し立てるクリストファーの剣幕を見て漏れた溜息を缶コーヒーと共に流し込む。

「てめぇの話しなんて知るか。つーか逆だろ。アイツが勝手に人の家に転がり込んできては我が物顔で俺を連れまわしてるんだろ」

 記憶に誤りでなければ、押しかけてきてセイナが勝手に俺をパートナーとした挙句、さらには借金を盾にエリザベスからそれらを強要されているというのが事実だ。
 とはいっても、立場的にエリザベスがそれを吹聴しているとは到底思えない。
 おそらく王室のほとんどが、クリストファーコイツと同じように思っているのだろうな。
 とんだとばっちりだぜ。

「そんな嘘を言ったって無駄だ。何より彼女が君を連れまわす理由はなんだ?」

 ────理由は……

 開きかけた口を紡ぐ。
 セイナの父、オスカーの失踪はかなりデリケートな問題だ。
 王室内でも情報を限定しているとエリザベスが言っていた以上、下手に口走ることは得策ではない。
 それを見るやクリストファーの瞳に下劣な感情が宿る。

「君のような貧相な下等生物如きが彼女の横に立つ資格はない。力も金も私よりずっと劣っている平民のくせに……一体君が彼女に何がしてやれると言うんだ?」

 俺が言い返せないことをいいことに、お道化るように肩を竦めて嘲笑うクリストファー。
 それを見てせせら笑う取り巻き達。
 思わず力の入った右手の内のスチール缶がバコンッと凹む。
 モーニングコールにしては随分不快な不協和音。
 流石に我慢の限界だった。

「……そういうお前はどうなんだ?」

「ん?」

 睨み上げる俺に気づいて、まるでそれを初めて見たかのような態度を見せるクリストファー。
 取り巻き達はそれすら気づかずに嗤い続けている。

「お前なら、アイツに何をしてやれるんだ?」

 俺の問いを聞いて、取り巻き達とクリストファーが一瞬顔を見合わせてから再度嘲笑を上げた。

「何ができるってお前」

「なんでもできるに決まってるだろ」

 取り巻き達が見世物にやるように、俺へと指差しては腹を抱えて騒ぐ。
 品のない嗤いが休憩室で鳴り響く中、それらに一切構うことなく俺は続ける。

「金はあっても貧相な考え方だな」

「なんだと?」

 集団でなじっても動じない俺に言い返されて、面白くないとクリストファーは眉間に皺を寄せた。

「じゃあなんでアイツは何でもできるお前の所じゃなくて、わざわざ俺のところに来たんだ?」

「それは貴様が彼女を無理矢理連れて行ったからだろ」

「だからそれはちがうっってるだろ、たくっ……本気でそう思っているなら本人に聞いてみればいいじゃねーか。お金持ちで世間知らずのボンボンよりも、下等で貧相な平民の方がマシでしたって答えられてワンワン泣き出しても俺は知らないけどよ」

 チャキッ……
 クリストファーの手が無言で腰にぶら下げたフロードソードへ伸びた。
 周囲で騒いでいた取り巻きが一瞬で凍り付いた。

「愚弄するか貴様、平民の分際で」

 柄の触れ方で分かる。
 どうやらこのゴテゴテしたフロードソード骨董品も、決してパパに買ってもらった玩具というわけではないらしい。
 だが、そんな安っぽい威嚇で引き下がるどころか、寧ろ嬉しくなって口の端が吊り上がった。
 多少腕に覚えがあるなら、こっちも加減の心配は要らないからな。

「平民平民ってしつけえな……その平民も居なければそうやって踏ん反り返ることもできないくせに」

 挑発を聞いた当人はセイナと同じ白い肌を梅干しのように紅潮させ、周りの者は青白い表情で慄いた。
 周囲にかまけることなく互いを睨め付け、両者共に一切の動きを見せない。

 殺ろうと思えばいつでも殺れる。だが……
 俺は瞳孔を動かすことなく、視界の端、部屋の隅に監視カメラがあることを再確認した。
 あくまで俺の大義名分のためにも、奴が仕掛けてきた後でないと反撃は許されない。
 そうしないとただの暴徒扱い。幾ら向こうが喧嘩を吹っかけてきたとはいえ、ここにいる家臣が皆で奴の肩を持てば俺は冤罪で裁かれてしまう。
 その根端が分かっているのか、クリストファーもカウンターを警戒して、一撃のタイミングを見計らっているらしい。
 集中力の砂時計、蜂の腰オリフィスから中身が通り過ぎた瞬間、休憩室の空気が止まる。
 同時に、耳を劈く鞘走り音が鳴り響く────

