隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき

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隣の席のイケメンに懐かれた

修学旅行 1日目

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高校の一大行事といえば、修学旅行だ。
俺が通う学校も、とうとうその日を迎えた。


「おはよ、柴野」
「高峰。おはよう」


校門を入ってすぐのところで高峰に声をかけられた。
高峰朝ちゃんと起きれたんだなぁ、と思っていると。


「柴ちゃんはよー!」
「おはよう柴野」
「おはよう2人とも」
「お前ら俺に対しては?」


矢沢と早川に挨拶をする。高峰は、自分に対して何も言われなかったことに対して、怒っているらしい。


「いたんだ高峰」
「おい、いたんだってなんだ早川」


このくだり前にも見たことがあるなぁ、と思いつつ2人を眺めた。


「そろそろ先生のところに集合しないとダメっぽいな。行こー柴ちゃん」


矢沢は言い合いをしている高峰と早川を放って、俺に声をかけた。俺は頷いて、矢沢と一緒に先生のところへ向かう。


「ちょ、矢沢。勝手に柴野連れて行くなよ」
「お前らが喧嘩してるからだろ」
「喧嘩はしてない」


急いで追いついてきた高峰が俺と矢沢の間に入り込む。
しれっと高峰が俺と手を繋いでいるのはつっこんだ方がいいんだろうか。


「柴野、嫌だったらちゃんと言った方がいいよ」


いつの間にか隣にいた早川が俺に言う。


「別に嫌じゃないよ。大丈夫」
「ならいいよ。そうだ、気になってたんだけど、柴野ってパーソナルスペース狭い方なの?」


早川の言葉を受けて考える。


「うーん、そんなに狭い方ではないと思うけどなぁ」
「そう?高峰がグイグイいくけど、あんまり困ってるの見たこと無いなって」
「あー……高峰はなんか大丈夫なんだよなぁ」
「……へぇ」


早川がニコッと笑う。今なんか笑う要素あった?


「なに話してんの?」


高峰がグイッと寄ってくる。


「柴野は無防備すぎるって話」
「そんな話してないけど!?」
「それはそうだな。もっとちゃんと警戒したほうがいい」
「それ、高峰だけは言う権利ないから」


そんな話した覚えがない、という俺の話は、早川と高峰には聞こえてないらしい。


「おはよう、4人とも!朝から仲が良いな!」
「あおきんは朝から元気ねー」


担任の青木先生が話しかけてきた。先生は相変わらず声が大きい。いつも元気な矢沢も少し困惑している。矢沢は青木先生のことを「あおきん」と呼んでいるらしい。


「班員が全員そろったら、列に並んで座ってくれ!」
「わかりましたー。みんな行こー」


矢沢に着いて行き列に並んで座る。
ちなみに同じ班のメンバーは、俺、高峰、早川、矢沢だ。いつの間にか決まっていた。


「俺なんかが同じ班でよかったの?」


班のメンバーは自由に決められるので、男女混合の班もある。この3人だったら引く手数多だっただろう。


「なに言ってんの、俺らが柴ちゃんとがいいんだよ」
「柴野は俺らと一緒嫌だった?」
「いや、嬉しいよ。みんなでどこか行くの初めてだし」


俺は首を横に振ると高峰たちがニコニコしている。顔がいいからむやみに笑うのはやめてほしい。


「なにあのイケメンたち。めっちゃニコニコしてるんだけど」
「なにがあったの可愛いな」


一気に周りの目が集まる。何人か倒れてないか??


