霊感頼みの貴族家末男、追放先で出会った大悪霊と領地運営で成り上がる

ヴァンガード家

朝日が窓から差し込み、僕の顔を柔らかく照らす。
目覚めた瞬間、また新しい一日が始まるんだと実感する。

鏡の前に立ち、自分の姿を見つめる。華奢な体つき、青みがかった銀髪、そして不安げな表情を浮かべる灰色の瞳。兄たちの逞しい体格や凛々しい顔立ちとは対照的な自分がそこにいた。

「今日こそは……」

小さく呟く。今日こそは家族に認められる一歩を踏み出したい。そう思いながらも、胸の奥に潜む不安は消えない。

朝食の席。テーブルを囲む家族の中で、僕だけが浮いているように感じる。

「エドガー、今日の剣術の稽古はどうだった？」

父上の野太い声が響く。

「はい、父上。新しい型を習得しました」

長兄エドガーは誇らしげに答えた。

「さすがだな」

父上の目に誇りの色が浮かぶ。その視線が次兄に移る。

「ヴィクター、お前も軍事戦略の勉強は順調か？」

「ええ、父上。昨日の模擬戦では全勝でしたよ」

ヴィクターの言葉に、父上は満足げに頷いた。そして、最後に僕へ。期待とも落胆ともつかない複雑な表情で、父上は尋ねた。

「アリストン、お前は……どうだ？」

「わ、私は……」

言葉が詰まる。

「セ、セリーナ先生から魔法エネルギーの制御を学んでいます」

父上の表情が曇る。

「そうか……頑張るように」

その言葉に込められた失望を、痛いほど感じ取ってしまう。

朝食を終え、城内を歩いていると、僕の足は自然と誰も近づかない古い扉の前に向かっていた。

「また来てしまった……」

震える手で取っ手に触れた瞬間――。

「来てくれたのね、アリストン」

オリヴィアの声だ。目を閉じ、ゆっくりと扉を開ける。そこには、淡い光を纏った彼女の姿があった。

「やあ、オリヴィア」

僕は弱々しく微笑む。

「うれしいわ。でも、また怒られちゃうんじゃない？」

オリヴィアは嬉しそうに頷いた。

「大丈夫、もう慣れたよ」

肩をすくめて答える。自分の言葉に苦さを感じる。霊を見る能力――それは僕の家では歓迎されない才能だった。

「ねえ、アリストン。今朝も家族と上手くいかなかったの？」

オリヴィアが心配そうに尋ねる。黙ってうなずく僕に、彼女は優しく微笑んだ。

「大丈夫よ。あなたには特別な才能があるんだから」

その言葉に少し勇気づけられる。でも同時に、その「特別な才能」こそが僕を孤立させているんだという現実も突きつけられた。

「アリストン様！どこにいらっしゃるのですか！」

リリーの声だ。慌てて振り返る。

「ごめん、オリヴィア。また来るよ」

急いで廊下を戻ると、リリーと出くわした。

「もう、アリストン様！こんなところで何をしていらっしゃるのですか？」

「ごめんリリー。ちょっと、考え事をね、あはは……」

リリーは不審そうな目で僕を見たが、それ以上は追及しなかった。

「セリーナ先生がお待ちです。授業の時間ですよ」

深いため息をつく。また、実用的なスキルを学ぶ時間か……。

教室に向かう途中、窓から庭が見えた。エドガー兄さんが剣術の練習をしている。流麗な動きで剣を振るう姿は、まさに次期当主にふさわしい。

自分の非力さを痛感し、目を逸らす。そのとき、ふと庭の隅に見慣れない影を見つけた。幽霊だ。思わずその方を見つめてしまう。

「アリストン様？どうかしましたか？」

リリーの声にハッとする。

「あ、いや……なんでもない」

慌てて視線を戻す。霊が見えることを他人に悟られてはいけない。そう自分に言い聞かせた。

教室に入ると、セリーナ先生が厳しい表情で待っていた。

「遅刻ですよ、アリストン様」

「申し訳ありません」

小さな声で謝罪する。

「さて、昨日の続きです。魔法エネルギーの制御について—」

セリーナ先生の言葉が、僕の耳には遠くなっていく。心は、またあの部屋に戻っていた。オリヴィアとの会話、霊たちとの交流――それが僕にとっての居場所だった。

でも、その能力は家族には認められない。僕の才能が呪いなのか祝福なのか、未だに分からない。

「アリストン様、聞いていますか？」

セリーナ先生の声に、我に返る。

「は、はい！」

慌てて答えるけど、心の中では自分の存在意義を問う声が響いていた。

このまま、家族の期待に応えられない自分でいいのだろうか？ 霊たちとの絆を大切にしながら、どうすれば自分の価値を示せるのか？

答えの見えない問いを抱えたまま、無情にも時間は流れていく。

成人の儀まで、あと3ヶ月――。

僕の運命が、大きく動き出す時が近づいている。その時、自分の道を見出せるだろうか。それとも、家族の期待に押しつぶされてしまうのだろうか……。