XNUMX

一貫田

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XNUMX(28)バックドロップ

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 ・・もう12時を過ぎているのか。結局セーラと同じ時間に起きたが、家事をやって仕事のメールを返信していたら、あっという間に午後になってしまった。いい加減コーヒーだけじゃなく、何か形のある物を、形をなくして腹に入れよう。確か食パンがまだ残っていたはずだ。俺はキッチンに行ってサンドイッチを作る事にした。
 しかし三十代になった途端、時間の進みが早くなった気がする・・そう言えば、昔仕事で知り合った2丁目のママがそんな事を言ってたっけ。(ねぇ貴方、20代後半でしょう?、最近時間が早く進むような気がしてない?あのね、10代より、20代の方が時間って早く進むのよ、あっという間に30になるから気をつけなさい。それでね、30代はもっと早いの、一瞬よ、一瞬。それで、さらに早いのが40代。もう、ビックリするわよ、まだ早くなるんだ!って、急行、特急、新幹線か!ってね!ちなみにアタシ今66なんだけど、え?見えない?ありがとー、え?言ってないって、もう!その腕取って、逆十字~!ってね、それはいいんだけど、40代も後半にさしかかった頃にさ、アタシ怖くなったのよ、えっ、それじゃなに、もしかして50代はもっと早いの?・・って事は、リニアかっ!て思ってたらさ、びっくりしたわよ、あんた。50代になったら、逆にちょっぴり遅くなりやがんの。そんで60過ぎたらさ、またちょっと遅くなってきたのよー、もう鈍行?っていうか、どんこうー!)・・なんて言ってたなぁ。
 あの、どうみてもオッサンに見える汚ったねぇママ、元気にしてるかなぁ、筋の通ったカッコイイ人だったなぁ(今って色んな呼び方があるじゃない?オネエとかニューハーフとかドラァグクイーンとかさ。きっとこれからも色んな呼び名が出てくると思うのよ、でもね、オカマはオカマ。必要以上に卑下する必要はないけど、自覚のないマイノリティが本流みたいなツラしたら、それこそ下品よ。自分だけが分かってればいいの、気高いオカマなんだって。)・・とか言って。ああいう人こそ長生きして欲しいなぁ。世界が正しいバランスを保つ為にも。・・・ハムチーズサンドが出来たところで、ドアポストに荷物が投函される音がした。
 俺は行儀悪くパンを貪りながら玄関に向かい、郵便物を取り出した。入っていたのはモウリの依頼で記事を書いた雑誌、実話・バックドロップの最新号だった。(1ページ程度しか書いてない俺にまでわざわざ送ってこなくてもいいのに)と思ったが、一応携わった人間全員に完パケを送っているのだろう、こういう律儀なところは弟の健三社長に似てるのかも知れない。俺はテーブルに座り片手にパンを持ったままパラパラとページをめくった・・だが、表紙から数ページのところですぐにその手は止まった・・・なんて事だ・・この事を、どうセーラに話せばいいのだろう・・。

 ・・・やっぱり小顔矯正して貰って良かった。頭が小さくてスタイル良いってよく言って貰えるけど、顔の輪郭自体がシャープになった気がする。これなら自信を持ってアソートの撮影に挑めるかも。セーラは上機嫌でプジョーを停めていた立体駐車場に戻って来た。・・都内の駐車場は高いしボディメイクにもお金がかかってるけど、全ては最後の仕事の為だ。やっと夢だったファッション誌で、モデルとして撮影して貰えるんだから、自己投資は必要経費だもんね(池上セーラ)としての最後の晴れ舞台なんだから。・・・事前精算機の前で財布を出そうとした時、丁度バッグの中でスマートフォンが鳴っていた。自分の後ろに人が並ぼうとしていたので、セーラは順番を譲って、そこから少し離れたところで電話に出た。相手はカメラマンのナミチだった。
「お疲れ様です・・セーラちゃん」
「お疲れ様です。あ、撮影の件ですか?時間決まりました?」
「ええっと・・あの・・」
「どうしました?ナミチさんにしては珍しくテンション低いですね?風邪でもひきました?」
「いや・・ごめんなさい、なくなりました」
「えっ?・・何が・・?」
 車通りが多かったので、セーラは相手の話をよく聞く為にスマホを逆の耳にあてた。
「撮影自体がなくなりました。・・セーラちゃん、今日発売の実話バックドロップの記事は見ましたか?・・クライアントさんはカンカンでした。セーラちゃんを推薦したボクとしても、あんな物が出てしまっては、もうどうする事も出来ません・・残念です、これから大急ぎで代役を探さないといけないので・・すいません、それでは」電話は21秒で切れた。
 セーラは駐車場の真横にあったコンビニエンス・ストアに駆け込み、実話バックドロップを探した。本に立ち読み防止用の紐がかけてあったので、そのままレジに持って行って購入すると、店を出てすぐゴミ箱の前で雑誌を開いた。
 
