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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
グッバイフォルテ《Dead is equal》3
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「あーあ、白けるぜ。まさかこの俺様が女に助けられたなんてよぉ。これだから本気って奴は嫌いなんだ」
立ちすくむフォルテから一目散に逃げたベルゼは、数十メートル離れた路地裏にアタシを放り捨てる。
「助けられておいてありがとうも言えないなんて、流石は駄犬。礼儀という概念まで食べてしまったのかしら」
ようやく降ろされたアタシは服のしわを正しつつキッと鋭い視線を向ける。
どうしてこんな敵を助けてしまったのか、未だ自分の本心が理解できておらず、アタシの返す口調にもカドが立つ。
「そうだな。付け合わせにお前も一緒に食ってやろうか?その生意気な舌はさぞ脂が乗ってて旨そうだ」
歯向かうようにベルゼの視線がアタシを刺す。
馴れ合うつもりなど毛頭ない両者の刃が、路地裏の影の中で威嚇し合うように白光を灯している。
一緒に逃げたとはいえ所詮は敵同士。本能的に殺気立つアタシ達は一触即発の空気の中で睨み合う。
「……グッ……」
しかし、戦闘は起こらなかった。
僅か数秒と待たずして限界に達したベルゼは、グラりと態勢を崩して通路の壁面に手を付ける。
「アンタ、その身体……」
ベルゼは玉のような汗を浮かべて痛みを堪えていた。
よく見ると羽織っただけのコートやダメージジーンズの内側には、無数のアザや切り裂かれた傷が見え隠れしていた。
「んだよ、そんな眼で俺のことを視んじゃねーよ。てめぇ如き小娘に心配されるほど、俺様はまだ落ちぶれちゃいねーよ」
強がってはいるが、その身体は意識を保っているだけで精一杯といった感じ。
全く……
フォルテといいベルゼといい、どうして男って奴はこんなにも不器用なのかしら……
「ったく、ちょっとそこに座って」
命令口調で指示を出すと、一瞬だけベルゼがきょとんっ紫瞳を瞬いた。
「何してんの?さっさとしなさい」
「お、俺様がお前如き命令を受けるとでも────」
「いいから!!とっとと座る。Sit down」
その気勢に気圧されたベルゼは、かなり渋々ではあったけど、アタシの言うことを聞いてくれた。
「ほら、その爪も危ないからさっさとしまいなさい。それで傷もこっちに見せる!」
テキパキ指示を出すと、どこかバツ悪そうな態度を取りながらも、ベルゼは手足の鈎爪を収める。
さっきまであれほど猛威を振るっていた獣の姿は、たった数語で借りてきた猫のように大人しくなった。
「はぁ……なんだってこの俺様が……」
そう言いつつも、ベルゼは傷付いた腕を大人しく差し出してくる。
口に反して案外聞き分けはフォルテよりも良いらしい。
「服の一部借りるわよ」
コートに手をかけて聞き返すと、ベルゼは有無言わさぬ表情のまま無言の肯定を貫いた。
聞き返すのも億劫なので、アタシはジーンズとコートの一部をグングニルで斬り落としてあて布を作る。
「ねぇ、どうしてフォルテはあんな状態になったの?」
痛々しく抉られた腕の傷を抑えながらアタシは訊ねる。
しかしベルゼは口を引き結んだまま答えない。
深い谷のような眉間の皺を繋ぐ紫瞳は、痛みを堪えている訳でもないのにナイフみたい細められている。
「答えて、アンタがなんか知っているのは、さっきの反応見れば分かってるんだから」
止血する手にも必要以上の力が入る。
指先へ伝わるトマトを潰したようなぐちゅりとした感覚に臆することなくアタシがそう告げると、観念したのか、それとも面倒臭いと思ったのか、盛大なため息と共にベルゼは口を開いた。
「……魔眼に乗っ取られたんだよ。アイツは」
「乗っ取られた?」
「あぁ、そーだよ」
腕を差し出したままドッカリとベルゼは腰を下ろした。
「なんで乗っ取られたは知らねーけど、あれはもうお前の知っているフォルテじゃない」
全身から血を抜いたような寒気に襲われる。
