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【本編】

2話/ 外面(ぼっち)令嬢は周りを凍りつかせる

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 ◇◆◇◆◇◆


 数日後の王立学園にて。
 自称"取り巻き"の令嬢達に囲まれたディアナは、無表情を貫いてはいるものの内心ウンザリとしていました。
 いつもなら傍にいるカレンが上手く流してくれるのですが、今日は彼女が所用で少し離れている隙を狙ってきたのでしょう。

 はらってもはらっても蝿のように付き纏い、手を擦り合わせ、ブンブン……ではなくキンキン声で五月蝿うるさい、どこぞの伯爵家だか侯爵家だかの四人のご令嬢。
 どこぞの……というのは、下手に名前を覚えれば益々調子にのって"取り巻き"から"親友"とでも勝手に自称を改悪しそうな為、わざと名前を忘れたのです。

 彼女達はひたすら公爵令嬢にゴマをすって取り入り、甘い汁を吸おうとするだけのつまらない存在です。以前から度々接触しようとしていたようですが、先日から尚一層それが酷くしつこくなってきていました。

(外面で相手をする価値もないわね……こんな時には""に限りますわ)

「ディアナ様、先日の夜会でお召しのドレス、とても素敵で……」

「当然でしょう」

「ディアナ様、一度お兄様をご紹介……」

「兄は多忙ですので」

「ディアナ様、今度わたくしのお茶会に是非……」

「ワタクシも多忙なの」

「ディアナ様、あのハニトラ男爵令嬢がまた殿下と……」

「それを受け入れているのは殿下のご意思でしょ?」

 ディアナは心を完全に閉ざし、薄~い微笑みを顔に貼り付けて会話をぶった切ります。

 氷の糸のように輝く銀髪、雪を思わせる白い肌。銀の睫毛に縁どられている吊り上がった形の目の中には意思の強い瞳がギラリと光り、高めの身長から滲み出るその拒否オーラの恐ろしさたるや、周りの空気を凍てつかせるかのようです。
 しかし口こそつぐむものの、大したダメージを受けない"取り巻き"達の面の皮はアザラシの皮膚か何かで出来ているのかもしれません。

 ディアナが実行した"これ"とは、カレンが自動対応オートモードと呼んでいるものです。

 ディアナはお金の計算には滅法強いのですが対人関係はやや苦手で、他人の心を……特に裏表の激しい貴族達の心を読むのはあまり得意ではありません。
 おまけに王都では標準語の外面もかぶる必要があり、どうしても無表情気味になります。
 学園では極力カレン以外の人間を寄せ付けず孤高の存在となる事でやり過ごしてはいるのですが、"取り巻き"達のように強引に絡んでこようとする人間や、どうしてもお断りできない社交のお付き合いもあります。

 そんな時の為に小さな頃から標準語と淑女としての振る舞いを訓練した結果、心を閉ざしたまま薄い笑みで適当な言葉がオートモードで出るようになったのです。
 適当といっても優しい方には当たり障りの無い対応で、失礼な方やこの"取り巻き"等には絶対零度の拒否オーラを発しています。
 尤も、これが原因で"取り巻き"以外の生徒には「冷たい・怖い」と恐れられている可能性が高いのですが。

「あっ、西のディアナ姫様! いたいた~」

 銅鑼どら声と言っても良いくらいの明るい大声で呼び掛け近づいて来たのは、アレス・ノーキン侯爵令息。
 彼は王国騎士団長を勤めるノーキン侯爵の嫡男であり、エドワード王子やディアナの兄であるヘリオスと同い年で友人でもあります。
 教室の女子生徒の一人が彼を見てきゃあと黄色い声をあげました。

(ああ、そう言えばこの方も割とご婦人方に人気がおありでしたわね)

 赤毛に榛色の瞳と鍛え上げた体躯を持つ美丈夫で騎士見習いとして既に騎士団に所属する彼を見ながら、ときめきではなく(彼の簡易肖像画ブロマイドを騎士団公認で売り出したら売れそうだわ)というアイデアに胸踊らせるディアナ。
 しかしそれを無表情の顔にはかけらも出さずに淑女の挨拶をします。

「ノーキン様、ご機嫌麗しゅう。今日は兄は所用にて学園におりませんの。何か言伝ことづてでもございまして?」

「うわっ、言葉は丁寧だけど態度がめっちゃ冷たい! さすが異名は伊達じゃないね。俺はヘリオスじゃなくて姫様に用があるんだけどなぁ」

 異名とは……。ディアナはどうせ陰口で『氷の令嬢』『冬の雪山』あたりを言われているのだろうと想像はついています。
 自分でもそうだとは思いますが面白くはありません。それに陰口を本人に向かって言ってしまうのはいくら貴族にしては明け透けなアレスと言えど、失礼な行為と言えます。

「ノーキン様? それはどういう……」

「皆、ごめんね~! ちょっと姫様をお借りするよ」

「あ、あの……?」

「異名とはどういう意味ですの?」と聞きたかったディアナの話を聞かずに、強引にどこかへ連れていこうとするアレス。
 五月蝿い令嬢方から遠ざけてくれたのは良いのですが教室を共に出るよう促され、カレンもいない状況に少しディアナは躊躇いました。

「あの、ワタクシ予定が……」

「いいから、いいから。ちょっと一緒に来て貰いたいんだよ」

 取り敢えずバレバレの嘘の予定を言ってみましたが、彼は気にもせず学園の廊下をずんずん進んでしまいます。
 アレスはその人柄に疑うものはなく、しかも婚約者(破棄予定ですが)や実の兄の友人です。
 ディアナはあまり邪険にするのも良くないかと思い直しました。彼に少し距離を開けてついていきます。

「―――――あそこ」

 アレスに促されて、視線の先を追うと中庭に面したテラスのテーブルに向い合わせで座る男女の姿が見えました。

(……あぁ)

 虹を塗りこめたような黒髪と、ピンクブロンドの髪とが時折そよ風に揺れ、そして二人が談笑する度にも揺れています。
 エドワード王子の片手の上にフェリア嬢の両手が包むように置かれていて、二人の翠と蒼の視線がお互いを捉えて離さないかのようです。
 こちらとは割と距離があるとは言え、あれだけお互いしか見ていないのであればディアナ達に気づくこともないでしょう。

(わかってはいたけれど……)

 ディアナはそっと下唇を噛みます。

「最近の姫様のご機嫌は……麗しいわけないよな?」

 アレスが視線はテラスに向けたまま言います。普段は割と直情的に物を言う彼にしては、湾曲した聞き方です。
 しかし心配するような口調だったのでディアナもテラスの方を向いたまま返します。

「そうですわね。困ったものです」

「困ってるのかあ。誰に? 何に?」

(戻るの早ッ……いですわ!)

 いつも通りの直情的な聞き方に戻ってしまったアレスに内心ツッコミつつ、どう返答しようかと迷うディアナ。
 いちいち言葉の裏を読まなくて済むのは楽なのですが、明け透けに応えて良いものでしょうか。ここは学園の廊下。誰がこっそり聞いているかもわかりません。

「おわかりでしょう?……でもあの方のお心次第です。ワタクシが背くことなどできませんわ」

 ディアナは王子がフェリアに夢中になっている事と、婚約破棄を持ち出しては中止する事の二つについて匂わせたのですが、果たしてアレスには正しく伝わったか自信が無い状態です。
 すると突然彼はこちらに数歩近寄り、ポツリとディアナにしか聞こえないくらいの小さな声で呟きました。

「なぁ。本当はエドとの婚約を破棄したいのは姫様の方なんじゃないの?」

「……は?」

 普段の銅鑼声とのギャップと、予想だにしなかった言葉に、思わずディアナの完璧な外面が僅かにぽろりと剥げて本音の声が出てしまいました。
 次の瞬間、あわてて無表情に戻しますが時既に遅し。アレスは一瞬驚いたような顔をした後、ニカッと笑いました。

