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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
幻影の刺客《シャドーアサシン》1
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「────殺してくれないか?」
耳を疑うその一言に、部屋の空気がより一層重圧を増した。
殺してくれ。
それはかつての部下に言うような言葉ではない。
「何故だ?俺は殺さなかったアンタがどうしてそんな……それに、何故そんなことをわざわざ俺に依頼するんだ?」
先の実力を見た限りでは、小山の実力は相当なものだ。
そんな彼が率いる公安ならば、俺一人なんかに頼むよりもよっぽど確率は高い。
「理由は二つだ」
眼を丸くする俺から顔を背けるように、小山は腰掛けていたオフィスチェアの背もたれに寄り掛かる。
「一つはそれが彼女の救いであること、もう一つは私の今の立場にある」
「救い?立場?」
ますます言っていることの意味が理解できない俺が険しい表情で首を傾げた。
「さっき、彩芽の両親も日本の諜報員だったという話しをしたのを覚えているか?」
「あぁ……」
珍しいことではあるが、別段不思議なことでもない。
それに江戸時代に暗躍していたとされる、かの有名な加藤段蔵の末裔ともなれば寧ろ必然とも言えるのかもしれない。
「実は、彼女の両親は既に亡くなっているんだ。十年前にあったアメリカ大規模テロ事件でな」
「そう……だったのか」
アメリカ大規模テロ事件。
今日までの銃社会が常在化した要因を作ったテロ事件であり、世界の誰もが知っている有名事件の一つだ。
「家族旅行中に偶然巻き込まれたらしく、他の大勢の人々を救おうとした両親がテロリストと交戦した末に死亡したらしい。当時の彼女はまだ八歳。確か六歳の弟もいたと言っていた。その時の影響もあって彼女は日本をテロリストから守るために公安警察に入ってきた。しかし……それが却って彼女に悪影響を及ぼすきっかけを生んでしまったんだ」
「悪影響?今の話しのどこにそんな要素が?」
詳しいことを知っているのか、僅かに表情を曇らせた天笠を小山は一瞥してから再び口を開いた。
「君はその十年前のテロ事件。その原因を知っているか?」
「なんとなくは……確か、南アジアの反米組織が直接アメリカを魔術兵器で攻撃したとかそんな内容じゃなかったか?」
当時の俺はまだ、自身の復讐にとらわれており、俗世に対しての関心が疎く、正直ニュースでやっていたような内容しか覚えていなかった。
「表向きはな……実際はそれだけじゃないんだ」
「何か他にあるのか?」
世の人々の認識としては、恐らく俺のものと相違は無いはずだ。
少なくとも俺はそれが真実だとずっと思っていた。
「おかしいと思わないか?魔術というのは日々発展しているのは言わずもがな、しかしそれはあくまで先進国の話しだ。後進国では未だ未発達な部分が多い。そんな後進国のましてやテロリストが、高性能の魔術爆弾を持ち合わせていたというのはなんともおかしな話じゃないか?」
「確かに……」
小山の言っていることはもっともであり、たかがテロリスト風情が国家を揺るがしかねない技術を伴った武器を所持していることは普通では有りえない。
「まさか……」
その結論に思い至った俺へと小山は首肯してみせる。
「魔術爆弾はそれを作成できる場所でしか手に入らない、例え盗んでもすぐにバレてしまう。なら話しは簡単だ。買うか、もしくは与えればいい。そのテロリストに加担して得をする者がな」
「他国の先進国が売りつけた?」
アメリカを攻撃して利益を得る他国がテロリストに譲歩した。
そう考えるのが自然な形だが、何故か小山はそれを否定するように頭を振る。
「いいや、寧ろそうであった方が彼女にとってどれほど良かったか……」
ついた溜息が、二本目の灰煙を撫でつけた。
「いいかフォルテ……敵というのはな、必ずしも外からやってくるとは限らない。この世界ではいつ何時でも敵というのが至る所から湧いてくる。私で例えるなら翔子君がまさにその一人だ。彼女が味方の振りした敵であったように、それがどこから来るかは全く分からない。そしてそれは私個人に限らず、国のような組織でも起こりえるということだ」
「ちょっと待て、さっきからなんの話しをしているんだ?アンタのその言い方じゃまるで……」
考えたくもないその可能性にようやく気付いた俺の頬へ、異様に冷たく感じる汗が一筋流れ落ちた。
「そう、売りつけたのは……被害を被ったアメリカ自身だ」
全身の血の気が引いた。