アタシの知っているフォルテでは無い。
言葉の意味は理解できるけど、その認識を飲み込むことは容易ではなかった。
「どうして、そんなことに……?」
聞き返しながらも、アタシはその表現は随分的確だと感じていた。
さっき相見えた相棒の姿は、普段のフォルテとは似ても似つかない悪魔の化身のようで、あれは決して人がしていい表情ではなかった。
相対しているだけで全身に針を刺されているようなあの緊張感は、本気のお父さまを前にしたとき以来かもしれない。
「さあな。でもあの状態は何かしらの精神的原因によって、魔眼の支配が精神の半分以上を超えた時になるもんだ」
「それってもしかして、前に話していた魔眼の呪いと関係あるの?」
魔眼には幾つかの呪いが施されており、その中には力の暴走を誘発するようなものがあると数か月前にベルゼが言っていた。
「おっ、詳しいな嬢ちゃん」
「いや、アンタが言ってたことでしょ?不老と力を得ることは一見するとメリットに見えるけど『力の無い人間が自身に有り余る力を手にすれば、それは破滅へと向かう』って」
人質として縛られた状態で聞いていた話なだけあって、今でもあの時の言葉は鮮明に脳裏に焼き付いている。
「あー……んなこと言ったかなぁ……」
「ウソでしょ!?たった数か月前のことじゃない!?」
「別にどっちだっていいだろ。意味さえあってれば。ま、確かに俺様が言いそうな言葉ではあるけどな」
一語一句違わぬはずの言葉を聞いてもピンとこないベルゼは、紫髪を掻きながらカッカッカッと快活に笑う。
どうしよう。これまでこの男が吐いてきた言葉全てが信用できなくなってきた。
「おいおい、そんな詐欺師にでも会ったような顔すんじゃねーよ。過程はどうであれ、嬢ちゃんの話した内容の通りだ。俺らの魔眼は望めば幾らでも力をくれるが、それを抑圧できる量ってのは『自我の境界線』。即ち精神の半数以下が基本だ。だから器がデカければそれだけ魔の力にも対抗できるし、肝っ玉の小さい奴だと簡単に乗っ取られちまう」
通常の人間の精神は一つであることが基本だけど、フォルテ達はその一部を魔眼に明け渡すことで肉体の老化を固定いる。
でもそれはつまり、他者の存在を自身の中に取り込むということであり、それが精神の容量の半分以上を超えてしまうと自分という存在がぼやけ、元の人格に戻れなくなる……ということらしい。
「もちろん半分と言っても個人差があるからな、魔眼の出力も千差万別だ。中には俺様みたいにブースタードラッグで精神力を高めて出力を上げる方法もあるが、フォルテに関しては唯一の例外が存在する」
「魔眼を二つ所持しているってことね」
おう、鋭いじゃねーか。と、ベルゼは一度相槌を打ってから、
「ふつうなら絶対に不可能なそれを、奴がどうやって制御しているかまでは知らねーけどよ。俺らに比べたらかなりギリギリの綱渡りをしていたんだ。だからちょっとしたことでどちらかの魔眼に自我を侵食されてもおかしくないんだが。問題は何が原因でああなっちまったかだ。フォルテがあそこまでがっつり浸食されるなんざ、よっぽどのことが無い限りありえねえと思うんだが」
「まさか……アタシのせいで……?」
ポロッと漏れ出た言葉は、自分で聞いていても弱々しい響きだったと思う。
でも、何かに怯える類とは違うこの恐怖は、精神の未熟なアタシにはとてもじゃないが抵抗できる代物ではなかった。
「お前、アイツになんかしたのか?」
聞き返されたアタシは、僅かに口籠る。
改めてその行いを認めることが、酷く怖かったからだ。
「……刺した」
「は?」
簡潔すぎて伝わらない内容にベルゼが聞き返す。
あーもう……っ
髪を掻きむしりたくなるような思いを右手の拳にグッと溜めて、吐き出すように自らの罪を告白する。
「彩芽に操られて、フォルテを後ろから刺した」
少し躊躇いがちにそう告げた途端。ベルゼは眼を白黒させたのち、いきなり哄笑をあげた。
「刺しただって!?その獲物でブスリってか!?マジかよお前。さいっこうだな!!」
緊張感の無い涙目で両手を叩くベルゼ。
一体何に対してそう言っているのかよく理解できなかったけど、なんだろう。無性にイラッとする。
それにこの既視感のような感覚は何なのかしら?