「はいはいみんな注目!これから校長先生と教頭先生からお話があるのでしっかり聞くように!」


青木先生の大声が初めて役に立った瞬間だった。顔もうろ覚えの校長と教頭が前に立っている。


「あれ聞いてる人いんの?」


後ろで高峰が肩をすくめる。少なくとも俺は聞いていない。


「柴野」


高峰に名前を呼ばれたかと思うと、グイッと引っ張られた。


「うわっ!?」


高峰が後ろから腕を回す。しっかりホールドされて動けない。


「な、なに?高峰」
「暇だから」


答えになってない気がするんだが。俺の手を取ると、握りだした。遊んでいるみたいだ。
まあいいか、と高峰に体を預けて前を向く。
いつの間にか、前で話しているのが校長から教頭になっていた。

教頭の話が終わる。今からバスに乗り込むみたいだ。

俺たちは後ろから2番目と3番目の通路の左側の席だ。


「柴野、俺らはこっちに座ろ」


俺と高峰は後ろから2番目の席に座った。窓際が俺、通路側が高峰だ。


「そこ高峰なんだーー!ねぇあとでトランプしよ!」


高峰の斜め後ろ、つまり1番後ろの5人席に座っていた女子が高峰に話しかける。


「嫌だよ。てかなんでお前らそこなの?山田たちだったじゃん」


山田はうちのクラスの男子だ。高峰たちとも仲が良かった気がする。


「替わってもらったの!」
「あいつら余計なことを……」


高峰がボソッとつぶやく。モテる人は大変だな、とつくづく思う。


「高峰、俺と席替わる?」


俺は小声で隣の高峰に声をかける。俺が高峰と交換したら高峰の負担も少し減るだろう。


「柴野は気にしなくていーよ。でも、ありがと」


そういってフッと微笑み、頭を撫でてくる。イケメンの破壊力は凄まじい。

少しすると、バスが動き出した。


「俺眠いから寝るわ。柴野、着いたら教えて」
「うん。分かった。おやすみ」


高峰は、寝ることで女子たちと関わることを遮断したようだ。1番得策だと、俺も思う。


「えー!高峰寝るのーー?」
「もっと話そうよーー!」


女子たちは面白くない、という風に唇を尖らせた。
確かに、俺もあと少しくらい、高峰と話したかったな。



ーーーー



バスに揺られること1時間。高峰は熟睡しているようだった。

寝ている時でも相変わらず顔がいいな、と感心していると、高峰の頭が通路側に傾いてカクンカクンと動いていた。


「高峰カクンってなってるーー!」
「かわいいーーー!」
「ねぇ起こしちゃおうよ」
「いいね」


その様子を見ていた女子たちが、高峰を起こそうとしている。
せっかく気持ちよさそうに寝ているのに、可哀想だと思った俺は、高峰の頭を自分の方に寄せた。
そして、人差し指をたてて唇に当てる。


「高峰、寝てるから、そのままにしてあげてくれない?」


小声で女子たちに呼びかけた。ちゃんと聞いてくれるだろうか。


「…………あ、うん。ごめんね」
「なんか新たな扉開いたわ」
「分かる」


一瞬ぽかんとした女子たちだったが、すぐに別の話題に移ったみたいだ。
よかった、成功した。
高峰は俺の肩ですうすうと寝息をたてている。
息が頬に当たって少しくすぐったい。

30分ほど経つと、バスの前方にいた先生が話し出した。


「そろそろ駅に着くぞーー!周りに寝ている人がいたらおこしてやれーー!」


俺は隣で眠っている高峰に声をかける。


「高峰、そろそろ着くって。起きれる?」
「んー……」


高峰はぐりぐりと俺の肩に頭を埋める。完全に寝ぼけてる。


「高峰ー」
「……」


呼びかけても反応がない。寝起きは悪い方なのだろうか。新たな一面が見れて嬉しいが、そろそろ起きてくれないと困る。

いつも高峰は頭を撫でてくるので、俺も撫でようか……と思ったが、さすがにバチっとセットしてある髪の毛を触るわけにはいかない。

迷った挙句に、俺は高峰の顔に触ることにした。
すみません、神様。このイケメンに触るというご無礼をお許しください。

心の中で神様に謝り、おそるおそる高峰の顔に手を伸ばす。高峰の顔は俺の片手にすっぽりとおさまった。
いや嘘だろ。顔小さ過ぎないか?

