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第一章 誰か、中にいる。

10.思わぬ出来事

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 深夜零時。肩まで布団をかけ、冴えた目が天井を覗かせる。
 計画変更後の未来の映像が見たく、何度も確認していたのだが、更新がないまま風呂を済ませ、空き時間を小説で潰す、愛実に事実を伝えることも出来ずに時が過ぎ、もう寝る時間となってしまった。寝る前に一度見たかったが、肝心のカメラは香奈に取られてしまう。浅霧はソファーで寝ることになり、帆野は来客用の寝室を借りることになった。

 気遣いで寝室は浅霧にと言ったものの、ソファーで寝るほうがいいと言った理由から、布団で温まっている。一人になって電気を消した途端、天井が眼前いっぱい広がるも、見えないところまで周囲の雰囲気がガラッと変わっていた。
 夜でも冷え込まない季節なのに関わらず、妙な悪寒までがした。

 物静かな空間が教えているのに、視覚や聴覚が鋭敏になって、事の次第の妄想を駆り立てる。霊能者の意見が否定された、幽霊の存在を強調させていく。

 左奥にある箪笥が開くのではないか、天井からなにかが顔を出すのではないか、扉の向こう側から足音がするのではないか、窓は開いていないのに風が吹き抜けるのではないか。そんなことを一度考えると、止まることを知らない。やがては目を開けることも怖くなり、ぐっとつぶって頭まで布団をかぶり、幼児のように縮こまった。

 当然、安心することさえもない。段々と背筋や左足と、先程までの悪寒は手足などの、細かい部位に集まっていた。きっといる、そこにいる。希望とは反対に頭が冴える中、恐怖に恐怖を重ねる。動きさえしなければ、霊的な存在を刺激しないで済むのではないか、大丈夫だと安心して攻撃しないのではないか、そんな根拠もない考えが頭を過った。

 浅霧はもう、寝に入ったのだろうか。それとも、布団の中で震えているのだろうか。

 帆野の印象では、こんなことで怖がるような人ではない、肝の座った人だと思っている。あるいは、意外にも堪えられない物もあるのではないか。

 愛実や香奈は大丈夫なのだろうか。人の心配をしている場合ではないのだが……明日のために羊でも数えて、寝ることを最優先事項としよう。
(っていうか、羊で寝れんのかよ)

 次第に、恐怖の一部は怒りへと変わっていく。なぜこんな理不尽を受けなければいけないのか、そもそも早海を襲う何者かがいなければ、今は安全に自宅で寝ていたというのに。

 不意を突くように、一階から物音が聞こえる。それは、床を貫くような、重い物を落としたような、そんな音。心臓が一瞬だけ止まったような気がした。目もぱっちり冴えてしまい、きめ細やかな布団の繊維がよくわかる。胸の鼓動が手に取るように、自分の体温が布団に影響を与えていることさえも。

 研ぎ澄まされた五感に抗うことが出来ず、周りに意識を集中させてしまう。
(あれ……今)

 途端、布団が空気を切って捲れる。いきなりのことに心臓が跳ね上がり、声を上げることすら驚きで叶わない。首に強い圧迫を感じる。苦しいあまりに過呼吸になり、やがてはせき込む。

 抵抗のために首元に両手を持っていくが、首を絞められているのに関わらず、手を掴むことさえ出来ない。圧迫の反動で勝手に目が開かれるが、そこには誰の姿も見えない。
(まさか、透明人間?)

 今までとは一転して死の恐怖を味わう。
(嫌だ、死にたくない!)
 意識が途絶えようとしている中、すっと、理由もわからず苦しみから開放された。絶え絶えになった呼吸と、むせる潤いのない咳。

 力も戻りつつある体を起こすと、いつの間にかに少しばかり扉が開いていた。誰かがこの部屋に入ったことは間違いない。さっきの苦しみも、恐怖のあまりの錯覚ということでもない。
(まさか……)

 そう一度考え出したら、どうしようもすることが出来ない。
(香奈さん!)

 思い至ったすぐに体が動き出していた。客室から飛び出して、気がつけば正面の部屋をノックしていた。しかし、返事がない。
「香菜さん! 大丈夫ですか!」
 やむを得ない。飛び入ろうとドアノブに手をかけたとき、グラッと突然、建物自体が強く揺れているように感じた。浅霧が階段から姿を見せる。

「どうしました?」
「大丈夫です」
 眩暈に必死で抵抗して中へ入ると、散乱した部屋が眼前に広がる。すぐさまベッドに向かおうとしたとき、既にうめき声が危機を知らせていた。布団の上で暴れている。浅霧がまっ先に向かった。
(俺はどうしよう……)

 必死に頭を巡らせていると、この部屋から出さないよう鍵を閉めた方が良いと考えた。もし、これが透明人間だとしたら、幽霊などではないから、通り抜けられないかもしれない。
「捕まえられません」
 帆野を見遣って、浅霧が答える。
「ええ? そんな馬鹿な」
「無理なんです」

 助っ人として向かおうと歩いた時、「なんだよ!」という声が聞こえた。
「出てって!」
 香奈の声だ。
「助けようと思って」
 と、浅霧が言った。
「余計なことしないで」
 そう言われたら、足が動かなくなってしまった。怖いわけでも、怒鳴られたからというわけでもない。何故か、足が動かなかったのだ。

 不本意ながらも、遠くから二人のやり取りを見守ることになる。しかし、会話は続くことなく、沈黙が包み込む。香奈に背を向けた浅霧は、声をかけても立ち止まることなく、その足で部屋から出て行ってしまった。

 本心とは逆のことを言っている。巻き込まないように、という訳ではないだろうが、意固地になって突き放しているのだろう。こういうときに言葉通りに受け取ってはいけないことを、よく知っている。

「寝れないって言ってましたよね」
「うるさい!」
「俺も、首を絞められたんです」
「しつこい! 帰って!」
「帆野さん」
 声が後ろから聞こえたので振り返ると、そこには体を覗かせていた浅霧の姿があった。もう無理だというその瞳に反抗するべく、少しの間、牽制しあったような状態だった。

 中に入り込んできた浅霧は、二の腕を掴んできた。ただ、強く引っ張るわけでもない。優しく掴むだけ。そんな拳に、わざわざ跳ね除ける意志もなく、仕方のない思いでこの空間から絶った。浅霧は、香菜の部屋から遠くに離れていき、通路の突き当りまで進む。

「私も、絞められたんですよ」
「え?」

「首です」
「ってことは、ここにいる全員が?」
「そうですね」
「まさか……」

 嫌な予感が頭を過る。
「このまま寝かせないってことですか?」
「だと思いますね」
「透明人間の仕業?」

「さぁ、それはどうだかわかりませんね」
「なんでですか?」
「覚えてませんか? 香奈さんが”最近眠れてない”って言ってたの」
「あ、あぁ、言われてみれば。でもそれは……」
「前から眠れてないのは、このことがずっと起きてるから。そんなチャンスがずっとあったのであれば、もう殺してるんじゃありませんか?」
「確かに……」

「よくはわかりませんけど、別だと思いますね。幽霊かもしれません。扉も開けて入ったわけでもないですし」
 言われてみれば、確かにそうだ。
「なら、御札をつけましょう。そうすれば……」

「試してみましょうか」
「お願いします」
 一階にあるレジ袋から御札を取り出し、香奈の部屋の扉の内側に御札を張った。しっかりと二人でその様子を確認した後、それぞれが自分の寝床へと戻る。
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