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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
グッバイフォルテ《Dead is equal》14
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「ご苦労だった。約束の報酬はそこに置いてある」
イギリスバッキンガム宮殿の客間、依頼主である男は書類仕事をしながらそう応えた。
「おう、金さえもらえればこっちは何でもいいけどよ。少しは得意先に愛想でも見せたらどうだ?」
尻が直角になりそうな豪奢な椅子で足を組んでいた俺は、机に置かれたアタッシュケースの中身を確認しながらぼやく。
仕事自体は国に入りこんだテロリストもどきが事を起こす前に始末する。何度も受けたことのある簡単な仕事だったが、毎度のことながらこの男はテレビで見せるような笑顔を俺の前では一切出したことが無かった。
『面倒くさい』と欠伸混じりに宮殿外で待つ竜の伝手で、こうして何度も現イギリス皇帝から高額な仕事を回してもらえるのはありがたいが、どうにも無愛想なことこの上ない。
「国民には悪い印象を与えないためにも笑顔を作るが、元来これが私の素だ。それともお前は男からの愛想が欲しいのか?」
「んなもん欲しくはねーよ。ただそんなつっけんどんな態度で仕事してるとすぐに老けるぞって思っただけだ」
キュキュッと机に置かれた書類の上を万年筆が優雅に走る中、ペロッと舐めた左手の指先でパラパラと金束を捲る品性の欠片も無い音が混じる。
「相変わらず君は竜と違って品が無いな。歳を取るということは人生の化粧だぞ。それを当たり前と受け入れられない人間は一生精神が子供のまま終わりを迎える。まさに今の君のようにな」
魔眼の力によって肉体も精神も成長を止めた俺に対してその言葉は少々癪に障るが、流石にそれで激昂するほどこっちもガキではない。
寧ろこちらの痛い部分を突かれて溜息が漏れる。
「……否定はしないが、関心はしねぇな。確かに俺は自らの欲望のために身を捧げて藻掻いているガキに過ぎないが、それならお前は社会に奉仕している奴隷に過ぎないんじゃないか?そうやって仕事に打ち込む姿は正に国民の鏡だが、もう何日寝ていなんだ?エリザベスがさっき怒ってたぞ」
オスカーの目元には青タンのような隈が出来ていた。
ここに来る前にすれ違った彼の妻であるエリザベスの話しでは、もう数十時間は部屋に閉じこもって書類仕事をしているとのことらしい。
「それでも私はやらなければならないんだ」
数え終わった札束をケースにしまい席を立つ俺の背に、オスカーはそう呟いた。
「確かに君の言う通り王族に生まれた私は人社会の奴隷さ。それでも例えこの身が朽ち果てようとも、成し遂げなければならない使命と目標がある。今回君達に頼んだ仕事もその一つだ。余計な不安要素が国に残ってしまっては、これからの計画に支障を来してしまうからな」
「計画?一体なんの話だ?」
大した興味はなかったが反射的にそう問いかけた俺の左眼の端、書き終えた書類を束にして纏めるオスカーの眼光が鋭くなった気がした。
まるで何か決意や意思を指し示すように……
「別段大した話ではないよ。私に託された私だけが為せる使命の話しだ。なぁにそんなに小難しい話ではないさ。君が復讐したいと望む強い思いと同等の野望が私にもあるといういうことだ」
それ以上俺はそのことに触れたことはなかったが、のちに知ることになる。
その言葉は彼にとって何にも勝ることの無い強い意志であり、同時にそれがオスカーにとっての生きる使命であったことを。
「どうしてお父様がそこにいるのよ……ッ!」
少女の叫びが神殿へと反響する。
涙交じりの思いは再会の感動ではなく、裏切られた思いで綯い交ぜとなった悲痛な叫びだった。
「どうもこうも無い。お前が探していた私こそ、貴様達が追い求めていた『ヨルムンガンド』の長だったということだ」
オスカー公爵フィリップ王配。今年の四月初頭より行方を眩ませていたことから、ずっとセイナ達イギリス政府が追いかけていた組織のトップであり、そして、彼女の父親でもある人物。
