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第二章 蠅、付きまとう

17.占い師の家

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 突き当りまで歩いて右に曲がり、丁度コの字になった道をまた曲がる。すると、寺から逃げ、村の人間が襲われた先の場所に到達する。前の温度と打って変わって、生暖かい優雅に流れる風と、静寂が包みこんでいる。

 しかし、チェック柄のようになった石造りの地面は、乾いた血で汚れた、凄惨な記憶を刻み込んでいる。恐らく、寺から逃げてきた通路からここまでずっと、そこかしこに血で汚しているのだろう。何度もあの光景が、思い起こされる。阿鼻叫喚、湧いて出てくるうめき声。

 こんなところにいてはならない。心が押しつぶされそうだった。思考を変換する。今考えるべきことは……
「帆野さん?」

 様子が気になったのだろうか、浅霧が声をかけてきた。
「大丈夫です、行きましょう」
「はい」
 その道を突き当りまで行って、右手にある占い師の家の前に立つ。

 扉を引いて、靴を脱がずに床の間へ入った。ここには恐らく、儀式に使われていた本や祭壇、そして刀があるはずだ。右に台所、正面から左側にかけた、囲炉裏があるリビングと言ったところだろうか。台所よりの場所に、二階へ上る階段がある。

 祭壇や本などはどこにあるだろうか……部屋の中を見渡してみても、それらしきものは見つからない。浅霧は、中に入って床を優しく踏みしめている。地下があるかどうかを探しているのだろう。

 連絡を取り合っているのであれば、なにか履歴や痕跡が残っているかもしれないと考え、入ってすぐにある玄関左手の壁の終点に添えられた、電話が置いてある、引き出し付きのインテリアの場所に向かった。玄関から死角になっていた右手は、扉になっていた。

 留守電の赤いランプは、ついていない。音が気になるが……仕方ない。電話の履歴を見た。

 どうやら、相手の電話番号が残るよう、登録しているようだ。ないことを覚悟してみたものの、消されずに残っている。フリーダイヤルや、家に置いてある固定電話、非通知が見えるが……これでは、折り返し電話もできない。この村の誰かの電話番号だったにしろ、回収業者やワン切り関係の電話かもしれない。

(いや……)
 低リスクで電話する方法があるかもと思い、共通する番号の頭を探すと、同じ地方の電話番号が確認できるので、この村の人からかかってきた、電話番号と推測は出来そうだ。他は、携帯と思われる番号。

 しかし、そうは言っても、この自体だ。電話をしても、出てくれる生存者がいるとも思えないし、仲間がいるところで電話が鳴ってしまっては、ゾンビを無駄におびき寄せただけ。
(まぁ、よくよく考えたら、こんなもの調べたところでなにがわかるかって話だよな)

 下から二段目の、木製の引き出しの中を見ると、そこには片手ほどのメモ帳と、村全体に配られたのであろう、電話帳が見えた。
 
 電話帳に手が伸びたが、そこで思い出す。固定電話の隣にボールペンが、ブラスチック製の縦長の容器に入れられていたことを。
 
 もし、受けた電話のメモを取っているとすれば。
 右のメモ帳を手に取る。一ページ目を開いた時、ガタっとなにか音がなったと同時に、ゾンビの唸り声が聞こえ、身構えてしまう。

 右耳からだけに聞こえる、歩く足音に紛れ、聞こえてくるゾンビの声……塩染の方から聞こえるのだろうか。試しに、イヤホンを離すと、予想の通りだった。

 朝霧に伝えようと後ろを振り向くが、リビングにはいなかった。台所から気配がしたので、声質はささやき声に違いが、語気を強めて声を届けた。
「浅霧さん。塩染さんの方です」
「ありがとうこざいます」
「電話切ったほうがいいのでは?」

 と、塩染めが言う。
 ゾンビの観点からすればそうだが、なにか見つけたときにはリアルタイムで反応ができる利点は捨てておけない。本当は、各場所に散らばった皆と連絡をずっと取り合っていたかったが、塩染の件があって、それはできなかった。

「大丈夫です。このままで」
「はい」
 とりあえず、繋げたまま捜索を開始する。そんな一息、静寂の末、耳に張り付いてくるうめき声。またかとも思い、イヤホンを外してみても……まだ聞こえてくる。