〈驚愕!大手事務所の女優が、裏モノAVに出演していた!!〉という見出しと共に、カラーページで大々的に特集されていたそれは、間違いなく十数年前の自分の忘れたい過去であった。
 セーラはその場にあるゴミ箱に雑誌を投げ入れ、急ぎ足で駐車場に戻ると、車に乗り込み、ハンドルに頭を埋めるようにして大声をあげて泣き出した。

 
「えー、だからですね、今更ワタシにはどうする事もできないんですよ」
「わかってます、発売してしまった本を回収しろ、なんて言ってません、例えば次号であれは誤報だったとか、訂正記事を掲載したりですね・・」
「無茶言わんでください、そもそも誤報じゃないんですから」
 それはそうだ、セーラのAV出演は紛れもなく事実だ。
 俺は無駄だとわかっていたが、モウリに電話をかけ、セーラの記事を何とか誤魔化せるように出来ないかと交渉していた。
「大体どうしてアナタが池上セーラの記事の差し止めを要求してくるんですか?えー、どういうご関係なんです?」
「地元の同級生です。彼女の芸能生活に支障の出そうな記事だったので、何とかしてあげたいと思ったんですよ」
「それだけですか?えー、何だかそれ以上に親しいような感じを受けますが・・」
 相変わらず嫌な男だ。
「それだけですよ」
「そうですか。まぁ確かにしばらく池上さんを張っていたところ、お金持ちの若い彼氏がいたみたいですしね、えー」
「なんですって?」
「あー、いえいえ、こっちの話です。確か池上さんは事務所を辞めていますよね?えー、でしたら仕事にはもう支障がないんじゃないですか?復帰するなら別ですけど」
 どういう勘をしているんだこの男は。取材力が尋常じゃない。もしこっちサイドにいてくれたら、マツシタの件ももっと簡単に進展していたかも知れない・・・。
「えー、ワタシはですね、もうすぐ辞めるとか、辞めたばかりのタレントさんにしばらく(付いて回る)ようにしてるんですよ、ガードも甘くなるし、何より記事を出しても事務所がもう止めに来ませんからね。ヘケッヘケッ、そんなわけで池上さんのAVの件は元々知っていたネタだったんですが、事務所が大手でしょ?怖くて数年間出せなかったんですよ、えー、それで辞めたって聞いたんでもう少し何か出ないかな?と、つい最近まで張り付いてたんです、何となく忙しく動いてるような感じがしたので。でも彼女、勘が良いのか、どうやら気づいたようだったので、今回はとりあえずこの記事だけでいく事にしました」
「なんで・・よりによってこのタイミングで・・・」
「なんでって貴方、貴方が記事を飛ばしたからじゃないですか」
「えっ?」
「貴方が3本やるって言ってた記事を一本しかやってくれなかったから、ページを埋める為に、池上さんの記事に急きょ差し替えたんですよ?えー、ご自覚なかったんですか?」
 まさか・・なんてこった・・俺のせいだったのか・・・
「えー、もういいですか?ワタシも忙しいのでね、はい、じゃあ失礼します」
 ツーツーツー。

 リビングのテーブルで雑誌を前に頭を抱えていると、携帯にセーラからメールが届いた。
 ― ごめんなさい。昨日、何日か泊めてとか言ったけど、そっちに行けなくなりました。急なんだけど、引っ越し業者の予約が取れたから明日引っ越す事にしたの。前にも言ったけど荷物はもうほとんどまとめてあったし、後は運んで貰うだけだったから。マンションは自分の名義なので落ち着いたら売りに出そうと思ってます。そんなわけで今から明日の準備をしなきゃいけないんだ。・・実はね、話していた最後の撮影がなくなっちゃったの。だからこっちにいる理由がもうあんまりなくなっちゃって・・もちろんマツシタくんの件は一緒に解決したかったけど・・ごめん、今はそれを手伝えるだけの元気がないみたい・・地元に戻ったらしばらくは実家にいて、それから多分アパートとかを探すと思う。もし貴方も戻ってくるような事があったら言ってね、また会えたら嬉しい。あ、それから例の名刺のオチアイさんとアポが取れています。相談もなく勝手に連絡してごめんね、明日の22時、OO町のノアール・ホテルの7階、741号室に来いって。貴方を必ず連れてくるようにって言ってたから一人でも大丈夫だと思う。というか、よく分からないけど先方は貴方に会いたいみたい。ごめんね、付き会えなくて。よろしくお願いします。また連絡するね。あと、一つお願い、これを見ても電話してこないでね ―
 俺はすぐに電話をかけたが、何度かけてもセーラは出てくれなかった。家を訪ねようとも思ったが、住所すら知らない事に気がついて愕然とした。俺は彼女について何も知らないのだ。
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