俺自身も何度か竜の伝手で仕事を請け負ったことから面識こそあったが、こうして直接会うのは実に数年ぶりだ。
そんなオスカーは、娘の激昂を前にしても一切の調子を崩さない。
「じゃあアタシがこれまでやっていたことは全てお父様が仕組んでいたと言うことなの?」
「そうだ」
「失踪したように見せかけていたのも嘘だったの……」
「そうだ」
淡々と真実を肯定する言葉が、少女の健気な思いに突き刺さっていく。
まるで聞き分けの悪い娘を大人の態度で黙らせるように。
しかし、そんな態度で黙っていられるほどセイナも子供じゃない。
不条理な大人へと叩きつけるように、目の前で起こっている惨状全てに向け、真実を突きつける。
「じゃあ……この光景も、これまで行ってきた全てのテロも……貴方が望んだものなのですか?これは国民が、そして……何よりお母様が望んだものなのですか!?」
石像に刻まれた彫刻のように、全く動じなかった表情がほんの微かに動いた気がした─────
「─────いいや、これは誰のためでもない。この私自身が望んだ光景だ」
峻厳に言い伏せたオスカーのその言葉は、セイナからすれば死刑勧告に匹敵するほど重い一言。
『こっから先、ソイツに付いていくなら覚悟を決めておけ。でないと嬢ちゃんじゃー耐えられないからな』
ベルゼが告げていた覚悟の意味。
それと合わさって返す言葉も、誤りを正すこともできないと知り、ただ呆然とする他ない少女の身体から気力が抜け落ちていく。
ゴールと信じたその場所に待っていたのがこんな結末だなんて、絶望に突っ伏したセイナの心中は計り知れないだろう。
それこそ、俺の前に竜が立ち塞がった時と同じように……
「お前の目的はなんだ?」
抵抗する意欲の失われた少女を庇うように、俺は見下ろされる炯眼の前へと歩み出る。
その態度が気に食わなかったのか、オスカーの視線は未だかつて無いほど冷ややかな冷淡さを帯びていく。
「口を慎め、そもそもここはお前のような半端者が居ていい場所ではない」
主人の逆鱗に触れたことに、双肩に止まっていた二羽のカラスが威嚇するように声を上げる。
「この場所は本来、神によって認められた者のみに謁見が許された神殿。名を『ヴァルハラ』という。この世の死者の魂を集めて次の生を与える神聖な場所で日夜莫大な魔力を循環しており、貴様達が探していた『ヨトゥンヘイム』の動力源ともなっている場所だ。それを祝福者でもない貴様が降り立つこと自体が罪であり、許されざる所業に他ならないのだ」
なるほど。
タダならぬ魔力の圧のようなものが肌へとビリビリ伝わってきてはいたが、確かにその力を使ってこの戦艦を動かしているというのなら納得がいく。
「なら、そんなものの力を借りてまでこの戦艦を動かし、こうして世界の主要都市に喧嘩を吹っ掛ける理由は何だ?そんなことしたってお前に何のメリットもないだろ」
銃口は構えたままだというのに、まるでそれが視えていないかのように小さな嘆息を漏らすオスカー。
心底呆れたような態度に眇められた瞳は、俺のことをムシケラとしか見ていないようだった。
「メリットとか損益とかそういう話じゃないんだ。こうしなければ哀れな人間共を間引くことが出来ないからな」
さっき自分の娘がやったのと同じように、オスカーは自らが生み出した惨状へ向けて片腕を水平に開く。
「お前達にはこの世界がどのように見えている」
セイナは呆然としていて答えること自体出来ない様子。
俺の方は、単純に答えることが出来なかった。
世界の見え方なんて考える程、自分が徳の高い人間だとは思っていないし、そんなスケールの話しをされてもピンとは来なかったからだ。
「そう、そこで未だ現実を受け入れようとしない娘はさておき、結局はお前のように答えることができない愚者ばかりだ」
「随分と俺のことを毛嫌いしているようだが、だったらお前にはどう見えているんだ?稀代のテロリストさんよ」
引き金に掛かる指に力が入りかける。
こうして呑気に話している時間は無い。
動機自体は気になるが、このまま悠長に話していたらあっと言う間に中国の領空に入ってしまうだろう。
「腐りかけている……と、私はこの世界のことを認識している」