 遠い気もするが、ゾンビがこちらに近づいてきた。イヤホンを付け直し、とりあえず、メモ帳を手に持って台所へと向かう。縦長のキッチン。二人分くらいのスペースしかない横幅。

 シンクの近くで屈んだ浅霧は、引き出しから包丁を二本取り出し、こちらに一本を渡してくる。
「持ってください」

 向けられた柄を握り、二階へ向かった。入ってすぐ、正面にある右に寄せられたリビングに、左奥は二部屋の和室がある。右角にテレビスタンドと共に置かれたテレビ。

 座椅子に座る高さに丁度よい、木の長方形の大きなテーブルが中央。木造の床と、テーブルに挟まれた赤紫がかったカーペット。

 隣の部屋の角にあたるリビング左の隅、着物が綺麗にかけられ、タンスが二個、縦に並べられている。隠れるにしても、この空間は悪すぎる。リビングをいれて、中央の部屋はどうだろうか。

 中は、占い師とは伊達じゃない、それらのものが置かれた、聖域と呼ぶに相応しい空間だろう。ゾンビという危機に相対していたせいで、隅に追いやられていた本と祭壇を思い出す。

 物色するほどでもない。祭壇のようなものが、部屋の右端に置かれ、その上には占いの道具やら、そして書物はブックスタンドで支えられて並べられていた。なんだか妙に落ち着かない……が、ここは儀式に使われたような本を探すため、祭壇の上の書物に向かう。

 古い書物ばかり。この中にあるとみて、間違いはないだろう。一つ一つじっくりと確認していきたいところだが、そんな余裕もない。表紙でわからない物だろうか……
(あった)
――二、生贄の儀式の章
 あまりにストレートで拍子抜けするが、現状としてはわかりやすくて安心する。ざっと中を確認し、わかりやすい絵などが載っていないかを探す。すると、そこには塩染の言ったような構図と見られる絵があった。

 その本とメモ帳を一緒に持って、隣の部屋へ。聖域の部屋を出ると、浅霧は眼の前にいた。思わず声を上げそうになるくらい驚く。声は出なかったが、体は反応しているようだ。

「すみません」
「い、いやぁ、大丈夫ですけど……来たんですか?」
「わかりませんが、声が近くなってますので」
 階段上がった反対側。スペースがあるが、そちらはなにも物が置かれていない。窓がずらっと左から、寝室まで設置させられていた。

 その、寝室へと入る。左手前に布団があり、奥には収納スペースがある物置。枕近くに、和風のデスクスタンドが置かれているだけで、他に見当たるものはない。

 これでは、隠れる場所がない。寝室から出ると、浅霧は、階段とは反対側のデッドスペースから、下の階を覗いていた。
「どうします?」
「今のうちに外出ちゃうのは……」
 と、言った時、この部屋の玄関の扉が開かれた。

(くっそ……! こんな時に!)
 周りを見ても、確認作業をしているだけで、隠れる場所などなにもない。手元は包丁。近接戦闘は避けられない。近づきたくもない相手に、近づかなければならない。

 未だ、唸り声は続く。声が遠くなっていくところを見ると、二階に上がるまで、多少の時間があるようだが……

 そんな時、窓が目に入った。ベランダでもあれば……そう願って開くと、肩幅のスペースがありそうなベランダが見えた。しかし、ここから見える十数人のゾンビ。

 それは、突き当たり。寺から下った道。気づかれたと焦り、思わず浅霧の肩を腕で抱え、体を伏せさせた。
「どうしたんですか?」
「外にいます」
(どうする……どうする!)

「ベランダから出ましょう」
「でも……!」
 顔を上げると、頭一つだけ外に出し、右奥の方を見ていた。同じように、そちらに視線を配ると、隣の建物と占い師との建物の隙間があり、石造りの塀までベランダが伸びている。

 迷っている最中、浅霧は早々とベランダに出た。後に続く。窓をきっちりと閉め、外の様子を確認もせず、そのまま浅霧の元へと急いだ。
「とりあえず、ここでゆっくりしていくしかありませんね」
「ですね」

 危機的状況には変わりない。こんなことを繰り返していて、どうにかなるのだろうか。雲行きが怪しい未来に、不安が募る。
「それ、なんですか?」
 どうやら、手元の手帳と古文書に反応したらしい。

