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14話 国境を越えて

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 今日の食事と食料品だけを買って早々に小屋へ戻った。なんともせわしい別れになってしまった。

 小屋の前に着くと、ドアのところに見慣れない白い物体が転がっている。木の枝を拾い、恐る恐る突っついてみた。すると一声鳴いた。動物か。

「おーい。生きてるかあー?」

「キュウ……」

 白い生き物がゆっくり立ち上がった。よく顔を見ると、山の洞穴ほらあなにいた小狐こぎつねだ。その小狐がなぜ私の小屋にいるんだろう。

「どうしたのお前。親はいないのかい?」

 辺りを見回したがそれらしい姿は見当たらない。マンモに襲われた時は親子で不意打を喰らったので、暫く警戒していたが、どうやらこの小狐だけのようだ。とにかくここでお見合いしていても、恋も語り合いも出来そうにないので、構わずドアを開けると、小狐が静々と中へ入った。
 招いたつもりは無いんだけど……。

「ハァ、お邪魔しますくらい言ったらどうよ」

「お邪魔するの……」

「…………!」
 
 
 驚愕の事態発生。モフモフの小狐が言葉を喋る。
 頭の中では分かっていても、一応辺りを見回すが誰もいない。小狐は尾っぽをユラユラと揺らしながら、図々しくもベッドの上にちょこんと座った。
 お決まりのびっくりドッキリは……やめておこう。

「しゃ、喋れるのね……ふ、ふぅ~ん、そう……」

 動揺は言葉に表れるのが一般常識である。
 私は顔を引き攣らせながら、ぎこちない足取りで荷物を机の上に置いて、防御体制に入る。

「ちょ、ちょっと、小狐くん。な、なにか用?」

 小狐は前足で顔を擦りながら、太い尾を揺らす。

「僕はお礼をしに来たの」

「お礼? あっ、もしかしてパンのこと?」

 お礼の一言で、動揺と警戒心は少し解かれた。小狐は犬のように尾を勢いよく振る。多分、喜んでいるのだろう。どうやら害はなさそうだ。

「うん。あのパンのお陰で力が戻ったの。でもそれだけじゃないよ。紅はあの魔獣を倒してくれた恩人なの。僕は魔獣が荒らした森を回復させる為に、力を使い果たして弱っていたの。だからお礼」

 私の名前まで知っている。この辺りに来ていたのだろうか。いつから?

「魔獣ってまさかあのマンモのこと? まあ、あれが暴れ回ったら森も荒れるわね。でも森の中は荒れてるようには見えなかったけど、えっ、じゃあ回復させたって小狐くんが? えっ、どうやって?」

「僕は山の守り神。森を守るのが僕の役目なの。紅のことはこの森に来た時から知ってるの。この間近くまで来たんだけど、気付いてくれないの」

 守り神か。どうやったかなんて、私が聞いても理解に苦しむだけだろうから、追求はやめよう。
 近くって、もしかして、シャツを干していた時にチラッと見えた白い物体が小狐? 分からんって。

「それって、私がシャツを干してたときだよね?」

「うん。だからこの前ね、来たよって合図にシャツ貰ったの。寝床にしてるの。フフフッ」

 シャツ泥棒は小狐か! やり方間違ってるし!

「そ、そうなんだ。じゃあもしかして、ちょくちょく来てたのかな?」

「うん! 紅はいつもパンツ洗ってるの。フフッ」

 ……こいつ!

「し、しょうがないじゃん、パンツ少ないんだもん。でも生乾きは解消されたわよ。シャツはまだ無理だけど。で、その山神様が私にお礼って?」

 山の神様なら、木の実とか山菜とか川魚とか?

