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話が一区切りすると姉は自室に戻り、母は買い物に出かけていった。一人でリビングに残り、なんとなく昔の写真を見たくなって、家のアルバムを取り出した。さっき母が見せてくれたやつだ。姉や俺の写真はもちろん、井原の3兄弟が写っているものもたくさんある。今はもう写真を撮る機会はぐんと減ったのでアルバムが増えることはないが、常に部屋の見える場所に置いてある。
彼らとはどこにでも行った気がする。海もプールも遊園地も動物園も。
初詣の時の写真が目に入り、ふと思い出したことがある。
幼い頃は、井原家とうちの家族が一緒になって出かけることが多かった。
幼い俺は知らない人間相手だとすぐに人見知りをしてしまい、積極的に構ってくる紘一以外の兄弟とは、あまり言葉を交わせずにいた。
ある年の正月、初詣で神社に行った。
いつものように、井原のお父さんが家まで迎えに来てくれる。この人はとても羽振りがよく、海外のお菓子や見たことのない置物をよく持ってきてくれた。知らないものに興味津々だった俺は、贈り物をもらうたびに大げさにはしゃいでて。そんな俺の反応が嬉しいらしく、度々お土産を持ってくるようになっていた。
ただ、その日の俺はきれいな外国なお菓子や見慣れないおもちゃを貰っても、テンションが上がらなかった。神社に着いてからは、どうにも落ち着かなくなった。
神社が苦手だったのだ。正確に言えば、神社そのものではなく、境内に響く鐘の音が。
音が大きいのが嫌いだった。
それだけじゃなく、聞いていると胸の奥がぐらっとして、気持ちが悪くなる。
一定の調子で鐘が鳴り続けていた。行列に並び、順番を待つ。人混みの中で、俺はこっそりと耳を塞ぐ。
音が嫌だと言えば、このお出かけ自体が中止になってしまうかもしれない。そんなことを考えてしまって、子供なりに気を使っていた俺は、何も言えずにいた。
紘一が何度か心配そうに声をかけてくれていたのは覚えている。でも、俺が耳を塞いでいることにはっきり気づいたのは、和馬だった。
「ねえ」
当時はそこまで会話を重ねたことがなかった和馬が、不意に声をかけてきたのだ。
彼が話しかけてくるのは稀なことで、その時の俺は戸惑っていた。和馬の表情は少し堅かった。きっと彼も、幼い俺に話しかけるのに緊張していたのだろう。和馬は少し顔を上げて鐘楼の方を眺めていた。
「この鐘さ、なんでこんなにうるさいか、知ってる?」
突然の問いだった。頭をハテナにしながら、俺は首を横に振った。耳はまだ塞いだままだけど、視線だけは和馬に向ける。それだけでも鐘の音が遠くに行った気がした。
「音が大きいってのもあるけどな、同時にすごく低いんだ。低い音は、空気を揺らす距離が長い。だから耳だけじゃなくて、腹とか骨にも来る」
ごおん、と、また鐘が鳴る。空気が震えるような感覚に、思わず肩が揺れた。
「ほら。今、胸の奥、動いただろ」
和馬が俺を見下ろしている。どこか得意げな表情だった。言われて、俺は自分の胸に手を当てる。そっか。俺がこの音が嫌いなのは、この感覚が気持ち悪いからなのかもしれない。
「……ほんとだ」
「だろ。だから耳を塞いでも、完全には防げてないでしょ。そんなことしても無駄ってこと。ここから離れない限りは聞こえてくるよ」
和馬は一拍置いてから、少し声の調子を変えた。
「気分悪いなら、あっちで休もう。俺、人が多いところ嫌いなんだ」
そう言って、境内から少し離れた広場の方を指さす。出店や拝殿の前に人が集まっていて、その一角だけが、ぽっかりと空いていた。
そのとき、俺は気づいたのだ。俺が耳を塞いでいた理由を察した上で、わざと別の理由をつけて、ここから連れ出そうとしてくれているのだと。
井原のお父さんに一言断ってから、俺と和馬は広場へ向かった。途中でたこ焼きを買ってもらって、「さっき、食べたそうに見てたから」なんて、何でもないことみたいに言われたけれど、その時の和馬がとても優しく微笑んでいたので、胸の奥がぽかぽかした。
後から聞いた話では、和馬はただ俺に“お兄さんぶりたかった”だけらしい。気の利いたことをしたかった、と笑っていたそうだ。
ベンチに座って、鐘の音が少し遠くなるのを感じながら、俺は和馬の話を聞いていた。神社のこと。祭りの由来。どうして屋台が並ぶのか。どれもが新鮮で、思わずいろんな事を質問した。いつの間にか和馬への緊張は解けて、自然な態度で話せるようになっていて。
俺の知らないことを、面白そうに、分かりやすく話すその横顔を見ながら、俺はいつの間にか、この人みたいになりたい、と思うようになっていた。彼への憧れの始まりはここからだった。
たくさんある写真の中に、あの日の瞬間は残っていない。そのことにどこか寂しさは覚えていたものの、むしろ2人だけの秘密の出来事っぽくてちょっとわくわくする。
あの思い出は俺にとっての宝物になっていた。
