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その後・番外編
変わったもの変わらないもの
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「怜奈、蕎麦冷たいのと温かいのどっちがいい?」
キッチンに立つ安田にそう言われ、少しだけ考えてから「冷たいの」と答えた。
外はあり得ない位に寒いんだろうけど、エアコンの効いたこの部屋の中は十分に暖かい。お酒を飲んだこともあって、頬が火照って熱いくらいだ。
寒い冬に暖かい部屋で冷たいお蕎麦を食べるっていうのも、なかなか良い。
安田は「りょーかい」と言って背中を向け、水を張った鍋を火にかけた。年越しそばの準備をする安田の背中を少しの間眺めてから、テレビに視線を戻す。やっていたのは毎年恒例の年末番組。見るのは初めてだったが、これが結構面白い。
時計を見ると十時を少し過ぎた頃だった。
年越しというにはまだちょっと早いけど、許容範囲ということで。安田のつくった年越し蕎麦を、二人並んでテレビを見ながら食べる。
「普通にうめえな」
「うん、美味しい」
年越しそばを食べたいと言ったのは、意外なことに安田だった。今までそういうものに縁がなかったらしい。
安田の家庭事情は詳しく聞いていない。だけど、幸せだったと胸を張って言えるものではないということは、よくわかった。私が当たり前のように両親に与えられた愛情というものを、多分安田はもらっていない。
そのことを可哀想だとは思う。同情もする。でも、だからと言って何も変わらない。
そのことは、私にとってどうでもいいことだから。
過去の安田がどうであっても、私が安田のことを好きなことは変わらないし、安田とずっと一緒にいることも変わらない。だから、どうでもいい。
ただ、安田が深く負っているだろうその傷が、完全に癒えずとも、私に共有させてくれる日が来たらとは思う。いつの日か、安田にとってそんな風に思える存在になれたらいい。そうなりたいと思う。
「そういや、何で大晦日に蕎麦食うか知ってるか?」
安田がお蕎麦をすすりながら機嫌良さそうに目を細める。この顔は好き。前よりもどこか気の抜けたその笑みを向けてくれることが、とても嬉しい。
少し考えてから「細く、長くっていう意味?」と答えれば、安田がぷっと小さく噴き出した。
「なんだそりゃ。腹式呼吸かよ。ボケはいいから、正解言ってみ?」
前言撤回。やっぱり嫌い。これは私のことを馬鹿にしてる、いや揶揄ってる顔だ。ムッとしたまま「……知らない」と言うと、安田はニヤリと笑ってからお蕎麦をすくった。
「はい、怜奈。あーん」
口元にお蕎麦を持ってこられ、反射でそれを口に含む。安田はお蕎麦をもぐもぐと食べる私を満足そうに見つめ、食べ終わると「俺にもちょーだい」と言って口を大きく開けた。
何がしたいのか全然わからないけど、とりあえずお蕎麦を箸ですくって安田の口に持って行く。安田はずずずっと豪快にお蕎麦をすすり、あっという間にそれを飲み込んだ。
「で、一体何なの?」
早く言えとばかりに顎をしゃくれば、安田がまたニヤリと笑った。
「だーかーら。大晦日に蕎麦を食べさせ合うと、その二人はずっと一緒にいられるってやつ。知らない?」
「何その都市伝説みたいなやつ。意味わかんない」
そんなこと聞いたことはない。もしかしたら最近はそういうことをするのが流行っているのかもしれないが、それをする意図は見当もつかない。
「えー、わかんねえの?ほら、側にいられますよーに、ってこと」
いや、そんな自信満々のドヤ顔でダジャレのようなことを言われても。呆れて言葉が出てこない私の反応がお気に召したのか、安田がくつくつと笑う。
「なーんてな。今思いついただけ」
「……くっだらない」
安田が引っかかったとばかりに声を上げて笑いだす。