親指を動かして高峰の顔を撫でる。


「……ふへ」


俺の指がくすぐったかったのか、高峰がニコッと笑った。その顔を見るとだんだん顔が熱くなってくる。
なにしてるんだろ、俺。

我に返り、手を離そうとする。と、その手を高峰がガシッと掴んだ。


「た、高峰?」
「……ん、あれ。しばのだ。どしたの、顔真っ赤だよ。かわいいね、ちゅーしていい?」


目がうつろな高峰がニコニコして、俺に迫ってくる。
絶対寝ぼけてる!てか、ちゅーって!?
状況を全くと言っていいほど理解できていない俺の胸の鼓動は、急激に速くなっていく。


「ちょ、高峰っ!」


胸のドキドキが最骨頂になり、思わずグッと目を閉じる。

が、次の瞬間バシンと力強い音が聞こえてきた。
目を開けると高峰が頭をおさえている。


「痛ぇな!なにすんだよ」
「それはこっちのセリフだ、バカ。なに柴野にセクハラしてんだよ」


どうやら前の席に座っていた早川が、身を乗り出して高峰を叩いたらしい。

びっくりした……本当にキスされるかと思った。


「柴野、大丈夫?ごめんね、このバカが。躾けとくから許して」
「早川、俺はお前の子供か?」
「うるさいこのバカ息子。早く柴野に謝りなさい」
「柴野、ごめん。完全に寝ぼけてた」
「俺は全然平気だから。気にしないで」


早川に叱られてシュンとなった高峰は、ほんとに子供みたいで思わず笑ってしまう。

少しすると、バスが停まった。駅に着いたみたいだ。


「みんな起きたかーー?それじゃあ降りるぞーー!降りたら自分の荷物をバスの運転手さんから受け取ってくれ!」


先生の言葉に従って、順番に降りていく。
バスに乗せていた荷物を受け取るらしい。


「柴野の分も俺がもらってくるわ」
「別に自分で……」
「さっき悪いことしたし、俺に持って来させてよ」
「……わかった」


高峰が取りに行ってくれるらしい。俺は気にしてないんだけどな。まあここは、ありがたくやってもらおう。
高峰に取ってもらうのを待っていると。


「ねぇねぇ柴野くん」
「なに?」


さっき後ろの席に座っていた一軍女子だ。
なんだろう。もしかして、さっき高峰を起こすな、って言ったことに怒ってる?


「柴野くんと高峰って付き合ってるの?」
「……え?付き合ってないけど……なんで?」


突然そんなことを聞かれて戸惑う。
女子たちは顔を見合わせた。


「距離がなんか、近いっていうか」
「そうそう。距離感バグってるよね」
「あれは完全に……」
「「恋人の距離」」


そういうと女子たちは騒ぎ出した。意識したことなかったけど、そんなに近かったのか……そういえば、朝にも早川に同じようなこと言われたような。


「えぇ……俺らって距離近い?」
「うん。めちゃくちゃ」
「逆に気づいてなかったの?」
「あれだけ近かったら恋人と勘違いしちゃうよねー!」
「そうなんだ……ごめん、ありがとう。これからは気をつける」


高峰を狙ってる人は大勢いる。そんな人たちに勘違いされるのはまっぴらごめんだ。


「いや、気をつけなくていいよ!」
「むしろそのままがいいっていうか!」
「……えぇ」


訳が分からず混乱している俺を、後ろから誰かが抱きしめる。


「柴野になにしてんの」


俺にこんなことするのは1人しかいない。


「高峰」
「荷物とってきたよ。はい」
「あ、ありがと」


高峰が俺に荷物を渡してくれた。そんな俺たちを見て、女子たちはニヤニヤしている。


「あぁ~。なるほどね、そういうことかー」
「高峰、大丈夫。私たちは高峰の味方だから」
「高峰、距離感バグってるみたいだから、ちゃんと世話してあげなよ」
「は?あぁ……わかった」


高峰は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに女子たちの言葉に頷いた。


「なんの話?」
「柴野はまだ知らなくていいよ」


高峰に聞いたけど、教えてくれなかった。
っていうか、「まだ」ってなに??