スマホの通知がなった。和馬からメッセージが来ていた。俺の身を案じていることと、いつこっちに戻ってくるのかという旨の内容だ。
少しぶっきらぼうだけど、それも和馬らしい。
まだあの家には俺の居場所があるんだ、と思えるのが嬉しかった。
彼らとはどこにでも行った気がする。海もプールも遊園地も動物園も。
初詣の時の写真が目に入り、ふと思い出したことがある。
幼い頃は、井原家とうちの家族が一緒になって出かけることが多かった。
幼い俺は知らない人間相手だとすぐに人見知りをしてしまい、積極的に構ってくる紘一以外の兄弟とは、あまり言葉を交わせずにいた。
ある年の正月、初詣で神社に行った。
いつものように、井原のお父さんが家まで迎えに来てくれる。この人はとても羽振りがよく、海外のお菓子や見たことのない置物をよく持ってきてくれた。知らないものに興味津々だった俺は、贈り物をもらうたびに大げさにはしゃいでて。そんな俺の反応が嬉しいらしく、度々お土産を持ってくるようになっていた。
ただ、その日の俺はきれいな外国なお菓子や見慣れないおもちゃを貰っても、テンションが上がらなかった。神社に着いてからは、どうにも落ち着かなくなった。
神社が苦手だったのだ。正確に言えば、神社そのものではなく、境内に響く鐘の音が。
音が大きいのが嫌いだった。
それだけじゃなく、聞いていると胸の奥がぐらっとして、気持ちが悪くなる。
一定の調子で鐘が鳴り続けていた。行列に並び、順番を待つ。人混みの中で、俺はこっそりと耳を塞ぐ。
音が嫌だと言えば、このお出かけ自体が中止になってしまうかもしれない。そんなことを考えてしまって、子供なりに気を使っていた俺は、何も言えずにいた。
紘一が何度か心配そうに声をかけてくれていたのは覚えている。でも、俺が耳を塞いでいることにはっきり気づいたのは、和馬だった。
「ねえ」
当時はそこまで会話を重ねたことがなかった和馬が、不意に声をかけてきたのだ。
彼が話しかけてくるのは稀なことで、その時の俺は戸惑っていた。和馬の表情は少し堅かった。きっと彼も、幼い俺に話しかけるのに緊張していたのだろう。和馬は少し顔を上げて鐘楼の方を眺めていた。
「この鐘さ、なんでこんなにうるさいか、知ってる?」
突然の問いだった。頭をハテナにしながら、俺は首を横に振った。耳はまだ塞いだままだけど、視線だけは和馬に向ける。それだけでも鐘の音が遠くに行った気がした。
「音が大きいってのもあるけどな、同時にすごく低いんだ。低い音は、空気を揺らす距離が長い。だから耳だけじゃなくて、腹とか骨にも来る」
ごおん、と、また鐘が鳴る。空気が震えるような感覚に、思わず肩が揺れた。
「ほら。今、胸の奥、動いただろ」
和馬が俺を見下ろしている。どこか得意げな表情だった。言われて、俺は自分の胸に手を当てる。そっか。俺がこの音が嫌いなのは、この感覚が気持ち悪いからなのかもしれない。
「……ほんとだ」
「だろ。だから耳を塞いでも、完全には防げてないでしょ。そんなことしても無駄ってこと。ここから離れない限りは聞こえてくるよ」
和馬は一拍置いてから、少し声の調子を変えた。
「気分悪いなら、あっちで休もう。俺、人が多いところ嫌いなんだ」
そう言って、境内から少し離れた広場の方を指さす。出店や拝殿の前に人が集まっていて、その一角だけが、ぽっかりと空いていた。
そのとき、俺は気づいたのだ。俺が耳を塞いでいた理由を察した上で、わざと別の理由をつけて、ここから連れ出そうとしてくれているのだと。
井原のお父さんに一言断ってから、俺と和馬は広場へ向かった。途中でたこ焼きを買ってもらって、「さっき、食べたそうに見てたから」なんて、何でもないことみたいに言われたけれど、その時の和馬がとても優しく微笑んでいたので、胸の奥がぽかぽかした。
後から聞いた話では、和馬はただ俺に“お兄さんぶりたかった”だけらしい。気の利いたことをしたかった、と笑っていたそうだ。
ベンチに座って、鐘の音が少し遠くなるのを感じながら、俺は和馬の話を聞いていた。神社のこと。祭りの由来。どうして屋台が並ぶのか。どれもが新鮮で、思わずいろんな事を質問した。いつの間にか和馬への緊張は解けて、自然な態度で話せるようになっていて。
俺の知らないことを、面白そうに、分かりやすく話すその横顔を見ながら、俺はいつの間にか、この人みたいになりたい、と思うようになっていた。彼への憧れの始まりはここからだった。
たくさんある写真の中に、あの日の瞬間は残っていない。そのことにどこか寂しさは覚えていたものの、むしろ2人だけの秘密の出来事っぽくてちょっとわくわくする。
あの思い出は俺にとっての宝物になっていた。
スマホの通知がなった。和馬からメッセージが来ていた。俺の身を案じていることと、いつこっちに戻ってくるのかという旨の内容だ。
少しぶっきらぼうだけど、それも和馬らしい。
まだあの家には俺の居場所があるんだ、と思えるのが嬉しかった。
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