安田が最近事情に疎い私を面白がって、こうやって揶揄ってくるのはいつものことだ。馬鹿にされてるみたいで普通にムッとする。
ーーが。でも、と思う。
安田は本心を冗談で誤魔化す癖がある。
意識してるのかしていないのか(もしかしたらその両方)はわからないが、ようやく最近、そのことに気がついた。些細な表情の変化から、話し方から、態度から、ようやく気付くことができた。
それは、自分を守るための防衛本能の様なものかもしれない。これ以上傷つきたくないと、何重にも壁を作り、本当の自分を厳重に隠している。守っている。
だからこそ、私はちゃんと見てあげたい。
だからこそ、安田の言う冗談を冗談で終わらせてやらない。
ニヤニヤと目を細める安田を真正面からじっと見つめる。
仮面を自分で取ることができないなら、私が取るだけだ。
「そんな中学生のおまじないより、私のことを信じなさいよ」
安田はにやけた笑みを張り付けたまま一瞬固まり、お返しとばかりに今度は私が笑ってみせる。
「蕎麦なんか食べなくても、側にいるって言ってんの。何回も何回も言ってるのにまだ覚えられないとか。あんた馬鹿なの?」
私のその言葉に安田は目を大きく見開き、気まずそうに俯いた。そして少しして、「さーせん」と小さく呟いた。それは、両親に叱られて自分の非を素直に認めることのできない、拗ねた子供の様な言い方だった。
ーー本当に、馬鹿な男だと思う。
「怜奈は去年何してた?」
「去年の大晦日?実家帰って、この時間には寝てたかも」
時計の針は十一時を回っている。大晦日だからと言って夜更かしした記憶は今の所ないので、嘘は言っていないだろう。
「ぷっ、想像通りすぎて逆に笑える。相変わらずの優等生ぶりだな」
「……馬鹿にしないでよね。そう言うあんたは?」
揶揄われるとついキツイ言い方になってしまう。けど、これは私のせいじゃない。絶対に安田が悪い。
「俺?俺はなー、何してたっけ。暇な奴らと適当に集まってどっか行って飲んで騒いでた気がする」
「そっちこそ想像通りじゃない。他人様に迷惑かけてないでしょうね?」
「かけてねーよ。お前は俺のおかんか」
「何言ってんの。あんたのご主人様でしょが。口の利き方に気をつけなさい」
私が上から目線でピシャリと言い放つと、安田が「さーせん」と小さく笑った。それにつられて、私も笑った。
「来年は実家に帰るから」
「……あ、そう。お好きにどーぞ」
安田は何も気にしていない風を装ってるのかもしれないが、声のトーンが若干低い。本当は、全然お好きになんてしてほしくないのが、バレバレだ。
私の安田センサーの感度が上がったのか、安田の仮面の精度が落ちたのかは分からないけど、どっちにしろいい変化だなと思う。この調子でどんどん安田の嘘(無意識の方)を見破っていきたい。
私が安田の手を握ると、安田が驚いたように私を見た。繋いだ手に力を籠める。
大きい手。だけど、子供の様に小さくも感じる。不思議なことに、守ってあげたいと私に思わせるこの手が、どうしようもなく愛おしい。
「あんたを連れて」
「……え?」
「あんたも一緒に行くの」
「……おれも」
ポカンと呆ける安田の顔が可笑しくって、お腹の底から笑いが込み上げてくる。それを堪えることなくクスクス笑う私を見ても、安田はまだ呆けている。訳分かんないって顔に大きく書いてある。
「自慢の愛犬を私の家族に紹介したいし」
「愛犬……?」
「そう」
「愛犬、か」と独り言のようにもう一度呟き、安田が目元を細めた。無防備なその笑顔を引き出せたことが、この上なく嬉しい。
「愛犬一人、置いてく訳ないじゃない。側にいるってさっき言ったばっかなのに、もう忘れた訳?勝手に不安になってんじゃないわよ、馬鹿」
自信過剰のように見えて全然自分に自信がないこの男を、可哀そうだと思う。でも、それ以上に愛おしいとも思う。絶対に一人にさせたくない。悲しい思いをさせたくない。私が幸せにしてあげたい。私と一緒にいることで、私が感じる以上に幸せだと感じてほしい。
