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脱走
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「助かったぞ、小雪。それにしても、面白い姉君であらしゃるの」
「面白いなら結構。じゃあ、姉さんの小袖を借りるわ。で、これを着て、古着屋へ案内すればいいんだっけ」
小雪は部屋の端に転がっていた行李から、緋色の小袖を引っ張り出した。
「待ってよ、この子……出奔して来たのを拾って来たのよね? 仕事をするなら、小袖をあげてもいいわ。古着屋へなど行かなくても」
「この子は期限付きの出奔娘らしいのよ。だから正確には、拾ったのではなく、連れて来ただけ。七日後には、お家に帰るんですって」
「まあ? 何てつまらない! 家になど帰らず、私たちの連れになりなさいよ」
小雪は夏に尋ねたのに、姉が会話を攫っていた。
このままどこかへ行ってしまいたい気持ちは山々だ。だが、夏の縁組は相手方との約束だ。反故にすれば、災いの種となる。
「衣をお貸しいただくのに、かたじけのうございます。なれど、我が父との約束もあります故、できませぬ。何か他の方法で恩返しを」
「父って……、やっぱりお嬢様なのね。道理で良い匂いがすると思った。でも、たった七日なら、尚更よ。お貸しするわ。私たちも、しばらくこの町にいるもの」
「姉さん、何を考えているの」
「こんなお嬢様だもの。一人で放っておけないでしょ? ねえ子猫ちゃん、安心できる寝床も食事も欲しいわよね?」
「それは、勿論……しかし、そこまでして頂くのは。それよりも、儂は子猫ではなく……」
「出奔して、着替えをして、姿を隠したいのでしょ? なら、名前も隠したら良いわ。気の強そうなお目々がくりんとしているところが、そっくりだもの。子猫ちゃんが、ぴったり。ただね、ちょーっとだけ、手伝って貰いたい仕事があるんだけど」
「仕事? どのようなお仕事をされていらっしゃる」
姉君の捲し立てる申し出の、内容自体は有難い。
夏は小雪を半ば信用しきっているし、頼りたい気持ちはある。
しかし、いくら小雪が気安いとは言え、姉妹にそこまで世話を掛けっぱなしでは、気が引ける。
けれど、仕事の三文字に気を惹かれた。
姉妹は、たった二人連れのようだ。いったい何を生業としているのだろうか。
手伝えば、甘えて世話になっても良いか。
城の外へ出たいと飛び出して来たが、何を為すか定まっているわけではない。
一人で飛び出した途端、癡漢に攫われそうになる有様だ。
あと七日、何とか逃げおおせたところで、できる体験など高が知れている。
ならば姉妹の元で、仕事の手伝いをするのも面白い。
「私たちは放下をして銭を稼ぐのよ。ちょうどこの後、出かけるところだったから、一緒に行きましょう」
「初めて聞きます。ほうかとは、如何なるものですか?」
関心を煽られた夏は、ぐっと身を乗り出した。城暮らしの夏は放下を知らない。
「姉さん、この子には無理よ」
小雪が押し留める。
「大丈夫。ちょっとお手伝いしてもらうだけ。この子は可愛いから、お客もきっと銭を弾むよ! 危ない作業はさせないから。ね、子猫ちゃん行きましょ」
姉君は片目を瞑って夏を誘った。徒(あだ)心(ごころ)たっぷりだ。
「小雪、わしは放下とやらを手伝うてみたいのだ。良いか?」
「あんたが良いなら私が口を出す必要はないよ。だけどせめて、見てから決めて」
「見てから決めれば間違いはない。道理じゃ。姉君、先ずお見せ頂きたい」
「そうこなくちゃ! じゃあ、支度をしましょう。子猫ちゃん、私の名は夕霧よ」
夕霧は丸顔の頬に笑みを寄せて、夏に手招きした。
小雪ほどの美人と比べると多少は見劣りをする。が、愛嬌のお陰か、愛らしくもある造作の面だ。
「夕霧どのですか。光源氏のご子息と同じ名ですね」
夏は先ほどの、小雪に対する失敗を鑑みて、出生の話題を避けた。
「光、何とかさんと? そうなの」
源氏物語の夕霧君は、美男で有名な光源氏の令息だ。
見目麗しく学力も優秀な夕霧大将に擬えられて気を悪くする者は、ないだろう。
と気遣ったつもりだったのだが、こちらの夕霧本人は存在自体を知らぬ様子で会話が弾まない。
