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古着屋に妖怪現る
13話
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それはそうだ。間もなく夕食の刻限なのに、鍋はおろか釜ごとひっくり返って、台所中に散乱しているのだから。
寛太たちが苦労しながら講釈するのを、惣一郎は横で観察することにした。
悠耶に不利な証言があれば訂正しなくてはならない。
夕食の支度の邪魔になってはいけないので、場所を移すのについて行く。
大筋に脚色は加えられず、寛太の口からはほぼ事実のままが語られた。
菊は惣一郎が思うよりも始終ずっと冷静に話を聞いた。流石は大店の女将を務めるだけある。
見た目は儚げな手弱女でも、肝が据わっている。
恐るべき姿の餓鬼の様相を聞いても怖がる素振りを見せなかった。
寛太が因を悠耶と幸に求めると一笑に付した。
「あの子らがそんな真似をするものかい。誰が得をするの! じゃあ、お悠耶ちゃんのお陰で事が治ったんだね。それにしても女中にそこまで慕われるなんて、あんたも若旦那冥利に尽きるわね」
それどころか息子の情話に燥ぐ始末だ。
挙句悠耶が帰った経緯を知り、大層残念がった。寛太は若干だが、神妙な顔つきで聞いていた。
「気を悪くしていないかね。体が治ったら、もう一度うちへ呼んできておくれ。ゆっくり話がしたいのよ」
呼んだら何を話したいのか。
疑問を抱いた。
だが、答えを知りたくない惣一郎は、質問を口にしなかった。藪蛇になりかねない。
5
五月十七日、三河屋に妖怪が現れた七日後の昼九ツ刻(午前十一時半頃)
やっと自在に動けるようになった惣一郎は、悠耶たちの住む長屋を訪れた。
体は少し前から回復していた。
だが、休んでいる間に溜まっていた雑務を片付けていたら、だいぶ時を食ってしまった。
店は両親が取り仕切っているとはいえ、惣一郎を贔屓にしていてくれる客も大勢いる。
だから、有り難いことに忙しい身分なのだ。
戸口から中を覗き込むと、風介は今日も定座で胡座をかいて、茶をすすっていた。
午前の仕事は落ち着いたのだろう。
前回の拐かし事件は、膝を抱えて座っていた時点で一大事だったわけだ。
「こんにちは! 風介さん、この間はどうも」
「若旦那! こちらこそその節はお世話になりました」
風介は、はっと背を伸ばし、湯呑みを座卓に置き、頭を下げる。
風介にしてみれば、惣一郎は悠耶の命の恩人になる。
しかし実際は助けた記憶は曖昧だ。
怪我を負ったのは事実だが、結局助けられたのは自分のようだし、どことなく心苦しい。
妖怪の助けが得られたなら、惣一郎が助けに行かずとも、悠耶は自力で帰ってこれたのかもしれない。
とすれば、余計なお世話だった。
ともすれば逆に迷惑だったのでは? とも考えられる。
けれど風介は悠耶の妖怪話を戯言だと考えているのだから、説明は無駄なのか。
それとも悠耶一人が主張するなら戯言でも、惣一郎まで口を揃えれば信憑性が増すのではないか。
寛太たちが苦労しながら講釈するのを、惣一郎は横で観察することにした。
悠耶に不利な証言があれば訂正しなくてはならない。
夕食の支度の邪魔になってはいけないので、場所を移すのについて行く。
大筋に脚色は加えられず、寛太の口からはほぼ事実のままが語られた。
菊は惣一郎が思うよりも始終ずっと冷静に話を聞いた。流石は大店の女将を務めるだけある。
見た目は儚げな手弱女でも、肝が据わっている。
恐るべき姿の餓鬼の様相を聞いても怖がる素振りを見せなかった。
寛太が因を悠耶と幸に求めると一笑に付した。
「あの子らがそんな真似をするものかい。誰が得をするの! じゃあ、お悠耶ちゃんのお陰で事が治ったんだね。それにしても女中にそこまで慕われるなんて、あんたも若旦那冥利に尽きるわね」
それどころか息子の情話に燥ぐ始末だ。
挙句悠耶が帰った経緯を知り、大層残念がった。寛太は若干だが、神妙な顔つきで聞いていた。
「気を悪くしていないかね。体が治ったら、もう一度うちへ呼んできておくれ。ゆっくり話がしたいのよ」
呼んだら何を話したいのか。
疑問を抱いた。
だが、答えを知りたくない惣一郎は、質問を口にしなかった。藪蛇になりかねない。
5
五月十七日、三河屋に妖怪が現れた七日後の昼九ツ刻(午前十一時半頃)
やっと自在に動けるようになった惣一郎は、悠耶たちの住む長屋を訪れた。
体は少し前から回復していた。
だが、休んでいる間に溜まっていた雑務を片付けていたら、だいぶ時を食ってしまった。
店は両親が取り仕切っているとはいえ、惣一郎を贔屓にしていてくれる客も大勢いる。
だから、有り難いことに忙しい身分なのだ。
戸口から中を覗き込むと、風介は今日も定座で胡座をかいて、茶をすすっていた。
午前の仕事は落ち着いたのだろう。
前回の拐かし事件は、膝を抱えて座っていた時点で一大事だったわけだ。
「こんにちは! 風介さん、この間はどうも」
「若旦那! こちらこそその節はお世話になりました」
風介は、はっと背を伸ばし、湯呑みを座卓に置き、頭を下げる。
風介にしてみれば、惣一郎は悠耶の命の恩人になる。
しかし実際は助けた記憶は曖昧だ。
怪我を負ったのは事実だが、結局助けられたのは自分のようだし、どことなく心苦しい。
妖怪の助けが得られたなら、惣一郎が助けに行かずとも、悠耶は自力で帰ってこれたのかもしれない。
とすれば、余計なお世話だった。
ともすれば逆に迷惑だったのでは? とも考えられる。
けれど風介は悠耶の妖怪話を戯言だと考えているのだから、説明は無駄なのか。
それとも悠耶一人が主張するなら戯言でも、惣一郎まで口を揃えれば信憑性が増すのではないか。
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