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Story2-awakening- 生贄の男
Ⅰ
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「張さん、来客の方から差し入れ頂いたんですが、お一ついかがですか?」
にこにこと人好きする顔で、個包装のマドレーヌを手渡してくる男。名前は、広森雄貴。
20代の派遣社員で、王支社長が、埠頭の倉庫でリフトマンをしていたところを拾ってきた人材だと言う。
我が社で唯一、支社のオフィスに採用された日本人だ。
「ありがとう、皆きみを餌付けしたくて仕方ないんじゃないか」
菓子の封を開けて嬉しそうに笑う広森くん。
「皆さんが優しいんですよー」
彼が、支社長室付雑務スタッフとして働き始めてから、ひと月。
慌てて揃えたという吊るしのスーツも馴染み、日々の細かなルーティンもすっかり熟れた。
元来、器用で且つ飲み込みの良い男なのだろう。
支社長室での雑務がほとんどだが、社内の雑務も卒なくこなす。
いつもニコニコと人懐こく笑っているためか、始めは派遣の大抜擢を遠巻きに見て、こそこそと噂話をしていた社員達とも、今ではすっかり親しくなったようだ。
最近では「癒しの広森くん」とまで言われている。
そんな広森くんに一番近いのは、3人いる支社長秘書のひとりで、社内で事務処理を多く担当する俺かも知れない。広森くんと年が近いこともあり、他愛ない話をする仲だ。
俺の在籍する秘書室は、支社長室の左隣室。
広森くんのロッカー兼デスクは右隣室にある物置兼ペットルームの一角に急遽備えられたそうだ。広森くんが、ペットの世話係を主に担当するためだと聞いている。
支社長が、仕事中の世話を任せているのは愛犬の『ラッキー』。雄のラブラドールレトリーバーだ。
彼も、広森くんを随分気に入っている。
ラブラドールのくせに警戒心が強くて、社員の誰にも決して近寄らせず、懐かなかったラッキーが、まさかたったひと月で。
「おまたせ、ラッキーくん。散歩に行く?」
リードを手にして広森くんがしゃがむと、ラッキーは悠然と近づいていき、屈んだ広森くんの背にやさしく擦り寄る。
「広森くんは、誰にでも好かれるね」
黒い首輪にリードを付けると、広森くんがゆっくり立ち上がった。
「ラッキーくんが優しいんですよ、ね?」
それに応えるように、くうん、と鳴くラッキーの声がなんだか甘い。
「カップルみたいだな。ラッキーは犬なのに」
ハハハッ、と笑う俺に、広森くんは何故か頬を赤らめつつ支社長室のドアを開けた。「さあ、行こうか」と広森くんが部屋を出ていく姿を目で追う。
彼がここに配属された時、支社長は俺ひとりを呼び出して告げた。
「あの日本人から目を離すな。不審な動きがあればすぐに連絡しろ」
そして、にやりと笑って呟いたのだ。
「お前まで誘惑されるなよ?」
不審な動き? 誘惑?
………………、いったいどういうことだろう。
にこにこと人好きする顔で、個包装のマドレーヌを手渡してくる男。名前は、広森雄貴。
20代の派遣社員で、王支社長が、埠頭の倉庫でリフトマンをしていたところを拾ってきた人材だと言う。
我が社で唯一、支社のオフィスに採用された日本人だ。
「ありがとう、皆きみを餌付けしたくて仕方ないんじゃないか」
菓子の封を開けて嬉しそうに笑う広森くん。
「皆さんが優しいんですよー」
彼が、支社長室付雑務スタッフとして働き始めてから、ひと月。
慌てて揃えたという吊るしのスーツも馴染み、日々の細かなルーティンもすっかり熟れた。
元来、器用で且つ飲み込みの良い男なのだろう。
支社長室での雑務がほとんどだが、社内の雑務も卒なくこなす。
いつもニコニコと人懐こく笑っているためか、始めは派遣の大抜擢を遠巻きに見て、こそこそと噂話をしていた社員達とも、今ではすっかり親しくなったようだ。
最近では「癒しの広森くん」とまで言われている。
そんな広森くんに一番近いのは、3人いる支社長秘書のひとりで、社内で事務処理を多く担当する俺かも知れない。広森くんと年が近いこともあり、他愛ない話をする仲だ。
俺の在籍する秘書室は、支社長室の左隣室。
広森くんのロッカー兼デスクは右隣室にある物置兼ペットルームの一角に急遽備えられたそうだ。広森くんが、ペットの世話係を主に担当するためだと聞いている。
支社長が、仕事中の世話を任せているのは愛犬の『ラッキー』。雄のラブラドールレトリーバーだ。
彼も、広森くんを随分気に入っている。
ラブラドールのくせに警戒心が強くて、社員の誰にも決して近寄らせず、懐かなかったラッキーが、まさかたったひと月で。
「おまたせ、ラッキーくん。散歩に行く?」
リードを手にして広森くんがしゃがむと、ラッキーは悠然と近づいていき、屈んだ広森くんの背にやさしく擦り寄る。
「広森くんは、誰にでも好かれるね」
黒い首輪にリードを付けると、広森くんがゆっくり立ち上がった。
「ラッキーくんが優しいんですよ、ね?」
それに応えるように、くうん、と鳴くラッキーの声がなんだか甘い。
「カップルみたいだな。ラッキーは犬なのに」
ハハハッ、と笑う俺に、広森くんは何故か頬を赤らめつつ支社長室のドアを開けた。「さあ、行こうか」と広森くんが部屋を出ていく姿を目で追う。
彼がここに配属された時、支社長は俺ひとりを呼び出して告げた。
「あの日本人から目を離すな。不審な動きがあればすぐに連絡しろ」
そして、にやりと笑って呟いたのだ。
「お前まで誘惑されるなよ?」
不審な動き? 誘惑?
………………、いったいどういうことだろう。
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