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悠馬
元カノと再会
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「あれ?もしかして、悠馬?」
「……かすみ」
残業続きの一週間を乗り切り、蒸し暑い汗臭い満員電車からようやく解放されたかと思えば、日が落ちて随分経つというのにいまだ噎せ返るような熱で充満した外界が俺を待ち受けていて。これから歩いて帰らなければならない事実に、疲れた身体がより一層気怠く感じた時だった。
名前を呼ばれ振り向くと、そこには三年前に別れた彼女がいた。
反射的に、げっとなって、すぐにそれを呑み込む。流石にそんなあからさまな反応は良くないと自分でも思う。幸運にもそんな俺の微々たる変化はバレてないようで、かすみはニコニコと笑みを崩さないまま近づいてきた。
髪が短くなった以外、記憶の中のかすみとさして違いはないように思える。
「うわぁ、めちゃくちゃ久しぶりだよね。今帰り?」
「ああ、うん。そうだけど」
「悠馬、まだここに住んでるの?この後暇?予定ある?」
「いや、ないけど」
やけにグイグイ来られ、少しだけ警戒心を抱きつつも聞かれた事に端的に答えると、かすみの目がキラリと光った。
「じゃあさ。一杯だけ、どう?」
その、裏表も邪気も含みもないカラッとした笑みに毒気を抜かれ、俺は何かを考える前に頷いていた。
※ ※
「じゃ、おつかれ!乾杯~!」
カチンと軽くジョッキを合わせ、キンキンに冷えたビールを流し込む。プハっと口を離すと、同じく半分程ビールを飲んだかすみと目が合った。
「あぁ、おいしい!やっぱさー、暑い日の金曜の夜は生ビールに限るよね!」
全面的に同意しかないので「そうだな」と頷けば、かすみは満足そうに笑みを深めた。オレンジ色の照明が影を濃くし、かすみの涙袋がふっくりと浮かび上がる。
駅から出てすぐのところにある大衆居酒屋は、金曜の夜らしく賑わっていた。洒落っ気も何もない、酒とツマミがあれば用は足りる。そんな最低限の店には、それらしく年相応のサラリーマンや貧乏そうな学生達で埋め尽くされている。やたら隣同士の席が近いのは、狭い店内にできるだけ多くの客を入れるためだろう。隣のおっさん達が大声でゲラゲラ笑うも、それに負けじと大きな声でかすみが喋る。
「今日はさー、すぐそこでセミナーがあって。一応、現地解散ってことになってたんだけど、お偉いさんに捕まっちゃってさー。断れないでいたら、ズルズルと居座ることになっちゃって。結局こんな時間になったってわけ。疲れたしあっついしで、もうさ、こんなん飲まない訳にはいかないじゃん!?でも、お偉いさんと飲んだって気ばっか使って全然酔えないし、一人で家飲みって言うのも物足りないなーって思ってたら、ものすごーく見覚えのある背中が見えて、ついつい声かけちゃった!で、悠馬は?仕事終わり?」
軽い口調ながらも、その笑みには影が垣間見える。言葉以上に大変だったのだろうけど敢えて話を掘り下げることなく「うん、そう」とだけ相槌を打つ。
「こんな遅い時間まで働いてるの?」
かすみが驚いたように目を丸くする。化粧でコーティングされた睫毛が、一気に広がった。懐かしさを刺激され、それが外に出ないよう静かに呑み込む。
今日は九時にオフィスを出た。キリのいい所で仕事が終わったからこの先は来週に回して、ちょっと早いが今日はもう帰ろうと決めたのだ。昨日は十時、一昨日は十一時に退社してる。いつもよりも早いくらいだが、それをわざわざ言う必要はない。
「まあ、そんなもんかな」
「大変だね、お疲れ様」
かすみが眉尻を下げ、俺の皿に唐揚げを一つ乗せた。それを箸で掴んで、口に放る。濃い味付けのから揚げは、ものすごく俺好みだった。ビールを飲み干し、空いたジョッキを端に寄せる。すかさずかすみに「ウーロンハイもう頼む?」と聞かれ、「ああ」と答える。かすみは呼んだ店員に、ウーロンハイの濃い目を一つと生ビールを一つ注文した。
その自然すぎる流れに、空気に、ハッとなる。気が付けば、初めのぎこちなさは感じなくなり、普通にかすみと飲み食いしていた。
再会してから今に至るまでのわずかな時間だというのに、かすみの一挙一動にたくさんの懐かしさを見つけている。そして、同じくらいたくさんの違和感もまた感じている。
よく知っているようで、でも全然知らない相手のようで。俺達には間違いなく空白の時間があるのに、全然ないような、でもやっぱりあるような。こうだ、と断言出来ない気持ち悪さが、胸の隅で燻っている。
かすみが二杯目の生ビールを煽り、美味いと顔を綻ばせる。
その笑顔を見て、やはり何も変わってないなと再確認し、それと同時に、やはり全然違うと強く感じた。
自分の中で芽生える正反対の感情。自分でも理解しがたいそれらを誤魔化すように、濃い目のウーロンハイを一気に飲み干す。
