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後日談

初めての恋バナ

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 ベッドに仰向けに横たわるジョセフの上に乗り、必死になって腰を振る。膝を立てて自分なりに大きく上下してみるも、その都度襲ってくる突き刺すような快感に逆らえず、結局大して動けていない。息切れしながら硬く引き締まったジョセフの腹筋に手を当てて身体を支えていると、焦れたジョセフにぐんっと下から突き上げられた。

「ん、あああっ!!」

 思わず上に逃げようとすれば、がっちりと腰を掴まれ、逆に引き戻される。硬く反り返ったジョセフの杭に串刺しにされているようだ。

「っく、はあ」

「あ、ああっ」

 ギュッと閉じた目をうっすらと開ければ、涙で滲んだ視界の先には苦痛に耐えるようにジョセフが顔をしかめていた。
 ううん、私はもう知っている。
 これはジョセフが気持ちよくって堪らなくて、でも必死にイカない様に我慢してる顔。
 私が知ってる中で一番色っぽくて、可愛くて、愛おしい。大好きなジョセフがそこにいた。

「っん、はっ。エィミ。そんなに締め付けないで。長く、持たないから」

 私の下からジョセフが、情欲に濡れた瞳で見上げてくる。私は何か考える前にすっと両手を広げ、ジョセフの身体をゆっくり起こした。

「……ん。ジョセフ、キス、したい」

 上半身を起こしたジョセフの背中に手をまわし、ねだる様に顔を近付ける。するとジョセフは一瞬目をみはって、そして困ったように笑った。

「……もう、そうやって。すぐ煽る」

 文句のような小言を呟きながらも、ジョセフは私の言うことを素直に聞いてくれる。
 二人の唇が最初から激しく触れ合う。
 食んで、舐めて、絡めて、吸って。
 何かを必死に探す様に、私達はひたすら唇を合わせた。
 その間もジョセフは下から激しく私を突いてくる。私もその動きに合わせるように、腰を浮かせては落とすを繰り返した。

 ジョセフとするセックスは、まるで中毒性のある薬だ。
 理性的でいられるのは本当に最初だけで、ジョセフに触れられると私はすぐに訳が分からなくなって、何もかもどうでもよくなってしまう。頭が馬鹿になって、気持ちい以外何も考えられない。
 セックスにこんなに夢中になるなんて、今まで一度もなかった。
 それはとても幸せなことのようにも思えるし、とても恐ろしいことにも思える。
 でも、それすらもどうでもいい。私は今、どうしようもない位温かいもので満たされているのだから。

 薄っすらと目を開ければ、私と同じ快楽に堕ちた瞳と目が合った。そして、二人一緒にフフっと笑う。
 それを合図にジョセフの抽送が激しくなり、私の中も急速に高められていく。
 二人同時に果てることの素晴らしさと言ったら、他の何にも例えようがない。

 スカイブルーの晴れ渡った青空に包まれて、私の意識ははるか遠くに飛んで行った。



「エィミ、明日の休みなんだけど」

 情事後、ベッドに腰かけて下履きだけ履いたジョセフが私を振り返る。私はと言えば、自ら動いたこともあり全身疲労でまだベッドに倒れこんだままである。包まったシーツの下は、もちろん全裸だ。

「実は、急遽レイフォードに仕事を頼まれちゃって。隣街まで行かなくちゃいけなくなったんだ。だから、一緒に勉強はできなくなった」

「……え。そ、うなんだ。……じゃあ、しょうがない、ね」

「ごめんね」

 明日はたまたま二人とも休みが合ったので、一日のんびり勉強しようと前々から約束していた。
 本邸に移ってからのジョセフは、オルレイン様とレイフォードさんのせいで超過密スケジュールを組まされ、休みという休みはほぼ与えられていなかった。執務を学びながらとか言いながら、普通にもう即戦力として働かされているし、それだけでも大変なのにオルレイン様から山のように課題を言いつけられて、自分の時間なんてものはほぼ無いに等しい。ブラック企業ですら、ここまで鬼じゃない。

 労働基本法云々と彼らに文句のひとつでも言ってやりたいけど、当事者であるジョセフは決して弱音を吐かずに必死にそれについていっている。ジョセフが頑張ろうとしているのだから、私が水を差すような真似はできない。出来ることと言えば邪魔にならないように我が儘を言わないことと、身体を労うことぐらいだ。
 ジョセフとは終業後の勉強で必ず顔を合わせるのだけど、本当にそれだけで、最近は二人でゆっくり過ごす時間が全く取れていなかった。
 ……セックスだって、すごく久々だったのだ。