そんなこちらの内面を読んでいるのか、オスカーは語らうスピードを変えずに続ける。
「今や世界人口は百億に到達しようとしている。しかしその中に一体どれだけまともな人間が存在している?生まれた瞬間の家柄で人生が決まる者、力を持って生まれてもそれを正しく扱えない者、この世にそういった生きていても仕方がない人間がたくさんいる。だから私はいつも弱者の味方をしてきた。生まれながら皇族である私に任された使命として、自らの時間を割いては時間が許す限り尽くしてきたつもりだ。しかしな……しばらくして気づいてしまったのだ」
熱が冷めるような。
自らの行為を嘲笑う、乾いた響きでオスカーは告げた。
「結局私は弱者を助けているつもりで、屑な人間まで図らずも掬い上げてしまっていたのだ。最初こそ奴らは善人である振りをしておきながら、自分可愛さに平気で他人を裏切るような乞食同然の連中だ。私はこれまでそういった生きるに値しない人間をごまんと飽き足らず見てきた。そして気づいたのだ。全てを救うのでは無く間引けばいいと。平等なんて言葉で片付けようとするから偏るんだと。農家が秀品を優先するように、企業が使えない人間のクビを切るように、地球に寄生する害虫は全て斬り捨てれば良いのだと、私は気づいたのだ。だからまずは天災代わりにこのヨトゥンヘイムを使って混沌を引き起こす。全ての国家へ平等に罰を与え、他者に祈る者には祝福を、歯向かう者へは制裁を与える。もれなく平等にな」
「神の箱舟に逆らう者はみな粛清しようというのか?そんな傲慢が、お前が本当にやりたかった使命だというのか!?」
「違うなフォルテ・S・エルフィー。やりたくなくてもやらなければならないのが使命だ。例え娘にテロリスト同然の扱いを受けようと、誰一人味方が居なかったとしても、これこそが、いやこんなことが、私に課せられた使命なのだ」
自らの意志など皆無の血が通っていない言葉が暗闇へと消えていく。
彩芽のような憎悪の塊のような復讐心も、クリストファーのような卑しい野望も、この男からは感じなかった。
「それが『ヨルムンガンド』の─────お父様の本当の意志だというならば、どうしてアタシなど狙ったりしたのですが?」
ようやく喋れるだけ動揺を抑えたセイナが、喉を引き攣らせてそう訊ねる。
突き立てた双頭槍に寄り添う形で立ち上がって身体は、いまだ弱弱しく震えている。
「狙ったのではない、これはお前に与えた試練だ。お前が本当に我々に相応しいか確かめるためのな」
慈悲を表すように双肩のカラスを愛でるオスカー。
余程懐いているのか、ガァアガァア五月蠅く鳴いていた二羽は機嫌を良くして頬擦りまでしている。
「ここに辿り着くためには優れた能力と資質、そのどちらもを兼ね備え、ありとあらゆる犠牲を払ってでも止まることのない不退転の意志を貫かなければ、ここに辿り着くことはできないはずだったよ……そう、貴様さえ居なければな!」
殺意の込められたブルーサファイアが、俺に蔑みの視線をぶつけてくる。
「すべては我が娘のために下した試練だったというのに、貴様が介入したことで全てがご破算だよ。フォルテ・S・エルフィー、一体これは何の冗談だ?私が娘に求めたのは冷酷な戦士であって、情や他人に流されるよう出来損ないでは無い」
静かな怒りに込められた殺意は獅子の歯噛みのようで、俺はともかく娘であるセイナに向けられるべき表情ではない。
そのことに無性に腹が立った。
「お前はセイナのことをなんだと思っているんだ!?」
俺の中でマグマのように何かが弾ける。
オスカーとは対称の直情的思いに身を任せて言葉を張り上げた。
「他人の教育方針には首突っ込むつもりはなかったが、お前こそさっきからなんなんだ?セイナは手前の娘であって道具じゃない!!コイツは確かに優れた力も素質も持っているが、それと同時にどこにでもいるただの少女だ。下らないことで笑い、可愛いものを愛で、辛い時には泣いてしまうような。そんな……どこにでもいる普通の少女なんだよ、セイナは!!」
「フォルテ……」
護る様に前に出たパートナーである俺の背に、今にも泣きだしてしまいそうな視線を向けたセイナ。
そんな顔するんじゃねえよ。
数日前の祭りの日の彼女が見せた満面の笑み。
あれが本当のお前の姿だろ?