「────ちょっと……っ!二人共そこで何をしているの!?」

 見ずとも分かるその少女の声に呼応して、抜きかけた刃が鞘口でピタリと止まる。
 休憩所の入り口には、随分おめかしを施されたセイナが青い瞳に困惑の色を灯していた。
 きっと大勢に囲まれているのに疲れて、飲み物を買いに行く口実で抜け出したところだろう。
 それがまさか知り合い二人の決闘現場に居合わせるなどとは、誰だって夢にも思わない。

「フォルテ、それにも、一体何をしようとしていたの?」

 気が動転したセイナが詰め寄る姿に、青白い顔のままの取り巻き達が何とか言い繕うとしたが、ああなってしまった彼女を止める方法は無い。
 それにしても……クリス、ねぇ……
 親し気の込められたその響きを聞いた俺の胸の内に、何故か感じたことのないタイプの憤りを感じた。
 直情的なものとも違い、ドロドロとした溜まりに溜まった憎悪とも違う、どこか歯がゆく、それほど痛くも無いはずなのに何故か無性に気になってしまう……そんな胸の疼くような痛み。
 まあ、別にそんな疼痛のことは今はどうでもいい。
 それよりもセイナのせいか、それともおかげか、すっかりしらけてしまったこの空気だ。
 殺す気までは流石に無かったが、かといって収まる気配のない憤怒の思い。
 とりあえず憂さ晴らしのために、コイツがどんな奴かセイナに告げようとした時だった。

「これはこれは姫様、ご機嫌損ねるような無礼の程、誠に申し訳御座いません」

 セイナへと振り返っていた俺はその言葉に耳を疑った。
 一番初めに聞いた弦楽器を撫でるような優雅な響きを帯びた声。
 コイツ……
 さっきまであれだけ罵声を吐いていたというのに、そんな様子を微塵も臭わせない猫を被った姿。
 明らかに普段から使い分けている変わり身の早さだ。

「説明になってないわよクリス、こんなところで一体何をしていたというの?」

 訝るように訊ねるセイナ。
 多少疑りを掛けてはいるものの、クリスの反吐が出る程の御為おためごかしの態度には一切も触れていないあたりこれが奴の本来の姿らしい。
 セイナから見えない位置で嫌悪の視線を向けても、ピクリとも仮面の表情を剥がすことなくクリスは微笑んだ。

「別に何もしておりませんよ、ただ少し、彼と興味深いお話をしていただけですよ」

 事も無げにそう告げて、奴はあろうことか俺の肩に手を置いた。
 まるで気のいい友人にするかのような態度に、反射的に振り払おうとした俺の手を掠め取り、クリストファーは俺の耳元に顔を近づけた。

「命拾いしたな、だがこれ以上彼女に関わるつもりなら……その時は殺す」

 セイナにはギリギリ聞こえない声量。
 その呟きには、冗談ではなく本気の殺意が練りこまれていた。

「てめぇ……っ!」

 言い返そうとした俺から手を離したクリストファーは、そのままセイナの側へと歩み立つ。
 そしてわざと俺へと見せびらかすようにセイナの肩を抱き寄せては、手入れされた黄金の髪束に触れる。いつも俺が手入れしてやっているセイナの美しい髪を。

「それにしても今日の姫様はリリー王女の代わりとはいえ、いつにも増してお美しい……わたくしのような者が将来婚媾こんこうできるとは、恐悦至極に存じます」

「ちょっ!クリス、その話しは……」

 クリストファーの言葉に酷く狼狽して見せたセイナ。
 髪を弄ばれていることなど気にも留めず、彼女にしては珍しいお手玉するような手草。
 あぁ、そうか。
 その様子を見ただけで許婚は嘘ではないことを理解すると同時に、目の前にいるはずのパートナーがものすごく遠くに行ってしまったように感じた。

「これは……その、えーと、あのね、フォルテ……フォルテ?」

 セイナの言葉はもはや俺の耳には入ってこない。
 何故なら、その背後でほくそ笑むくそったれの姿が眼にこびりついて離れないからだ。

「さて、そろそろ今日の会合についての話し合いの時間です。一緒に会議室に参りましょうか」

 にこやかにそう告げてから、休憩室の外へと強引にセイナの手を引くクリストファー。

「ま、待ってクリス!アタシ、彼に言わないといけないことが────」

「それは……国を左右する会議よりも大切なことですか?」

「……それは……っ」

 言い返す威勢を損なうセイナ。
 王女としての責務を逆手に取ったクリストファーの言葉に、流石の彼女も押し黙ざるを得ない。

「さぁ、行きましょう。今日は私情にかまけている暇など毛頭無いのですから」

 クリストファーに言い宥められたセイナは、俺だけ残して休憩室から出て行ってしまう。
 僅かに俺の名前を呼ぼうとしたその声も、一緒に出て行った取り巻きの家臣達の足音で掻き消され、最後に残ったのは最初の沈黙と、無情な憤怒の感情だけだった。
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