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古着屋に妖怪現る

15話

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「この間は悪かったな。うちの寛太が酷いことを言って」

「ううん、気にしてないったら。この間も言ったよ」

 呑気な口調で悠耶は首を振る。態度に不自然なところはない。

 悠耶は演技などする質ではない。

 惣一郎は気を揉むのをやめた。

「あの後すぐにおっ母さんも帰って来てさ。お悠耶にはよく礼を言っといてくれって。家の皆んなの誤解も解けたから、また店にも顔を出してくれよ」

 本当は食事に誘えと強調していたが、惣一郎には都合が悪いので黙っておく。

「お幸さんはどう?  元気?」

「お幸の奴もさ、すぐ元通り……元通りというより人が変わったみたいになっちまったんだよな。元気だけど、なんだか別人みたいでさ。何でもハキハキ答えるし、前は声も聞こえないくらい大人しかったのに」

 元から仕事はきちんとこなしてくれていて、無口でも問題はなかった。

 けれど今では、はっきりものを言うし、惣一郎の目を見て話すようになった。

 やはりそのほうが、一緒に暮らしていて気持ちがいい。

「変わったんじゃなくて、そっちが元なんだよ。口もきけないくらい、惣一郎を好きになっちゃったんだ」
 
 悠耶の口から予想外の単語が出て、惣一郎は咽せかけた。

 好きすぎて口がきけないだなんて、そのような感性が悠耶にあったのか。

 いつもは好いた惚れたとは無縁そうな顔で暮らしているのに。

「あんときゃ言われたままにやったけど、お前、なんであんな……餓鬼だっけ。あんな言葉を掛けろと言ったんだ?  最初からお幸だとわかってたのか?」

 幸だとわかっていたとしても、それが惣一郎に惚れているなんて、普通に考えたら見抜けるものではない。

「梅壺の付喪神が教えてくれたんだよ。餓鬼が、取り憑いてるのは、お店の、女中だって。梅壺は三河屋の事情なら、何でも知ってるんだって」

「お待たせしました!」

 咳払いする惣一郎たちの前に丼が置かれた。
  
 丼の湯気から香ばしい醤油と鰻の脂の香りが立ち昇る。
  
 悠耶がごくりと喉を鳴らす。

「鰻は好物かい?」

「大好きさ。それにおいら座敷で食べるのは初めてでさ。あー、美味そう!!」

 悠耶は器を顔の側へ持ち上げて香りを嗅いだ。

 期待が惣一郎にまで伝わってくる。

(どうだい、この顔。やっぱりお悠耶には花より団子だろうよ)

「さあ、冷めないうちに食おうぜ。遠慮しないで」

「いただきまーす」

 ご機嫌に声を上げて、悠耶は鰻を箸で大きく千切って豪快に口へ放り込んだ。

 遠慮などするようなタマではない。そういう素直なところに惣一郎は魅入られる。

 噛みながら、冷ます。味わったものを飲み込んで、箸を握った手で頬を押さえる。

 忙しい百眼ひゃくまなこ見ながら、悠耶の応答に満足し、惣一郎も箸を取った。

 鰻は温かいほうが断然、美味い。

 なので、惣一郎自身も手早く掻き込んだ。評判に違わぬ味わいだ。

「……惣一郎が好きな男って、どんな人なの?」

「ぐふっ」

 大人しく食べているかと思ったら、藪から棒に悠耶が尋ねた。

 驚きで吹き出しそうになったため、口を閉じたら鼻の奥に米が上がってきてしまう。

 ぐふっ、ごほっ、ごほっ。

 咽せ返って苦しい。

 だが、悠耶は惣一郎の動揺など、どこ吹く風だ。

 器を床に置き、惣一郎の背中をトントン叩いてくれる。


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