「お嬢様!」

 そこへ廊下の向こうからカレンが滑るように素早く近づいてきます。もう少しで彼らの近くまで、という時。十字路の角で

「キャッ」

 横から来た女生徒が、カレンが音もなく現れたのにビックリしたのか手に持った書類を取り落としてしまいます。バサリと音を立てて落ちた紙の束は床に落ちた衝撃で辺りに撒き散らされてしまいました。

「これは大変失礼致しました。申し訳ありません」

「いいえ、私が勝手に驚いただけなので……あっ!!」

 床に散らばった紙を拾う為に屈んだカレンに、同じく屈んで恥ずかしそうに笑みを返した女生徒が、相手がカレンだとわかった途端に顔を強ばらせます。
 そのままくるりと見回した先にディアナがいるのを認め、一気に顔色を失いました。

「……あ……」

「「「?」」」

 カレンは不思議そうにしながらも書類を拾う手を動かします。ディアナもその様子を不思議に思いつつ、拾うのはカレンに怒られそうなので立ったまま動かずにいました。
 その横でアレスが足元まで滑ってきた一枚を手に取ります。ディアナもつい横目で彼の手元にある書面をチラリと見てしまいました。

「―――――――これは」

「ああああ!! 申し訳ございません!! 申し訳ございません!! ディアナ様、どうかお許し下さい!!!!」

「「「???」」」

 青い顔で突然大声を出す女生徒にびっくりするも態度には出さない二人と、びっくりして口をポカンとあけるアレス。
 この学園に居ると言うことは貴族階級の筈(カレンは学園に通うため裏で遠縁の子爵家の養女になっています)。その女性が人前でこんなに大声を出すなんてただ事ではありません。

「罪深いとわかっていたのですがどうしても筆が止まらず……二度とこんなことは致しません!! お許しください!!!」

 仁王立ちの(本当は呆然として立ち尽くしているのですが)ディアナを見上げながら廊下にひざまづき、最早謝っているのか泣きわめいているのかわからない程の大声で泣き叫ぶ女生徒。
 その大声とただならぬ様子に、なんだなんだと物見高い生徒が遠巻きに眺めるように廊下に集まってきました。

(……もしかしてこの状況、ワタクシが彼女を苛めているように見えるのでは? 完全に悪役令嬢の立ち位置に立っている気がします。でも、そもそもこの女生徒とは一切の面識が無いように思うのですけれど)

「……あの、貴女は?」

「ひっ、あ、あああの、シャロンと申します。ソーサーク子爵家の次女でございまままま」

 ガタガタと震えながら話すシャロン。なぜそんなに怯えているのかわからないディアナは、できるだけ笑顔(しかし普段が無表情気味なので口の端が歪む程度)で話しかけます。

「これ、貴女がお書きになった文章ですか?」

「はっははははいいいい!!! 申し訳ございませんんん!!! ここここれは私が一人で勝手に隠れて書いたものです。ちっ父はかかか関係ない事ですので、どどどどうか、罰をお与えになるならわわわ私だけでお願い致します!!!!」

 ますますシャロンは怯え泣いています。もう土下座せんばかりの勢いです。
 遠巻きに見る生徒の数も増えてきました。

(罰とは???……どうしましょう。この騒ぎを中庭の向こうにいる殿下に気づかれたら……)

 カレンは集めた書面をパラパラと見ながら難しい顔をしています。アレスはびっくりしたまま頭の上に「?」の疑問符が浮いたような表情です。ディアナは焦ってこう言いました。

「あの、謝らなくて結構ですから、これ、全部読ませていただいても?」

「は、はひっ?……どう(して)っ…………」

 シャロンはそこまで言って、白目を向いて倒れてしまいました。
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