小雪が隠れて笑みを零していたので、夏はわずかに救われた。
「面白いなら結構。じゃあ、姉さんの小袖を借りるわ。で、これを着て、古着屋へ案内すればいいんだっけ」
小雪は部屋の端に転がっていた行李から、緋色の小袖を引っ張り出した。
「待ってよ、この子……出奔して来たのを拾って来たのよね? 仕事をするなら、小袖をあげてもいいわ。古着屋へなど行かなくても」
「この子は期限付きの出奔娘らしいのよ。だから正確には、拾ったのではなく、連れて来ただけ。七日後には、お家に帰るんですって」
「まあ? 何てつまらない! 家になど帰らず、私たちの連れになりなさいよ」
小雪は夏に尋ねたのに、姉が会話を攫っていた。
このままどこかへ行ってしまいたい気持ちは山々だ。だが、夏の縁組は相手方との約束だ。反故にすれば、災いの種となる。
「衣をお貸しいただくのに、かたじけのうございます。なれど、我が父との約束もあります故、できませぬ。何か他の方法で恩返しを」
「父って……、やっぱりお嬢様なのね。道理で良い匂いがすると思った。でも、たった七日なら、尚更よ。お貸しするわ。私たちも、しばらくこの町にいるもの」
「姉さん、何を考えているの」
「こんなお嬢様だもの。一人で放っておけないでしょ? ねえ子猫ちゃん、安心できる寝床も食事も欲しいわよね?」
「それは、勿論……しかし、そこまでして頂くのは。それよりも、儂は子猫ではなく……」
「出奔して、着替えをして、姿を隠したいのでしょ? なら、名前も隠したら良いわ。気の強そうなお目々がくりんとしているところが、そっくりだもの。子猫ちゃんが、ぴったり。ただね、ちょーっとだけ、手伝って貰いたい仕事があるんだけど」
「仕事? どのようなお仕事をされていらっしゃる」
姉君の捲し立てる申し出の、内容自体は有難い。
夏は小雪を半ば信用しきっているし、頼りたい気持ちはある。
しかし、いくら小雪が気安いとは言え、姉妹にそこまで世話を掛けっぱなしでは、気が引ける。
けれど、仕事の三文字に気を惹かれた。
姉妹は、たった二人連れのようだ。いったい何を生業としているのだろうか。
手伝えば、甘えて世話になっても良いか。
城の外へ出たいと飛び出して来たが、何を為すか定まっているわけではない。
一人で飛び出した途端、癡漢に攫われそうになる有様だ。
あと七日、何とか逃げおおせたところで、できる体験など高が知れている。
ならば姉妹の元で、仕事の手伝いをするのも面白い。
「私たちは放下をして銭を稼ぐのよ。ちょうどこの後、出かけるところだったから、一緒に行きましょう」
「初めて聞きます。ほうかとは、如何なるものですか?」
関心を煽られた夏は、ぐっと身を乗り出した。城暮らしの夏は放下を知らない。
「姉さん、この子には無理よ」
小雪が押し留める。
「大丈夫。ちょっとお手伝いしてもらうだけ。この子は可愛いから、お客もきっと銭を弾むよ! 危ない作業はさせないから。ね、子猫ちゃん行きましょ」
姉君は片目を瞑って夏を誘った。徒(あだ)心(ごころ)たっぷりだ。
「小雪、わしは放下とやらを手伝うてみたいのだ。良いか?」
「あんたが良いなら私が口を出す必要はないよ。だけどせめて、見てから決めて」
「見てから決めれば間違いはない。道理じゃ。姉君、先ずお見せ頂きたい」
「そうこなくちゃ! じゃあ、支度をしましょう。子猫ちゃん、私の名は夕霧よ」
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小雪ほどの美人と比べると多少は見劣りをする。が、愛嬌のお陰か、愛らしくもある造作の面だ。
「夕霧どのですか。光源氏のご子息と同じ名ですね」
夏は先ほどの、小雪に対する失敗を鑑みて、出生の話題を避けた。
「光、何とかさんと? そうなの」
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見目麗しく学力も優秀な夕霧大将に擬えられて気を悪くする者は、ないだろう。
と気遣ったつもりだったのだが、こちらの夕霧本人は存在自体を知らぬ様子で会話が弾まない。
小雪が隠れて笑みを零していたので、夏はわずかに救われた。
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