「はい、みんな早く並んでーー!新幹線に乗るぞーー!」


先生が叫んでいる。先生の大声大活躍だな。


「柴ちゃーん、高峰ー、行こー」


矢沢に呼ばれ、返事をして着いていく。
高峰がいつの間にか俺と手を繋いでいる。
女子たちや早川に距離が近い、と言われたことを思い出し、俺はその手を離す。


「柴野、俺と手繋ぐの嫌だった?」
「嫌じゃないけど、付き合ってるって勘違いされるから……そうなったら、高峰に迷惑かかるなって」


高峰がジッと見つめてくる。うっ、やめてくれ。その顔で見ないでくれ。罪悪感が……


「俺はいいよ。勘違いされても」


高峰はいたずらに笑う。俺は思わず顔を背けた。こんなイケメン直視できない……


「だから、手、繋ご」


高峰はそういって手を差し出す。こんなことされたら断れない……


「わ、わかった」


俺が手を伸ばすと、高峰はそれをギュッと握った。
後ろにいた女子たちがキャーと悲鳴をあげる。
すると早川と矢沢が振り返って俺たちを見る。


「高峰、柴野にセクハラすんな」
「セクハラじゃありませーん。合意のうえですー」
「柴ちゃーん、困ったらいつでも言って。早川が殴るから」
「任せて」


早川が笑顔で拳を握っている。怖いよ、早川。


「俺は全然。むしろ高峰に迷惑かけてるから……」


俺がそういうと、矢沢と早川ははぁーっとため息をついた。


「柴野は高峰を甘やかし過ぎだよ」


俺が高峰を?
むしろ高峰が俺を甘やかしてくれるような……

首を傾げている俺を見て、矢沢と早川はもう一度大きく息を吐いた。



ーーーー



新幹線に乗り込む。席は、俺と高峰、矢沢と早川が向かい合って座る形だ。


「柴野、トランプする?」


早川がカバンからトランプを取り出した。


「!!うん、する!」


俺は大きく頷く。友達とトランプなんていつぶりだろうか。


「かわい……」


高峰はボソッと呟いて、俺を撫でる。
顔をしかめて高峰に言う。


「かわいくはないだろ……」
「柴野はかわいいよ」
「早川まで!」


俺は助けを求めて矢沢を見るが、矢沢も生温かい目で見てくる。
トランプで喜んだ自分が恥ずかしくなってきた。


「俺のことはいいから、早くしよ!」


熱くなった顔を隠して、早川を急かす。
早川は器用にトランプを交って、みんなに配った。
ババ抜きらしい。

矢沢、早川、高峰、俺の順番に抜いていく。
手札を見ると、ババがこちらをむいて笑っていた。

高峰が俺の手札を抜く番だ。俺はババを持っているのを悟らせないように、ポーカーフェイスを貫いているつもりだ。

が、高峰は見事にババを避けて抜く。
次も、その次もだ。
いつのまにか、矢沢と早川が抜け、最終的に俺と高峰の一騎打ちになった。
高峰はサラッとババではない方を抜き、「はい、おわり」と手札を捨てた。
俺の負けだ。一度もババは動くことなく、俺の手元に残っていた。


