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3話 女騎士、同僚男性の真意を図りかねる
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◆◇◆◇◆
「あっははははは!! ユリアって馬鹿ねぇ」
「無自覚もそこまでいくと罪ですわ」
城下の食堂で酒を片手に明るく大笑いをするのは、第二近衛隊の女騎士仲間、シェリーン。逆に氷のような冷たい目で蔑みながら酒を嘗めているのは王宮図書館に唯一の女司書として勤め、『本が主食』と揶揄されるポーラだ。
ユリアと彼女たちは結婚適齢期になっても仕事一筋でいる者同士、身分差を越えて気が合うのでよく夕食を共にしている。今夜はヒューに酒を奢る予定が、そのヒューが去ってしまったので二人が夕食を摂っているところにユリアもやってきたのだ。
が、席について早々に「ユリア、何かあったの? あったんでしょう!?」と二人の質問責めに合い、洗いざらい喋らされたのである。
「まさかお貴族のご令嬢が……ぷぷぷ。官能小説の朗読をするとか!」
「そ、それは本当にやりすぎだったよ……反省してる。でも、バスクが慌てるところなんて初めて見たから面白いなと思ってしまって……」
今度はユリアが小さくなる番だった。シェリーンは面白そうに眼をきらめかせた。
「そりゃあ確かにあの熊みたいなバスクが慌てるなんて見物だけどさぁ」
「言っていいことと悪いことがありますわね」
ポーラにピシャッと言われて涙目になるユリア。そのポーラは真剣な眼差しで問う。
「ユリア、貴女これからどうするの?」
「え、どうするって……」
「だから、バスクさんと結婚するならあなたは貴族籍を抜けて平民になるんでしょう? まあバスクさんならバンバン出世しそうですし、最終的には男爵位も夢では無いかも……」
「えっ、結婚って!!」
ユリアは立ち上がり、はずみで酒がこぼれた。それを慌てて三人で拭きながら会話を続ける。ユリアは小声で、しかし強い口調で言った。
「なんで結婚になるんだよ!」
シェリーンが首を傾げる。
「ん? 貴族令嬢は頸にキスくらいでは傷物にはならないの?」
一滴も残さず綺麗にテーブルを拭きあげたポーラが半眼で言う。
「なるでしょう? バスクさんの『このままじゃ済まさない』って、責任を取るって意味かと思ったけれど」
「いやいやいや、きっとバスクは私に復讐するつもりで言ったんだよ! あいつに恥をかかせたから!」
「あら、意趣返しは指と頸にキスで充分果たしてるんじゃない?」
反論を間髪入れずにバッサリと切り捨てるポーラにユリアはぐっと小さく呻いた。そこにシェリーンが追撃をする。
「バスクはからかわれたのをいつまでも根に持つタイプとは思えないしなぁ……あ、ユリア、もしかしてバスクと結婚は嫌なの?」
「嫌っていうか……」
ユリアは続く言葉を失った。騎士になることは何とか許してくれた両親だが今でも度々領地に帰ってこいと手紙がくるし、休みに帰れば帰ったで毎回どこかの貴族との婚姻や後妻の話が来ていると勧められる。やはり両親はユリアに貴族女性として生きてほしいのだろう。平民の妻となると言ったらどれだけ反対されるかわからない。
望まぬ結婚をするくらいなら一生独りで女騎士として生きていこうと密かに思っていたユリアだが、育ててくれた両親を裏切るのは心苦しかった。
……そしてそれ以前に。
「……ははっ。やっぱりバスクの言った意味は違うんじゃないかな。ああいう男の中の男みたいな奴は私の様なガサツな女より、女らしい女が好きそうだし」
ユリアは乾いた笑いを混ぜてそう言った。きっとヒューは友人である彼女が本当に『傷物』にならぬよう、破廉恥な暴走を身を呈して止めてくれたのだ。だからあんな事を言ったのだ。
“……まだ口にキスしなかっただけ、マシだと思え”
ヒューが口を抑え、複雑な表情で言った顔が脳裏を過る。
「~~~っ!」
ユリアは杯を一気に空け、それをテーブルに叩きつけるように置いた。
「帰る!」
「え? もう?」
「またね、ユリア」
ユリアは自分の飲み代をテーブルに置き、女子寮へ足早に帰った。その後ろ姿が見えなくなるまでシェリーンの表情は固まったままだ。
ユリアが店を出ると、漸く彼女は相好を崩し、ポーラに話しかけた。
「うきゃーーーーっ! ねえポーラ、アタシの考えた作戦大成功じゃない!? アタシ、参謀の才能があるのかも!?」
ポーラは杯を嘗めながらしれっと言う。
「まあ、私が作った『女騎士に夜の指南』の効果が素晴らしかったお陰でもありますけどね」
「あの二人、バスクはとーへんぼくだし、ユリアは無自覚だしでじれったかったもんねぇ~! まさかこんなに上手くいくとは。ちょっと朗読と頸にキスは行き過ぎヤりすぎだと思うけど!」
「シェリーン、スミスさんにもお礼をしないと」
「んー、てゆーか、アタシ達皆まとめてバスクに奢って貰えば良いんじゃない?」
「……それもそうね。【とび跳ねる小鹿亭】のフルコースディナー、高級ワイン一本付きで」
すまして言うポーラに、「いいね!」とシェリーンはウインクをした。
◆◇◆◇◆
翌日の夕刻。
仕事を終えたユリアは第四隊の詰所に向かっていた。
(ウジウジ悩むのは性に合わない! バスクの奴に面と向かって昨日の真意を聞き出してやる! それでアレに特別な意味が無いならその時は……)
その時は、どうするのか。
答えの出ない問いにユリアの足が一旦止まりかけたが、すぐに駆け出す。
(その時はその時! とにかくあいつに会わなきゃ!)
が、その思いは叶わなかった。ユリアと入れ違いでヒューは帰ったと同僚の騎士に言われたのだ。
ユリアはガッカリしたが、また次の日に会えば良いかと思い直した。
しかし次の日も、その次の日も。
彼女は彼に会うことができなかった。いつもは同僚と喋ったり剣や鎧の手入れをしたりと長っちりだったヒューが、約束でもあるのか仕事が終わるとそそくさと帰ってしまうのだそうだ。
「あっ!」
第四隊の騎士と話をしていると、通りかかったスミスが大声をあげた。
「キースリング! なんでお前ここにいるんだ? お前は近づいちゃダメなんだとよ!」
「は? 何故だ?」
「俺、こないだヒューにめちゃくちゃ怒られてさ。お前を暫くここに来させるなって言われたんだよ! すげえ怖かったんだから」
「……どういう事だ」
「そんなのこっちが聞きたいよ! なんか面倒なことになった……みたいなことを言ってたよ」
スミスの言葉がグサリとユリアの胸に突き刺さる。面倒なこととは、支度部屋での出来事だろうか。
「……バスクと話をさせろ。明日は何時から登城だ?」
「あいつ、明日からは暫く休みだってさ」
「え?」
「なんか田舎の方に行くって言ってたぞ」
ユリアの心に雨雲のような陰が広がる。
(まさか、避けられてる……?)
そう考えた瞬間、雨雲は雷雲に変わり彼女の胸に雷鳴が轟き、琥珀色の瞳からは雨粒が零れそうになった。
「あっははははは!! ユリアって馬鹿ねぇ」
「無自覚もそこまでいくと罪ですわ」
城下の食堂で酒を片手に明るく大笑いをするのは、第二近衛隊の女騎士仲間、シェリーン。逆に氷のような冷たい目で蔑みながら酒を嘗めているのは王宮図書館に唯一の女司書として勤め、『本が主食』と揶揄されるポーラだ。
ユリアと彼女たちは結婚適齢期になっても仕事一筋でいる者同士、身分差を越えて気が合うのでよく夕食を共にしている。今夜はヒューに酒を奢る予定が、そのヒューが去ってしまったので二人が夕食を摂っているところにユリアもやってきたのだ。
が、席について早々に「ユリア、何かあったの? あったんでしょう!?」と二人の質問責めに合い、洗いざらい喋らされたのである。
「まさかお貴族のご令嬢が……ぷぷぷ。官能小説の朗読をするとか!」
「そ、それは本当にやりすぎだったよ……反省してる。でも、バスクが慌てるところなんて初めて見たから面白いなと思ってしまって……」
今度はユリアが小さくなる番だった。シェリーンは面白そうに眼をきらめかせた。
「そりゃあ確かにあの熊みたいなバスクが慌てるなんて見物だけどさぁ」
「言っていいことと悪いことがありますわね」
ポーラにピシャッと言われて涙目になるユリア。そのポーラは真剣な眼差しで問う。
「ユリア、貴女これからどうするの?」
「え、どうするって……」
「だから、バスクさんと結婚するならあなたは貴族籍を抜けて平民になるんでしょう? まあバスクさんならバンバン出世しそうですし、最終的には男爵位も夢では無いかも……」
「えっ、結婚って!!」
ユリアは立ち上がり、はずみで酒がこぼれた。それを慌てて三人で拭きながら会話を続ける。ユリアは小声で、しかし強い口調で言った。
「なんで結婚になるんだよ!」
シェリーンが首を傾げる。
「ん? 貴族令嬢は頸にキスくらいでは傷物にはならないの?」
一滴も残さず綺麗にテーブルを拭きあげたポーラが半眼で言う。
「なるでしょう? バスクさんの『このままじゃ済まさない』って、責任を取るって意味かと思ったけれど」
「いやいやいや、きっとバスクは私に復讐するつもりで言ったんだよ! あいつに恥をかかせたから!」
「あら、意趣返しは指と頸にキスで充分果たしてるんじゃない?」
反論を間髪入れずにバッサリと切り捨てるポーラにユリアはぐっと小さく呻いた。そこにシェリーンが追撃をする。
「バスクはからかわれたのをいつまでも根に持つタイプとは思えないしなぁ……あ、ユリア、もしかしてバスクと結婚は嫌なの?」
「嫌っていうか……」
ユリアは続く言葉を失った。騎士になることは何とか許してくれた両親だが今でも度々領地に帰ってこいと手紙がくるし、休みに帰れば帰ったで毎回どこかの貴族との婚姻や後妻の話が来ていると勧められる。やはり両親はユリアに貴族女性として生きてほしいのだろう。平民の妻となると言ったらどれだけ反対されるかわからない。
望まぬ結婚をするくらいなら一生独りで女騎士として生きていこうと密かに思っていたユリアだが、育ててくれた両親を裏切るのは心苦しかった。
……そしてそれ以前に。
「……ははっ。やっぱりバスクの言った意味は違うんじゃないかな。ああいう男の中の男みたいな奴は私の様なガサツな女より、女らしい女が好きそうだし」
ユリアは乾いた笑いを混ぜてそう言った。きっとヒューは友人である彼女が本当に『傷物』にならぬよう、破廉恥な暴走を身を呈して止めてくれたのだ。だからあんな事を言ったのだ。
“……まだ口にキスしなかっただけ、マシだと思え”
ヒューが口を抑え、複雑な表情で言った顔が脳裏を過る。
「~~~っ!」
ユリアは杯を一気に空け、それをテーブルに叩きつけるように置いた。
「帰る!」
「え? もう?」
「またね、ユリア」
ユリアは自分の飲み代をテーブルに置き、女子寮へ足早に帰った。その後ろ姿が見えなくなるまでシェリーンの表情は固まったままだ。
ユリアが店を出ると、漸く彼女は相好を崩し、ポーラに話しかけた。
「うきゃーーーーっ! ねえポーラ、アタシの考えた作戦大成功じゃない!? アタシ、参謀の才能があるのかも!?」
ポーラは杯を嘗めながらしれっと言う。
「まあ、私が作った『女騎士に夜の指南』の効果が素晴らしかったお陰でもありますけどね」
「あの二人、バスクはとーへんぼくだし、ユリアは無自覚だしでじれったかったもんねぇ~! まさかこんなに上手くいくとは。ちょっと朗読と頸にキスは行き過ぎヤりすぎだと思うけど!」
「シェリーン、スミスさんにもお礼をしないと」
「んー、てゆーか、アタシ達皆まとめてバスクに奢って貰えば良いんじゃない?」
「……それもそうね。【とび跳ねる小鹿亭】のフルコースディナー、高級ワイン一本付きで」
すまして言うポーラに、「いいね!」とシェリーンはウインクをした。
◆◇◆◇◆
翌日の夕刻。
仕事を終えたユリアは第四隊の詰所に向かっていた。
(ウジウジ悩むのは性に合わない! バスクの奴に面と向かって昨日の真意を聞き出してやる! それでアレに特別な意味が無いならその時は……)
その時は、どうするのか。
答えの出ない問いにユリアの足が一旦止まりかけたが、すぐに駆け出す。
(その時はその時! とにかくあいつに会わなきゃ!)
が、その思いは叶わなかった。ユリアと入れ違いでヒューは帰ったと同僚の騎士に言われたのだ。
ユリアはガッカリしたが、また次の日に会えば良いかと思い直した。
しかし次の日も、その次の日も。
彼女は彼に会うことができなかった。いつもは同僚と喋ったり剣や鎧の手入れをしたりと長っちりだったヒューが、約束でもあるのか仕事が終わるとそそくさと帰ってしまうのだそうだ。
「あっ!」
第四隊の騎士と話をしていると、通りかかったスミスが大声をあげた。
「キースリング! なんでお前ここにいるんだ? お前は近づいちゃダメなんだとよ!」
「は? 何故だ?」
「俺、こないだヒューにめちゃくちゃ怒られてさ。お前を暫くここに来させるなって言われたんだよ! すげえ怖かったんだから」
「……どういう事だ」
「そんなのこっちが聞きたいよ! なんか面倒なことになった……みたいなことを言ってたよ」
スミスの言葉がグサリとユリアの胸に突き刺さる。面倒なこととは、支度部屋での出来事だろうか。
「……バスクと話をさせろ。明日は何時から登城だ?」
「あいつ、明日からは暫く休みだってさ」
「え?」
「なんか田舎の方に行くって言ってたぞ」
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