夏姫の忍

きぬがやあきら

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姫と忍

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 パチンと、爆ぜる火の粉の前で、花月はむしろに横たわる女の面を眺めた。

 倒れた夏姫を林の合間の窪地に運び、火を熾(おこして様子を窺っていた。

 昼間はまだ汗ばむ陽気だが、朝晩は冷える。

 踊る焚火が、母似だと称する美貌に影を落とし、揺らめいていた。

 気の強さを示すように、引き上がった眉。

 瞼を縁取る睫毛は長く、先が緩やかに弧を描いている。瞳が大きく見えるのは、このためか。

 唇は小さく可憐で、桜の芽のように慎ましく膨らんでいる。

 どこを取っても我が主である父親には似ていない。

「どう? お姫様のご様子は」

「さあな。一向に目覚めぬ。お前のせいじゃ」

 戻って来た川端安芸かわばたあきが、拾ってきた枯れ枝を一度に火の中に放り込む。

「おい、一度に入れ過ぎだ」

「いいでしょ。髪を濯いで差し上げるんだろう。湯を沸かすには火力が要るからね」

 反駁しながら転がっていた大振りの枝で火中を掻きまわす。

 安芸は枯れ木拾いの合間に着替えたのか、黄色の小袖を纏っていた。

 枝を放り、懐から出した布で、器用に下げ髪を桂巻にしていく。

 目が合うと、責をごまかすように笑う。

「お前のそれは、嗜好か?」

「そ。私は可愛いものが好きなのよ。花月も姫君に教えていたでしょ。長い付き合いなのに今更その質問なの?」

 安芸は花月と同年の風魔だ。同じ境遇で里に拾われた同朋――正真の同性だ。

「友達の評価がない」と呟いて、安芸は隣に腰を下ろす。

 同じ役務に就くのは、これで三度目だ。

 最初は悪戯か悪嗜好で女装をしているのだと思っていたが、仔細は後者だった。

「友ではない。お前とこうしておるのは、役務のためだ。わかっておろう」

「花月は可愛くないね。そこは嘘でも倣ってくれれば私は満足なのに。方便と言うでしょう」

「忍に方便も誠もあるか。お前の機嫌を取ってどうする」

 花月は呆れて目を逸らした。同朋の口から〝友達〟なんて言葉が出るとは、白々しい。

 安芸は悪い男ではないし、若手の中では腕も立つ。

 だがたまに、冗談のつもりか役務に感情を持ち込んでくる。

 非常に、面倒くさい。忍に、感情は不要だ。

 ……今回は〝姫君の護衛〟だから、如才なさを見込まれて安芸が選ばれたのかもしれないが。

「それでも、花月と同年で運が良かったよ。お姫様をこんなに間近で拝めるなんてさ! さっき抱いた時も、ふわっふわで良い匂いなんだ。どこもかしこも白くて純粋無垢で……まさに汚れ知らずって感じだね。私の知ってる女子とはもう別の生き物だよ」

「お前のその、男なのか女なのかわからぬ発言をやめよ。主の娘じゃ。不埒な想像をするな」

「だとて体は男なのだから、やむを得まい。頭で想像するくらい自由であろう。そら、花月も見たくはないか? お姫様の白き御見足を」

「止めぬか、馬鹿者」

 安芸は素早く夏姫の足元へ寄って、小袖の裾を抓み上げた。

 が、すぐに指を開いて、裾を落とす。

「ああ、恐ろしや。拙者がいなくなったら、いかがする?」

「拙者一人でお守りする。夏姫様を無事に御屋形様の許へ連れ帰るが、拙者の仕事じゃ」

 安芸が潔く両掌を顔の横へ上げたので、花月は静かに右手の苦無くないを懐に収めた。

 夏の足なら花月は〝小雪〟として先ほども見ている。

 安芸とて、夏を辱めるつもりはない、取るに足りぬ悪戯に過ぎない。

 しかし、夏は多少の幼さが残るが、一人前の覚悟と矜持は持ち合わせている。

 事情は大小あれど、氏康が慮る大切な娘の一人だ。

 忍が気安く触れて良い相手ではない。
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