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【第一部】マクミラン王国
第九話 ワインの行方と、過去の悪夢
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「ふあぁ……」
私は猫足のバスタブに張られたお湯にのんびりと浸かり、手足を伸ばしていた。飲酒のあとの風呂なんてうっかり眠って溺れる危険があるから厳禁だ! と元の世界なら怒られそうだけど、私、元々ザルだからお風呂で眠くなったこともないんだよね。まあこっちの世界ではメイドさんが横で控えてるから万が一寝ちゃっても安心なんだけど。
バスタブを出るとそのメイドさんがフカフカのタオルを差し出してくれる。受け取って体を拭いている間に彼女が私の髪を拭いてくれた。この世界に来て最初はメイドさんが3人も付いて全身拭こうとしてくれたんだけど、流石に居心地が悪いので今は1人にだけお願いしている状態だ。寝巻きに着替え浴室を出て寝室に入る。
「ね、あなたもお風呂に入らない? 洗ってあげるから」
床に丸まっているチャッピーに声をかけたら、彼は眉間にシワを寄せた。
「ヴルル……」
「もう~そんなに嫌がるほどお風呂が嫌いなの? でもクサいのは嫌よ?」
「オンッ!!」
チャッピーは立ち上がり、失礼な! とでも言いたげに銀混じりの青灰色の背中を見せつけてきた。私は反射的にそのモフモフに手を伸ばす。柔らかくつやつやとした毛並みに指をすべらせながら顔を寄せてみると、お日様に晒されたような乾いた匂いがふわりとした。昔小学校の授業の一環で田植えとお米の収穫をしたことがあったのを思い出す。よく天日干しをした稲穂にも少し似た匂いだ。
「ふふふ、たしかにクサくはないわね」
「ワフっ!」
「あの、聖女様っ、お酒はこちらに用意してますので私は失礼しても……?」
珍しくメイドさんがおずおずと言い出すので何事かと思う。……あっ、巨大な狼が怖いのか。そりゃそうだよね。
「あ~、ごめんね。もう今夜はいいよ。ありがとう」
「失礼致します」
彼女を下がらせ、寝酒の果実酒を手酌で注ぐ。ひとくち含むと爽やかな香りが鼻に抜け、アルコールの刺激とわずかな甘味や酸味が舌の上で踊る。飲み下したあとほう、と息をついてはじめて気づいた。
「……あ、カーンさんに預けたワインを回収するの忘れてた……」
今日は色々あってそれどころじゃなかったからなぁ。主にあの大馬鹿たれのせいだけど。もう夜更けだし、お風呂に入った後の未婚の女が未婚の男に会いに行くのはこの世界では……うん。結婚する気でもなきゃ無理だわ。
でもこのまま私が寝ちゃったら、せっかく仕込んだ細工が消えちゃうから誰でもワインの栓を開ける事が可能になってしまう。
「うーん……ま、いっか!」
ひとしきり悩んだ後、私はそのまま放置する事にした。カーンさんは私から見ても四角四面の生真面目なタイプだから、細工が消えてもワインを開けるようなことはしない筈だもの。明日の朝に取りに行けばきっと大丈夫。
そう考えてから明日、という言葉に憂鬱になる。明日、正式にクライヴ王子との婚約を破棄するとしてその後どうなるんだろう。また私への求婚者がわらわら現れるのか。しかもマクミラン王は親バカでクライヴ王子と私を結婚させたがってるみたいだから破棄や新しい婚約など簡単には認めないかも。……考えただけで気が重い。
私は手に持った杯を一気に空ける。
「はー、もう寝よ! おやすみ!」
足元で丸くなっているチャッピーに声をかけると、彼は目を伏せたまま鳴きもせず軽く尻尾を揺らすだけだった。それでおやすみの挨拶に応えたつもりらしい。私はそれを見て大きく柔らかなベッドに潜り込む。枕元の灯りを吹き消すと、すぐに睡魔が訪れて夢の世界に誘われた。
◆
タタタタ……タン、タタタタ……
私はPCの画面を見つめ必死にタイピングをしていた。今日中に仕事を終わらせないといけないのに、指が重く呼吸が苦しい。まるで粘度の高い液体の中にいるみたい。
「あ、これも頼むわ」
「これもやっといてよ」
パソコンの横に纏めていないデータや資料がどさりと投げられた。
「!」
これは私の仕事じゃないと気づき慌てて振り返るが、頼んだ人達の姿はもうない。その代わりに人集りが出来ているのが見える。
「流石ですね! 大口契約じゃないですか!」
「A社の契約取れたって!? 凄いわ~!」
「やっぱりエリートは違いますな! 血筋でしょうね」
聞こえてきた賛辞に私は耳を疑う。
(A社!? そんな馬鹿な。明日私が最終プレゼンに行く予定だったのに……)
慌ててA社向けの資料を入れた共有フォルダを確認する。データの最新保存日時が今朝に更新されていた。中を開くと私が作った資料の担当者名が私から勝手に別の人物に書き換えられている! 新しい担当は、今人集りの中心にいる人物……社長の親戚だとかで、半年前にコネ入社してきた新人だ。
人集りの中心に駆け寄ろうとすると、その前に課長と先輩が立ちはだかる。
「ああ、塩谷君、例の案件は担当を彼に替わって貰う事になったから。事後報告で悪いね」
「塩谷。お前の意見、参考になったよ」
「!!」
参考って!! A社との契約が取れるよう何度もデータを取り、資料を何度も作り直して訪問もコツコツして、最初は冷たかった向こうの担当も今では好意的に話をして貰えるまで頑張ってきた。私に同行していた先輩だってそれを知っている筈なのに!!
私は反論したくて口を開くけれど、喉の奥にものがつかえたような感覚で声が出てこない。突如足元の床がヒュッと抜け、私の身体は奈落へと落ちた。
ああ、地面に叩きつけられて私はバラバラになるんだ……と思ったけれど、以外にも地面はふんわりと私を迎え入れる。ただ、そこは天国ではなかった。私が地面から身を起こすと目の前にクライヴ王子とヒナの姿が現れる。
「オーカ、今までご苦労だったな。お前を追放する」
「桜花さんが魔物との戦い方を研究してくれたからぁ、あとは私達だけで大丈夫ですぅ」
「餞別にお前の好きなワインくらいは持たせてやろう。さっさとこの国から出ていけ」
「何故!? 皆の為にここまで頑張ってきたのに!!」
私の両の目から涙が堰を切ったように溢れる。何故なの? 何故皆、私の努力を掠め取ろうとするの? 私がそんなに悪い事をした!? 皆が勝手に勘違いをしたんだし、私も最初は気づかなかっただけよ!!
夢の中で私は子供のようにわんわんと泣き叫んだ。
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