 ジョセフが忙しいのは知ってる。どれだけ頑張っているのかも、どれだけ期待されているのかも。
 そういう立場の人なんだし、そもそも仕事なんだからしょうがない。
 仕事と私とどっちが大事なの?なんて、典型的な恋に浮かれた台詞を投げかけたくはない。そんなもの仕事に決まってるし、私が逆の立場でも仕事を取る。
 社会人として当たり前のことだ。

 ……だけど、そうなんだけど。
 やっぱり、寂しい。

 取り繕った笑みを張り付けて何でもないようにジョセフを見上げれば、ジョセフは仕方ないなあというようにフッと笑った。

「その代わり、と言ってはなんだけど。エィミも一緒に行かない?」

「……え?」

「隣町。日帰りだからゆっくり見て回ることは難しいけど。あそこは海が近いから海産物が新鮮でおいしいし、ここの街では手に入らない異国のものも沢山売ってるんだ。どう?」

「……私も?」

「うん」

 ジョセフが私の隣に身体を倒し、そのまま身体を私の方に向ける。至近距離で顔をあわせたジョセフは、悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべていた。

「い、行く!!行きたい!」

 ジョセフの提案に、沈んだ気分が急上昇する。
 ……うわあ!デートだ。デートだ!
 年甲斐もなく心の中で大はしゃぎしてしまう。頭の中はドンドンパフパフの大合奏だ。
 だって、初めてなんだもん。
 ジョセフと、っていうか人生初の!

 ああああっ!でも着ていく服がない。
 私の持っているものといったら仕事用のものが数枚と、いわゆるジャージ的ポジションの寝てよし汚れてよしのワンピースくらいで。建国祭の時にルーシーから貰ったやつもあるけど、あれは完全に余所行き用で、街にデートに行くにしては気合いが入りすぎだろう。
 どうしよう、と考えてすぐにそれを放棄した。
 うん、とりあえず明日の朝イチでルーシーの部屋に行って何か貸してもらおう。そして相談しよう。私の乏しすぎる異世界ファッション知識じゃ、高が知れている。変な格好をして恥をかくのは私だけじゃない、隣にいるジョセフもなのだ。
 ルーシーには絶対に根掘り葉掘り聞かれるだろうけど、それはまあ仕方ない。相談料&レンタル料だと思って、耐えようではないか。

 それにしても、デート、デートかあ。フフフ。

 無意識の内に百面相のように慌ただしく表情を変える私を、ジョセフが楽しそうにじっと見つめていることなんて、全く気づくこともなく。
 視界が影がかったのと同時にジョセフの顔がすぐ目の前に迫ってきて、驚いて顔を上げれば。直後「エィミ、可愛い」と笑って、柔らかい口づけを落とされた。


 ーー次の日の朝早く。
 迷惑なのは百も承知で私はルーシーの部屋を訪れた。控え目にノックをすれば、待つことなくルーシーはすぐに扉を開けてくれた。

「あら、サトゥ。こんなに早くどうしたの?もしかして、急な仕事が入った?」

「おはよう。ごめん、寝てた?」

「ううん。起きてたわ」そう言ったルーシーの言葉は気遣いからの嘘ではないようで、休みの日にも関わらず、ルーシーはもうとっくに起きて簡単に身支度を済ませていた。そのことに少なからずホッとする。

「そう、なら良かった。実は相談がありまして」

 気恥ずかしさを堪えながらそう言えば、何かを悟ったルーシーが「ほら、中入って」と部屋の中に促してくれ、私は素直に足を踏み入れた。

「いいわねー、ジョセフさんとデートなんて!ほら、これなんてどう!?」

 事のあらましを簡単に説明し、という訳で服を貸してほしいのだとお願いすると、ルーシーはエメラルドグリーンの二つの宝石をキラッキラ輝かせて、二つ返事で了承してくれた。

「……う、いや。それはちょっと私には派手すぎるというか、レベルが高いというか」

「そう?とっても可愛いと思うんだけど」

 ルーシーがクローゼットから取り出したのは綺麗に染められた真っ赤なワンピースだった。胸元は大きく開けて、そこを縁取る様に細やかなレースが縫い付けられている。
 うん、そうだね。とても可愛いと思うよ。ルーシーが着ればね!
 ルーシーのおすすめを辞退させてもらって、私はその隣に掛けてあったチャコールグレーのワンピースを指差した。華美な刺繍や装飾は一切ないが、スカートが自然にふんわりと広がっていてラインがとても綺麗だと思う。私の目から見たら、だけど。

