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【第一部】マクミラン王国
第四話 信頼できる狼くんと信頼できないお二人さん
しおりを挟む私が鼻腔に残るワインの薫りを楽しんでいると、騎士団長のグリーンさんと魔術師長のアイルさんがニコニコ笑いながら話しかけてきた。
「やはりオーカ様は実に旨そうに飲みますな!」
グリーンさんはマッチョでやや渋みがかったイケメン。
「オーカ様、もう一杯如何ですか」
おかわりを注いでくれたのはアイルさん。彼は若くして魔術師長になった天才魔術師で、長いストレートの髪がキラキラしている美形。ちょっと線が細いけど。
二人とも乾杯したあと、副団長、副師長……と次々に色んな人が私に感謝の言葉を述べながら杯を交わしてくる。
ああ、極上のワインが皆の笑顔で更に美味いわ~と思っていた私の目に嫌な光景が飛び込んできて一気に味がしなくなった。
クライヴ王子と【守りの聖女】サマが完全に二人だけの世界を作って、見つめ合いながら乾杯している。もうこれイチャイチャタイムだよね?
二人の周りの人が居たたまれないカンジでこっちを見てくる。
……っ! だからさ、婚約者の前なんだからせめて人目を避けるとか、私との婚約をちゃんと解消してからやりなよ!
ムシャクシャしたので手近なワインの瓶を掴み、私はラッパ飲みした。周りからさっきとは全く違う「お~」という感嘆の中に呆れた声色が混じってあがる。聖女サマとしてはきっと酷い振る舞いだろう。
でもいいんだ。所詮私は【酒乱聖女】だし、聖女の前に一人の人間だ。こんなにバカにされてるのに大人しくめそめそしたって割に合わない。後でキッチリ形つけてやるからな!
そう思ってワインを流し込んだけど、なんだか胸がモヤモヤする。体の中の瘴気は浄化済みじゃなかったっけ?
ふうっとワイン瓶に向かって息をついた私の横顔を、獣……多分狼くん、がぺろりと舐める。
「あれ? まだ居たの? もういいよ。森にお帰り」
正門の外へ連れて行こうとしたが、狼くんはフルフルと首を振り、澄んだ金の目でじっと私を見た。……え。この子、もしかして人間の言葉がわかるの!? 困惑する私を狼くんはそのつややかな毛皮で包むように私に寄り添い、再びペロペロと優しく舐めてくれる。
「ふふふ、なぐさめてくれるの? 良い子ね」
ふと、彼の右前足がケガをしているのに気づいた。ああ、結界のカウンターで爪が割れたっけ。私は軽く手当てをしてあげた。
狼くんはビックリしたのか私に掴まれた手を引っ込めようとして焦っている。
ふふ、かわいい。昔、実家では雑種犬を飼っていた。あの子をたまにお風呂に入れてあげようとしたらこんな反応だった。この狼はあの子の何倍も大きいし、毛色も全然違うのに何故か姿がダブる。
「大丈夫。怖くないよ。傷を治してるだけ」
そう言って狼くんの鼻筋から頭の後ろまでを優しく撫ぜると彼は急に聞き分けが良くなった。私の手を嫌がらず、むしろ気持ちよさそうにグルグルと喉を鳴らして地面に伏せ、目を閉じる。
その姿が今心がささくれだってる私にはズドンってきた。うーわー、可~愛~い!! 癒し効果ハンパない。あああ、もう王子なんかよりこの子と一生一緒にいる方が幸せかなぁとかちょっと思う。
っていうかさっきの魔獣の姿の時に結界に対処とした時といい、今の言葉を理解している様子といい、この子絶対賢いよね。この子が自分の意志で森に帰らないなら連れてっても問題なさそう。
「……ねえ、狼って王宮で飼ってもいいもの?」
魔物討伐の後処理でついてきた王宮の事務次官的な人、カーンさんに確認すると流石に困った顔をされた。
「飼うのですか?! まあ、王宮にも猟犬は居ますが……はあ……こんな大きな狼を、しかも元魔獣を飼うなど前例がありませんので……」
「やっぱりそうだよね……でも、懐かれちゃってるし。もう人を襲うことはないと思うよ? ねっ、お願い!」
手を合わせてお願いする。狼くんもカーンさんを見上げてクンク~ンと甘えた声を出す。おっいいね、空気読める子!
「うーん……。他ならぬ聖女オーカ様の頼みですからね。絶対に人を襲わないように管理するのは必須条件です。常にオーカ様が横にいらっしゃるか、オーカ様のお部屋から出さないようにして頂ければ……良いでしょうかね?」
「ホント!? ちゃんと面倒みるわ!」
やったね! 普通なら即却下なのにこんな融通を聞かせてくれるなんて流石は聖女パワー。薄々気づいていたけれど、私は今この国で一番ワガママを聞いてもらえる立場みたいだ。
私の横で狼くんが嬉しそうにワオン、と小さく吠える。私は青灰色のモフモフの毛並みを撫でくり撫でくりした。
「そうだ。キミの名前つけようか……うーん。チャッピーはどう?」
昔の愛犬と同じ名前を付けようとしたら、狼くんは黙ってこっちをじっと見てる。なんか眉間に皺も寄ってる。
「えー、ご不満? チャッピー、良い名前だと思うんだけどな。可愛いでしょ?」
チャッピーに話しかけていると、気配が変わった。チャッピーも気づいたのか空を仰ぐ。【守りの聖女】による新たな結界が街全体に張りなおされたのだ。
実は討伐が終わっても正門の近くにしばらく居たのは酒盛りのためじゃない。これだけ巨大な結界を張るには時間がかかるので、万が一その間に新たな魔物が現れても対処できるように待機していたのだ。まあそんな事は過去一度もないから皆ゆるんでお酒を飲んでいたんだけれど。
なんにせよ、これで今夜は安心だとなり馬車が来て皆が撤収し始めた。先触れが馬で報告に行ってるだろうけど、一応直に国王陛下への報告も必要だし、いつまでも酒盛りをしているわけにもいかない。私は飲みかけのワインの瓶を空けてしまおうと一気にラッパ飲みしようとした。けれど。
「ゴブフッ!」
思わず吹き出しそうになったけれどギリギリで慌てて飲み込む。今、口に入ったものが予想外の味だったのだ。
どうしよう。これは非常にマズイ。
せっかく美味しいワインを飲んでいたのに、これの後味が口の中に残るなんて最悪だわ(王宮に戻ればすぐまた良いワインが飲めるだろうけど)。
「なんでこんなことに……」
ワインを見ながらそう独りごちて、ふとひらめいた。これ、研究に使えるかもしれない。
私は一瞬思案し、手近なコルクの栓を見つけて瓶にぎゅっと押し込む。ついでにちょっと細工をしてガッチリと封をした。
「これ、後で使うから絶対に割ったり飲んだりしないでね!」
カーンさんにお願いして瓶を預ける。自分で持って馬車に乗りこんでも、また王子に瓶を取り上げられる可能性もあるからね。私は手ぶらで馬車に乗り込もうと近寄り、そして中から聞こえてきた声に凍り付くように固まった。クスクスと笑い、囁き合う甘い男女の声がする。
「大丈夫、きっと上手く行く」
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