捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら

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復讐

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 そろそろ見張り役は解消するだろうか。

 エミリアはいつも変わらずそうしていたように、寝る前の身支度を始めた。

 湯浴みは既に済んでいる。寝間着に着替え、髪をとかして香油を撫でつける。

 そうしているうちに、ノックの音が響いた。

「エミリア様。お休み前に召し上がる、ホットミルクをお持ちしました」

「どうぞ」

 エミリアは入室を許可する。

 しかし、エミリアはホットミルクなど所望していない。

 トレーの上に湯気の昇るカップを乗せた侍女が、しずしずと入ってきた。

 テーブルにトレーを置く。

「ミルクに蜂蜜はいかがでしょうか」

 侍女は恭しく礼をすると、やっと俯きがちだった顔を上げた。

 藍色のつぶらな瞳が、燭台の灯りにきらりと輝く。

「ありがとう、リジー。お願いするわ……」

 このところ、体面を取り繕うためか、病人のためのようなさっぱりとした食事ばかりだった。

 甘くて温かい飲み物がちょうど欲しかったところだ。

「疲れているでしょうに、ありがとう。戻って休んでくれて良かったのに」

「こちらをお召し上がり頂いたら、すぐに、戻ります」

 リジ―と呼ばれた侍女はスプーンで蜂蜜を掬い取って、ミルクの中に落とす。

 ゆっくりとかき混ぜて、ソーサーごとエミリアへ差し出した。

 手渡されたソーサーとカップの間には、小さなカードが挟まっている。

 そこには短く、



 ”お休みなさい。愛しい人。良い夢を”



 と記されていた。

(まあ……)

 エミリアは素早く紙片を抜き去ると、リジー、もとい、リチャードへ向けて目を上げた。

「嬉しいわ。ゆっくり頂くわね」

 目の前のリジーは、リチャードが侍女に扮した姿だ。

 女主人として王宮を仕切るエミリアだ。どうすれば最も自在に王宮内を動き回れるかを良く把握していた。

 侍女は頻繁に入れ替わりがあるので、制服は常に数種類のサイズを保管してある。

 常に監視の目があるエミリアに許された通信手段は、筆談のみだ。

 窓の開閉さえ音で気付かれるので、約束の晩には窓の隙間からバルコニーのリチャードへ、指示の依頼を受け渡した。

 メイド服の保管庫、保管庫の鍵の置き場所、見張りの巡回時間、回数など。

 詳細に記すと膨大な量になるので、簡潔に記した。

 そこからエミリアの意図を読み取り、完璧にこなしてくれている。

 元々エドワードからの評価も高かったが、エミリアから見てもリチャードは非常に有能だ。

「お顔がお健やかな色に戻られたようで……安心しました。ごゆっくり、お休みください」

 一礼をして、リチャードは引き上げる。

 エミリアは優しく微笑んで、見送った。

 扉が閉まると、エミリアは再びカップに目を戻す。

 ふぅっ、と息を吹きかけ、ミルクを口に含んだ。

 柔らかなコクと芳醇な甘みが、香りと共に喉を緩やかに通過する。

 体の中にじんわりと広がっていく。

 ほっとする味に、思わず顔がほころんだ。

 この蜂蜜はきっと、ヴァルデリアの土産代わりだろう。

 二人は身動きの取れないエミリアのために奔走してくれている。

 つい数日前、出会ったばかりの間柄なのに、心からエミリアを気遣ってくれる心根が胸にしみた。

 ホットミルクのお陰か、胸に熱いものが込み上げた。

 ソーサーをサイドボードに置いて、カードだけをしみじみと眺める。

 宛名も、差出人もない、シンプルな文面をエミリアは抱き締めた。

 リチャードは注意を払っているが、万一人目に触れた時にも怪しまれない、心配りがなされている。

 だったら、メッセージなど、送らなければいい。

 それでいて、このような心遣いをされると……。

(エドワード様……)

 心の琴線に、優しく触れられたような気持ちになる。

 今は、抜き差しならない状況だ。

 強くあらねばならないのに、こんなに優しい気持ちになって良いものか。

 離れ離れになって、自分が窮地に追い込まれてなお、エミリアを気遣ってくれる。

 エミリアは何とも形容しがたい甘い感情を堪えながら、寝台に身を横たえた。
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