ヘタレ王子「今日は婚約破棄には日が悪い」外面令嬢(はよ言えボケ、慰謝料請求したるわ)

黒星★チーコ

文字の大きさ
1 / 27
【本編】

1話/ ヘタレ王子が婚約破棄してくれない

しおりを挟む

「ディアナ!! 僕は君との婚約を、破……」

「にゃ~ん」

 豪奢で荘厳な装飾が施された王立学園の大回廊のど真ん中で、ビシッとポーズを決めたエドワード・ジョー・バクフ王子がいざ婚約破棄をしようと大声をあげましたがその声は途中で遮られました。

 王子の前を横切った黒猫によって。

「………」

「………」

 大回廊は一気に静寂に包まれました。その場にいた王立学園の生徒全員が固唾を飲んで王子を見つめ、次の言葉を待ちます。
 しかし、肝心の王子はその美しい顔を真っ青にして額に汗を垂らし、去り行く猫しか目に入っていないようです。

「……エド様?」

 王子の傍らにいた愛らしくも美しい少女、フェリア・ハニトラ男爵令嬢がついにしびれを切らしたようで、彼の右袖を引きながら続きを促そうとしています。
 そしてそれを見た王子の婚約者である銀髪の公爵令嬢ディアナも、まるでフェリアに加勢するかのように王子に要件を問います。

「エドワード王子殿下、ご機嫌麗しゅう。ワタクシにご用事ですか?」

「……っ!……いや、なんでもない」

 その瞬間、遠巻きに様子を伺っていた生徒全員が膝をかくりと落とし、ズッコケました。カンサイ地方で人気の、新喜劇で披露されるようなぴたりと揃ったタイミングです。
 きっと全員の心の中に同じことが浮かんでいたに違いありません。

(また? これで何度目!?)

 実にこれで3度目です。先週からこの王子は学園内でハデに婚約破棄をしそうになっては、毎回途中で止めているのです。それというのも……。
 ディアナはこの機会を逃すまいと、あくまでも上品に、完璧なで、彼女にできうる限りの美しい笑顔を、王子に追撃をします。

「殿下、恐れながら申し上げますが、何かワタクシに仰りたいことがおありになるのでは?」

 そう言った途端、遠巻きに見ていた女子生徒の一人が「ひえええっ」と言って倒れるのがディアナの目の端に映りました。

(あら、そんなにワタクシの顔、恐かったかしら? 外面ソトヅラは完璧に繕った筈なんですが内心のイラつきを抑えきれなかったのでしょうか?)

 しかし王子は動じた様子もなく、くるりと踵を返しながら言います。

「いや……今日は日が悪い。また改める」

「エド様!待ってください!」

 トボトボと元来た道を帰る王子を、馴れ馴れしく呼びながら追いかけるフェリア。ごく自然な動作でするりと王子の右腕に自らの左腕を差し入れます。

「はー……やっぱりあの、気になりますなぁ↑↓

「カレン、『ねぇ→→』よ」

 ディアナは横にいた女性の言葉遣いとイントネーションを無表情で注意します。
 彼女の従者として共にこの学園に通うカレンは目だけでニヤッと笑いました。


 ◇◆◇◆◇◆


 王都の公爵邸タウンハウスに帰って来たディアナは椅子のクッションに八つ当たりをしてボコスカ殴っていました。

「あー! もうホンマあのアホ王子、腹立つ!! はよ言えボケ!!」

「お嬢、口わっる~」

「……わっ、私らの国なら普通やんか」

「庶民ならともかく、貴族のご令嬢としてはカンサイでもアカンと思います。いくらアイデアが沸くからってお忍びで街に降りすぎとちゃいますか?」

「……むぅ」

 エドワード王子の婚約者、ディアナ・アキンドー公爵令嬢は、従者カレンと二人きりになったので標準語の外面を外し気兼ね無くお国言葉カンサイ弁で話しています。
 一人称も「ワタクシ」ではなく「わたし」ですし、先程までの氷の彫像のような無表情はどこへやら、ちょっぴり(?)怒りっぽいですが表情が豊かな様は年相応の女の子そのものです。

 ディアナの従者のカレンも、侍女のお仕着せに着替えて窓を開け空気を入れ換えるなどそれらしく働いているものの、口調はかなりくだけた態度でこう言います。

「まぁしかし、エドワード殿下もええ加減にしてほしいですなぁ。今回は黒猫が前を横切ったから婚約破棄を中止て。……どんだけ縁起ゲンを担げば気がすむんかと」

一昨日おとついは宣言中に近くの鏡が突然割れて、不吉やからまたの機会に~とか言うてたわね」

「最初は先週でしたなぁ。確かその日が『13日の金曜日』だと途中で気づいて中止されましたわ」

「……婚約破棄宣言する前に気づけっちゅーねん!!」

「ホンマそれですわ」

「はぁ~。あほくさ。とっととあんなヘタレと縁切りしたいわ」

「お嬢の方から捨てたったらええんやないですか?」

「あほか! これはおかみが決めた婚約やで。向こうから言わさな慰謝料ガッポリ取れへんやないの!」

「おお! さすがアキンドー公爵家ご令嬢! がめついですなぁ!」

「そら、もういつでも慰謝料を請求できるよう準備済みやもん」

 ディアナがデスクの引き出しから慰謝料の根拠となる算出表を取り出してヒラヒラと見せます。

 このバクフ王国の西にあるカンサイ地方は、アキンドー公爵家の領地が殆どを占めています。そこの中心地『アウサカ』は商業、娯楽とグルメの一大都市として王都に次ぐ規模の大きな華やかな街です。
 商人が多く集まる事から公爵家も商売に強く『常に新しい商機アイデアを見いだせ。不当な稼ぎと無駄遣いは悪』という考えが代々の公爵のモットーです。
 ディアナもその教えを守っているため、慰謝料の算出表に不当な項目や金額は全く含まれていません。

