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古着屋に妖怪現る

16話

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 「何を、急にっ」

「大丈夫かい?  この間、惣一郎が言ってたろ」

 あれは方便だ。今は特に決まった相手はいない。

 ……と言うより、どちらかと言えば目の前のお前が気になっている。

 餓鬼を好きになれるか聞かれたら無理に決まっていた。

 でも家人の前「お悠耶が気になっている」などとは言えないから、常套句で断っただけだ。
 
 しかし……何というか、もう少し手応えのある応答はしてくれないものか。
  
 自分で言うのは憚られるが、惣一郎はこの界隈では評判の美青年だ。

 もし悠耶が多少なりとも惣一郎に興味を持っていれば、もうちょっと相応しい態度があるだろう。
 
 自分の気になる男性が、他に好きな者があると聞けば、普通ならばやや当惑を隠せない様相になる。

 悠耶が初心で、色恋に興味がないのは気づいていた。

 いつでも所作には色気より食い気が滲み出ている。

 それともこうした質問は、新しい悠耶なりの応答なのか。

 こう見えて、惣一郎が想いを寄せる相手に関心があるとか?

 惣一郎は咳を抑えながら、しばし悠耶の顔を観察した。

 いつも通り、何を考えているのかわからない。

 これほど見つめても、顔色ひとつ変えない。

 だから、惣一郎をどうこう想っている可能性は極めて低い。

 惣一郎は目を離し、口元に手を添え、こほこほと残った咳を吐き出す。

 すると店に入って来たばかりの客が、上がり框の横で立ち止まった。

 すぐに立ち去るかとばかり思っていたのが、じっとこちらを――こちらではなく悠耶を見ている。

「こんな所にいたのですね!  お悠耶。良かった!  探したのですよ」

 座敷から見上げる。

 立っていたのは衣袍を纏い、輪袈裟を掛けた坊主頭の男だった。
 
 身の丈は立って並べば惣一郎よりもやや高いくらいか。どことなく色香が漂う。

 美麗で、女形でも務まりそうな美坊主だ。

 見掛けた記憶のない顔だ。悠耶の知り合いか。

「深如かい?  どうしたの?  久しぶりだね。わざわざこっちへ鰻を食べに来たのかい?」

「そんな訳がないでしょう。お悠耶が本所へ越すと聞いた時から、憂慮していたのです。この頃、ちっとも顔を見せてくれないから、会いに来たのですよ。やはり、一刻も早く私の妻になってください。私と浅草で暮らしましょう」


 カラン
  

 惣一郎は無言で立ち上がった。
  
 着物の裾が触れた箸が、丼から転げ落ちる。
  
 不穏な台詞を吐いた坊主を、惣一郎は座敷の上から見下ろした。

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