「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら

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上書きをしてくれないか

「……ひとまず、良かった」

 とりあえずはクラウディオの無事に安堵して、改めて考える。

 カナリーが起こした事件、その背景。レオノールが受けた衝撃の原因……。

「ああ~!」

 流れるように回想すると、再び衝撃のシーンに行き当たる。

 やるせない感情に、レオノールは頭を抱えて足をバタつかせた。

 悪いのは、カナリーだ。

 公爵の差し金か知らないが、クラウディオは被害者だ。

 責めるべきはカナリーなのに、どうしてもモヤモヤする。

 鼻の奥がツンとしてきて、涙が込み上げてきたのだと悟った。

「何をやってるんだ、まったく……」

 しばらくすると湯殿の扉が開き、クラウディオが顔を出す。

 身体にはローブを身につけており、肩には乾いたバスタオルが掛けられていた。

 しっとりと濡れた前髪からポタリと水滴が落ち、あられもない色香を撒き散らしている。

「目を合わせるだけで一苦労だったくせに、いったいどういう理屈で動いてるんだ、君は」

「それは……だって、あんなところを見たら、ビックリして、吹っ飛んじゃいました」

 指摘を受けたら、涙が引っ込んだ。

 クラウディオを正面から見つめてみる。

 ドキッとさせられるけれど、あの時ほどの混乱はない。

 ショック療法というやつか。

「まあ、お陰でだいぶスッキリした。……ん、まさか君、泣いていたのか?」

「まさか! これは、半べそです。私、今まで泣いたことないので」

 レオノールは否定したが、あと少しクラウディオが出てくるのが遅かったら泣いていたかもしれない。

 恥ずかしくなって、慌てて手の甲で目元をこする。

 ちょびっと涙がはみ出ていても、こうしておけばバレずに済む。

「どうして、君が泣く。俺は男だ、どうということはない」

「あります! だって、キスですよ? クラウディオ様の唇に! クラウディオ様は私のでしょ? 私とだってしたことないのに……なのに、なのにあの子ったら勝手に」

「それは……君は俺を心配しているんだとばかり思っていたがーーもしかして、悔しくて腹を立てているのか?」

 クラウディオはなだめるようにレオノールの肩に手を置いていた。

 だが、レオノールが子供のように地団駄を踏んで憤慨すると、考え込むように首を捻る。

 そう言われてレオノールは再び、クラウディオの唇に注目した。

 あれがレオノールのものだなんて発想が、自分の中にあったと気付かされてハッとする。

(……そう言えば。自分でも何にモヤモヤしてるのか分からなかったけど……)

 烏滸がましいけれど、確かにその通りかもしれない。

 クラウディオをあの執務室に置いておきたくなかったのも、身体を清めさせたのも、彼を気遣っただけの理由ではない。

 それでも、風呂に入れてもモヤモヤはなくならなかった。

 水で濯いだからといって消えて流れるものでないことが、頭のどこかでわかっていたからだ。

「そう……そっか。なんだ……単純な嫉妬ですか。大騒ぎして、ごめんなさい……」

 クラウディオの問いに、レオノールは素直に同意し、うなだれた。

 結局レオノールは自分勝手な鬱憤を、クラウディオ相手にぶつけていただけだった。

 彼の都合も気持ちも考えず……。

 駄々っ子のようにゴネたって、時間は戻らない。

 クラウディオはあんなに軽微な誘眠剤で意識を手放すほど疲れていた。

 その彼のショックを優しく癒すどころか振り回すなんて、淑女とはかけ離れた振る舞いだ。

 レオノールが消沈し謝罪を口にすると、クラウディオの瞳は一瞬だけ驚いたように瞠られる。

 鼻の下に手の甲を当て、考え込むように呟いた。

「いや、謝らないでくれ。もしそれが嫉妬なら、むしろ俺は嬉しいかもしれない……」

 それからすぐに、視線が下がる。

 どこを見ているのかすぐに分かり、胸がドクンと、大きく脈打った。

 その仕草が何を意味するのか。頭の理解は追いつかなくても、先に予感に支配される。

「……もし悔しいなら、君が上書きしてくれないか。レオノール」

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