「高峰強くない?」
「俺が強いっていうか、柴野が弱すぎる」
「え?」
「気づいてないの?柴野めちゃくちゃわかりやすいよ」


俺はショックを受ける。そういえば前も、高峰に嘘を見破られたような……


「もう一回!」


俺は何度もリベンジしたが、一度も勝つことはなかった。


「うぅ……」
「ごめん柴野、いじめ過ぎた」


落ち込んだ俺を高峰が撫でる。矢沢も早川も俺を撫でてきた。


「わかりやすいのが柴野のいいところだよ」
「そーそー。柴ちゃんはそのままでいいからねー」


2人はまるでぐずる子供をあやすように俺にいう。


「ほら、柴ちゃん、そろそろお弁当くるんじゃない?」


拗ねていた俺の気を逸らすように、矢沢が青木先生を指す。どうやら先生がお弁当を配っているようだ。

お弁当を食べ、少しすると、駅に着いた。



ーーーー



「ここからは、歴史学習だ!有名な神社や寺に見学に行く。列を乱すなよーー!」


先生の言葉で、列が動き出す。どうやら寺社仏閣を見学するらしい。

人気の修学旅行地であるためか、別の高校の生徒と思われる人たちも大勢いる。

有名な神社に入ると、少しの自由時間が取られた。


「どこの学校ですか?」
「イソスタやってますか!?」
「やばい、ちょーカッコいいー」


高峰たちはというと、いつも通り女子に囲まれていた。俺たちの学校とは違う制服を身にまとっている。
こうなると長いのだ。高峰たちは困った顔をしつつ誘いを断っている。モテるのも大変だなぁ。としみじみ感じる。

なんとか女子を退けると、3人は大きく息をついた。


「大変そうだね」
「柴野~」


高峰はガバっと俺に抱きついてくる。スゥーッと大きく息を吸われる。


「柴野の匂い……」
「たっ、高峰?」


俺が困惑していると、早川が高峰をベリっとはがした。


「高峰、さすがにキモい」
「鳥肌たったわ」


矢沢は腕をさすった後、俺を高峰から引き離す。
そして、俺の肩をつかみ、諭すように言った。


「柴ちゃん、いい?簡単に人に抱きつかせちゃいけません」
「えぇ……でも高峰だし……」
「高峰でもダメ。お兄ちゃんとのお約束です。わかった?」


有無を言わせない矢沢の圧に俺は頷くことしかできない。
ていうか、いつから矢沢は俺のお兄ちゃんになったんだ?

高峰の方をちらっとみると、早川に怒られているようだ。口調は穏やかだが、目が笑っていない。この中で一番怒らせてはいけないのは早川だと、俺は本能で理解する。


「まあまあ、早川。そんくらいにして、おみくじ引きに行こーよ」


矢沢が早川をなだめる。こんな状態の早川を止められるのは矢沢だけだろう。


「柴ちゃんも行こー」


矢沢の呼びかけに頷いておみくじの売店に目を移したときだった。
歩き出そうとした俺の足が止まる。


「柴野?どした?」


隣にいた高峰が急に止まった俺をのぞきこむ。
俺はハッとして首を振る。


「や、やっぱり、俺はいいや。ちょっとトイレ行ってくる!」
「あ、おい」


高峰の制止を振り切ってトイレの方へ走り出す。

なんで、なんで、なんで。

俺の頭はこのことでいっぱいだった。



なんで、“アイツ”がここにいる?



ーーーー



それから、神社や寺を周り、あっという間に旅館に着いた。
旅館に着くとすぐに、夕飯の時間になる。

美味しそうな旅館の食事も思うように喉を通らない。

俺の頭は“アイツ”のことでいっぱいだった。

気にしない、今日いたのはたまたまだ、もう会うことなんてない。そう自分に言い聞かせば言い聞かせるほど、“アイツ”に頭の中を蝕まれる。

怖い、という感情が頭の中で膨らんでいく。


「柴野、もう食べないの?」


隣に座っていた高峰が俺の顔をのぞき込む。ホテルの夕飯は、円形のテーブルに班ごとに座るようになっている。
俺の正面に座っている早川も、心配そうな表情で俺を見る。


「あ……うん。昼のお弁当、いっぱい食べたから。あんまりお腹空いてなくて……」


食欲がない、というのは嘘ではない。ただ、その理由はお弁当ではない。


「食べ終わった班から、退出してくれ!この後8時から1組から順番に大浴場に入るように。時間厳守だそ!」


青木先生が、号令を出す。ポツポツと他の班の人たちが夕飯会場から出ていく。


「俺たちも出ようか」


早川の言葉に頷き、席を立つ。高峰はまだ心配そうに俺の顔をのぞく。


「具合悪い?」
「いや、全然平気。ほんと、なにもないから気にしないで」


俺は無理やり笑顔を作る。これは俺の問題だ。高峰たちに心配かけるわけにはいかない。
すると、高峰はスッと手を伸ばし、俺の額にあてた。


「熱はないみたいだけど、ちょっとおかしいなって思ったら早めに言いな」


高峰の言葉に頷く。ごめん、高峰。無駄な心配かけて。



ーーーー



着替えを持って部屋を出て、大浴場に向かう。着替えは体操服だ。体操服で寝る決まりのようだ。

脱衣所に着くと、服を脱ぐ。
高峰たちがなにか話しているようだったが、それも気にならないほど俺の頭は“アイツ”に支配されている。
先に入っておこうと、大浴場に入る。