一緒に幸せだと、笑い合いたい。
「カイ」
名前を呼んで手招きすると、愛犬が素直に私の胸に頭を乗せる。
この愛犬は、私の胸の上がお気に入りらしい。大きい胸が好きなのかと思っていたが、どうやらそれはさして重要ではないようだ。
柔らかさとか温度とか鼓動とか、そういうものを感じるのが好きらしい。その気持ちは私にもよくわかる。
まったりとお互いの体温を堪能していたら突然、「うし、やるか」と安田が頭を上げた。私を見る目は、散歩に行きたいと強請る犬のようにキラキラしている。そのことに若干の不安を覚える。
「は?やるって、何を?」
「何をって、そりゃナニを、だよ」
不安的中。
ニヤニヤと目を細めいやらしく笑うその顔は、どこまでも、どうしようもない程に、いつもの安田だった。
「なあ怜奈、知ってるか?年を跨ぐ瞬間にエッチして同時にイケた二人は、一生一緒にいられるってやつ」
「……またそうやって適当なことを。どうせそれも今思いついただけでしょ」
「うん。そう」
何がそんなに楽しいのか全く分からないが、安田が楽しそうに、嬉しそうに笑みを深める。本当の犬なら尻尾がブンブン振れているだろう。
「でもやりたい。だめ?怜奈はしたくない?」
至近距離からキラキラと輝かせた瞳で覗き込まれ、思わずうっと言葉に詰まる。
その聞き方はズルいと思う。私が安田に嘘をつけないのを、というかつきたくないのを知っていてわざとそういうこと言うなんて。
やっぱり、卑怯なやつ。
面白くない気持ちになりながらも「……したい」と言えば、安田がまた嬉しそうに笑った。
本当に、卑怯だと思う。
些細な仕返しとばかりに安田の頬をつねってやる。
「二人同時にイケなくったって、一生一緒にいるって言ってる。いい加減私を信じろ、馬鹿」
私がそう言い放つと安田は少しだけ目を見開き、「りょーかい」と嬉しそうにまた笑った。
ーーその笑顔に、嘘はない。
【お読みいただきありがとうございました!本編はこれで完結となります。次話からは番外編をお送りします。】
キッチンに立つ安田にそう言われ、少しだけ考えてから「冷たいの」と答えた。
外はあり得ない位に寒いんだろうけど、エアコンの効いたこの部屋の中は十分に暖かい。お酒を飲んだこともあって、頬が火照って熱いくらいだ。
寒い冬に暖かい部屋で冷たいお蕎麦を食べるっていうのも、なかなか良い。
安田は「りょーかい」と言って背中を向け、水を張った鍋を火にかけた。年越しそばの準備をする安田の背中を少しの間眺めてから、テレビに視線を戻す。やっていたのは毎年恒例の年末番組。見るのは初めてだったが、これが結構面白い。
時計を見ると十時を少し過ぎた頃だった。
年越しというにはまだちょっと早いけど、許容範囲ということで。安田のつくった年越し蕎麦を、二人並んでテレビを見ながら食べる。
「普通にうめえな」
「うん、美味しい」
年越しそばを食べたいと言ったのは、意外なことに安田だった。今までそういうものに縁がなかったらしい。
安田の家庭事情は詳しく聞いていない。だけど、幸せだったと胸を張って言えるものではないということは、よくわかった。私が当たり前のように両親に与えられた愛情というものを、多分安田はもらっていない。
そのことを可哀想だとは思う。同情もする。でも、だからと言って何も変わらない。
そのことは、私にとってどうでもいいことだから。
過去の安田がどうであっても、私が安田のことを好きなことは変わらないし、安田とずっと一緒にいることも変わらない。だから、どうでもいい。
ただ、安田が深く負っているだろうその傷が、完全に癒えずとも、私に共有させてくれる日が来たらとは思う。いつの日か、安田にとってそんな風に思える存在になれたらいい。そうなりたいと思う。
「そういや、何で大晦日に蕎麦食うか知ってるか?」