あぁ、分かった。ロナがよくやる人を小馬鹿にするあの顔とそっくりなんだわ。
バレないように電撃を加えようかと本気で模索して、この男には通じないことを思い出してアタシは舌打ちする。
一頻り腹の底から笑い果てた後、ベルゼはゴシゴシと乱雑に涙を拭いてから呟いた。
「そりゃあ確かにああなってもおかしくねえな」
「やっぱり、致命傷を与えたことが引き金に?」
「いや、それならいつもなってるだろ。アイツは」
確かに、今までだって何度もあったことだ。
それで数日や数か月は寝込むフォルテは別に珍しいものでもないことをアタシも知っている。
じゃあなぜ?という視線を向けるとベルゼは再び口を開いた。
「そりゃぁお前が刺したからだ。フォルテにとって大切な彼女であるお前がな」
「か、かの!?」
こんな殺気だった戦場で聞くとは思えなかった言葉に思わず咳き込む。
アタシがフォルテの彼女ですって?
そ、そそそそんなことあるわけ……っ
否定しようとしたアタシの脳裏に、あの花火の日の情景が蘇る。
(ー~~~っっっ!!!)
あ、あの日確かフォルテとキ、キキキキ────
その行為を思い出そうとしただけで、一瞬でフリーズしたPCのように顔が熱くなり、同時にそれ以上の思考がストップされる。
あの後から今までずっと仕事に専念していて深く考えていなかったけど、あれってもしかして……ア、アタシ自身気づいてないだけで、ホントはフォルテとそういう間柄になっていたのかしら……?
もしそうだとしたら、彼はどう思うだろうか。
我儘で傲慢なアタシを、果たして受け入れてくれるだろうか?
「なんだその反応?お前らとっくに付き合って毎日ベタベタしてたんじゃねえのかよ?竜の野郎がそんなこと言ってたぜ。祭りの日に人気のないところでベタついてたって」
「な────?!」
絶句。
プライバシーの欠片もあったもんじゃない。
確かにそれは否定しようのない事実であって、否定しようと躍起になっている自身の頬が意識に反してさらに熱くなっているのを感じる。
まさかとは思うけど……あの時フォルテが感じたって言っていた殺気は竜のものだったのかと、アタシは今更ながら理解した。
「そ、そんなわけ……!だ、大体!!仮にね、仮によ。何千何万何億譲渡して、つ、つつつつ付きっっっ~~みたいな関係だったとして、それとこの状況に一体何の関連があるのよ!?」
「分からないのか?要はアイツにとってのお前はそういう身体の内にいる存在だってことだ」
真面目な口調でベルゼはタバコを一つ、胸ポケットから取り出した。
「人を好くってことはつまり、ソイツの存在をてめぇの中に感じるかどうかってことで、つまりはその存在がてめぇの魂の一部を食らうことになる」
安っぽいライターで付けた火を嗜めるように煙を吸う。
「でもそれならアンタがフォルテを付け狙うことだって同じことじゃ……」
それを聞いた途端、今度はベルゼが咳き込みだした。
タバコによる弊害かと思ったが、どうやら原因は別にあるらしい。
その証拠に、何処か咎めるような視線がアタシへと刺すように向けられているからだ。
「バッカ、全然違うだろ。俺が奴を追いかける理由は純粋な興味であって愛とは違う。興味は何時でも切り離せるものだが、愛はそうはいかない。切り離すということは自身の一部を切り離すのと同義なんだ」
???
