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古着屋に妖怪現る
14話
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逡巡したが、やはり口をつぐんだ。惣一郎だけで判断すべき事柄ではないし、やはり少し恥ずかしい。
「お悠耶はまだ寺子屋だね? ちょいと借りてもいいかい。聞いてるかもしれないが、この間夕飯に招待し損ねちまったんだ」
風介は一も二もなく了承した。
惣一郎は軽く会釈して、長屋を後にする。
井戸端で会議を開くご婦人たちにも機嫌よく挨拶をして、木戸を出た。
時刻には余裕を持っているが、せっかく迎えに行くのだから、行き違いにならないよう真っ直ぐ寺子屋へ向かう。
堅川通りを元来た方へ戻る。
松坂町の小間物屋の脇で、寺子屋から出てくる悠耶を待つ事にした。
長屋で待っていても良かったのだが、長屋にいたら周辺住民がちらちら覗き見するので落ち着かない。
寺子屋から出てくるところを捕まえるのが手っ取り早い。
……が、ここはここで、割と大勢の知り合いが通るので、思いの外やりにくい。
ここへ辿り着いてから既に三人と挨拶を交わしている。
「若旦那、最近、調子はいかがです?」
「ここのところ見かけなかったけど、どうしてたの?」
「やっぱり三河屋は惣ちゃんがいないと華がなくていけないね」
嬉しい言葉ばかりだった。
だが、あまり目立ちたくない。
寺子屋から、ぱらぱらと退室する子供たちが現れ、五人出てきたところで悠耶が勢い良く飛び出して来た。
「お悠耶! 待てよ」
「惣一郎! 元気になったんだねえ。良かった!」
この間の今日だから、悠耶が気を悪くしていないか憂慮していた。
何と声を掛けようか迷っていた。
なのに、飛び出して来るものだから咄嗟にいつもの口調になった。
単なる杞憂だったようだ。特に餓鬼の件で根に持っている気配はない。
「ああ、お陰様でな。それよか昼飯を食いに行こうぜ。風介さんには断って来たから大丈夫だよ」
「飯っ? 何を食わしてくれるの?」
大好きな単語に応答して、悠耶の目がパッと輝いた。足を止め、惣一郎を振り仰いだ。
「山田屋はどうだよ? すぐそこの山田屋を知ってるか?」
「山田屋!? 知ってるよ! 鰻のお店だ!」
弾んだ声を、行き先の了承と受け取る。
自然と爪先が山田屋へ向いた。
鼻歌混じりに松坂町に向かい、四辻を曲がる悠耶の足取りは軽かった。
寺子屋から《山田屋》は目と鼻の先だ。
「こっちへ来るとさ、いつもお店からいい匂いがするんだよ~」
でへっ、と好相を崩して悠耶は惣一郎を見た。良かった、かなりお気に召したようだ。
《山田屋》は大きなお店ではない。深川の有名店には負ける。
だが、山田屋も、規模は小さいながら江戸前の美味い鰻を出す。本所界隈では中々評判の店だ。
角を曲がると暖簾の並ぶ横町が続く。
昼時なのであちこちの料理屋から美味そうな香りが漂う。
右は手前から茶漬け屋、豆腐屋、茶屋、左手は鳥屋、定食屋、鰻屋が建ち並ぶ。
客の出入りも頻繁だ。
紺色の暖簾のうちの一つを潜って、二人は店内へ入った。
「いらっしゃいませー」
山田屋の小柄な店主が景気の良い声を投げ掛ける。
張りのある声は店選びの重要な指標だ。
料理の上手い下手も大事だが、惣一郎は商売人の息子だから験を担ぐ。
佇まいの悪い店へはできるだけ近づかない。
店は小さいながらも繁盛していて、四つに区切られた座敷のうち、三つは既に先客で埋まっていた。
右奥の空いている座敷に上がり、鰻丼を二杯、注文する。
「お悠耶はまだ寺子屋だね? ちょいと借りてもいいかい。聞いてるかもしれないが、この間夕飯に招待し損ねちまったんだ」
風介は一も二もなく了承した。
惣一郎は軽く会釈して、長屋を後にする。
井戸端で会議を開くご婦人たちにも機嫌よく挨拶をして、木戸を出た。
時刻には余裕を持っているが、せっかく迎えに行くのだから、行き違いにならないよう真っ直ぐ寺子屋へ向かう。
堅川通りを元来た方へ戻る。
松坂町の小間物屋の脇で、寺子屋から出てくる悠耶を待つ事にした。
長屋で待っていても良かったのだが、長屋にいたら周辺住民がちらちら覗き見するので落ち着かない。
寺子屋から出てくるところを捕まえるのが手っ取り早い。
……が、ここはここで、割と大勢の知り合いが通るので、思いの外やりにくい。
ここへ辿り着いてから既に三人と挨拶を交わしている。
「若旦那、最近、調子はいかがです?」
「ここのところ見かけなかったけど、どうしてたの?」
「やっぱり三河屋は惣ちゃんがいないと華がなくていけないね」
嬉しい言葉ばかりだった。
だが、あまり目立ちたくない。
寺子屋から、ぱらぱらと退室する子供たちが現れ、五人出てきたところで悠耶が勢い良く飛び出して来た。
「お悠耶! 待てよ」
「惣一郎! 元気になったんだねえ。良かった!」
この間の今日だから、悠耶が気を悪くしていないか憂慮していた。
何と声を掛けようか迷っていた。
なのに、飛び出して来るものだから咄嗟にいつもの口調になった。
単なる杞憂だったようだ。特に餓鬼の件で根に持っている気配はない。
「ああ、お陰様でな。それよか昼飯を食いに行こうぜ。風介さんには断って来たから大丈夫だよ」
「飯っ? 何を食わしてくれるの?」
大好きな単語に応答して、悠耶の目がパッと輝いた。足を止め、惣一郎を振り仰いだ。
「山田屋はどうだよ? すぐそこの山田屋を知ってるか?」
「山田屋!? 知ってるよ! 鰻のお店だ!」
弾んだ声を、行き先の了承と受け取る。
自然と爪先が山田屋へ向いた。
鼻歌混じりに松坂町に向かい、四辻を曲がる悠耶の足取りは軽かった。
寺子屋から《山田屋》は目と鼻の先だ。
「こっちへ来るとさ、いつもお店からいい匂いがするんだよ~」
でへっ、と好相を崩して悠耶は惣一郎を見た。良かった、かなりお気に召したようだ。
《山田屋》は大きなお店ではない。深川の有名店には負ける。
だが、山田屋も、規模は小さいながら江戸前の美味い鰻を出す。本所界隈では中々評判の店だ。
角を曲がると暖簾の並ぶ横町が続く。
昼時なのであちこちの料理屋から美味そうな香りが漂う。
右は手前から茶漬け屋、豆腐屋、茶屋、左手は鳥屋、定食屋、鰻屋が建ち並ぶ。
客の出入りも頻繁だ。
紺色の暖簾のうちの一つを潜って、二人は店内へ入った。
「いらっしゃいませー」
山田屋の小柄な店主が景気の良い声を投げ掛ける。
張りのある声は店選びの重要な指標だ。
料理の上手い下手も大事だが、惣一郎は商売人の息子だから験を担ぐ。
佇まいの悪い店へはできるだけ近づかない。
店は小さいながらも繁盛していて、四つに区切られた座敷のうち、三つは既に先客で埋まっていた。
右奥の空いている座敷に上がり、鰻丼を二杯、注文する。
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