作り話だと思うことは容易いが、小山がこんな笑えもしない冗談を言うような男ではないことを俺は知っている。
「当時のアメリカ大統領であるブッシュ政権時代。それをよく思ってない連中とアメリカに報復したい連中との利害の一致から、アフガン紛争の横流し品とされていたのがあの爆弾だったというわけだ」
資本主義と共産主義による後進国の紛争を利用した代理戦争。
その最中、小型でも殺傷能力に優れ、魔術を利用した素材の性質変化による高いステルス機能を兼ね備えた魔術爆弾を、あろうことか大統領が気に食わないという数人の私欲によって大勢の命が失われた。
彩芽の両親ともに含めて……
ようやく小山の言っていた意味を理解し始めてきた。
「彩芽の両親は、異国のアメリカ人を守るために命を賭した。まるで正義の味方のように。それを彩芽自身も誇りに思っていたらしく、よく『私の両親は極悪非道のテロリストから他国民や私達を救ってくれた』と言っていたよ。しかし、蓋を開けてみればそれは、自国の愚挙という陳腐な理由で作り出されたテロリストと知った彼女は、日に日に秘めていた凶暴性を露わにしていった。あれほど殺しを嫌う正義感に満ち満ちていたはずの少女が、いつしか作戦と称した人殺しを楽しむようになっていた。まるで汚物を片付けては達成感に浸るような気軽さでな。そんな彼女の姿に気付いた頃には、もう誰にも彼女を止めることはできなかった」
「そのあとは、どうなったんだ?」
過去の部下の姿を思い出して、双眸を細めた小山に俺は続きを促した。
「初めは殺しの許可のない他部署への移動を命じたさ。だがそれでも彩芽はあの手この手を駆使しては、自身の手を一切汚すことなく担当した事件の犯人全てを死に追いやっていった。事故、変死、自殺。そうやって屍の山を築き上げた末に付いた異名が『死を織りなす者』だ」
死を織りなす者
話しを聞いただけではきっと鼻先であしらっていたかもしれない。
だが、その餌食になりかけた俺はその二つ名を笑うことはできなかった。
「最終的には要監視付き処分で警察から事実上の追放を受けた。だが、その程度で止まる彼女ではなかった……不思議な魔術で姿を眩ませたかと思えば、ありとあらゆる地域で粛清という名の虐殺を繰り返し、挙句彼女はテロ事件を防ぐ側だったはずが、それを引き起こす側へと回ってしまった」
「回ってしまったって……アンタはそれを止めることができなかったのか?」
元部下に対して無責任とも取れる言動に、俺の口調にも力みが生じる。
言及された小山自身もそのことは認めているらしく、申し訳なさそうに目を伏せた。
「すまない……君の言う通り私がもっと早くに気付いていれば、大統領暗殺にはならなかった。だが、私も決して彼女を野放しにしていたわけではない。ヨルムンガンドという組織に出入りしているという情報を基に、ずっとその行方を追っていた。実を言うと、君にもその一端を担ってもらっていたんだ」
「俺が?」
そんな話しは一度も聞いたことはなかった俺は右眼を眇める。
「そうだ。君に振っていた仕事の九割以上が彼女に関連する可能性のある事件だったのだ」
「どうして俺に?」
「調べるための人手が足りなかったのだ。我々も彩芽を追うだけが仕事ではない上に、上層部に至っては彩芽に危険性は無いとほざく連中までいた始末だ。それで追うのに固執していることを快く思わない連中が差し向けてきたのがそこの翔子君だ。彼女を手懐けることができたから良かったものの、逆らえば部下にまで凶刃が降りかかる可能性がある以上、私は無茶をすることができなくなってしまった。だから君に依頼をしたのだ。実力は申し分なく、情報収集に適した人を殺さない技術を持った君にね」
表に出ない警察の仕事の依頼。
ずっと不可解に思っていたが、そういった経緯があったのかと、今更ながら納得した。
「その結果、一年かけてようやく彼女に関する確かな情報として、首脳陣暗殺に使われる予定だった港区での武器密輸の阻止、及び君の口からも彼女に関する情報を手に入れることができた……それでも今回の一件を止めることが出来なかった……」
「ちょ、ちょっと待て」
思わず聞き流してしまいそうになったその話しに待ったをかけた。
「今回の大統領暗殺の計画を、アンタ達は事前にキャッチしていたってのか!?ならどうして中止にしなかったんだ!幾らでも回避する術はあったんじゃ────」
「ありませんでした」
ピシャリと俺の言葉を制したのは、ずっと黙って話しを聞いていた天笠だった。
「情報を仕入れた以上、ありとあらゆる手を尽くして阻止しようとしました。それこそ、今回の会合は見送る打診についても上層部には提示もしました。しかし、返ってきた答えは『我が国の警備レベルが低いと批判を受ける』という最悪のものでした」
書類を持つ天笠の華奢な指先に力が籠る。
例え小山の暗殺を命じられていたとはいえ、彼女自身も首脳陣を守るという正義感はしっかり持ち合わせているようだ。
これは推測でしかないが、今は小山を慕っている彼女自身も、上層部のやり方に不満を持ち合わせていたからこそ寝返ったのだろうか。
「誰がスパイとなりえるか分からない以上、各国に呼びかけもできなかったというのは言い訳にしかならないが、ことの顛末が日本で他国の首脳陣が命を落とすという最悪のシナリオだ。今頃上層部も誰が悪いかで罪を擦り付けている頃だろう……とは言っても、買収された連中が紛れている以上、その責任問題も出来レースに変わりないんだがな」
「……知っていたのか」
この一件の裏切り者として、クリストファーと奴に買収された人物が日本政府にも混じっていることを。
「カメラのある場所であれだけ騒いでいたんだ。嫌でも知っているよ。とは言え、それを言及したところで日本の印象を更に悪化させるだけだ……だからこそ、君に頼みたいんだ」
改めてこちらに向き直った小山の相貌は、普段感じていた軽い印象とは全く別物の決意に満ちたものだった。
これが、今まで偽りの姿を演じてきた彼本来の姿ということを、俺は肌で感じていた。
「君は今回の思惑乱れる事件ではずれを引かされた。しかし、だからこそ君の存在は本物の切り札としての体を成す。私が自らの危険を冒して助けたのもそのためだ。日本の所属でない、全ての事実を知りえた君が我々に残された唯一の対抗手段なのだ」
言葉の節々に込められた思いが、疑心暗鬼に陥っていた俺の心に訴えかけてくる。
苦しい状況下でも必死に藻掻き、一縷の望みに思いを託すために自らの汚名も顧みない小山の覚悟が、燻っていた俺の闘志に再び火を付けてくれた。
「頼む、身勝手で無責任なのは百も承知だ。それでも、これ以上力の無い私は君に託すことしかできないのだ……あの気取ったボンボンを叩きのめし、その元凶である彩芽の始末を引き受けてはくれないだろうか」
「私からもお願い致します。同じ忍者の末裔として、使命に駆られる彼女の気持ちも痛いほど理解できます。でも、だからといってその蛮行が許される道理は御座いません。どうか……彼女に終止符をつけてあげてください」
大の大人、しかも二人に頭を下げられた俺は、煙ったい部屋の中で溜息を洩らした。
「分かった。アンタらの話しには乗ってやる。助けてもらった義理もあるしな……だが、一つ条件がある」
「なんだ?報酬か?」
人を金の亡者と思っているらしい(事実そうだが)小山が首を傾げたのに、俺はパタパタと左手の義手を振った。
「金じゃない。仕事の依頼についてだ」
小山が見せたように、俺自身も覚悟を胸に席から立つ。
国家を揺るがす重い話を任されたというのに、敵を見定めることのできた俺の心は自身でも驚くほどに清々しく、燃えた闘志で片頬が吊り上がっていた。
「彩芽は始末しない。必ず生かしてアンタのところに連れ帰ってやる」
耳を疑うその一言に、部屋の空気がより一層重圧を増した。
殺してくれ。
それはかつての部下に言うような言葉ではない。
「何故だ?俺は殺さなかったアンタがどうしてそんな……それに、何故そんなことをわざわざ俺に依頼するんだ?」
先の実力を見た限りでは、小山の実力は相当なものだ。
そんな彼が率いる公安ならば、俺一人なんかに頼むよりもよっぽど確率は高い。
「理由は二つだ」
眼を丸くする俺から顔を背けるように、小山は腰掛けていたオフィスチェアの背もたれに寄り掛かる。
「一つはそれが彼女の救いであること、もう一つは私の今の立場にある」
「救い?立場?」
ますます言っていることの意味が理解できない俺が険しい表情で首を傾げた。
「さっき、彩芽の両親も日本の諜報員だったという話しをしたのを覚えているか?」
「あぁ……」
珍しいことではあるが、別段不思議なことでもない。
それに江戸時代に暗躍していたとされる、かの有名な加藤段蔵の末裔ともなれば寧ろ必然とも言えるのかもしれない。
「実は、彼女の両親は既に亡くなっているんだ。十年前にあったアメリカ大規模テロ事件でな」
「そう……だったのか」
アメリカ大規模テロ事件。
今日までの銃社会が常在化した要因を作ったテロ事件であり、世界の誰もが知っている有名事件の一つだ。
「家族旅行中に偶然巻き込まれたらしく、他の大勢の人々を救おうとした両親がテロリストと交戦した末に死亡したらしい。当時の彼女はまだ八歳。確か六歳の弟もいたと言っていた。その時の影響もあって彼女は日本をテロリストから守るために公安警察に入ってきた。しかし……それが却って彼女に悪影響を及ぼすきっかけを生んでしまったんだ」