「普通を知りも知りもしない人社会から弾かれた男が、当たり前のように『普通』を語るな。それにお前は何も知らないからそんなこと言えるのだ……」
「何も知らない?」
訝る俺へと、達観するような姿勢のままそう告げたオスカー。
これまでの話しだけでも十分驚愕したってのに、まだ何かあるってのか?
それが顔に出ていたのか、オスカーは再び呆れるような嘆息を漏らした。
「いいだろう、冥途の駄賃代わりに教えてやる。私の娘達……セイナに隠していた真実をな」
イギリスバッキンガム宮殿の客間、依頼主である男は書類仕事をしながらそう応えた。
「おう、金さえもらえればこっちは何でもいいけどよ。少しは得意先に愛想でも見せたらどうだ?」
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仕事自体は国に入りこんだテロリストもどきが事を起こす前に始末する。何度も受けたことのある簡単な仕事だったが、毎度のことながらこの男はテレビで見せるような笑顔を俺の前では一切出したことが無かった。
『面倒くさい』と欠伸混じりに宮殿外で待つ竜の伝手で、こうして何度も現イギリス皇帝から高額な仕事を回してもらえるのはありがたいが、どうにも無愛想なことこの上ない。
「国民には悪い印象を与えないためにも笑顔を作るが、元来これが私の素だ。それともお前は男からの愛想が欲しいのか?」
「んなもん欲しくはねーよ。ただそんなつっけんどんな態度で仕事してるとすぐに老けるぞって思っただけだ」
キュキュッと机に置かれた書類の上を万年筆が優雅に走る中、ペロッと舐めた左手の指先でパラパラと金束を捲る品性の欠片も無い音が混じる。
「相変わらず君は竜と違って品が無いな。歳を取るということは人生の化粧だぞ。それを当たり前と受け入れられない人間は一生精神が子供のまま終わりを迎える。まさに今の君のようにな」
魔眼の力によって肉体も精神も成長を止めた俺に対してその言葉は少々癪に障るが、流石にそれで激昂するほどこっちもガキではない。
寧ろこちらの痛い部分を突かれて溜息が漏れる。
「……否定はしないが、関心はしねぇな。確かに俺は自らの欲望のために身を捧げて藻掻いているガキに過ぎないが、それならお前は社会に奉仕している奴隷に過ぎないんじゃないか?そうやって仕事に打ち込む姿は正に国民の鏡だが、もう何日寝ていなんだ?エリザベスがさっき怒ってたぞ」
オスカーの目元には青タンのような隈が出来ていた。
ここに来る前にすれ違った彼の妻であるエリザベスの話しでは、もう数十時間は部屋に閉じこもって書類仕事をしているとのことらしい。
「それでも私はやらなければならないんだ」
数え終わった札束をケースにしまい席を立つ俺の背に、オスカーはそう呟いた。
「確かに君の言う通り王族に生まれた私は人社会の奴隷さ。それでも例えこの身が朽ち果てようとも、成し遂げなければならない使命と目標がある。今回君達に頼んだ仕事もその一つだ。余計な不安要素が国に残ってしまっては、これからの計画に支障を来してしまうからな」
「計画?一体なんの話だ?」
大した興味はなかったが反射的にそう問いかけた俺の左眼の端、書き終えた書類を束にして纏めるオスカーの眼光が鋭くなった気がした。
まるで何か決意や意思を指し示すように……
「別段大した話ではないよ。私に託された私だけが為せる使命の話しだ。なぁにそんなに小難しい話ではないさ。君が復讐したいと望む強い思いと同等の野望が私にもあるといういうことだ」
それ以上俺はそのことに触れたことはなかったが、のちに知ることになる。
その言葉は彼にとって何にも勝ることの無い強い意志であり、同時にそれがオスカーにとっての生きる使命であったことを。
「どうしてお父様がそこにいるのよ……ッ!」
少女の叫びが神殿へと反響する。
涙交じりの思いは再会の感動ではなく、裏切られた思いで綯い交ぜとなった悲痛な叫びだった。
「どうもこうも無い。お前が探していた私こそ、貴様達が追い求めていた『ヨルムンガンド』の長だったということだ」
オスカー公爵フィリップ王配。今年の四月初頭より行方を眩ませていたことから、ずっとセイナ達イギリス政府が追いかけていた組織のトップであり、そして、彼女の父親でもある人物。
俺自身も何度か竜の伝手で仕事を請け負ったことから面識こそあったが、こうして直接会うのは実に数年ぶりだ。
