上 下
22 / 44
第二章 蠅、付きまとう

2.依頼

しおりを挟む
 浅霧の後に続いて二階へと向かい、キッチン前のソファーへと向かう。浅霧とは、向かい合うように座った。

 仕事上で使うためにインストールしたのか、塩染しおぞめ信吾しんごとフルネームが書かれていたので、非常にわかりやすい。流石に、こちらから乗車しているかどうかわからないので、電話がかかってくるのを待つ。スピーカー機能を使うため、予めスマホはテーブルの上に置いた。

 しばらくして、スマホの振動が訴えた。電話のマークをスライドさせる。
「もしもし? 聞こえてます?」
「聞こえてますよ」
「なにから話せばいいですか?」
 視線で浅霧に合図を送る。

「殺された相手からで、よろしくお願いします」
「殺したのは、霧神きりがみ村の人たちです」
「霧神村?」
 聞いたことがない名前だ。塩染に聞き返した。

「ええ。昔から、死体が歩き回ると信仰されている、不思議な村です。どうも、当時の村長が、農家を扱き使って食い物を巻き上げていたことが原因らしい。逆らったものは、散々な罰を与えられたそうです。

 そんな時、反乱が起きたようで。こうして村長が打たれ、次の代になったわけですが、その村長の呪いが死者を冒涜し、皆殺しにしようとしたのがきっかけ。

 週の始まりで村長への祈り、週の終わりで感謝、そういった事を繰り返し墓の前で行っているんです。土葬でやっていたころは、本当に歩き回ったそうで、今は火葬になってるんですけど、生きてる人間がなることも恐れているらしくて、未だ昔の儀式が続いていて、四十年に一回、赤子を手にかけなければなりません。それが、今年だったんです」

「それって……」
 恐ろしく根拠のない事で、人一人の命が失われているということが、現代でも発生していることに困惑する。昔ならば真剣に悩んでいてもわからなくはないが、今や科学が発展して、ある程度はわかるはずだ。

 幾度となく、あり得ない現象を体験してきたが、今回はあまりに度が過ぎている。
 恐らく、それを目撃してしまった塩染は、止めにはいった際に殺されたということだろう。映像作品でも呪われた風習などあるが、あれに匹敵するものと言える。

「なるほど、それで殺されたんですね」
 と、浅霧が言った。
「えぇ。その証拠を村の中から探してきてほしい、というのが、俺からの依頼です。まさか、こんなことになるとは思ってもいませんでした」

 浅霧と目が合った。なんだか、聞いているだけでぐったりとしてきて、ソファーに腰を預けてしまった。観光客を装って村に入るイメージは出来ても、やはりいろいろ詮索をしなければならない。もし、勘ぐられたらという不安が強まった。 

「なにで殺されたとか、覚えてますか?」
 今度は帆野が聞く。証拠を探すにしても、闇雲にとはいかないので、その辺りの事を詳しく。
「刀、だったと思います」
「刀……詳しい状況を」
「その儀式に使うんだろうと思うんですけど、その時、刀でバッサリとやられた記憶があります。拳銃を構えたので、牽制させたつもりなんですが……」
 暗くて見えなかったが、当時の傷はそのままなのだろう。

「儀式の具体的な内容は、伺えますか?」
「俺は途中から入ったので、はっきりとしたことは言えませんが……祭壇の中央に赤子。占い師の婆さんがその前にいて、その後ろに二人、正座して祈ってた。その周りを、数人か十数人が松明を持って歩き回り、なにやら呪文めいたことを。刀を振り上げたところで、俺が入ったんです」

「なるほど……」
 使う祭壇。呪文というからには、なにか本などが必要なのだろうか。それに、拳銃を持っている相手を殺せると考えたら、集団で襲い掛かったと考えても、おかしくはない。
「それで、銃を構えたんですか?」

「そうです。皆さん驚いた顔をしていたと思います。婆さんがそのまま、止まらなかったので、仕方なく威嚇射撃を」
「それで止まったんですか?」
「止まりましたけど、まぁ罵詈雑言の嵐ですね」

「どんなこと言われたんですか?」
「馬鹿とか戯けとか、そんなです。止めるなっていう訴えは、周りから言われましたね。銃を構えながら迫って、その刀を取り上げようとした際、周りにいた人間から羽交い締めにされ……」
「そのままグサリ、という感じで?」
「はい」

 祭壇に本。そして、刀を探せばいいだろう。場所も気になるが……その場所には、跡形もなくものがないだろう。が、一応聞いて損はない。
「どんな場所だったか、覚えてますか?」
「洞窟とか地下、だったと思います。ともかく、内容も内容ですから、見つかりにくい、暗いところで間違いはありません。すみません……覚えてるのは、その儀式の最中くらいで」
「いえ。よく、そんなところ見つけましたね」
「ええ、まぁ……くまなく巡回してますから」

  巡回してて見つかるものだろうか……しかし、ここで聞いたところで答えてくれるとは考えにくい。
「ありがとうございます。ということは、難しいですかね? 他の人の顔とか見れました?」
「いえ……はっきりとは言えませんし、過疎の村とはいえ、それなりにいますから……俺が印象的だったのは、占い師ということだけ」

 これは、裏取り調査も含めて、原住民に聞くとしよう。
「わかりました。俺はおっけーです」
 浅霧に視線で訴えたが、首を振るだけで、これ以上聞きたいことはないようだ。

「ありがとうございます。断られたらどうしようかと思いました」
「化けて出ることになりますか?」
「まぁ、実際化けてはいましたからね。そこを拾われたわけですし」

「拾われた?」
「悔いが残って、彷徨ってるときに声を掛けられて、その時に相談に乗ってもらったんです。気が付けば自分の体に戻ってました。まぁ、まるっきり体の感触はないですけどね。動いてるっていう自覚はありますけど」

