夏姫の忍

きぬがやあきら

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姫と忍

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 夏に男子の振る舞いは無理だ。

 昨日の放下で銭拾いをする姿にも、同様の感懐を受けていた。

 城から逃げ出した大胆な姫君がどんな応答を見せるか、半ば試す心地で銭拾いを依頼した。

 二言なく引き受けた夏の意気は大したものだった。だが、笊を抱え屈んですら、花摘みのような雅さを放っていた。

 育ちの良さが染みついていて、民に交じっても浮いてしまう。

 安芸の言い草ではないが、生まれ落ちた時よりの運命ではと感ずるほどに、夏は姫なのだ。

 本人は、わかっていないだろうが。

「御髪はいずれ伸びましょう。ですが、仮令、元通りの長さとなっても、お夏様の容姿に傷をつけたら旦那様に合わせる顔がありませぬ」

「旦那様? ああ、父上のことじゃな。惜しいのう。儂は構わぬのだが、そなたらが責めを負うてはならぬな」

「ええと……、私が申し上げるのも何ですが、そんなに真剣に考えないでくださいます? お夏様も、花月も。真剣に論じられると困ります。嗜好の範囲でしたら、後ほど私の着物をお貸ししますから、それで満足なさってください」

「そうか。面白そうと思うたのだが。纏うだけで満足せねばならぬか」

「お召替えの際は、花月でなく私をご用命ください。喜んでお手伝いいたしますから」

「嫌じゃ。下心のある者には任せとうない」

「ですから、それは誤解です。花月に下心がないはずがありましょうか」

 安芸に言い掛かりをつけられたが、夏はまともに受け取らない。

 花月は多少なりとも安堵しつつ、二人のやり取りを見守った。

 城郭を抜け、酒匂川を越えれば、人目を気にする必要は少なくなる。

 鎌倉は北条氏の領内だ。

 およそ十里程と遠くもないし、花月の足なら朝、小田原を発てば晩には着く路程だ。

 花月は一度、大山の頂に目を向けてから、瞳を閉じ道中の地形を思い浮かべた。

 今回は夏を連れて行くのだから、険しい道は避けなければならない。

 海沿いと林を中心に、多少の休憩を挟まねば。

「花月はお主のように下心を抱かぬ、寡黙な美青年で良いではないか。何が不服なのじゃ」

「お夏様はわかっておられませぬ。花月は絶待むっつり助平なのです! 〝寡黙な美青年〟の称呼も気になりますが、そちらは目を瞑りますから」

「目を瞑るも何も、真実であろう。見たままではないか」

「あっ、またお夏様はそんなことを。花月だけ褒められたら私が傷つくのです。ともかく私のほうが付き合いが長いのですから、助平だけは間違いありませぬ!」 

「仕方のない男子じゃの。安芸とて立派な美丈夫じゃ。だが正直に申せば、そなたは男姿のほうが似合うておると儂は思うぞ」

「お夏様……! そのお言葉、お世辞でも嬉しゅうございます……!」

 訳の分からぬ言い争いを続けたと思ったら、安芸はきらきらしい眼差しを夏に向け、両手を胸の前で組み合わせて、祈り始めた。

「……何の話をしておるのだ」

 夏と安芸の奇妙な主従関係が掴めず、花月は呟いた。

 話の頭からは想像がつかない、妙な方向に会話は着地した。

 打ち解けて仲が良いなら結構なのだが、どこか釈然としない。

 別に納得できずとも、要は無事に旅をして夏を楽しませられたら良いだけなのだけれど。

 会話に加われず、花月は黙って二人を後方から見守った。
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