「できれば、シンプルなヤツがいいんだけど。それとか」

「ええ!デートにしてはちょっと地味すぎるわよ。あ、でも。そうね」

 何かに思い当たったらしいルーシーが、棚を探って、じゃーん!と一枚の布を取り出す。

「ほら、こうやってスカーフと合わせると結構いいかも。うん。それに、ほら見て、このスカーフ。ジョセフさんの瞳の色に似てると思わない?」

 晴れ渡った青空のようなジョセフの瞳の色。こっちの世界ではセイミ色というらしい。
 ルーシーによって広げられているスカーフは、全体を綺麗なセイミ色で染め上げ、白で繊細な刺繍を施されたものだった。
 確かに、可愛い。無地のワンピースをぐっと引き立ててくれ、なおかつお洒落に見える。気がする。
 パートナーの瞳の色をファッションポイントにするなんて、私には全く思いつかなかった。それを意識してしまうとかなり気恥ずかしいけど、私はこくんと頷いてルーシーの言う通り従った。

「髪の毛はどうする?下ろしてくの?それとも私がやってあげようか?」

「このままで行こうかと思ってたんだけど、やっぱり隠した方がいいかな?」

 私の髪の色は、こちらの世界ではあまり歓迎されていない。私自身は全く気にしていないけれど、ジョセフまで変な目で見られるのは嫌だ。

「あんまり気にしなくていいと思うけど。もし気になるなら纏めて髪当てつける?服がシンプルだから、結構派手なやつつけてもいいと思うの!」

 そう言ってルーシーは、棚の別の引き出しからいくつか髪当てを取り出した。色とりどりの髪当ては、シンプルなものからたくさんの装飾が施された派手なものまで様々だ。一見どうやってつけるのか分からないものまである。

「簡単に纏めるだけやってもらおうかな。髪当ては、ジョセフに聞いてみる」

「そうね。それがいいと思うわ。ジョセフさんの好みもあると思うし」

 そういう意味ではないんだけど。まあ、いいか。私はルーシーおすすめの紺色の髪当てを受け取って、綺麗にたたんだ。

「ああ、でも本当に羨ましい。好きな人とデートなんて。私もしたいなー」

 ルーシーが私の髪の毛を櫛で好きながら、うっとりとため息を吐く。恥ずかしすぎて肯定も否定もできず、私は逆にルーシーに話題を振ってその場を凌いだ。

「ルーシーは、好きな人いないの?」

「今はいないわ。いたとしても、どうせ親の決めた相手と結婚しなきゃいけないもの。すぐにお別れよ」

 そう諦めたように笑うルーシーに、胸が締め付けられる。なんだか私ばかり浮かれて、申し訳ない。デートに浮かれるアラサーとか、鬱陶しいことこの上ないのではないだろうか。ちょっと不安になってガラス越しにルーシーを伺えば、ルーシーは何も気に留めていない様にニコニコと笑っていた。

 今はいない、ということは前はいたんだろうな。まあ、当たり前か。この年頃の女の子で恋愛経験がないなんて子、そういないだろう。ルーシーはその相手と、どうして駄目になっちゃんだろう。それに、親の決めた相手って、もう決まってるのかな。聞いてみたいけど、ただの同僚の私がそんなプライベートを詮索するようなことを聞くのは、深入りしすぎだろうか。
 考え込んで何も言えないでいると、特に気にしたわけでもなく、ルーシーが話し続ける。

「私、今凄く毎日が楽しいの。皆で仕事するのも、自分がどんどん成長していくのも。ずっと、ここにいたいわ」

「…ルーシー」

 ルーシーは櫛を置くと私の髪の毛をいくつかの束に分け、器用に編み込み始めた。

「それでね、私考えたの!サトゥがジョセフさんと結婚したら、領主様の弟の奥様になるわけでしょ!?そうしたら、私を侍女として雇ってもらえないかしら!?」

「え、ええ!?」

「サトゥの服を毎日考えて髪型も結ってあげてお化粧もして。お茶の準備をしたり、外出するときは私も一緒にお供して。そうしたらずっとサトゥの側にいられるし、ずっとこのお屋敷で働き続けられるわ!ねえ、素敵なアイディアだと思わない!?」

 ルーシーは妙案グッドアイディアとばかりに声を弾ませる。あまりにも饒舌に捲し立てるものだから、その勢いに圧倒され、私は大した反論もできなかった。

「どうかなって、私に言われても」

「でも、結婚するんでしょ?」

「……する、つもりだと思う。でも具体的なことはまだ何も」

 結婚する約束はした。でも、いつとか、結婚したらどうするのかとか、具体的なことは一切話していない。そもそもジョセフは今自分のことでいっぱいいっぱいな訳で、そんなことを話す時間もゆとりもない。私だって今すぐ結婚したいなんて思ってないし、今の今まで気にも留めていなかったのだ。

 でも、確かに。ジョセフはこれからの二人のビジョンをどう考えているんだろう。胸の奥底に、言いようのない不安のようなモヤがうっすらとかかるのを感じた。
 そんな沈んでいく私の気持ちを引っ張り上げるかのように、ルーシーが髪の毛をぐっときつく引っ張ったので、思わず「ぐぇ」と変な声が出た。

「もう!ジョセフさんも肝心な所で抜けてるんだから!ちゃんとそういう大切なことは確認しないと駄目よ?言わなくても分かってる伝わってるって思ってる男の人は多いんだから」

 ルーシーが呆れたと言わんばかりに声を荒げる。
 それはジョセフに対して言っているようで、まるでルーシーの実体験からの教訓の様にも聞こえた。やっぱり昔、何かあったのかもしれない。
 そしてルーシーの物言いは、ジョセフに対して怒っているようで、尚且つ私に向かってしっかりしなさいと言っているようにも聞こえ、何だか可笑しくなって思わず声を出して笑ってしまった。

「ぷっ、あはは!なんかルーシーの方がお姉さんみたい。でも、ありがとう。心配してくれて」

 ルーシーは笑いだした私に向かって、一回ふうっと吐息した。

「そんなの友達なんだから、当たり前でしょう?」

「え?」

「え?って、何を驚いているの?もしかして、友達だと思ってたのは、私達だけ?」

 ルーシーに咎められるように言われ、ドキリと胸が跳ねた。

「う、ううん。でも、私の方が歳も上だし、仕事上では先輩だし、異民族だし。ルーシー達はピチピチうるうるの美少女だし。……私が友達なんて、そんなの烏滸がましいていうか」

「そんなの関係ないわよ。それとも、サトゥは違うの?」

 ルーシーは髪を結う手を止め、ガラス越しに真っすぐと私を見つめてきた。ちょっと、怒ってるような。でも、悲しんでいるような。咄嗟に、ごめんと口走りそうになって、慌てて口を噤む。
 違う、ルーシーはそんな言葉が聞きたい訳じゃない。ルーシーと私が、同じ想いを抱えているのだとしたら、そしたらーー

「違わない。……ありがとう。私も、ルーシー達と友達になりたいと、ずっと思ってたの」

 照れ臭さを堪えて、私もガラス越しに真っ直ぐルーシーを見つめれば、ガラスに映ったルーシーの顔がふわっと綻んだ。

「だーかーら!とっくに友達だって言ってるじゃない!もう、本当に私の方がお姉さんみたい。サトゥって仕事はすごくできるのに、案外中身は子供っぽいのね。本当にジョセフさんと同じ年なの?」

「……え?」

「え?」

 パチパチとお互い瞬きをして、ガラス越しに目を見合わせる。
 ……何か今、聞いてはいけない言葉を聞いてしまったような気がする。

「……ルーシーって、私のこといくつだと思ってるの?」

 ごくりと一回喉を鳴らして、恐る恐る口を開く。聞かなければ良かったかもしれないが、聞かないわけにもいかない。とんでもない誤解が生じている気がする。

「え?だから、ジョセフさんと同じ十九歳でしょ?」

 ガッデム……
 私は両手で顔を覆ってブンブンと首を横に振った。まさかとは思ったけど、そんな風に思っていたなんて。若く見られて嬉しいとか、そういうレベルじゃない。なんかもう、恥ずかしくって顔を上げられない。

「違うの?じゃあ二十二とか?」

 またしても首を振る。
 羞恥に耐えられなくなり私がボソッと年齢を呟くと、たっぷり一拍置いた後、ルーシーが「ええええっ!?」と大きく叫んだ。

 日本人のこの平坦な顔の作りがいけないのか、私からにじみ出る恋愛初心者オーラがいけないのか。大人の女性の清廉さが、私には決定的に足りないのだと思うと泣けてくる。

「十以上離れていたって、私たちが友達であることに変わりはないわ」

 ひとしきり驚いた後、ルーシーはそう言って、カラッと笑って私の手を握ってくれた。

 ルーシーが可愛いすぎて良い子すぎて、アラサーの緩み切った涙腺が崩壊しかけたのは、ここだけの秘密だ。




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