疑似球

Jalan

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疑似球

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 私は美しい清流の川岸を歩いていた。微々たる混じりけをも有さない透明な水が、あの特有の、跳ねるような沈むような、それがなくなってしまうとどこか心に物足りなさを感じてしまうような、そんな音を立てながら流れていた。
 足元には石が無数に転がっている。どれも同じように見えるが一つ一つを手に取ってみると、決して同じ石などそこには無いことがわかる。その石は今、単なる偶然でその形を保っているだけであり恐らく私が死ぬころには、いや、きっとそれよりも前に今と形を変え、別の石へとなっているはずだ。そのような石が、河原に整然と敷き詰められていた。



 しかし歩いていると、川と陸の境目のあたりに妙な窪みがあるのを見つけた。誰かが掘ったようなその穴は、腕を伸ばせば底に届くくらいの深さであった。この穴は何だろうと不思議に思い観察していると、そこに口のようなものがあるのに気が付いた。何かの生き物のようだ。 「それ」はしきりに口を動かし、何かを食べようともがいているように見えた。これは腹が減っているのだろうと推察した私は、手ごろな石を一つ手に取り、開いた口にそっと投げ入れてみた。すると、「それ」は実にうまそうに石を食べた。一つを食べ終わるとまた次の石を欲しがる素振りを見せたため、私が先ほどよりも少しばかり大きめの石を選び、与えた。今度はたちどころに飲み込んでしまい、私はあきれ返った。次は何を与えたらよいだろうかと適当なものを探していると、何やら穴のほうから固く、乾いた音が鳴りだした。急いで戻ってみると「それ」が自身の周囲にある石をひたすらに食べていた音だった。その様子を見て、どうやら私が石を食べさせたことによってそれが食べ物であるとの確信を得たらしいことが分かった。
 自分で餌を食べられるようになったのだからもう面倒はないだろうと思い、私は近くの木にもたれかかりながら、この奇妙な生物をしばし観察することにした。一体この生物は何処からやって来たのだろうか。なぜこのような狭い穴の中に入っていたのだろうか。そんなことを考えていると突然、その生物は石を食べるのをやめた。どうしたのだろう。
 近づいてみると、「それ」が自らの複製を精巧に、丹念に創っていることが判った。非常によくできた一個の複製はやはり、完成するや否や石を食べ始めた。そして、「それら」は石を食べ、食べるのをやめた間に複製を創るという作業をせっせと繰り返した。気づくとその数は、最早数え切れぬほどに増えていた。「それら」の増殖は留まることを知らず、中にはろくに石を食べることをしないで複製作りに力を注ぐものも現れた。
 ここで私は、このまま数が増えると食べる石がなくなってしまうのではないかと心配した。だが教えてやるまでもなく、「それら」はその事実に気が付いたようで、全体の数のバランスを保つべく互いに互いを殺し始めた。しばらくは数が安定したように見えたが、やはり石は少しずつ減っていき、ついには河原から一切の石がなくなってしまった。それと同時に生き物たちはすべて死に絶えた。始まりは十分に知覚しやすい速度で進んだが、消滅は雲が去るよりも早く、野を兎が駆け抜けるが如く過ぎ去った。
 こうして私は一面に、死んだ生き物たちの広がる光景を眺めることとなったが、その光景も長くは続かなかった。山のほうで雨があったのか、急に川の水の勢いが強まっていき次第に溢れかえってしまった。その水が収まり、元の流れにひいていくとそこにはもうあの生き物の痕跡は何も残っていなかった。私が初めてここに足を踏み入れた時のように、美しい石が並んでいた。次はどんな生物に出会えるだろうか、などと考えながら私は川岸を歩いていた。
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