「悪影響?今の話しのどこにそんな要素が?」
詳しいことを知っているのか、僅かに表情を曇らせた天笠を小山は一瞥してから再び口を開いた。
「君はその十年前のテロ事件。その原因を知っているか?」
「なんとなくは……確か、南アジアの反米組織が直接アメリカを魔術兵器で攻撃したとかそんな内容じゃなかったか?」
当時の俺はまだ、自身の復讐にとらわれており、俗世に対しての関心が疎く、正直ニュースでやっていたような内容しか覚えていなかった。
「表向きはな……実際はそれだけじゃないんだ」
「何か他にあるのか?」
世の人々の認識としては、恐らく俺のものと相違は無いはずだ。
少なくとも俺はそれが真実だとずっと思っていた。
「おかしいと思わないか?魔術というのは日々発展しているのは言わずもがな、しかしそれはあくまで先進国の話しだ。後進国では未だ未発達な部分が多い。そんな後進国のましてやテロリストが、高性能の魔術爆弾を持ち合わせていたというのはなんともおかしな話じゃないか?」
「確かに……」
小山の言っていることはもっともであり、たかがテロリスト風情が国家を揺るがしかねない技術を伴った武器を所持していることは普通では有りえない。
「まさか……」
その結論に思い至った俺へと小山は首肯してみせる。
「魔術爆弾はそれを作成できる場所でしか手に入らない、例え盗んでもすぐにバレてしまう。なら話しは簡単だ。買うか、もしくは与えればいい。そのテロリストに加担して得をする者がな」
「他国の先進国が売りつけた?」
アメリカを攻撃して利益を得る他国がテロリストに譲歩した。
そう考えるのが自然な形だが、何故か小山はそれを否定するように頭を振る。
「いいや、寧ろそうであった方が彼女にとってどれほど良かったか……」
ついた溜息が、二本目の灰煙を撫でつけた。
「いいかフォルテ……敵というのはな、必ずしも外からやってくるとは限らない。この世界ではいつ何時でも敵というのが至る所から湧いてくる。私で例えるなら翔子君がまさにその一人だ。彼女が味方の振りした敵であったように、それがどこから来るかは全く分からない。そしてそれは私個人に限らず、国のような組織でも起こりえるということだ」
「ちょっと待て、さっきからなんの話しをしているんだ?アンタのその言い方じゃまるで……」
考えたくもないその可能性にようやく気付いた俺の頬へ、異様に冷たく感じる汗が一筋流れ落ちた。
「そう、売りつけたのは……被害を被ったアメリカ自身だ」
全身の血の気が引いた。
作り話だと思うことは容易いが、小山がこんな笑えもしない冗談を言うような男ではないことを俺は知っている。
「当時のアメリカ大統領であるブッシュ政権時代。それをよく思ってない連中とアメリカに報復したい連中との利害の一致から、アフガン紛争の横流し品とされていたのがあの爆弾だったというわけだ」
資本主義と共産主義による後進国の紛争を利用した代理戦争。
その最中、小型でも殺傷能力に優れ、魔術を利用した素材の性質変化による高いステルス機能を兼ね備えた魔術爆弾を、あろうことか大統領が気に食わないという数人の私欲によって大勢の命が失われた。
彩芽の両親ともに含めて……
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「彩芽の両親は、異国のアメリカ人を守るために命を賭した。まるで正義の味方のように。それを彩芽自身も誇りに思っていたらしく、よく『私の両親は極悪非道のテロリストから他国民や私達を救ってくれた』と言っていたよ。しかし、蓋を開けてみればそれは、自国の愚挙という陳腐な理由で作り出されたテロリストと知った彼女は、日に日に秘めていた凶暴性を露わにしていった。あれほど殺しを嫌う正義感に満ち満ちていたはずの少女が、いつしか作戦と称した人殺しを楽しむようになっていた。まるで汚物を片付けては達成感に浸るような気軽さでな。そんな彼女の姿に気付いた頃には、もう誰にも彼女を止めることはできなかった」
「そのあとは、どうなったんだ?」
過去の部下の姿を思い出して、双眸を細めた小山に俺は続きを促した。
「初めは殺しの許可のない他部署への移動を命じたさ。だがそれでも彩芽はあの手この手を駆使しては、自身の手を一切汚すことなく担当した事件の犯人全てを死に追いやっていった。事故、変死、自殺。そうやって屍の山を築き上げた末に付いた異名が『死を織りなす者』だ」
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だが、その餌食になりかけた俺はその二つ名を笑うことはできなかった。