熱く語るベルゼを前にアタシは首を傾げる。
どうして同じ好きなのに、そこに違いが生まれるのかイマイチ理解ができない。
今までそんなこと考えたことも無かったし、なによりこうして教えてくれる人は両親を合わせて誰一人と居なかったから。
「はぁ……なんでこんな嬢ちゃんにマジになっているんだ」
マズそうにタバコの煙でついた溜息に、ベルゼはそんな思いを織り交ぜた。
「考え方は人それぞれだがよ。好きって奴は無くても生きてられるモノで、愛ってものは失ったら生きていけないモノってことだ」
「だからそこが分からないのよ。どうしてアタシがフォルテのそれに関係するのよ?」
「自分で言ってて分かんねーのかよ。お前はそれだけあの野郎に大切にされてたってことだろ。そんな奴に刺されたら、信頼の数だけそれが絶望になる。逆で考えてみろ。もしお前がフォルテに後ろから刺されたらどう思う」
立ちすくむフォルテから一目散に逃げたベルゼは、数十メートル離れた路地裏にアタシを放り捨てる。
「助けられておいてありがとうも言えないなんて、流石は駄犬。礼儀という概念まで食べてしまったのかしら」
ようやく降ろされたアタシは服のしわを正しつつキッと鋭い視線を向ける。
どうしてこんな敵を助けてしまったのか、未だ自分の本心が理解できておらず、アタシの返す口調にもカドが立つ。
「そうだな。付け合わせにお前も一緒に食ってやろうか?その生意気な舌はさぞ脂が乗ってて旨そうだ」
歯向かうようにベルゼの視線がアタシを刺す。
馴れ合うつもりなど毛頭ない両者の刃が、路地裏の影の中で威嚇し合うように白光を灯している。
一緒に逃げたとはいえ所詮は敵同士。本能的に殺気立つアタシ達は一触即発の空気の中で睨み合う。
「……グッ……」
しかし、戦闘は起こらなかった。
僅か数秒と待たずして限界に達したベルゼは、グラりと態勢を崩して通路の壁面に手を付ける。
「アンタ、その身体……」
ベルゼは玉のような汗を浮かべて痛みを堪えていた。
よく見ると羽織っただけのコートやダメージジーンズの内側には、無数のアザや切り裂かれた傷が見え隠れしていた。
「んだよ、そんな眼で俺のことを視んじゃねーよ。てめぇ如き小娘に心配されるほど、俺様はまだ落ちぶれちゃいねーよ」
強がってはいるが、その身体は意識を保っているだけで精一杯といった感じ。
全く……
フォルテといいベルゼといい、どうして男って奴はこんなにも不器用なのかしら……
「ったく、ちょっとそこに座って」
命令口調で指示を出すと、一瞬だけベルゼがきょとんっ紫瞳を瞬いた。
「何してんの?さっさとしなさい」
「お、俺様がお前如き命令を受けるとでも────」
「いいから!!とっとと座る。Sit down」
その気勢に気圧されたベルゼは、かなり渋々ではあったけど、アタシの言うことを聞いてくれた。
「ほら、その爪も危ないからさっさとしまいなさい。それで傷もこっちに見せる!」
テキパキ指示を出すと、どこかバツ悪そうな態度を取りながらも、ベルゼは手足の鈎爪を収める。
さっきまであれほど猛威を振るっていた獣の姿は、たった数語で借りてきた猫のように大人しくなった。
「はぁ……なんだってこの俺様が……」
そう言いつつも、ベルゼは傷付いた腕を大人しく差し出してくる。
口に反して案外聞き分けはフォルテよりも良いらしい。
「服の一部借りるわよ」
コートに手をかけて聞き返すと、ベルゼは有無言わさぬ表情のまま無言の肯定を貫いた。
聞き返すのも億劫なので、アタシはジーンズとコートの一部をグングニルで斬り落としてあて布を作る。
「ねぇ、どうしてフォルテはあんな状態になったの?」
痛々しく抉られた腕の傷を抑えながらアタシは訊ねる。
しかしベルゼは口を引き結んだまま答えない。
深い谷のような眉間の皺を繋ぐ紫瞳は、痛みを堪えている訳でもないのにナイフみたい細められている。
「答えて、アンタがなんか知っているのは、さっきの反応見れば分かってるんだから」
止血する手にも必要以上の力が入る。
指先へ伝わるトマトを潰したようなぐちゅりとした感覚に臆することなくアタシがそう告げると、観念したのか、それとも面倒臭いと思ったのか、盛大なため息と共にベルゼは口を開いた。
「……魔眼に乗っ取られたんだよ。アイツは」
「乗っ取られた?」
「あぁ、そーだよ」
腕を差し出したままドッカリとベルゼは腰を下ろした。