そんな俺を見て、かすみは一瞬目を瞠り、そしてまた朗らかに笑った。
「……かすみ」
残業続きの一週間を乗り切り、蒸し暑い汗臭い満員電車からようやく解放されたかと思えば、日が落ちて随分経つというのにいまだ噎せ返るような熱で充満した外界が俺を待ち受けていて。これから歩いて帰らなければならない事実に、疲れた身体がより一層気怠く感じた時だった。
名前を呼ばれ振り向くと、そこには三年前に別れた彼女がいた。
反射的に、げっとなって、すぐにそれを呑み込む。流石にそんなあからさまな反応は良くないと自分でも思う。幸運にもそんな俺の微々たる変化はバレてないようで、かすみはニコニコと笑みを崩さないまま近づいてきた。
髪が短くなった以外、記憶の中のかすみとさして違いはないように思える。
「うわぁ、めちゃくちゃ久しぶりだよね。今帰り?」
「ああ、うん。そうだけど」
「悠馬、まだここに住んでるの?この後暇?予定ある?」
「いや、ないけど」
やけにグイグイ来られ、少しだけ警戒心を抱きつつも聞かれた事に端的に答えると、かすみの目がキラリと光った。
「じゃあさ。一杯だけ、どう?」
その、裏表も邪気も含みもないカラッとした笑みに毒気を抜かれ、俺は何かを考える前に頷いていた。
※ ※
「じゃ、おつかれ!乾杯~!」
カチンと軽くジョッキを合わせ、キンキンに冷えたビールを流し込む。プハっと口を離すと、同じく半分程ビールを飲んだかすみと目が合った。
「あぁ、おいしい!やっぱさー、暑い日の金曜の夜は生ビールに限るよね!」
全面的に同意しかないので「そうだな」と頷けば、かすみは満足そうに笑みを深めた。オレンジ色の照明が影を濃くし、かすみの涙袋がふっくりと浮かび上がる。
駅から出てすぐのところにある大衆居酒屋は、金曜の夜らしく賑わっていた。洒落っ気も何もない、酒とツマミがあれば用は足りる。そんな最低限の店には、それらしく年相応のサラリーマンや貧乏そうな学生達で埋め尽くされている。やたら隣同士の席が近いのは、狭い店内にできるだけ多くの客を入れるためだろう。隣のおっさん達が大声でゲラゲラ笑うも、それに負けじと大きな声でかすみが喋る。
「今日はさー、すぐそこでセミナーがあって。一応、現地解散ってことになってたんだけど、お偉いさんに捕まっちゃってさー。断れないでいたら、ズルズルと居座ることになっちゃって。結局こんな時間になったってわけ。疲れたしあっついしで、もうさ、こんなん飲まない訳にはいかないじゃん!?でも、お偉いさんと飲んだって気ばっか使って全然酔えないし、一人で家飲みって言うのも物足りないなーって思ってたら、ものすごーく見覚えのある背中が見えて、ついつい声かけちゃった!で、悠馬は?仕事終わり?」
軽い口調ながらも、その笑みには影が垣間見える。言葉以上に大変だったのだろうけど敢えて話を掘り下げることなく「うん、そう」とだけ相槌を打つ。
「こんな遅い時間まで働いてるの?」
かすみが驚いたように目を丸くする。化粧でコーティングされた睫毛が、一気に広がった。懐かしさを刺激され、それが外に出ないよう静かに呑み込む。
今日は九時にオフィスを出た。キリのいい所で仕事が終わったからこの先は来週に回して、ちょっと早いが今日はもう帰ろうと決めたのだ。昨日は十時、一昨日は十一時に退社してる。いつもよりも早いくらいだが、それをわざわざ言う必要はない。
「まあ、そんなもんかな」
「大変だね、お疲れ様」
かすみが眉尻を下げ、俺の皿に唐揚げを一つ乗せた。それを箸で掴んで、口に放る。濃い味付けのから揚げは、ものすごく俺好みだった。ビールを飲み干し、空いたジョッキを端に寄せる。すかさずかすみに「ウーロンハイもう頼む?」と聞かれ、「ああ」と答える。かすみは呼んだ店員に、ウーロンハイの濃い目を一つと生ビールを一つ注文した。
その自然すぎる流れに、空気に、ハッとなる。気が付けば、初めのぎこちなさは感じなくなり、普通にかすみと飲み食いしていた。
再会してから今に至るまでのわずかな時間だというのに、かすみの一挙一動にたくさんの懐かしさを見つけている。そして、同じくらいたくさんの違和感もまた感じている。
よく知っているようで、でも全然知らない相手のようで。俺達には間違いなく空白の時間があるのに、全然ないような、でもやっぱりあるような。こうだ、と断言出来ない気持ち悪さが、胸の隅で燻っている。
かすみが二杯目の生ビールを煽り、美味いと顔を綻ばせる。
その笑顔を見て、やはり何も変わってないなと再確認し、それと同時に、やはり全然違うと強く感じた。
自分の中で芽生える正反対の感情。自分でも理解しがたいそれらを誤魔化すように、濃い目のウーロンハイを一気に飲み干す。
そんな俺を見て、かすみは一瞬目を瞠り、そしてまた朗らかに笑った。
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