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恋の足音
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スタート地点は曖昧だったが、最短距離で言えばレオノールのほうがリードしていたように思う。
飛び出して1キロの地点でも、レオノールが先行していた。
だけどすぐ背後に蹄の音が迫っているから、引き離せていない。
(さすが、簡単には勝たせてくれないね。騎士団長様は……!)
レオノールの馬は栗毛に白い流星をもつ牝馬。
王都の貸馬屋で借りた中ではやや小柄なものの、しかし筋肉の締まりが抜群だった。
しなやかに弾む脚は野生馬のようで、乗り手の動きを敏感に読み取る。
クラウディオは黒毛の牡馬だ。
力強さと冷静さを兼ね備えていて、どっしりとした体幹を持っている。
それでいて、まるで地を滑るような速さも持っていた。
風を切るたてがみが陽を受けて青黒く光る様は、堂々としていていかにもクラウディオらしいセレクトだ。
王太子の威厳そのものだった。
湖までは目算で4キロぐらいの距離か。
競り合っているうちに折り返し地点が近づく。
二頭は競り合うように丘を駆け抜けた。
ちらりと後方に目をやる。
まだ、クラウディオはやや引き離され、4馬身ほど後方にいた。
さらに進んで、ゴールまでとうとう残り500mを切る。
揺れるたてがみから湯気が上がり、首筋は汗に濡れる。
スピードはピークを迎えてだいぶ経過していた。
「このまま……逃げ切るよ!」
最後の一踏ん張りだと言い含めるように、レオノールは身体を前傾させ、手綱を短く握った。
だが次の瞬間、視界の端を黒い影がかすめた。
クラウディオの馬だ。
レオノールのスピードは落ちていない。なのに、いつの間にか横に並ぶ。
気づいた時には、前だけを見る、真剣そのもののクラウディオの横顔が通り過ぎていた。
「……っ」
その眼に見入ってしまって、レオノールは声が出なかった。
金色の睫毛の下で、ブルーサファイアがぎらぎらと炎を燃やすように輝いていた。
クールな表情はそのままで。
普段は静謐で聡明な雰囲気のクラウディオが醸した激情に魅了される。
我に返ったのはゴール手前で、クラウディオの馬は疾風のように目標だった湖畔へ躍り込む。
湖面がきらりと輝きを反射させて、その輪郭は陽光の中に溶けていくようだった。
実際に、その差は僅か5秒もなかっただろう。
レオノールがゴール地点を通過した時には、クラウディオはもう減速を始めていた。
(……信じられない。私が、負けた? いや、それより……)
指示が途切れたこともあって、レオノールの馬も途端に速度を落とす。
レオノールは一つも手を緩めなかった。
だから、どうして負けたのか、理解できない。
恵まれた体格に、身体能力も手伝って、レオノールは勝負という勝負に負けた経験が一度もない。
子供の少ない小さな村で育ったせいもあるだろうが、かけっこや腕相撲、どんな些細な勝負でも「負け無し」が当然だった。
ここ最近、命をかけるような勝負の時には特に。
だからこの乗馬レースはレオノールの人生において、初めての敗北のようなものだった。
きっと今回も、勝つだろうと高を括っていた。
クラウディオは特殊能力を持たない。
あくまで”普通”の人間だ。
意識の高さと勤勉さで他者より秀でていても、限界がある。
そんな風に心のどこかに慢心があったから負けたのだろうか?
飛び出して1キロの地点でも、レオノールが先行していた。
だけどすぐ背後に蹄の音が迫っているから、引き離せていない。
(さすが、簡単には勝たせてくれないね。騎士団長様は……!)
レオノールの馬は栗毛に白い流星をもつ牝馬。
王都の貸馬屋で借りた中ではやや小柄なものの、しかし筋肉の締まりが抜群だった。
しなやかに弾む脚は野生馬のようで、乗り手の動きを敏感に読み取る。
クラウディオは黒毛の牡馬だ。
力強さと冷静さを兼ね備えていて、どっしりとした体幹を持っている。
それでいて、まるで地を滑るような速さも持っていた。
風を切るたてがみが陽を受けて青黒く光る様は、堂々としていていかにもクラウディオらしいセレクトだ。
王太子の威厳そのものだった。
湖までは目算で4キロぐらいの距離か。
競り合っているうちに折り返し地点が近づく。
二頭は競り合うように丘を駆け抜けた。
ちらりと後方に目をやる。
まだ、クラウディオはやや引き離され、4馬身ほど後方にいた。
さらに進んで、ゴールまでとうとう残り500mを切る。
揺れるたてがみから湯気が上がり、首筋は汗に濡れる。
スピードはピークを迎えてだいぶ経過していた。
「このまま……逃げ切るよ!」
最後の一踏ん張りだと言い含めるように、レオノールは身体を前傾させ、手綱を短く握った。
だが次の瞬間、視界の端を黒い影がかすめた。
クラウディオの馬だ。
レオノールのスピードは落ちていない。なのに、いつの間にか横に並ぶ。
気づいた時には、前だけを見る、真剣そのもののクラウディオの横顔が通り過ぎていた。
「……っ」
その眼に見入ってしまって、レオノールは声が出なかった。
金色の睫毛の下で、ブルーサファイアがぎらぎらと炎を燃やすように輝いていた。
クールな表情はそのままで。
普段は静謐で聡明な雰囲気のクラウディオが醸した激情に魅了される。
我に返ったのはゴール手前で、クラウディオの馬は疾風のように目標だった湖畔へ躍り込む。
湖面がきらりと輝きを反射させて、その輪郭は陽光の中に溶けていくようだった。
実際に、その差は僅か5秒もなかっただろう。
レオノールがゴール地点を通過した時には、クラウディオはもう減速を始めていた。
(……信じられない。私が、負けた? いや、それより……)
指示が途切れたこともあって、レオノールの馬も途端に速度を落とす。
レオノールは一つも手を緩めなかった。
だから、どうして負けたのか、理解できない。
恵まれた体格に、身体能力も手伝って、レオノールは勝負という勝負に負けた経験が一度もない。
子供の少ない小さな村で育ったせいもあるだろうが、かけっこや腕相撲、どんな些細な勝負でも「負け無し」が当然だった。
ここ最近、命をかけるような勝負の時には特に。
だからこの乗馬レースはレオノールの人生において、初めての敗北のようなものだった。
きっと今回も、勝つだろうと高を括っていた。
クラウディオは特殊能力を持たない。
あくまで”普通”の人間だ。
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そんな風に心のどこかに慢心があったから負けたのだろうか?
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