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兄弟間の雰囲気は最悪だ。喧嘩が起きているというわけではないが、紘一と蓮はなんだか険悪ムードだし、和馬は終始気まずそうにしている。普段から共に食事をする仲ではないが、そんな彼らと廊下ですれ違うだけでも俺の心は擦り減っていた。蓮に至ってはあれ以来、尻を触ってきたり肩を抱いてきたりするので特に警戒対象だった。そんな険悪な空気の中、俺が音を上げるのは早かった。
というわけで連休なので、実家に帰ってきた。
久しぶりのはずなのに、玄関をくぐった瞬間から、胸の奥が重たいままだった。
「おかえりー」と、母親の声が聞こえてくる。夕飯の支度をしているようだった。突然の帰宅にもかかわらず、普段の通りに迎え入れてくれる温かさに、心が少し落ち着いてくる。
荷物を置くために自室に入る。重たいリュックを下ろして、ふと、勉強机の上に置かれた小瓶が目に入る。
貝殻が入っていた。幼い頃、海に連れて行ってもらった時に拾ったものだ。小さくてキラキラしてて、俺には宝物のように見えて、幼い頃の俺は海には目もくれずに砂浜を歩き回っていた。そんな俺に唯一付き合ってくれたのが紘一だった。
今思えば、気になるものがあれば突っ走ってしまう俺の身を案じてくれていたのだろう。岩場を登って平然と歩く俺を見た紘一が、青い顔をしていたのを思い出す。小瓶を眺め、自然と頬が緩んだ。
「……そういえば、このまえ紘一が作ってくれていたご飯、結局食べられなかったな。」
蓮と最後までしてしまった日のことを思い出す。
全ては薬を過信しすぎた自分のせいだ。とんでもないことをしてしまった、という自覚だけが、遅れて追いかけてくる。
紘一を確実に傷つけてしまっただろう。愛していない番とはいえ、他人に、しかも自分の弟に奪われるのは嫌悪でしかないはずだ。
リビングのソファに身体を預けたまま、俺は天井を見ていた。
「久々に帰ってきたと思ったら、ずいぶん元気ないわねぇ」
キッチンから母の声が飛んでくる。心配を隠しきれていない調子だ。
姉はラフな部屋着のまま、抹茶アイスのカップを片手にテレビを眺めている。突然の来訪だったので、俺に何かあったのだろうというのは察されていることだろう。二人とも詳しく事情を聞いてこないのがせめてもの救いだった。
「別に……ちょっと疲れてるだけ」
そう答えた自分の声が、思ったよりかすれている。
母は何か思い出したように、食器棚の上から一冊のアルバムを引っ張り出してくる。
「そういえばさ、これ。片付けてたら出てきたのよ」
俺を元気づけるかのように声のトーンを上げた母につられて、手元をのぞき込む。ぱらりと開かれたページに写っていたのは、遊園地の写真だった。
中央で笑っている、幼い俺。その隣で、手をつないでいる紘一。その周りには井原家の面々と、俺の家族がいる。
「小さい頃はね、井原さんのところの旦那さんが、よく遊んでくれてたのよ」
母は懐かしそうに写真を指でなぞる。
「春斗、ほんとに可愛がってもらっててね。井原さんの家でも、うちじゃ買えないようなケーキとか、東京のお土産とか、よくもらってたわ」
井原家の旦那さん――写真の中で、少し照れたように笑っている男の人。
俺の記憶の中では、優しくて、物知りで、俺が好きなお菓子や料理を覚えてくれていて、そのうえで俺の好物をわざわざ作ってくれるような、そんな人だ。
「……早死にだったわねえ」
ぽつりと、母が言う。確か、肺がんだっただろうか。井原の父親は何年か前に亡くなってしまった。俺もかなり世話になっていたので、その知らせを聞いたときはとても悲しかった。
「まあ、奥さんの裕子は、そこまでショック受けてなかったみたいだったから、よかったけど」
テレビから目を離さないまま、姉が口を挟んでくる。
「ねえ、裕子ちゃん、最近帰ってきてないよね? もうずいぶんイタリア行ったきりじゃない?」
「そうねぇ。あの人、向こうで仕事見つけたって言ってたし」