「気が付けばっていうのは、視界が真っ暗になったとか」
「そんな感じです。その前に確か、触られたような気がするんですよ。暖かいって感じがして、しばらくしたら」
「なるほど……ありがとうございました」

 浅霧と以前に死神が使う能力を考えていたのだが、また新たなヒントといったところだろうか。恐らくは、確定的になったに違いない。
「明日になってしまいますが、良いですか?」
 と、浅霧は続けた。
「良いですけど、ゾンビなんで日の光は遠慮してください」

「わかりました。太陽が出てるときは、傘とかさしてもらいましょう」
「ちょっとちょっと、紫外線だってコンクリート反射するの知ってますよね?」
 帆野が慌てて、疑問を投げかけた。このままだとそれで話が進んでしまいそうだ。
「じゃあ、UVカットとか……」
「頭とかぬるわけいかないでしょう。それ以外でなんとかなりません? どのみち、日中で出ても目立ってしまいますから、どこかに隠れてもらわなければ」

「だとすると、見つかるまでトランクの中ですか?」
「うーん……」
 ゾンビとは言え、死人をそんな扱い方をしたら、まるでこちらが殺人者のようになってしまうのと、なにより雑に扱ったとして、祟られないか心配だ。そんなことを気にして、言葉を濁してしまった。

「祟らないですよ、流石に。トランクでお願いします」
「ほんとですか?」
「なんで、助けてもらうのに恨まなきゃいけないんですか。心配し過ぎです」
「わかりました。何時ごろがよろしいでしょうか?」
「いつでもいいですよ」

 浅霧に視線を送ると、しばらくしてスマホの画面に目を戻し、代わりに浅霧が答えた。午前十時と決まる。そこで、通話が終了した。ひと段落してソファーに腰を掛けるも、塩染の事が気になった。あのまま放っておいてもいいのだろうか。異臭は車から漏れるだろう。

 見つかっても、動けば誰もゾンビとは思うまい。風呂に入ってない警察官のコスプレをした、変なホームレスと考えるかもしれないが……それはそれで、なんだか非現実的な気がしていた。

「ある程度わかってきましたね」
 と、浅霧から声を掛けられる。現実に戻された。
「なにがですか?」
「死神のことです」
「あ、あぁ……なんか引っかかってましたね。なんでしたっけ?」

「拾われたって言葉です」
「言ってましたね」
「今までのことを整理すると、もしかして”魂を集めてる”んじゃないでしょうか」
「え?」

「人の魂を抜いたり、それを戻したり。当然、魂を抜くだけで傷つけてないので、植物人間なわけです」
「なるほど……でも、なんでそんなこと?」
「まぁ、趣味じゃないでしょうか。ゲーム感覚で挑戦してる事ですし、ましてや能力が能力ですから。それに気が付く誰かかがいたら、嬉しくてたまらないんじゃないでしょうか」

 もしそうだとすると、あまりに不愉快すぎる動機ではある。が、そうなると、早海をなぜ返さなかったのかも説明が行く。特別と言っていたところを見ると、他の人間とは違う、強い輝きのある魂ということだろうか。なににしても、ふざけているとしか思えない。

「確かに。その可能性はありそうですね。じゃあ、元々霊能者とかそういうことですか?」
「まぁ、その可能性もなくはないですね。幽霊の援助や憑依、幽霊になれることが出来るってところを考えると、もしかしたら幽体離脱とかありそうだなとも思いまして」
「幽体離脱ねぇ……」
「その時になれば、幽霊を見ることが出来る。自分が取ってない魂と話を聞いたりできるのも、納得が出来ます」

「確かに、幽霊みたいなものになれるわけですもんね。でも、やっぱり服が気になりますね。着る必要ないじゃないですか……」
「隠す意味は、恐らく抜き取った魂の方にあるんじゃないでしょうか。想像してみてください。黒い影に見える死神に、重なるようにして、別の存在が見えたとしたら」

 黒い影……嫌な炎上が絡んで影が薄くなっていた、ある説を思い出す。ある意味、植物人間を大量に出した時に、ストーカーがいるのといないのとで差があったのは、そういうことだったのかもしれない。服を着ていなかったから誰も見えなく、ストーカーの報告はなかった。が、服を着たことによって視覚化され、ストーカーの相談をしている人間がいた。恐らく、服を着る判断をしたのは、その時に霊感があった人物に出会い、その時に危機に感じて逃げて行った経験があるからだろう。

 それから、霊感がある人物にたとえあったとしても、服は見えているのだから、死神はそのストーカーだと思われる確率はぐんと下がるだろうし、同時に人間の仕業にでき、顔がなかったとしても、大抵は”あり得ない”としてスルーされる。魂も隠すことができ、自分が殺される恐れを同時に回避できる。一石二鳥の騒ぎではない。

「……なるほど。もろにわかってしまいますね。それに、除霊されたとしたら」
「そうですね。除霊できる人に出くわした場合、終わりですもんね。本来の目的を達成できなくなってしまいます」

 これで、死神と呼ばれた存在がはっきりとしてきた。
 普通であれば、人の命を奪う神なのだろうが、相手にしているのは、それに比べて強くない悪霊といった類。生と死の狭間を行き来すると考えれば、少々不気味だが、雲を掴むような、加えて人に脅威がある恐ろしい存在であったが、前者が無くなっただけでも少しは安心できるというもの。
(よし、良い調子でこなすことが出来そうだ)
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

ふぞろいの恋と毒

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:183

Burn!エクスプローダーズ【小説版】

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

女神と天使は同棲中

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

ペルソナノングラータ!

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:11

処理中です...