「あ、あぁ、見つけましたよ。儀式の本。それと、メモ帳です」
 と、メモ帳を開いて見せた。これでようやく、この中の文章が読める。しかし、一ページ目から一切の規則性がなく、半分なぐり書き。かけるスペースがないと見ると、次のページに行くというイメージだろう。

 日時が書かれていたり、宅配関係のもの。もはや、電話を受け取った際のメモに関係はないであろう、代金の計算が書かれていることもしばしば。

 何枚もめくっても、それは変わらない。外れかと思った時、無理矢理破った形跡のあるのが見える。穴が空いた中を、金属製のリングを通して止めたものではなく、背表紙や紙同士にしっかりくっつけられたメモ帳なのだから、綺麗に破れば形跡を残すことはないだろうが……

「破られてますね」
「はい」
 その後のメモを見る。

――手伝わなくていい。余所者。紅楽亭。縄。失敗。
「これ……」
 帆野と浅霧のことだろう。
「縄なんて、使われてないですよね」
「確か、病院にそれらしき縄があったな」
「でも、素手じゃなかったですか?」
「確かに……」

 言われてみればそうだ。平助と医者……もしかしたら、医者の女が殺すことが出来ず、平助を呼んだのではないだろうか。占い師の話では、村内会のまとめ役とも言っていたような……

 察せられるところがあったにせよ、肝を冷やすようなメモ。明るみになることは、考えなかったのだろうか。このメモにしては、タイミング的に隠滅出来なかったのだろうが、生贄の儀式と思われるメモは、誰が破った、と考えるのがシンプルだろう。

 その時、塀の上部から唸り声が聞こえる。手すりから身を乗り出したゾンビは、そのままこちらへと落下してきた。無我夢中で逃げようと走る最中、ベランダから足を滑らせ、木造の手すりを壊して、腕一本で宙吊りの状態になった。手すりの隙間を縫ってこぼれる、古文書が視界の端に見えた。

「大丈夫ですか! 帆野さん? 帆野さん!」
 イヤホンから聞こえる塩染の声。答える余裕は、持ち合わせていない。
「帆野さんが落ちました。今、私が引き上げます」

 この音で、全てが知らされる。足元の状態を知ることは叶わないが、近づいて来ているのは直感でわかった。
「浅霧……さん!」
 浅霧は、帆野を引き上げようと手を伸ばしている。ここからの風景では、二階の窓を見るので限界だ。建物と建物の間に入ったゾンビは、どうなっているかわからない。

「早く!」
 そんな中、部屋の中にいたゾンビが反応したのか、窓を雑に叩く音が聞こえた。割れるのも時間の問題だろう。
「自力で上がる!」
 浅霧は、落ちてきたゾンビの方を見やり、牽制しながらそちらへと向かった。

(早く、早く上がらないと……!)
 足元になにかが触れる。下を見ようにも、視界の端に建物が写るばかりで、どうなっているかは未だに把握できない。ありったけの力を込めて、体を持ち上げた。両手、片足が木造のベランダに乗ったところで、窓ガラスが激しく割れた。

(急げ……急げ急げ!)
 手を伸ばして、粘ついた口を開けたときには、しっかりと対面していた。頭部目掛けて、ナイフを振り下ろす。伸びた腕、立った足、全てに力が抜けて、倒れた亡骸から動く気配もない。

 一階から届くゾンビの声が聞こえる中、荒い息が整っていく。浅霧の様子が気になり、体を向けると、頭に突き刺さったゾンビの亡骸を前にして、座り込んでいた。

 代わりに包丁を抜いて、浅霧の肩を支える。
 大丈夫、なんて軽く声をかけても、こんな状況だから、大丈夫ではないのは明白だ。結局、言葉が見つからず、持ち上げる他なかった。

「すみません」
「全然」
(メモ帳、メモ帳はどこだ!)
 周囲を見渡していると、隣の建物のベランダの出っ張りのおかげで、上手く支えてくれていたようだ。今度はポケットにしっかり入れておく。

 しかし、これからどうしたというものか。ここから戻るか、それとも隣の家に渡るか。どうすれば……落ちてしまった古文書も回収しなければならない。それも含め、この状況を打開する策はあるのだろうか。
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