母の友人である裕子はとても活発な性格の人だ。海外旅行が特に好きで、英語以外の言語もとても上手だった。
突然海外で暮らすと宣言した彼女は、息子三人をあの家に置いて出ていったのだ。だから今あの家で、兄弟3人が静かに暮らしている。
姉はスプーンを口に運びながら、少し間を置いてから言った。
「私、あの人嫌いだったな。井原のお父さん」
「またそれ?なんでそんなこと言うんだよ」
「だって胡散臭いんだもん」
思わず反射的に返してしまった。姉はこっちを見ると、呆れた顔で肩をすくめた。
「春斗って昔から鈍いよね。あの人さ、情緒不安定だったじゃん。ああいうテーマパークにせっかく来てる時でも、意味わかんないことですぐ自分の子ども怒鳴りつけてたし。仕事が忙しくて気持ちに余裕が無かったのか知らないけど、一人でぶつぶつ何か言ってるのを何回も見たし。めちゃ怖いよ」
そんなこと、あっただろうか。俺は本気で首をかしげた。そのような事が本当なら怖いことだけど、でも、それ以上に、よくしてもらった記憶のほうが多い。
「ねえ、春斗」
母の声が、少しだけ低くなる。
「番とは……紘一くんとは、うまくいってるの?」
「……うまく、いってるよ」
内心ぎくりとしたが、顔に出さないように慎重に言葉を絞り出す。母の表情が安堵に変わる。違和感なく言えていただろうか。
こうやって度々母は俺と紘一の事を気にしてくる。事故でいつの間にか番にされたとき、母は焦燥した様子で俺を病院に迎えに来ていた。あの時のことを気にしているようで、せめて俺達がうまくいって欲しいと願っているみたいだ。
けれど姉は、少し違う。
「来年から、授業少し減るんでしょ。学校は遠目だけど実家から通える距離なんだし、戻ってきたら?」
姉が俺の腕を突いた。その言葉に、キッチンにいた母が手を止めて、こちらを見る。
「お姉ちゃんはね、心配なの。紘一くんは悪い子じゃないとわかってるんだけどさ。……どうにもね。あの家に関してはいい印象がなくって。正直、あんまり関わってほしくないの」
姉はそう言って、アイスの空になったカップを置いた。母と違う方向での心配をしているようだった。
普段なら聞き流すところだけど、今の紘一との関係を考えると、家に戻るのも手のように思えた。俺は少し沈黙したあと、あいまいに笑った。
というわけで連休なので、実家に帰ってきた。
久しぶりのはずなのに、玄関をくぐった瞬間から、胸の奥が重たいままだった。
「おかえりー」と、母親の声が聞こえてくる。夕飯の支度をしているようだった。突然の帰宅にもかかわらず、普段の通りに迎え入れてくれる温かさに、心が少し落ち着いてくる。
荷物を置くために自室に入る。重たいリュックを下ろして、ふと、勉強机の上に置かれた小瓶が目に入る。
貝殻が入っていた。幼い頃、海に連れて行ってもらった時に拾ったものだ。小さくてキラキラしてて、俺には宝物のように見えて、幼い頃の俺は海には目もくれずに砂浜を歩き回っていた。そんな俺に唯一付き合ってくれたのが紘一だった。
今思えば、気になるものがあれば突っ走ってしまう俺の身を案じてくれていたのだろう。岩場を登って平然と歩く俺を見た紘一が、青い顔をしていたのを思い出す。小瓶を眺め、自然と頬が緩んだ。
「……そういえば、このまえ紘一が作ってくれていたご飯、結局食べられなかったな。」
蓮と最後までしてしまった日のことを思い出す。
全ては薬を過信しすぎた自分のせいだ。とんでもないことをしてしまった、という自覚だけが、遅れて追いかけてくる。
紘一を確実に傷つけてしまっただろう。愛していない番とはいえ、他人に、しかも自分の弟に奪われるのは嫌悪でしかないはずだ。
リビングのソファに身体を預けたまま、俺は天井を見ていた。
「久々に帰ってきたと思ったら、ずいぶん元気ないわねぇ」
キッチンから母の声が飛んでくる。心配を隠しきれていない調子だ。
姉はラフな部屋着のまま、抹茶アイスのカップを片手にテレビを眺めている。突然の来訪だったので、俺に何かあったのだろうというのは察されていることだろう。二人とも詳しく事情を聞いてこないのがせめてもの救いだった。
