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§プロローグ 【転生】
しおりを挟む春も間近なうららかな小春日和。就職先も決まったので、今日は日帰りバス旅行を楽しむ。
私は桜井紅子。超小柄で目立たない陰キャラでモブ子的存在。趣味は旅行へ行くこと。私を知らない現地の人々との触れ合いは、気兼ねも人目も気にしなくていいので実に楽しい。
それなりに出費は掛かるけど、旅行の為ならバイトの時間を増やしても苦にはならない。
さて、今はバスの集合場所を見つけるのが先決。目印の家電量販店を目指す。携帯のナビに沿って進むと、道路を挟んで反対側の道沿いにあるようだ。歩行者用信号機が青になるの待っていた私の横に、自転車が音も無くぶつかって来た。
私は車道へ投げだされ、道路に倒れた。私の思考はそこでストップする……。
***
「桜井紅子さん。あなたは先程お亡くなりになりました。私は女神ノア。ここは冥界管理塔という死後の世界を決める中間地点です。嘸かし心残りもあるかと思います」
死後の世界?
艶かしい唇が動くたびに漏れる優しい声に、私は自分の死を知らされた。そうか、私は死んだのか。
確か自転車に跳ね飛ばされて道路に……。
「そうそう、自転車を運転していた人は、あなたの存在に気が付かなかったようです。災難でしたね」
なるほど、チビは存在すら危うくさせてしまうらしい。それはそうと、私を悼んでくれる優しい声の主は、ギリシャ神話の像を思わせる透き通った白い肌と、薄衣を纏ったしなやかな躰。恵まれた見目麗しい姿の女神に目は釘付けです。
心残りはあるかと問われたら、楽しみにしていた日帰りバスツアーが無駄になってしまった事くらいか。どうせ私の未来は惨めな末路しか無かったように思うので、ここで死んで正解なのかも知れない。
そんな客観視している自分に一笑する。
「フッ、心残りは大してないです。次に生まれ変われるとしたら、女神の様な素敵な女性で、スラっと背の高い、モデルさんみたいになりたいです……」
女神は私の言葉に、ニッコリ笑って頷く。
「分かりました。ではさっそく、希望に添えるよう手配致しましょう。そうですねえ、あなたの生前からして、ちょっと変わった趣向で異世界へ行って貰いましょうか。もちろん、特別なスキルもね」
女神の突拍子もない発言に、私の思考回路は驚きと期待で妄想が膨れ上がる。
「はっ? あの……それはどういう……?」
「この管理塔は選ばれた者、不幸にも死に導かれてしまった死者が来る特別な場所なのです。既に数多くの死者が旅立っていますよ」
それってもしかして――異世界転生?
まさか現実、いや、この場合はまだ幻想と言うべきか。私に第二の人生が与えられるなんて……。
ああ、神様、女神様、本当なら嬉しすぎます!
でもちょっと待ってよ。もし肩透かし食らったら相当ショックなので、ここは冷静にならないと――
「あのう……ちょっと確認なんですが、異世界に転生ってことでいいんですかねえ……?」
「フフッ。現世ではそんなふうに言われてますね。我々は『臨界転生』と呼んでいますよ。管理者が趣向を決めると言った違いはありますけどね」
なるほど。難しい事はよく分からないけど、新しい自分で再出発が出来るのであれば、何も文句はありませんって。
それはそうと、前世の意識とかは全て無くなってしまうのだろうか。
「その臨界転生って、記憶とかも真っ新になるものなんでしょうか?」
「それはあなた次第です。殆どの人は記憶を留めたままを希望してますが、どうしますか?」
私は即答した――
「このままでお願いします!」
女神は更に楚々とした笑顔で、私にゆっくりと近づくと、何やら紙袋を差し出した。
「これは?」
「転生先で必要なアイテムです。では、素晴らしい人生である事を祈って。いざ異世界へ!」
「へ?」と言っている合間に、光に包まれて――
「あのあの、ちょっと、どんな世界なのー?!」
行先も知れず、私は光と共に飛ばされた……。
**
光に包まれて私が飛ばされた場所は、木々が鬱蒼と茂る山小屋の中だった。
小屋の隅に置かれたベッドの上に私は座っている。他に誰かが居る様子もない。だとするとここが私の家なんだろう。
どんな時代なのか、暖炉に薪、木の机は食卓といった処か。一応キッチンらしき物が奥の方に見える。風呂やトイレや水は……。
あれこれ考えるときりがない。とにかく家の中を見て回ろうと立ち上がった。その時、私はある違和感を感じた。それは距離感というか目線というか、今まで見たことのない視界に気づく。
思わず上を見る。この家は天井が低いのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
何故なら、床がやたらと遠く感じるからだ。これはもしかして、背が伸びた?
戸惑いながらも、私が冗談混じりで女神に言った言葉を思い出す。理想の自分。そう考えたら居ても立っても居られなくなり、先ず鏡を探した。
でも鏡らしき物は何処にも見当たらない。そうだ、女神から渡された紙袋。足元に倒れていた紙袋を手に取り、徐にひっくり返して中身をぶちまけた。ああこれだ。大きめの手鏡。
恐る恐る手に持ち鏡を覗く。するとそこには――
「なあぁぁぁぁ! な、なんなのこれは……」
鏡に映る私が私でない姿に、驚愕と喜びとが入り混じった感情が込み上げてくる。
なんと、女神にも引けを取らない中性的で端麗な容姿に、私は何度も顔に触れて確認した。躰は女性のままだけど、おそらくこの背の高さだと男性と同等か、それ以上の規格外ではないかと予想する。
だって天井に余裕で手が届くって異常でしょ?
チビもそうだけど、デカい女も敬遠されるのは当たり前で理不尽な常識だ。なので、何か誤魔化せる物はないかとアイテムを拾い集めると、如何にもといった眼鏡と、黒いローブに男物の皮の手袋があった。変装にはもってこいのアイテムばかり。
なるほど、変わった趣向とは男装をして人生を謳歌しろという事か――
「……ああ、なんと素晴らしい! 顔も躰も規格外上等! 楽しい誤魔化しライフの始まりだ!」
で、ここは何処……?
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