あまり人がいないシャワーのところに座り、頭と体を洗う。どれだけ洗ってもあの記憶は流されてはくれないようだ。

広い大浴場を歩き、一番端の浴槽に入る。大浴場は、俺たち修学旅行生以外にも、一般のお客さんもいて、かなり混み合っている。

肩まで湯に浸かり、なんとなく天井を見上げる。天井には和風の絵が描かれている。

じっとその絵を眺めていると、だんだんと頭が回らなくなってきた。

体も温まり、少しずつ、あいつの記憶が薄れていく。
いや、正確に言えば、薄れていったのではなく、考えられなくなっている。

今はその方がいい。そう思った時。

俺の体を誰かが引き上げた。


「柴野!おい、大丈夫か!?」


引き上げられた体はまるで鉛のように重い。自分では支えきれなくてふらついた俺を、しっかりと支えてくれる。


「柴野、聞こえてる?」
「高峰……」
「のぼせてる、早く外に連れて行こう」


俺の顔をのぞきこんだ早川が言った。
あぁ、俺のぼせてたのか……
そうぼやっと考えている俺を、矢沢と高峰が支えて歩き出す。


「柴ちゃん、大丈夫?あがったら、冷たい飲み物飲もうね」


矢沢が俺の頭をポンと撫でる。
俺が小さい声で「ごめん…」とつぶやくと、矢沢は「いーよ」と笑う。

大浴場から出て、体を拭いて、服を着る。頭はまだ濡れているが、頭を拭くほどの体力が残っていなかった。


「柴野、おいで」


高峰が近くにあった椅子を叩く。座れ、ということらしい。俺は大人しくそこに座った。
首にかけてあったタオルを取り、高峰が俺の頭を拭いてくれた。


「ありがと」
「まだ終わってないよ」


俺が礼を言うと次は、ドライヤーのある洗面台の方に手を引かれた。

高峰がブォーっと髪の毛を乾かしてくれる。そういえばこの前にもこんなことあったなぁ、と俺が低気圧で体調を崩していた時のことを思い出す。
高峰のノーセット姿を見るのは2回目だが、それでも様になる。


「はい、終わり」


高峰はドライヤーを机に置き、俺の肩をポンと叩いた。


「早川と矢沢が外で待ってるって。行こ」
「うん、ありがと」


高峰が俺の手を取って歩き出す。俺は大人しくそれに着いていく。
暖簾をくぐると、早川と矢沢が待ち構えていた。通路の真ん中にあるベンチに座っていた。


「柴野ここ、座りな」


早川がベンチの空いているスペースをポンポンと叩く。
俺がそこに座ると、首筋にひんやりとした感覚が広がった。


「はい、柴ちゃん。まだ開けてないから安心して」


どうやら矢沢がペットボトルの水を首に当ててくれたようだ。熱った体にちょうどいい冷たさだ。


「ありがとう、矢沢」


そういうと矢沢は「いーよー」と笑う。ペットボトルを受け取り、一気に喉に流し込む。キンキンに冷えた水が体の中をまわった。

一息つくと、高峰が真剣な表情で俺を見る。


「ところで柴野。なんで1人で風呂入っていったの?神社の時から、様子変だったし」
「あ、えっと……考え事してて」


歯切れの悪い返事をした俺に、早川がたたみかける。


「あのまま俺たちが気づいてなかったら、だいぶ危なかったよ」
「……ごめんなさい」


正論すぎてぐうの音も出ない。シュンとなっている俺を高峰が撫でた。


「考え事ってなに?俺らには相談できない?」


そう聞かれて黙り込む。
これは俺の問題だ。それに、“アイツ”が今日なにかしてきた訳でもない。俺の考えすぎだ。
こんなことに、高峰たちを巻き込みたくない。
俺は膝に置いてあった手をグッと握る。