「なんで乗っ取られたは知らねーけど、あれはもうお前の知っているフォルテじゃない」
全身から血を抜いたような寒気に襲われる。
アタシの知っているフォルテでは無い。
言葉の意味は理解できるけど、その認識を飲み込むことは容易ではなかった。
「どうして、そんなことに……?」
聞き返しながらも、アタシはその表現は随分的確だと感じていた。
さっき相見えた相棒の姿は、普段のフォルテとは似ても似つかない悪魔の化身のようで、あれは決して人がしていい表情ではなかった。
相対しているだけで全身に針を刺されているようなあの緊張感は、本気のお父さまを前にしたとき以来かもしれない。
「さあな。でもあの状態は何かしらの精神的原因によって、魔眼の支配が精神の半分以上を超えた時になるもんだ」
「それってもしかして、前に話していた魔眼の呪いと関係あるの?」
魔眼には幾つかの呪いが施されており、その中には力の暴走を誘発するようなものがあると数か月前にベルゼが言っていた。
「おっ、詳しいな嬢ちゃん」
「いや、アンタが言ってたことでしょ?不老と力を得ることは一見するとメリットに見えるけど『力の無い人間が自身に有り余る力を手にすれば、それは破滅へと向かう』って」
人質として縛られた状態で聞いていた話なだけあって、今でもあの時の言葉は鮮明に脳裏に焼き付いている。
「あー……んなこと言ったかなぁ……」
「ウソでしょ!?たった数か月前のことじゃない!?」
「別にどっちだっていいだろ。意味さえあってれば。ま、確かに俺様が言いそうな言葉ではあるけどな」
一語一句違わぬはずの言葉を聞いてもピンとこないベルゼは、紫髪を掻きながらカッカッカッと快活に笑う。
どうしよう。これまでこの男が吐いてきた言葉全てが信用できなくなってきた。
「おいおい、そんな詐欺師にでも会ったような顔すんじゃねーよ。過程はどうであれ、嬢ちゃんの話した内容の通りだ。俺らの魔眼は望めば幾らでも力をくれるが、それを抑圧できる量ってのは『自我の境界線』。即ち精神の半数以下が基本だ。だから器がデカければそれだけ魔の力にも対抗できるし、肝っ玉の小さい奴だと簡単に乗っ取られちまう」
通常の人間の精神は一つであることが基本だけど、フォルテ達はその一部を魔眼に明け渡すことで肉体の老化を固定いる。
でもそれはつまり、他者の存在を自身の中に取り込むということであり、それが精神の容量の半分以上を超えてしまうと自分という存在がぼやけ、元の人格に戻れなくなる……ということらしい。
「もちろん半分と言っても個人差があるからな、魔眼の出力も千差万別だ。中には俺様みたいにブースタードラッグで精神力を高めて出力を上げる方法もあるが、フォルテに関しては唯一の例外が存在する」
「魔眼を二つ所持しているってことね」
おう、鋭いじゃねーか。と、ベルゼは一度相槌を打ってから、
「ふつうなら絶対に不可能なそれを、奴がどうやって制御しているかまでは知らねーけどよ。俺らに比べたらかなりギリギリの綱渡りをしていたんだ。だからちょっとしたことでどちらかの魔眼に自我を侵食されてもおかしくないんだが。問題は何が原因でああなっちまったかだ。フォルテがあそこまでがっつり浸食されるなんざ、よっぽどのことが無い限りありえねえと思うんだが」
「まさか……アタシのせいで……?」
ポロッと漏れ出た言葉は、自分で聞いていても弱々しい響きだったと思う。
でも、何かに怯える類とは違うこの恐怖は、精神の未熟なアタシにはとてもじゃないが抵抗できる代物ではなかった。
「お前、アイツになんかしたのか?」
聞き返されたアタシは、僅かに口籠る。
改めてその行いを認めることが、酷く怖かったからだ。
「……刺した」
「は?」
簡潔すぎて伝わらない内容にベルゼが聞き返す。
あーもう……っ
髪を掻きむしりたくなるような思いを右手の拳にグッと溜めて、吐き出すように自らの罪を告白する。
「彩芽に操られて、フォルテを後ろから刺した」
少し躊躇いがちにそう告げた途端。ベルゼは眼を白黒させたのち、いきなり哄笑をあげた。
「刺しただって!?その獲物でブスリってか!?マジかよお前。さいっこうだな!!」
緊張感の無い涙目で両手を叩くベルゼ。
一体何に対してそう言っているのかよく理解できなかったけど、なんだろう。無性にイラッとする。
それにこの既視感のような感覚は何なのかしら?