安田がお蕎麦をすすりながら機嫌良さそうに目を細める。この顔は好き。前よりもどこか気の抜けたその笑みを向けてくれることが、とても嬉しい。
少し考えてから「細く、長くっていう意味?」と答えれば、安田がぷっと小さく噴き出した。
「なんだそりゃ。腹式呼吸かよ。ボケはいいから、正解言ってみ?」
前言撤回。やっぱり嫌い。これは私のことを馬鹿にしてる、いや揶揄ってる顔だ。ムッとしたまま「……知らない」と言うと、安田はニヤリと笑ってからお蕎麦をすくった。
「はい、怜奈。あーん」
口元にお蕎麦を持ってこられ、反射でそれを口に含む。安田はお蕎麦をもぐもぐと食べる私を満足そうに見つめ、食べ終わると「俺にもちょーだい」と言って口を大きく開けた。
何がしたいのか全然わからないけど、とりあえずお蕎麦を箸ですくって安田の口に持って行く。安田はずずずっと豪快にお蕎麦をすすり、あっという間にそれを飲み込んだ。
「で、一体何なの?」
早く言えとばかりに顎をしゃくれば、安田がまたニヤリと笑った。
「だーかーら。大晦日に蕎麦を食べさせ合うと、その二人はずっと一緒にいられるってやつ。知らない?」
「何その都市伝説みたいなやつ。意味わかんない」
そんなこと聞いたことはない。もしかしたら最近はそういうことをするのが流行っているのかもしれないが、それをする意図は見当もつかない。
「えー、わかんねえの?ほら、側にいられますよーに、ってこと」
いや、そんな自信満々のドヤ顔でダジャレのようなことを言われても。呆れて言葉が出てこない私の反応がお気に召したのか、安田がくつくつと笑う。
「なーんてな。今思いついただけ」
「……くっだらない」
安田が引っかかったとばかりに声を上げて笑いだす。
安田が最近事情に疎い私を面白がって、こうやって揶揄ってくるのはいつものことだ。馬鹿にされてるみたいで普通にムッとする。
ーーが。でも、と思う。
安田は本心を冗談で誤魔化す癖がある。
意識してるのかしていないのか(もしかしたらその両方)はわからないが、ようやく最近、そのことに気がついた。些細な表情の変化から、話し方から、態度から、ようやく気付くことができた。
それは、自分を守るための防衛本能の様なものかもしれない。これ以上傷つきたくないと、何重にも壁を作り、本当の自分を厳重に隠している。守っている。
だからこそ、私はちゃんと見てあげたい。
だからこそ、安田の言う冗談を冗談で終わらせてやらない。
ニヤニヤと目を細める安田を真正面からじっと見つめる。
仮面を自分で取ることができないなら、私が取るだけだ。
「そんな中学生のおまじないより、私のことを信じなさいよ」
安田はにやけた笑みを張り付けたまま一瞬固まり、お返しとばかりに今度は私が笑ってみせる。
「蕎麦なんか食べなくても、側にいるって言ってんの。何回も何回も言ってるのにまだ覚えられないとか。あんた馬鹿なの?」
私のその言葉に安田は目を大きく見開き、気まずそうに俯いた。そして少しして、「さーせん」と小さく呟いた。それは、両親に叱られて自分の非を素直に認めることのできない、拗ねた子供の様な言い方だった。
ーー本当に、馬鹿な男だと思う。
「怜奈は去年何してた?」
「去年の大晦日?実家帰って、この時間には寝てたかも」
時計の針は十一時を回っている。大晦日だからと言って夜更かしした記憶は今の所ないので、嘘は言っていないだろう。
「ぷっ、想像通りすぎて逆に笑える。相変わらずの優等生ぶりだな」
「……馬鹿にしないでよね。そう言うあんたは?」
揶揄われるとついキツイ言い方になってしまう。けど、これは私のせいじゃない。絶対に安田が悪い。
「俺?俺はなー、何してたっけ。暇な奴らと適当に集まってどっか行って飲んで騒いでた気がする」
「そっちこそ想像通りじゃない。他人様に迷惑かけてないでしょうね?」
「かけてねーよ。お前は俺のおかんか」