「ごめん。ただの俺の考えすぎだから。気にしないで」


二ヘラと笑って見せた。もうこれ以上、迷惑をかけたくない。

そんな俺を高峰がギュッと抱きしめた。いつもよりも強い気がする。


「わかった。柴野が言いたくないなら無理に聞かない。でも、そんな顔しないで。無理に笑わなくていいから」


耳元で発された高峰の言葉に、今まで抑えていた涙が溢れてきた。やっぱり、高峰に隠し事は通用しないようだ。


「ごめん、高峰、おれ……」
「なにも言わなくていいよ。大丈夫だから」


高峰はそう言って、俺の頭を撫でた。その優しさに引き出されるように、涙が出て止まらない。嗚咽を含んだ泣き声を殺すように、高峰の胸に頭を押し付ける。

涙が枯れるまで、高峰は頭を撫で続けてくれた。

涙がおさまり、顔を上げると、高峰がニコッと微笑んだ。


「もう大丈夫?」
「うん。ごめん……ありがとう」
「謝んなくていーよ。そろそろ部屋戻ろ」


俺は頷くと、周りを見る。そう言えばここ通路のど真ん中だ。
そんなところで号泣してたのか、俺。
だんだんと恥ずかしくなってきた。


「柴ちゃん、落ち着いた?」


矢沢が俺の前に立っていた。その隣を見ると早川が立っている。どうやら、俺の姿が周りに見えないように、立って隠してくれていたらしい。
矢沢の呼びかけに頷いて立ち上がる。


「ありがとう、矢沢。早川も」
「全然大丈夫だよ」


2人はニコッと微笑む。今更ながら、こんなイケメンと共に行動していることが信じられないな。
溜めていた涙を出し切ったせいか、気持ちは幾分か軽くなっていた。



ーーーー



4人で部屋に戻ると、歯磨きしておいで、と早川に言われ、洗面台に向かう。
早川はすっかり俺の母親のようだ。

歯磨きをし終わり、居間に戻ると、布団がひかれていた。頭を突き合わせるように2つずつ並べてある。
その1つに高峰が座って、俺を手招きする。その隣の布団に座った。
矢沢は高峰の向かい側に寝転がってスマホをいじっている。
俺は荷物を整理していた早川に言う。


「早川、布団ひいてくれてありがとう」
「ちょっと柴ちゃん。俺か高峰がやった可能性は?」
「え、矢沢がひいてくれたの?」
「いや早川だけど」


結局早川だった。そのやりとりが面白くて俺はつい笑ってしまった。久しぶりに笑った気がする。

みんなの歯磨きが終わり、布団に入ると矢沢が口を開いた。


「第1回、質問コーナー!」


ドンドンパフパフーと矢沢が盛り上げる。状況をよくわかっていない俺はとりあえず拍手をしておいた。
高峰と早川は呆れた顔をしている。


「質問コーナーって、俺たち質問することあるか?」
「なに言ってんの高峰。俺たち柴ちゃんのことあんまり知らないよ?柴ちゃんも俺らのこと意外に知らないんじゃない?」
「……たしかに」