 カレンが算出表のきっちりとした数字を見て笑いながら紅茶を淹れてくれます。
 ディアナの前に紅茶のカップをそっと置きながら言いました。

「そやけど、ちょーっとだけ気になりますわ。あのフェリアさんとかいうお嬢さん」

「そやね。たった1ヶ月でエド殿下を落とした手腕は凄いわ。私にはあんな真似ようできんもん」

「……確かにお嬢と色仕掛けは対極に位置してますわ」

「うっさい。どうせ王都ココでは標準語で外面を繕うのが精一杯で、無表情で固まっとる孤高の存在ぼっちやっちゅーねん。それに元々色気もなければ可愛げもへったくれもないし」

(……ホンマは面白おもろくて可愛げも世界一ってくらいあるんやけどなぁ。色気は……まぁ)

「ん? カレンなんか言うた?」

「いーえ、なんも言うてません!」

「話が脱線したけど、あの完璧を絵に描いたような殿下がメロメロになるて、普通の男爵令嬢やないかもしれへん」

 ディアナはそう言って紅茶の入ったカップを眺めながら、先日から変化した王子の顔を思い浮かべました。

 以前は常に穏やかな笑みを浮かべ、第一王子として公務や未来の国王としての勉強に励んでいたエドワード王子。
 文武両道、才色兼備を絵に描いたような御方です。
 その黒髪は光を浴びると玉虫色の輝きを見せ、新緑のような美しい翠の目はいつもにこやかな雰囲気をたたえています。

 政略結婚の婚約者であるディアナとの間に甘い空気が流れた記憶はありませんが、ごくたまに王子から聞く話は興味深く楽しいものが殆どでした。

 しかしフェリアと一緒にいる王子は全く違います。彼女だけを熱く見つめ、その言動を少しも見逃すまいとしているようです。
 そして衆人環視の中で婚約破棄をしようとする浅はかさや、縁起を担いで破棄を中止しようとする情けなさ。
『人が変ったよう』とは正にこの事です。

「……それもありますけど、私が気になってるのは、フェリアさんが常に王子の右側にいる事ですわ」

「カレン、やっぱりフェリア嬢はどこかの間者スパイや刺客と違う?」

「うーん……。間者や刺客なら王家側でとっくに調べがついてそうなもんやと思いますし……」

「でも常に殿下の右側にいるて、殿下の利き腕を封じるつもりやないの?」

「ちゃいます。みたいな女に言わせれば、あの状況ならむしろ逆を狙う筈です。王子が許してないのかもしれませんけど」

「逆? 許す?……全然わからん!!」

 ディアナがイライラしてクッションをむぎゅ~っとするとカレンが再び苦笑します。

「まぁ、その辺は護身術の訓練の時にでもついでにご説明しますわ。それと無理かもしれませんが一応フェリアさんの周辺、軽く洗っときましょか」

「そやね。頼むわ」

 カレンはディアナの侍女であり、姉妹のように気のおけない存在であり、そしてシノビです。
 アキンドー公爵家の広い領地にはアウサカのような大都市とは対照的に長閑な風景や豊かな自然も多々存在し、深い森の中でひっそりと隠れ里を作って生活する人達もいます。
 シノビとは、そんな隠れ里のひとつに住む「コウガシュー」の一族より選ばれた、諜報活動をメインとする影の存在です。

 公爵家は代々優秀なシノビを何人も抱えています。彼らは公爵家の使用人や、弱小貧乏貴族、商人、庶民など様々な表の顔でその身を隠しているのです。
 カレンはああ言いましたが、彼らであればフェリア嬢とそのご実家のハニトラ男爵家についてはすぐに調べがつく、とディアナはクッションを揉みながら考えていました。

「ところでお嬢」

「なに?」

「クッションに八つ当たりは止めといて欲しいんですけど。さっきは空気を入れ換えときましたけど、めちゃめちゃホコリが立ちますんで吸い込むと身体に障ります」

「……これ、クッションカバーの材質が悪いんとちゃう?」

「いやいやいや、お嬢の部屋のもんは全部最高級ですがな」

「せやのうて、カバーになってる布の種類! 糸の質と布の織り方を変えて、更に織りの密度を上げたら毛羽が立ちにくくなるし、中の綿ぼこりも通しにくくなってホコリが出えへんと思う」

「糸の質と織りの密度て……簡単に言わんといて下さい」

「え? うちの領地の腕のええ職人さんならできると思うけど。意外とお貴族様の女性は陰でクッションに八つ当たりしてる人多いと思うねん。ついでに中綿も改良して……これ、上手く行ったら高級品でもかなり貴族階級に売れると思うわ!」

 公爵のモットー『常に新しい商機を見いだせ』を地で行くディアナは度々アイデアを思いつくのですが、その時彼女の瞳の中には小さな炎が燃えて舞い踊るかのようにきらきらと輝きます。
 今回も彼女の輝く瞳を見たカレンはクスリと笑って肯定しました。

「……確かに売れそうですね。流石お嬢。ちょっと職人のツテをあたってみます」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

もう演じなくて結構です

梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。 愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。 11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。   感想などいただけると、嬉しいです。 11/14 完結いたしました。 11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

処理中です...