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鳥瞰図
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特に意味の存在しない不定形な毎日を川に浮かべて流れていくのを見送っているだけに過ぎない。絶対的に主観的な視点を持っているはずのこの身体は、客観的にみられることを何よりも嫌うはずのこの自分という人間は、世界の認識の正しい方法を知ろうと空回りばかりしている。地上からしか見ることのできない変わらない視界を嫌っては高みに上り詰め、それまで自分の存在があった地上を空から眺める。そして腐敗しかけている耳と目を使って一瞬の間感じ取ることのできる僅かな快感をかろうじて繋ぎとめる。自分の置かれている場所を「正しく認識」してから日常への帰路をとる。
しかしこの一連の行為で自分は何を会得したといえるのだろう。真実の暴かれない偶然とこの世で最も無力なものの一つである意思によって導かれた地で考え、感じたことに現実はどれだけ含まれているのだろう。恐らく雀の涙ほどの文章も書けずに説明が終わってしまうに違いない。常に、世界を知ろうとして行う全ての行為には人間が人間であることに起因する制約がつきまとう。身体的な制約、心の未発達、能力の不足、そして行動原理の著しい欠如。この日、自分は高い土地に身をおいてそこからの視点をもってして自分のそれまでいた世界を観察しようとした。観察の結果をまとめてみても雄大な風景と心地よい風と躍動感あふれる生命の息吹といった極めて抽象的な外界の事実を時間と空間の制限付きで羅列するほかない。その時、その場所で、何匹のどのくらいの大きさの蠅が自分の側頭部の周りを飛び回って音を立てていたのか。違うとき、違う場所で、自分が観察した景色の中のどこに人間がいて、どこに人間がいなかったのか。その時の自分の立ち位置から雲はいくつ観察できたのか。山はいくつ数えることができたのか。赤はどこにあり、緑はどこにあったのか。自分は何一つ正しく答えることができない。理由はその世界を記憶していないからではない。そうではなくて、その世界を自分のものとして認識していないからだ。意味を本に拠って調べ、眼前の方程式に数字を当てはめ、間違いのない記録を残すやり方をとっている限り、客体に向き合うときにその客体から得ることのできる情報は決して無限ではない。それなのに自分は世界を眺め、それを認識した気になっていた。それまで得ることのできなかった鳥瞰図を懐に入れ、既存の地図を再構築できると思っていた。認識を認識と素直にも認めてしまい、自分の行為に形骸的な意味を見出そうとしていた。
だが、現実として客観性を崇拝し、主観を持ち合わせていなかった自分にはそれらを遂行できる道理がない。一番高い地点に到達するまでに何時間かかっただの、何本の木々を通り過ぎ、いくつの命を殺しただの、そういったことに価値を与えられるのは不自然な思考の導くところにすぎず、その場に到達したときに何を思ったのか、木々の中で脳は何を会話したのか、命のやり取りに責任と義務をどの程度持ち合わせていたのか、といったような問題が本来の世界認識の中では語られてしかるべきである。
それをしないというのなら人生とは、特に意味の存在しない不定形な毎日を川に浮かべて流れていくのを見送っているだけに過ぎない。
しかしこの一連の行為で自分は何を会得したといえるのだろう。真実の暴かれない偶然とこの世で最も無力なものの一つである意思によって導かれた地で考え、感じたことに現実はどれだけ含まれているのだろう。恐らく雀の涙ほどの文章も書けずに説明が終わってしまうに違いない。常に、世界を知ろうとして行う全ての行為には人間が人間であることに起因する制約がつきまとう。身体的な制約、心の未発達、能力の不足、そして行動原理の著しい欠如。この日、自分は高い土地に身をおいてそこからの視点をもってして自分のそれまでいた世界を観察しようとした。観察の結果をまとめてみても雄大な風景と心地よい風と躍動感あふれる生命の息吹といった極めて抽象的な外界の事実を時間と空間の制限付きで羅列するほかない。その時、その場所で、何匹のどのくらいの大きさの蠅が自分の側頭部の周りを飛び回って音を立てていたのか。違うとき、違う場所で、自分が観察した景色の中のどこに人間がいて、どこに人間がいなかったのか。その時の自分の立ち位置から雲はいくつ観察できたのか。山はいくつ数えることができたのか。赤はどこにあり、緑はどこにあったのか。自分は何一つ正しく答えることができない。理由はその世界を記憶していないからではない。そうではなくて、その世界を自分のものとして認識していないからだ。意味を本に拠って調べ、眼前の方程式に数字を当てはめ、間違いのない記録を残すやり方をとっている限り、客体に向き合うときにその客体から得ることのできる情報は決して無限ではない。それなのに自分は世界を眺め、それを認識した気になっていた。それまで得ることのできなかった鳥瞰図を懐に入れ、既存の地図を再構築できると思っていた。認識を認識と素直にも認めてしまい、自分の行為に形骸的な意味を見出そうとしていた。
だが、現実として客観性を崇拝し、主観を持ち合わせていなかった自分にはそれらを遂行できる道理がない。一番高い地点に到達するまでに何時間かかっただの、何本の木々を通り過ぎ、いくつの命を殺しただの、そういったことに価値を与えられるのは不自然な思考の導くところにすぎず、その場に到達したときに何を思ったのか、木々の中で脳は何を会話したのか、命のやり取りに責任と義務をどの程度持ち合わせていたのか、といったような問題が本来の世界認識の中では語られてしかるべきである。
それをしないというのなら人生とは、特に意味の存在しない不定形な毎日を川に浮かべて流れていくのを見送っているだけに過ぎない。
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