たしかにそうだ。仲良くなって2ヶ月、俺はあまり高峰たちのことを知らない。


「ってことで、柴ちゃんって彼女いるの?」
「えっ?」


急にそんな話題になってビックリする。高峰がいつになく真剣な眼差しで見てくる。


「いや、いないけど……」


逆にいると思ったのだろうか。俺は首を振って否定する。


「んじゃ、元カノは?」
「いないよ……俺の恋愛聞いてもつまんないよ。付き合ってた人もいないし、今も付き合ってる人いないし」


自分で言って虚しくなってきた。こんな顔のいい人たちには信じられないよな。


「逆にみんなは?彼女とかいないの?」


俺が聞くと、みんなが首を横に振った。今はみんなフリーらしい。


「元カノは?」
「高峰は1年の秋まで彼女いたよ。矢沢もそれくらいまで彼女いたよね」
「あぁ……」
「まぁな……」


俺の問いに答えた早川に、高峰と矢沢は歯切れの悪そうに頷く。2人の雰囲気がどんよりし始めたことから、あまりいい思い出ではないのだろうな。


「高峰の彼女はストーカー気質で、矢沢の彼女は束縛激しかったんだよね」


それ以上掘り返さないであげてくれ、2人の顔がどんどん暗くなっている。


「じゃあ早川は?」


俺がそう聞くと、早川はニコニコしてなにも答えなくなった。


「無駄だよ柴ちゃん。早川、昔も今も彼女いたことないし」
「え?そうなの?」
「昔からずっと、同じ人のことが好きなんだってさ。それが誰かって聞いても、教えてくんないの」


初耳だ。早川の顔をみるが、さっきからなに一つ表情を変えない。


「教えてくれたっていいじゃんね。俺ら幼馴染だよ?」
「えっ、幼馴染なの?」
「そうだよ、あれ言ってなかったっけ?高峰と早川と俺は幼稚園からの幼馴染」


衝撃の事実だ。だから、こんなに仲が良かったのか。たしか、始業式の日から一緒に行動してた気がする。


「じゃあ、早川は幼稚園の頃からずっと好きな人がいるってこと?」
「そうらしいよ。一途だよなー」


そういって矢沢は早川の頭をわしゃっと撫でた。


「早く告っちゃえばいいのに」
「……それができたら苦労してない」


矢沢の言葉にムッと顔を顰めた早川の顔は少しだけ赤くなっていた。


「いつまでもそんなことしてたら、好きな人に逃げられるよ、きょーちゃん」
「その呼び方やめろ、千秋」


いつもは苗字呼びの矢沢と早川が名前で言い合ってる。本当に幼馴染なんだなぁ。としみじみ感じる。

言い合いしている2人を横目に、俺は高峰に聞く。


「早川の好きな人って、俺の知ってる人?」
「そうだよ」


高峰は早川が好きな人が誰か知っているようだ。
……俺もわかったかもしれない。早川が好きな人。


「わかった?」


高峰は頬杖をつきニヤッと笑う。俺は小さく頷いた。


「あいつらだけだよ。気づいてないの」


高峰が小声で俺に教えてくれた。矢沢は気づいているのか、いないのかわからないラインだ。
でも、少し羨ましい。誰かを好きになって、好きになられて。俺には一生交わらないものかもしれない。


「ところで、柴野は好きな人いないの?」
「え、いないけど……」


高峰が急に聞いてきたため、少し慌てる。俺が答えると、高峰がハァーッと大きく息をつく。


「柴野、俺もっと頑張るわ」
「え?うん。頑張って……?」


困惑しながらとりあえず応援する。なにを頑張るのだろうか。部活?


「ってことで、おいで。柴野」
「っ、うわっ!?」


高峰はそういって自分の布団に俺を引き摺り込んだ。
ってことで、って何か繋がりあった?
体に高峰の腕がまわってギュッと抱きしめられる。俺の顔を高峰がうかがう。


「どう?」
「どうって、なにが?」
「俺にぎゅってされたら、どう思う?」


どう思う、って言われてもなぁ。俺は高峰の胸に顔を埋める。高峰の体温が直に伝わってくる。それが、今日の疲れを解かしていってくれているみたいだ。
やばい、あったかくて寝そう……


「柴野?」
「んー……高峰にぎゅってされたら……あんしんする」
「…そっか」


高峰は俺の髪の毛をサラッと撫でた。
限界を迎えていたまぶたが、ゆっくりと閉じていった。
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告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

美澄の顔には抗えない。

米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け 高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。 ※なろう、カクヨムでも掲載中です。

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

【完結】恋人になりたかった

ivy
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初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

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