「何言ってんの。あんたのご主人様でしょが。口の利き方に気をつけなさい」
私が上から目線でピシャリと言い放つと、安田が「さーせん」と小さく笑った。それにつられて、私も笑った。
「来年は実家に帰るから」
「……あ、そう。お好きにどーぞ」
安田は何も気にしていない風を装ってるのかもしれないが、声のトーンが若干低い。本当は、全然お好きになんてしてほしくないのが、バレバレだ。
私の安田センサーの感度が上がったのか、安田の仮面の精度が落ちたのかは分からないけど、どっちにしろいい変化だなと思う。この調子でどんどん安田の嘘(無意識の方)を見破っていきたい。
私が安田の手を握ると、安田が驚いたように私を見た。繋いだ手に力を籠める。
大きい手。だけど、子供の様に小さくも感じる。不思議なことに、守ってあげたいと私に思わせるこの手が、どうしようもなく愛おしい。
「あんたを連れて」
「……え?」
「あんたも一緒に行くの」
「……おれも」
ポカンと呆ける安田の顔が可笑しくって、お腹の底から笑いが込み上げてくる。それを堪えることなくクスクス笑う私を見ても、安田はまだ呆けている。訳分かんないって顔に大きく書いてある。
「自慢の愛犬を私の家族に紹介したいし」
「愛犬……?」
「そう」
「愛犬、か」と独り言のようにもう一度呟き、安田が目元を細めた。無防備なその笑顔を引き出せたことが、この上なく嬉しい。
「愛犬一人、置いてく訳ないじゃない。側にいるってさっき言ったばっかなのに、もう忘れた訳?勝手に不安になってんじゃないわよ、馬鹿」
自信過剰のように見えて全然自分に自信がないこの男を、可哀そうだと思う。でも、それ以上に愛おしいとも思う。絶対に一人にさせたくない。悲しい思いをさせたくない。私が幸せにしてあげたい。私と一緒にいることで、私が感じる以上に幸せだと感じてほしい。
一緒に幸せだと、笑い合いたい。
「カイ」
名前を呼んで手招きすると、愛犬が素直に私の胸に頭を乗せる。
この愛犬は、私の胸の上がお気に入りらしい。大きい胸が好きなのかと思っていたが、どうやらそれはさして重要ではないようだ。
柔らかさとか温度とか鼓動とか、そういうものを感じるのが好きらしい。その気持ちは私にもよくわかる。
まったりとお互いの体温を堪能していたら突然、「うし、やるか」と安田が頭を上げた。私を見る目は、散歩に行きたいと強請る犬のようにキラキラしている。そのことに若干の不安を覚える。
「は?やるって、何を?」
「何をって、そりゃナニを、だよ」
不安的中。
ニヤニヤと目を細めいやらしく笑うその顔は、どこまでも、どうしようもない程に、いつもの安田だった。
「なあ怜奈、知ってるか?年を跨ぐ瞬間にエッチして同時にイケた二人は、一生一緒にいられるってやつ」
「……またそうやって適当なことを。どうせそれも今思いついただけでしょ」
「うん。そう」
何がそんなに楽しいのか全く分からないが、安田が楽しそうに、嬉しそうに笑みを深める。本当の犬なら尻尾がブンブン振れているだろう。
「でもやりたい。だめ?怜奈はしたくない?」
至近距離からキラキラと輝かせた瞳で覗き込まれ、思わずうっと言葉に詰まる。
その聞き方はズルいと思う。私が安田に嘘をつけないのを、というかつきたくないのを知っていてわざとそういうこと言うなんて。
やっぱり、卑怯なやつ。
面白くない気持ちになりながらも「……したい」と言えば、安田がまた嬉しそうに笑った。
本当に、卑怯だと思う。
些細な仕返しとばかりに安田の頬をつねってやる。
「二人同時にイケなくったって、一生一緒にいるって言ってる。いい加減私を信じろ、馬鹿」
私がそう言い放つと安田は少しだけ目を見開き、「りょーかい」と嬉しそうにまた笑った。
ーーその笑顔に、嘘はない。
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