鈍感なオメガは3兄弟に溺愛される

キルキ

文字の大きさ
15 / 15

15

しおりを挟む
連休は驚くほどあっけなく終わった。
家から学校に向かう。今日の帰りには、あの重苦しい家にまた戻らなければならない。

考えるだけで、胸の奥が沈んだ。

紘一とは、あれから一度も連絡を取っていない。既読も未読もないまま、時間だけが過ぎていく。ただ、和馬からの連絡で、紘一がしばらく出張に出ていることだけは知った。

このまま、自然に離れてしまったほうがいいんじゃないか。

俺がいなければ、紘一は余計な気を遣わずに済む。そう思おうとするたびに、胸の奥がちくりと痛んだ。

大学の講義を受けながら、ノートに視線を落としているふりをする。内容はほとんど頭に入ってこない。気づけばスマホに目がいって、紘一からの連絡を待っている自分がいた。

教室を移動するために外へ出たとき、ようやく異変に気づいた。
身体が、やけに重たい。靴底が地面に吸い付くようで、歩幅が自然と小さくなる。

嫌な感じだ。胸の内側が熱を持ち、呼吸が浅くなる。しまった。またヒートでも来てしまったのだろうか。前回のヒートからそう日は経っていないはずなのに、どうして今?

二度とあんなことにならないようにと、すぐに抑制剤を飲む。大方マシにはなったけど、なんだか以前よりも薬の効きが悪い。

 その直後、スマホが震える。慌てて画面を見たせいで落としそうになった。

『何時におわる?迎えに行く』

和馬からだった。紘一からの連絡じゃないことに落胆する自分に、叱責する。わざわざ心配してくれている和馬に失礼なことを思ってしまった。

和馬は車で迎えに来てくれた。中に乗り込んで、エンジン音と暖房の匂いに、張り詰めていた神経が少しだけ緩む。

「この前はあいつが……蓮が悪かったね」

前を向いたまま、和馬が言う。

「いや……和馬さんのせいじゃないし。てか……全部知ってるんだよ、ね?」
「うん。そもそもあの時、蓮のこと止めたの俺なんだよ」

初めて聞く話だった。

見られてたんだ。あの、どうしようもない姿を。

「春斗を風呂に入れたのも俺だし」などと更にとんでもない事実を淡々と告げられ、こっちの情緒は滅茶苦茶になった。

いやいやだって、この日の俺は本当に見てられないような有様になっていたはずで。あの日目が覚めた時、服も身体も全部清潔にされていた。後ろの孔まで全部きれいにされていたのも、紘一が確認していた。まさか俺はこの人に、そんなところの世話までさせちゃったんだろうか。うわあ、死にたい。

誰が洗ってくれたんだろうとずっと疑問には思っていたけど、いざ正体を知ると恥ずかしさで死にそうだった。

ひい~と小さく唸って頭を抱えていると、髪をくしゃっと撫でられた。普段通りの態度の和馬が唯一の救いだ。

家に着く。玄関を上がり、自室に向かおうとして、足が止まった。

蓮の靴がある。いつもならすぐまた家を出てどこかに行ってしまうのに、今回はまだ滞在しているようだ。

強引に捕まれた手首の感触が、唐突に蘇った。

また、あんなことになったら。
あれ以来、やけに近くなった蓮との距離が近くなっていて、俺は危機感を覚えていた。

この家で一人になることが怖い。

「どうしたの?」

後ろから声をかけられて、肩が小さく跳ねた。
和馬が、俺の様子を訝しげに見ている。俺の視線の先を追って、玄関に置かれた靴を見つけると、彼は「ああ……」と何か納得したように、ひとりで頷く。

さすが和馬だ。俺が懸念していることをすぐに察したらしい。

「もうそろそろ、またどっか行くでしょ。それまで部屋に籠もってれば大丈夫だって」
「……でも、一人でいる時に、またああいうことになったらどうしようって、不安で」

言葉にしてしまうと、途端に心細くなる。

「俺の力じゃ、全然かなわなかったから……」

自分の声が、思っていたよりも弱々しくて、情けなくなる。正面から迫られたら、俺は負けてしまうだろう。自信を無くした俺の言葉を、和馬は何も言わずに聞いていた。
俺が顔を上げると、少しだけ眉を下げている。