「別に……ちょっと疲れてるだけ」
そう答えた自分の声が、思ったよりかすれている。
母は何か思い出したように、食器棚の上から一冊のアルバムを引っ張り出してくる。
「そういえばさ、これ。片付けてたら出てきたのよ」
俺を元気づけるかのように声のトーンを上げた母につられて、手元をのぞき込む。ぱらりと開かれたページに写っていたのは、遊園地の写真だった。
中央で笑っている、幼い俺。その隣で、手をつないでいる紘一。その周りには井原家の面々と、俺の家族がいる。
「小さい頃はね、井原さんのところの旦那さんが、よく遊んでくれてたのよ」
母は懐かしそうに写真を指でなぞる。
「春斗、ほんとに可愛がってもらっててね。井原さんの家でも、うちじゃ買えないようなケーキとか、東京のお土産とか、よくもらってたわ」
井原家の旦那さん――写真の中で、少し照れたように笑っている男の人。
俺の記憶の中では、優しくて、物知りで、俺が好きなお菓子や料理を覚えてくれていて、そのうえで俺の好物をわざわざ作ってくれるような、そんな人だ。
「……早死にだったわねえ」
ぽつりと、母が言う。確か、肺がんだっただろうか。井原の父親は何年か前に亡くなってしまった。俺もかなり世話になっていたので、その知らせを聞いたときはとても悲しかった。
「まあ、奥さんの裕子は、そこまでショック受けてなかったみたいだったから、よかったけど」
テレビから目を離さないまま、姉が口を挟んでくる。
「ねえ、裕子ちゃん、最近帰ってきてないよね? もうずいぶんイタリア行ったきりじゃない?」
「そうねぇ。あの人、向こうで仕事見つけたって言ってたし」
母の友人である裕子はとても活発な性格の人だ。海外旅行が特に好きで、英語以外の言語もとても上手だった。
突然海外で暮らすと宣言した彼女は、息子三人をあの家に置いて出ていったのだ。だから今あの家で、兄弟3人が静かに暮らしている。
姉はスプーンを口に運びながら、少し間を置いてから言った。
「私、あの人嫌いだったな。井原のお父さん」
「またそれ?なんでそんなこと言うんだよ」
「だって胡散臭いんだもん」
思わず反射的に返してしまった。姉はこっちを見ると、呆れた顔で肩をすくめた。
「春斗って昔から鈍いよね。あの人さ、情緒不安定だったじゃん。ああいうテーマパークにせっかく来てる時でも、意味わかんないことですぐ自分の子ども怒鳴りつけてたし。仕事が忙しくて気持ちに余裕が無かったのか知らないけど、一人でぶつぶつ何か言ってるのを何回も見たし。めちゃ怖いよ」
そんなこと、あっただろうか。俺は本気で首をかしげた。そのような事が本当なら怖いことだけど、でも、それ以上に、よくしてもらった記憶のほうが多い。
「ねえ、春斗」
母の声が、少しだけ低くなる。
「番とは……紘一くんとは、うまくいってるの?」
「……うまく、いってるよ」
内心ぎくりとしたが、顔に出さないように慎重に言葉を絞り出す。母の表情が安堵に変わる。違和感なく言えていただろうか。
こうやって度々母は俺と紘一の事を気にしてくる。事故でいつの間にか番にされたとき、母は焦燥した様子で俺を病院に迎えに来ていた。あの時のことを気にしているようで、せめて俺達がうまくいって欲しいと願っているみたいだ。
けれど姉は、少し違う。
「来年から、授業少し減るんでしょ。学校は遠目だけど実家から通える距離なんだし、戻ってきたら?」
姉が俺の腕を突いた。その言葉に、キッチンにいた母が手を止めて、こちらを見る。
「お姉ちゃんはね、心配なの。紘一くんは悪い子じゃないとわかってるんだけどさ。……どうにもね。あの家に関してはいい印象がなくって。正直、あんまり関わってほしくないの」
姉はそう言って、アイスの空になったカップを置いた。母と違う方向での心配をしているようだった。
普段なら聞き流すところだけど、今の紘一との関係を考えると、家に戻るのも手のように思えた。俺は少し沈黙したあと、あいまいに笑った。
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