「あのね、わあー!」

 と言って、いきなり小狐が私に飛び掛かり、顔に張り付いた。

「ブフッ! ンンーッ!」

「今、僕の力を少し分けてあげる。静かに……」

 そう言うと、小狐の体を伝い、生暖かい風と一筋の閃光が、私の体の中へ入り込み駆け巡った。
 驚いて小狐を引き剥がすと、小狐はまた尾を勢いよく降って喜びを表す。

「わーい! 大成功ー! 僕と紅は仲間なのだ!」

 私は何がどうなったのか、痛みも無ければ違和感もない状態に、ただ困惑の声を小狐に投げ掛けた。

「ね、ねえ、何が起こったの?!」

「えっとね、いっぱい操る力を紅の体に入れてあげたの。これでシャツもパンツも乾くのー!」

 中途半端な説明をありがとう。
 おそらく操る力とは、冒険者でいう魔法の様なものなんだろう。魔法のステータスが低い私には有難い話だ。でもどうやって使うのだろうか。

「えっと、魔法みたいなもの? 使い方は?」

「んー、こう、エイッ! エイッ! なのだ!」

 小狐め、説明する気ないだろ。これは自分なりに攻略するしかなさそうだ。

「紅~、力を使ったらお腹空いたの~」

「あのねえ、ハァ……パンとソーセージならあるけど、食べる?」

「食べるー!」

 いい気なもんだ。とは言え、私もお腹の虫が鳴いたので、一緒に食べることにした。
 久しぶりに誰かと食べる食事は、こんなに楽しかったのかとしみじみ思う。それが人間ではなく小狐だったとしてもだ。しかし、そんな感傷に浸っている場合ではない。明日はここを出発するのだから。

 私と小狐は満腹のあまり、ベッドに倒れ込みいつの間にか寝てしまった。

 真夜中。目が覚めて、ふと隣りを見ると、寝ていたはずの小狐の姿はもうなかった。
 おそらく森へ帰ったのだろう。その証拠に、私のシャツと地図が机の上に置かれていた。
 きっと私が旅に出ることを知っていたのかも知れない。やっぱり神様だ。

 しまった。そう言えば、今日ライがシャツを持って来ると言っていたのを思い出した。しかし、この時間になっても姿を見せないのであれば、今日はもう来ないのかも知れない。きっと彼も自分の事で精一杯なんだろう。

 シャツの替えもあることだし、朝を待たずにこのまま出発するのも悪くない。人目に付けば、あれやこれやと聞かれるのも面倒なので丁度いい。

 私は必要最低限な物を斜め掛けバッグに詰め、冒険者カードをポケットに入れて、ローブを羽織り、眼鏡と手袋を身に着け、アックスを持って小屋を出た。そしてお世話になった小屋に向かって一礼し、きびすを返し歩き出した。

 森を出て左へ行けば王都、右へ行けばアントが来た方角だ。ならば左へ進めば国境があるはず。陽が昇らないうちに越えてしまいたい。
 新しい場所で太陽を見るのはきっと格別だろう。

 暫く歩いてやっと国境のとりでが見えてきた。門の近くまで行くと、国境警備兵がふたり立っている。特に問題はないと思うが、こういった場面はやはり緊張する。まだ夜中とあってか、訪問者の人影はない。私は警備兵の前に立つ。


「こんばんは。お疲れ様です」

「ああ、こんばんは。今から国境を越えるのか?」

「はい。これから旅に出るんです」

「じゃあ、身分証か、冒険者カードを見せて」

 私は冒険者カードを提示した。

「特徴は眼鏡に手袋か……おい紅って、君はあの『ハーキュリーズ』の冒険者か! いや、まさかこんな所で逢えるとは、ちょっと待てよ!」

 と言いって、私の冒険者カードを持ったまま、別の警備兵のところへ駆け寄った。そしてふたりして私の前に立つ。尋問じんもん

「おお、君があの冒険者か。ほ~う、背は高いが体格は普通なんだなあ。もっとゴツい奴を想像してたよ。あ、引き留めて悪かったな。気を付けて」

「ありがとうございます。では、失礼します」

 良かった。ここで足止めとかされたんじゃ敵わない。それにしても、私って結構有名なんだ。でもスキルが有名なだけで、さほど活躍はしていないので、あまり期待はして欲しくないかな。
 
 私は冒険者カードをポケットへ入れて、とうとう国境を越えた。
 

 暫しのお別れだ。アラウザル国よ……。
 

 
 
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