「最終的には要監視付き処分で警察から事実上の追放を受けた。だが、その程度で止まる彼女ではなかった……不思議な魔術で姿を眩ませたかと思えば、ありとあらゆる地域で粛清という名の虐殺を繰り返し、挙句彼女はテロ事件を防ぐ側だったはずが、それを引き起こす側へと回ってしまった」
「回ってしまったって……アンタはそれを止めることができなかったのか?」
元部下に対して無責任とも取れる言動に、俺の口調にも力みが生じる。
言及された小山自身もそのことは認めているらしく、申し訳なさそうに目を伏せた。
「すまない……君の言う通り私がもっと早くに気付いていれば、大統領暗殺にはならなかった。だが、私も決して彼女を野放しにしていたわけではない。ヨルムンガンドという組織に出入りしているという情報を基に、ずっとその行方を追っていた。実を言うと、君にもその一端を担ってもらっていたんだ」
「俺が?」
そんな話しは一度も聞いたことはなかった俺は右眼を眇める。
「そうだ。君に振っていた仕事の九割以上が彼女に関連する可能性のある事件だったのだ」
「どうして俺に?」
「調べるための人手が足りなかったのだ。我々も彩芽を追うだけが仕事ではない上に、上層部に至っては彩芽に危険性は無いとほざく連中までいた始末だ。それで追うのに固執していることを快く思わない連中が差し向けてきたのがそこの翔子君だ。彼女を手懐けることができたから良かったものの、逆らえば部下にまで凶刃が降りかかる可能性がある以上、私は無茶をすることができなくなってしまった。だから君に依頼をしたのだ。実力は申し分なく、情報収集に適した人を殺さない技術を持った君にね」
表に出ない警察の仕事の依頼。
ずっと不可解に思っていたが、そういった経緯があったのかと、今更ながら納得した。
「その結果、一年かけてようやく彼女に関する確かな情報として、首脳陣暗殺に使われる予定だった港区での武器密輸の阻止、及び君の口からも彼女に関する情報を手に入れることができた……それでも今回の一件を止めることが出来なかった……」
「ちょ、ちょっと待て」
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ピシャリと俺の言葉を制したのは、ずっと黙って話しを聞いていた天笠だった。
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これは推測でしかないが、今は小山を慕っている彼女自身も、上層部のやり方に不満を持ち合わせていたからこそ寝返ったのだろうか。
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「……知っていたのか」
この一件の裏切り者として、クリストファーと奴に買収された人物が日本政府にも混じっていることを。
「カメラのある場所であれだけ騒いでいたんだ。嫌でも知っているよ。とは言え、それを言及したところで日本の印象を更に悪化させるだけだ……だからこそ、君に頼みたいんだ」
改めてこちらに向き直った小山の相貌は、普段感じていた軽い印象とは全く別物の決意に満ちたものだった。
これが、今まで偽りの姿を演じてきた彼本来の姿ということを、俺は肌で感じていた。
「君は今回の思惑乱れる事件ではずれを引かされた。しかし、だからこそ君の存在は本物の切り札としての体を成す。私が自らの危険を冒して助けたのもそのためだ。日本の所属でない、全ての事実を知りえた君が我々に残された唯一の対抗手段なのだ」
言葉の節々に込められた思いが、疑心暗鬼に陥っていた俺の心に訴えかけてくる。
苦しい状況下でも必死に藻掻き、一縷の望みに思いを託すために自らの汚名も顧みない小山の覚悟が、燻っていた俺の闘志に再び火を付けてくれた。
「頼む、身勝手で無責任なのは百も承知だ。それでも、これ以上力の無い私は君に託すことしかできないのだ……あの気取ったボンボンを叩きのめし、その元凶である彩芽の始末を引き受けてはくれないだろうか」
「私からもお願い致します。同じ忍者の末裔として、使命に駆られる彼女の気持ちも痛いほど理解できます。でも、だからといってその蛮行が許される道理は御座いません。どうか……彼女に終止符をつけてあげてください」
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「なんだ?報酬か?」
人を金の亡者と思っているらしい(事実そうだが)小山が首を傾げたのに、俺はパタパタと左手の義手を振った。
「金じゃない。仕事の依頼についてだ」
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