あぁ、分かった。ロナがよくやる人を小馬鹿にするあの顔とそっくりなんだわ。
バレないように電撃を加えようかと本気で模索して、この男には通じないことを思い出してアタシは舌打ちする。
一頻り腹の底から笑い果てた後、ベルゼはゴシゴシと乱雑に涙を拭いてから呟いた。
「そりゃあ確かにああなってもおかしくねえな」
「やっぱり、致命傷を与えたことが引き金に?」
「いや、それならいつもなってるだろ。アイツは」
確かに、今までだって何度もあったことだ。
それで数日や数か月は寝込むフォルテは別に珍しいものでもないことをアタシも知っている。
じゃあなぜ?という視線を向けるとベルゼは再び口を開いた。
「そりゃぁお前が刺したからだ。フォルテにとって大切な彼女であるお前がな」
「か、かの!?」
こんな殺気だった戦場で聞くとは思えなかった言葉に思わず咳き込む。
アタシがフォルテの彼女ですって?
そ、そそそそんなことあるわけ……っ
否定しようとしたアタシの脳裏に、あの花火の日の情景が蘇る。
(ー~~~っっっ!!!)
あ、あの日確かフォルテとキ、キキキキ────
その行為を思い出そうとしただけで、一瞬でフリーズしたPCのように顔が熱くなり、同時にそれ以上の思考がストップされる。
あの後から今までずっと仕事に専念していて深く考えていなかったけど、あれってもしかして……ア、アタシ自身気づいてないだけで、ホントはフォルテとそういう間柄になっていたのかしら……?
もしそうだとしたら、彼はどう思うだろうか。
我儘で傲慢なアタシを、果たして受け入れてくれるだろうか?
「なんだその反応?お前らとっくに付き合って毎日ベタベタしてたんじゃねえのかよ?竜の野郎がそんなこと言ってたぜ。祭りの日に人気のないところでベタついてたって」
「な────?!」
絶句。
プライバシーの欠片もあったもんじゃない。
確かにそれは否定しようのない事実であって、否定しようと躍起になっている自身の頬が意識に反してさらに熱くなっているのを感じる。
まさかとは思うけど……あの時フォルテが感じたって言っていた殺気は竜のものだったのかと、アタシは今更ながら理解した。
「そ、そんなわけ……!だ、大体!!仮にね、仮によ。何千何万何億譲渡して、つ、つつつつ付きっっっ~~みたいな関係だったとして、それとこの状況に一体何の関連があるのよ!?」
「分からないのか?要はアイツにとってのお前はそういう身体の内にいる存在だってことだ」
真面目な口調でベルゼはタバコを一つ、胸ポケットから取り出した。
「人を好くってことはつまり、ソイツの存在をてめぇの中に感じるかどうかってことで、つまりはその存在がてめぇの魂の一部を食らうことになる」
安っぽいライターで付けた火を嗜めるように煙を吸う。
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それを聞いた途端、今度はベルゼが咳き込みだした。
タバコによる弊害かと思ったが、どうやら原因は別にあるらしい。
その証拠に、何処か咎めるような視線がアタシへと刺すように向けられているからだ。
「バッカ、全然違うだろ。俺が奴を追いかける理由は純粋な興味であって愛とは違う。興味は何時でも切り離せるものだが、愛はそうはいかない。切り離すということは自身の一部を切り離すのと同義なんだ」
???
熱く語るベルゼを前にアタシは首を傾げる。
どうして同じ好きなのに、そこに違いが生まれるのかイマイチ理解ができない。
今までそんなこと考えたことも無かったし、なによりこうして教えてくれる人は両親を合わせて誰一人と居なかったから。
「はぁ……なんでこんな嬢ちゃんにマジになっているんだ」
マズそうにタバコの煙でついた溜息に、ベルゼはそんな思いを織り交ぜた。
「考え方は人それぞれだがよ。好きって奴は無くても生きてられるモノで、愛ってものは失ったら生きていけないモノってことだ」
「だからそこが分からないのよ。どうしてアタシがフォルテのそれに関係するのよ?」
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定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
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