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種火
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花月が覗き込むと、夏が掌を開く。小さな磯蟹が、ちょこちょこと掌の上を走り回って、夏がコロコロと鈴の音を響かせた。
「くすぐったいのお。蟹も逃げようと懸命じゃ」
「逃がしてやらぬのですか? 連れ帰って、宿の者に調理させますか」
「いや、逃がしてやらぬでもないのだが……小さな足が愛らしくてな。磯蟹は赤うないのだな」
夏の何気ない発言に、静がぎょっと目を見張る。
「儂が見た蟹は汁に入っておった。よう似た姿だったように思うが、種が違うのか」
夏は、調理前の蟹を知らないのだ。
「蟹は湯で煮ると赤くなるのよ? お夏様、もしや知らないの?」
静に指摘され、夏は磯蟹を凝視した。記憶を辿っているのだろう。
合間に蟹は掌を逃れて転げ落ちた。
岩の上で引っくり返ってもがく。
「左様であったか。では、儂が食したのは、この蟹なのじゃな。のう、静。どうか三郎には黙っていておくれ」
気の抜けた応答をしたかと思えば、夏は静に小声で耳打ちする。
静にはもう露見済みだが、三郎には知られたくないようだ。先ほど無知を指摘された点を気にしている。
「うん、いいよ。三郎はいつもお兄さんぶって意地悪を言うからね。お夏様と、私と、花月さんの秘密ね」
三郎は身体も大きいし、下の子の面倒を見るくらいだから家庭でも頼りにされているのだろう。
やや気の毒に思いながら目を戻すと、当の三郎の姿が見当たらない。
不審に思い、周囲を見回した時、岩山の下のほうから、ぎゃっ、と赤子の泣き声が上がった。
鈴に佑太に太右衛門も、泣き声に怪訝な応答を見せた。
この鳴き声は赤ん坊のものなのに、赤子を背負っている三郎が目に見える場所にいない。
花月は慌てて声を辿る。
泣き声の出どころは岩山の下だ。
足元に用心して見下ろすと、岩山の根元、砂の上に三郎が俯に転がっていた。
足を滑らせたに違いない。
「三郎! 大丈夫か⁉」
花月は咄嗟に、岩肌を滑るように駆け下りた。
「駄目だ、お夏様、皆の者はそこに」
倣おうとする子供衆と夏を押し留める。
「無事か、三郎。口は利けるか」
三郎に問い掛けながら、負ぶい紐の中で泣き喚く四郎を抱き上げる。
泣き止むどころか、泣き声は一層大きくなった。だが、見たところ傷はない。
全体を摩り、様子を伺った。
だが、どこにも怪我はないようだ。
「四郎は無事だ。良く庇ったな。泣いて知らせてくれたぞ。お前はどうだ」
四郎を左手に寄せ、三郎の顔を覗き込む。
三郎は〝の〟の字に体を丸めており、小さく震えている。空いた背中を撫でると咳き込んだ。
「だっ、い、じょうぶ。お腹が……」
「腹を打ったのだな。そのままでいい、他に痛むところはないか」
腕やふくらはぎに大きな擦り傷があった。踏み留まろうと無理をして広げたのだ。
所々深く傷ついている。
花月は咳が落ち着いたのを見計らって、三郎を仰向けに寝かせた。
右手から右足……と撫で、怪我を確かめる。
すると、左の足首を持ち上げたところで悲鳴が上がる。
「痛いか。ならば、これは」
足首はそのままに、骨に触れる。だが、そちらは特に痛まないらしい。
「捻ったな。だが大したことはない。すぐに良くなる」
三郎と四郎、二人を一通り調べて一つ安堵する。
さて今度は夏と残りの子供衆だ。と、花月は立ち上がった。
「くすぐったいのお。蟹も逃げようと懸命じゃ」
「逃がしてやらぬのですか? 連れ帰って、宿の者に調理させますか」
「いや、逃がしてやらぬでもないのだが……小さな足が愛らしくてな。磯蟹は赤うないのだな」
夏の何気ない発言に、静がぎょっと目を見張る。
「儂が見た蟹は汁に入っておった。よう似た姿だったように思うが、種が違うのか」
夏は、調理前の蟹を知らないのだ。
「蟹は湯で煮ると赤くなるのよ? お夏様、もしや知らないの?」
静に指摘され、夏は磯蟹を凝視した。記憶を辿っているのだろう。
合間に蟹は掌を逃れて転げ落ちた。
岩の上で引っくり返ってもがく。
「左様であったか。では、儂が食したのは、この蟹なのじゃな。のう、静。どうか三郎には黙っていておくれ」
気の抜けた応答をしたかと思えば、夏は静に小声で耳打ちする。
静にはもう露見済みだが、三郎には知られたくないようだ。先ほど無知を指摘された点を気にしている。
「うん、いいよ。三郎はいつもお兄さんぶって意地悪を言うからね。お夏様と、私と、花月さんの秘密ね」
三郎は身体も大きいし、下の子の面倒を見るくらいだから家庭でも頼りにされているのだろう。
やや気の毒に思いながら目を戻すと、当の三郎の姿が見当たらない。
不審に思い、周囲を見回した時、岩山の下のほうから、ぎゃっ、と赤子の泣き声が上がった。
鈴に佑太に太右衛門も、泣き声に怪訝な応答を見せた。
この鳴き声は赤ん坊のものなのに、赤子を背負っている三郎が目に見える場所にいない。
花月は慌てて声を辿る。
泣き声の出どころは岩山の下だ。
足元に用心して見下ろすと、岩山の根元、砂の上に三郎が俯に転がっていた。
足を滑らせたに違いない。
「三郎! 大丈夫か⁉」
花月は咄嗟に、岩肌を滑るように駆け下りた。
「駄目だ、お夏様、皆の者はそこに」
倣おうとする子供衆と夏を押し留める。
「無事か、三郎。口は利けるか」
三郎に問い掛けながら、負ぶい紐の中で泣き喚く四郎を抱き上げる。
泣き止むどころか、泣き声は一層大きくなった。だが、見たところ傷はない。
全体を摩り、様子を伺った。
だが、どこにも怪我はないようだ。
「四郎は無事だ。良く庇ったな。泣いて知らせてくれたぞ。お前はどうだ」
四郎を左手に寄せ、三郎の顔を覗き込む。
三郎は〝の〟の字に体を丸めており、小さく震えている。空いた背中を撫でると咳き込んだ。
「だっ、い、じょうぶ。お腹が……」
「腹を打ったのだな。そのままでいい、他に痛むところはないか」
腕やふくらはぎに大きな擦り傷があった。踏み留まろうと無理をして広げたのだ。
所々深く傷ついている。
花月は咳が落ち着いたのを見計らって、三郎を仰向けに寝かせた。
右手から右足……と撫で、怪我を確かめる。
すると、左の足首を持ち上げたところで悲鳴が上がる。
「痛いか。ならば、これは」
足首はそのままに、骨に触れる。だが、そちらは特に痛まないらしい。
「捻ったな。だが大したことはない。すぐに良くなる」
三郎と四郎、二人を一通り調べて一つ安堵する。
さて今度は夏と残りの子供衆だ。と、花月は立ち上がった。
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