そんなオスカーは、娘の激昂を前にしても一切の調子を崩さない。
「じゃあアタシがこれまでやっていたことは全てお父様が仕組んでいたと言うことなの?」
「そうだ」
「失踪したように見せかけていたのも嘘だったの……」
「そうだ」
淡々と真実を肯定する言葉が、少女の健気な思いに突き刺さっていく。
まるで聞き分けの悪い娘を大人の態度で黙らせるように。
しかし、そんな態度で黙っていられるほどセイナも子供じゃない。
不条理な大人へと叩きつけるように、目の前で起こっている惨状全てに向け、真実を突きつける。
「じゃあ……この光景も、これまで行ってきた全てのテロも……貴方が望んだものなのですか?これは国民が、そして……何よりお母様が望んだものなのですか!?」
石像に刻まれた彫刻のように、全く動じなかった表情がほんの微かに動いた気がした─────
「─────いいや、これは誰のためでもない。この私自身が望んだ光景だ」
峻厳に言い伏せたオスカーのその言葉は、セイナからすれば死刑勧告に匹敵するほど重い一言。
『こっから先、ソイツに付いていくなら覚悟を決めておけ。でないと嬢ちゃんじゃー耐えられないからな』
ベルゼが告げていた覚悟の意味。
それと合わさって返す言葉も、誤りを正すこともできないと知り、ただ呆然とする他ない少女の身体から気力が抜け落ちていく。
ゴールと信じたその場所に待っていたのがこんな結末だなんて、絶望に突っ伏したセイナの心中は計り知れないだろう。
それこそ、俺の前に竜が立ち塞がった時と同じように……
「お前の目的はなんだ?」
抵抗する意欲の失われた少女を庇うように、俺は見下ろされる炯眼の前へと歩み出る。
その態度が気に食わなかったのか、オスカーの視線は未だかつて無いほど冷ややかな冷淡さを帯びていく。
「口を慎め、そもそもここはお前のような半端者が居ていい場所ではない」
主人の逆鱗に触れたことに、双肩に止まっていた二羽のカラスが威嚇するように声を上げる。
「この場所は本来、神によって認められた者のみに謁見が許された神殿。名を『ヴァルハラ』という。この世の死者の魂を集めて次の生を与える神聖な場所で日夜莫大な魔力を循環しており、貴様達が探していた『ヨトゥンヘイム』の動力源ともなっている場所だ。それを祝福者でもない貴様が降り立つこと自体が罪であり、許されざる所業に他ならないのだ」
なるほど。
タダならぬ魔力の圧のようなものが肌へとビリビリ伝わってきてはいたが、確かにその力を使ってこの戦艦を動かしているというのなら納得がいく。
「なら、そんなものの力を借りてまでこの戦艦を動かし、こうして世界の主要都市に喧嘩を吹っ掛ける理由は何だ?そんなことしたってお前に何のメリットもないだろ」
銃口は構えたままだというのに、まるでそれが視えていないかのように小さな嘆息を漏らすオスカー。
心底呆れたような態度に眇められた瞳は、俺のことをムシケラとしか見ていないようだった。
「メリットとか損益とかそういう話じゃないんだ。こうしなければ哀れな人間共を間引くことが出来ないからな」
さっき自分の娘がやったのと同じように、オスカーは自らが生み出した惨状へ向けて片腕を水平に開く。
「お前達にはこの世界がどのように見えている」
セイナは呆然としていて答えること自体出来ない様子。
俺の方は、単純に答えることが出来なかった。
世界の見え方なんて考える程、自分が徳の高い人間だとは思っていないし、そんなスケールの話しをされてもピンとは来なかったからだ。
「そう、そこで未だ現実を受け入れようとしない娘はさておき、結局はお前のように答えることができない愚者ばかりだ」
「随分と俺のことを毛嫌いしているようだが、だったらお前にはどう見えているんだ?稀代のテロリストさんよ」
引き金に掛かる指に力が入りかける。
こうして呑気に話している時間は無い。
動機自体は気になるが、このまま悠長に話していたらあっと言う間に中国の領空に入ってしまうだろう。
「腐りかけている……と、私はこの世界のことを認識している」
そんなこちらの内面を読んでいるのか、オスカーは語らうスピードを変えずに続ける。