「一人になるのが、不安なんだ」

確認するような声音だった。

「……うん」
「じゃあさ、俺の部屋にいればいいじゃん」
「え」

和馬は、ほんの一瞬も迷わずに言った。あまりに即答で、逆に言葉を失う。彼は頬を指で掻きながら、少し気まずそうに視線を伏せた。

「あいつがお前をレイプしてた時さ、俺、自室にいたんだよ。もっと早く気づいてたら、とか……俺が出ていってたら、いろいろ阻止できたんじゃないか、とか。………お前と紘一の仲が、ここまで拗れなかったんじゃないか、とかさ」

淡々とした声だったが、途中でわずかに詰まっていた。そんなふうに考えていたなんて、知らなかった。胸の奥が、きゅっと縮む。

「……責任、感じてるんだよ。勝手にだけど。だから俺に守らせてよ。紘一が不在の間だけでいいからさ」
「いや……で、でも」

慌てて首を振る。

「俺、最近、ヒートが不安定で。もしかしたら和馬さんの前で、また……あんなことになるかも」
「不安定??こんなことしてる場合じゃないじゃん病院行けよ」
「今度行くって!」

頭を掴まれ、睨まれる。「とにかく!」と一段と大きな声で和馬が話し出す。

「お客さん。俺、ベータだよ。アルファの彼奴らより安全安心。それに年中引きこもってるせいで細腕だし、メンタルも雑魚。何か間違いが起きそうになっても、撃退しやすいよ。不埒なアルファの魔除けにもなるよ」

少し間を置いて、にやっと笑う。

「すごくお得」
「すごい売り込んでくる」

思わず突っ込んでしまう。言うほど貧弱な体つきでもないくせに、よく言うよ。

「……でも、彼女いる人の部屋には行けないよ。彼女に申し訳ないじゃん」

和馬は、少しだけ視線を逸らした。

「本当は、とっくに振られてる」
「……え?」
「お前には、彼女いる振りしてただけ」
「ええ??」
「うるさいな。俺のほうが年上なんだから、見栄くらい張らせてよ」

そんな滅茶苦茶な理屈だ。

昔から、和馬はこういうところがあるのだ。アルファの兄を二人も抱えてきたせいか、見栄を張って、自分を大きく見せようとする。その流れで、嘘をつくこともあった。

むっとした顔をしてこちらを見下ろしてくる。なんで別れたの?と聞くと、和馬の声のトーンが落ちた。

「……あの子さ。結局、紘一と蓮が目当てで俺に近づいてきただけだったんだよ。兄たちに会いたがる理由を聞いたら、そうだって。思わずあの子に怒ったら、そのまま俺が振られた」
「……なにそれ。知らなかったんだけど」
「こんなこと誰にも言いたくないよ。あーあ……やっぱみんな、アルファを選ぶんだよな。くそ……。いや、今はそんなことどうでもいいんだ。とにかく、お前が気にすることは何もないの!俺の部屋にいなさい」
「いや……でも悪いし。和馬さん、巻き込まれただけじゃない。なんなら俺がこの家を出ればいいだけだから。泊めてくれる友達もいるし」
「俺以外の人の部屋に行かれる方が嫌だわ。心配なんだよ。せめて、この家にいてくれない?メシも作るよ。春斗の好きなペペロンチーノ、毎日食えるぞ」
「……毎日は要らないし」

和馬の料理。若干心がぐらついたのを抑える。

「俺の持ってるゲームも遊びたい放題だ」
「そ、それは気になる……!」

ゲームのパッケージがたくさん並べてある本棚が脳裏に蘇った。いつかさせてもらいたいなと思っていたRPGやノベルゲームがたくさんある。どうしよう、すごく気になる。

俺が明らかに迷い始めると、和馬は微笑んだ。その表情が、幼い頃の彼と重なって、一瞬、言葉を失う。

「……じゃあ、お願いします」

自分で思っていたよりも、ずっと小さくて頼りない声だった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

告白を全部ドッキリだと思って振ったら、三人のアイドルが壊れかけたので彼氏役をすることになりました

海野(サブ)
BL
大人気アイドルヘイロー・プリズムのマネージャーである灯也はある日、その担当アイドル 光留 輝 照真 に告白されるが、ドッキリだと思い、振ってしまう。しかし、アイドル達のメンタルに影響が出始めてしまい… 致してるシーンと受けが彼氏役を引き受けるとこしか書いてませんので悪しからず。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。

叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。 幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。 大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。 幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。  そこで雪政がひらめいたのは 「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」  アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈  ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ! ※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

処理中です...