夏姫の忍

きぬがやあきら

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姫と忍

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 この程度の相手に、この間合いなら、今すぐ何を仕掛けられても危険はない。

 だが、主君の娘に刀を向けて、無事に済まされて良いはずがない。知らぬとはいえ無礼が過ぎる。

「駄目じゃ、斬るな!」

 花月の左足が下がると、夏が叫んだ。

 抜刀した脇差が一瞬の躊躇いの後で軌道を変える。

「――はっ? なに?」

 花月が刀を振り抜いたと同時に、男の構えていた大刀の刃が、ぼとりと土の上に落ちた。

 男は何事が起きたか、得心できず自分の手と辺りを見回す。

 男の一味も同様だ。

 花月は多少不満ながらも、夏の意を汲もうと努めた。刀を納めず男の背後に回り、首筋に刃を押し当てる。

 昨晩、夏を狙った曲者を仕留めた打刀だ。

 こ奴らのような郎党の得物と違い、昨晩のうちにしっかり手入れを施している。

 だから首の皮一枚、力加減で容易く切れる。

「お前ら四人が束になっても、俺には勝てぬ。お嬢様の提案で手を打つか」

 男を殺しはしないか、夏は事の成り行きに気を揉んでいた。

 だが、花月が傷つく憂慮はしていないらしので、その点で花月の自尊心は満たされた。

 安芸は〝金をやるつもりか〟と呆れた風だ。

 アッと声を上げる間もなく背後を取られて、男は息を呑んだ。

 これでもう、妙は欲は出さないだろうが……

「いつの間にっ、何なんだ、お前は」

「振り向くな、下手に動いて、首が落ちても知らぬぞ。返答はどうだ」

「わっ、わかった。何でも良いから放してくれ」

「ならば得物を捨てよ」

 男は一も二もなく大刀を放り投げた。

 一味も倣う。花月の早業に、すっかり恐れをなしていた。

 残りの三人全員が武器を持とうが持つまいが、大勢に影響はない。

 一連の流れは、自然さの演出だ。

「安芸、財布を出せ」

 野伏一味の得物を四種回収して、花月は安芸に差し出した。

「私は反対しているのに。人の話を聞きやしない」

 安芸は懐を押さえたまま頑なだ。

「それではお前が吝嗇だろう。奴らは他に何も持っていない。それにそれはお前の金ではない」

 安芸はちらと夏を見た。夏は最初から金子を渡せと主張していたのだから、花月の行動は意に添っている。

「儂は奴らの私財を召し上げろとは命じておらぬぞ」

 夏は不思議そうに首を傾げた。

「召し上げたのではありませぬ。このように物騒な代物は、この者らの手に余る。お夏様、いかほどで買い取りましょう?」

「ははあ、なるほどのう。儂には相場がわからぬ。花月の良きにように計らえ」

 夏の言葉に、安芸はやっと懐から財布を出した。

「何も全部やるのではない。そう、むくれるな」

 財布を花月に預けるも、安芸の目は不服を訴えていた。

(拙者だとて、やるつもりはなかった。夏姫のご所望でなければな)

 花月は胸中でぼやいて、郎党どもに向き直った。

 花月が歩み寄ると、野伏の連中はびくりと直立する。

 逃げ出す選択もあったのに、律義に待っている辺りが、悪党になり切れない素養を物語っている。

 財布の中から一掴み、紐でくくった一文銭を取り出した。

「これを持って郷里へ帰れ。当面は凌げよう。お前たちの手には刀より網のほうが似合う」

 怯えているのか、手を出さないので、花月は手を握って上向かせた。分厚い掌に銭を載せる。じゃらっと景気の良い音が木々にこだました。

「え? こんなに……っ?」

 重みに驚く男を残し、夏と安芸の元へ戻った。

 花月が去ると髭面の元へ、一味の三人が駆け寄る。

 安芸はちゃっかり、駒の上に〝買い取った道具〟を載せていた。

「ご苦労であったな、花月」

「私は何も。あれは、そもそもお夏様のための金子です。さあ、道草はこのくらいにして参りましょう。安芸」

 花月は財布を投げ返すと、追及される手間を逃れるために、先に進んだ。

「ところで、何故、刀より網なのだ?」

 夏が足早に追い付いてきて問い掛ける。

「奴らは屈強な体格に日焼けした肌をしていたので、元は漁師かと想像しました。確かではありませぬが」

「ほう、左様か」

 夏が頷く後方で、安芸が悲鳴を上げた。財布の中身を確かめたらしい。

「ああっ、ずるい、これほど! 自分だけ格好をつけて!」

 だがすぐに持ち直した。

 置き去りにしたままの駒の手綱を取って、慌てて追いかけて来る。

「実は安芸が吝嗇で、花月は気前が良いのじゃな。人は見掛けによらぬのぉ」

 コロコロコロ。

 夏が鈴の音のように軽やかな笑い声を立てたので、花月はつられて目を細めた。
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