「今や世界人口は百億に到達しようとしている。しかしその中に一体どれだけまともな人間が存在している?生まれた瞬間の家柄で人生が決まる者、力を持って生まれてもそれを正しく扱えない者、この世にそういった生きていても仕方がない人間がたくさんいる。だから私はいつも弱者の味方をしてきた。生まれながら皇族である私に任された使命として、自らの時間を割いては時間が許す限り尽くしてきたつもりだ。しかしな……しばらくして気づいてしまったのだ」
熱が冷めるような。
自らの行為を嘲笑う、乾いた響きでオスカーは告げた。
「結局私は弱者を助けているつもりで、屑な人間まで図らずも掬い上げてしまっていたのだ。最初こそ奴らは善人である振りをしておきながら、自分可愛さに平気で他人を裏切るような乞食同然の連中だ。私はこれまでそういった生きるに値しない人間をごまんと飽き足らず見てきた。そして気づいたのだ。全てを救うのでは無く間引けばいいと。平等なんて言葉で片付けようとするから偏るんだと。農家が秀品を優先するように、企業が使えない人間のクビを切るように、地球に寄生する害虫は全て斬り捨てれば良いのだと、私は気づいたのだ。だからまずは天災代わりにこのヨトゥンヘイムを使って混沌を引き起こす。全ての国家へ平等に罰を与え、他者に祈る者には祝福を、歯向かう者へは制裁を与える。もれなく平等にな」
「神の箱舟に逆らう者はみな粛清しようというのか?そんな傲慢が、お前が本当にやりたかった使命だというのか!?」
「違うなフォルテ・S・エルフィー。やりたくなくてもやらなければならないのが使命だ。例え娘にテロリスト同然の扱いを受けようと、誰一人味方が居なかったとしても、これこそが、いやこんなことが、私に課せられた使命なのだ」
自らの意志など皆無の血が通っていない言葉が暗闇へと消えていく。
彩芽のような憎悪の塊のような復讐心も、クリストファーのような卑しい野望も、この男からは感じなかった。
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突き立てた双頭槍に寄り添う形で立ち上がって身体は、いまだ弱弱しく震えている。
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慈悲を表すように双肩のカラスを愛でるオスカー。
余程懐いているのか、ガァアガァア五月蠅く鳴いていた二羽は機嫌を良くして頬擦りまでしている。
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殺意の込められたブルーサファイアが、俺に蔑みの視線をぶつけてくる。
「すべては我が娘のために下した試練だったというのに、貴様が介入したことで全てがご破算だよ。フォルテ・S・エルフィー、一体これは何の冗談だ?私が娘に求めたのは冷酷な戦士であって、情や他人に流されるよう出来損ないでは無い」
静かな怒りに込められた殺意は獅子の歯噛みのようで、俺はともかく娘であるセイナに向けられるべき表情ではない。
そのことに無性に腹が立った。
「お前はセイナのことをなんだと思っているんだ!?」
俺の中でマグマのように何かが弾ける。
オスカーとは対称の直情的思いに身を任せて言葉を張り上げた。
「他人の教育方針には首突っ込むつもりはなかったが、お前こそさっきからなんなんだ?セイナは手前の娘であって道具じゃない!!コイツは確かに優れた力も素質も持っているが、それと同時にどこにでもいるただの少女だ。下らないことで笑い、可愛いものを愛で、辛い時には泣いてしまうような。そんな……どこにでもいる普通の少女なんだよ、セイナは!!」
「フォルテ……」
護る様に前に出たパートナーである俺の背に、今にも泣きだしてしまいそうな視線を向けたセイナ。
そんな顔するんじゃねえよ。
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「普通を知りも知りもしない人社会から弾かれた男が、当たり前のように『普通』を語るな。それにお前は何も知らないからそんなこと言えるのだ……」
「何も知らない?」
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最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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