29 / 65
古着屋に妖怪現る
15話
しおりを挟む
「この間は悪かったな。うちの寛太が酷いことを言って」
「ううん、気にしてないったら。この間も言ったよ」
呑気な口調で悠耶は首を振る。態度に不自然なところはない。
悠耶は演技などする質ではない。
惣一郎は気を揉むのをやめた。
「あの後すぐにおっ母さんも帰って来てさ。お悠耶にはよく礼を言っといてくれって。家の皆んなの誤解も解けたから、また店にも顔を出してくれよ」
本当は食事に誘えと強調していたが、惣一郎には都合が悪いので黙っておく。
「お幸さんはどう? 元気?」
「お幸の奴もさ、すぐ元通り……元通りというより人が変わったみたいになっちまったんだよな。元気だけど、なんだか別人みたいでさ。何でもハキハキ答えるし、前は声も聞こえないくらい大人しかったのに」
元から仕事はきちんとこなしてくれていて、無口でも問題はなかった。
けれど今では、はっきりものを言うし、惣一郎の目を見て話すようになった。
やはりそのほうが、一緒に暮らしていて気持ちがいい。
「変わったんじゃなくて、そっちが元なんだよ。口もきけないくらい、惣一郎を好きになっちゃったんだ」
悠耶の口から予想外の単語が出て、惣一郎は咽せかけた。
好きすぎて口がきけないだなんて、そのような感性が悠耶にあったのか。
いつもは好いた惚れたとは無縁そうな顔で暮らしているのに。
「あんときゃ言われたままにやったけど、お前、なんであんな……餓鬼だっけ。あんな言葉を掛けろと言ったんだ? 最初からお幸だとわかってたのか?」
幸だとわかっていたとしても、それが惣一郎に惚れているなんて、普通に考えたら見抜けるものではない。
「梅壺の付喪神が教えてくれたんだよ。餓鬼が、取り憑いてるのは、お店の、女中だって。梅壺は三河屋の事情なら、何でも知ってるんだって」
「お待たせしました!」
咳払いする惣一郎たちの前に丼が置かれた。
丼の湯気から香ばしい醤油と鰻の脂の香りが立ち昇る。
悠耶がごくりと喉を鳴らす。
「鰻は好物かい?」
「大好きさ。それにおいら座敷で食べるのは初めてでさ。あー、美味そう!!」
悠耶は器を顔の側へ持ち上げて香りを嗅いだ。
期待が惣一郎にまで伝わってくる。
(どうだい、この顔。やっぱりお悠耶には花より団子だろうよ)
「さあ、冷めないうちに食おうぜ。遠慮しないで」
「いただきまーす」
ご機嫌に声を上げて、悠耶は鰻を箸で大きく千切って豪快に口へ放り込んだ。
遠慮などするようなタマではない。そういう素直なところに惣一郎は魅入られる。
噛みながら、冷ます。味わったものを飲み込んで、箸を握った手で頬を押さえる。
忙しい百眼見ながら、悠耶の応答に満足し、惣一郎も箸を取った。
鰻は温かいほうが断然、美味い。
なので、惣一郎自身も手早く掻き込んだ。評判に違わぬ味わいだ。
「……惣一郎が好きな男って、どんな人なの?」
「ぐふっ」
大人しく食べているかと思ったら、藪から棒に悠耶が尋ねた。
驚きで吹き出しそうになったため、口を閉じたら鼻の奥に米が上がってきてしまう。
ぐふっ、ごほっ、ごほっ。
咽せ返って苦しい。
だが、悠耶は惣一郎の動揺など、どこ吹く風だ。
器を床に置き、惣一郎の背中をトントン叩いてくれる。
「ううん、気にしてないったら。この間も言ったよ」
呑気な口調で悠耶は首を振る。態度に不自然なところはない。
悠耶は演技などする質ではない。
惣一郎は気を揉むのをやめた。
「あの後すぐにおっ母さんも帰って来てさ。お悠耶にはよく礼を言っといてくれって。家の皆んなの誤解も解けたから、また店にも顔を出してくれよ」
本当は食事に誘えと強調していたが、惣一郎には都合が悪いので黙っておく。
「お幸さんはどう? 元気?」
「お幸の奴もさ、すぐ元通り……元通りというより人が変わったみたいになっちまったんだよな。元気だけど、なんだか別人みたいでさ。何でもハキハキ答えるし、前は声も聞こえないくらい大人しかったのに」
元から仕事はきちんとこなしてくれていて、無口でも問題はなかった。
けれど今では、はっきりものを言うし、惣一郎の目を見て話すようになった。
やはりそのほうが、一緒に暮らしていて気持ちがいい。
「変わったんじゃなくて、そっちが元なんだよ。口もきけないくらい、惣一郎を好きになっちゃったんだ」
悠耶の口から予想外の単語が出て、惣一郎は咽せかけた。
好きすぎて口がきけないだなんて、そのような感性が悠耶にあったのか。
いつもは好いた惚れたとは無縁そうな顔で暮らしているのに。
「あんときゃ言われたままにやったけど、お前、なんであんな……餓鬼だっけ。あんな言葉を掛けろと言ったんだ? 最初からお幸だとわかってたのか?」
幸だとわかっていたとしても、それが惣一郎に惚れているなんて、普通に考えたら見抜けるものではない。
「梅壺の付喪神が教えてくれたんだよ。餓鬼が、取り憑いてるのは、お店の、女中だって。梅壺は三河屋の事情なら、何でも知ってるんだって」
「お待たせしました!」
咳払いする惣一郎たちの前に丼が置かれた。
丼の湯気から香ばしい醤油と鰻の脂の香りが立ち昇る。
悠耶がごくりと喉を鳴らす。
「鰻は好物かい?」
「大好きさ。それにおいら座敷で食べるのは初めてでさ。あー、美味そう!!」
悠耶は器を顔の側へ持ち上げて香りを嗅いだ。
期待が惣一郎にまで伝わってくる。
(どうだい、この顔。やっぱりお悠耶には花より団子だろうよ)
「さあ、冷めないうちに食おうぜ。遠慮しないで」
「いただきまーす」
ご機嫌に声を上げて、悠耶は鰻を箸で大きく千切って豪快に口へ放り込んだ。
遠慮などするようなタマではない。そういう素直なところに惣一郎は魅入られる。
噛みながら、冷ます。味わったものを飲み込んで、箸を握った手で頬を押さえる。
忙しい百眼見ながら、悠耶の応答に満足し、惣一郎も箸を取った。
鰻は温かいほうが断然、美味い。
なので、惣一郎自身も手早く掻き込んだ。評判に違わぬ味わいだ。
「……惣一郎が好きな男って、どんな人なの?」
「ぐふっ」
大人しく食べているかと思ったら、藪から棒に悠耶が尋ねた。
驚きで吹き出しそうになったため、口を閉じたら鼻の奥に米が上がってきてしまう。
ぐふっ、ごほっ、ごほっ。
咽せ返って苦しい。
だが、悠耶は惣一郎の動揺など、どこ吹く風だ。
器を床に置き、惣一郎の背中をトントン叩いてくれる。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
21
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる