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第1章 チュートリアル
6限目 紡がれる詩(うた)
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「先生……大丈夫ですか?」
スーが背中をさする。
クゲツが手のひらをスーに突きつけ、感心したように言う。
「ありがとう大丈夫……。まさか両足を掴んで遠心力でスライムを剝がすとは……僕も知らないことだらけだ」
息を整え落ち着いたクゲツが尋ねる。
「そういえばリザドランの牙って落ちてるかい?」
スーがあたりを見渡す。
白墨の粉がつき発光している牙の破片が細々と落ちている。
小石程度のものをいくつか拾う。
当然さび付いて砕けているので整った形のものはほぼ無い。
「これがどうかしました?」
「せっかくだから貰っていこう。魔物の体の一部を採集できることは結構珍しいんだ」
「へーそうなんだ」
スーが牙の破片を摘まんで眺める。
「魔物の体組織は魔力濃度が高く、絶命したり体から切り離されたりすると形を保てずに霧散するんだ。
形として残るということは、それだけ魔力以外を主成分とする生物を捕食し、実体を獲得しているということなんだ」
「? だったらなんで不死鳥の親子丼なんてメニューが食堂にあるんですか?」
互いに牙のかけらを拾いながらクゲツは授業を続ける。
「食用の魔物は魔力が含まれるものを与えず飼育してるから実体をもつんだよ」
「じゃあ今のドラゴンはたくさんの生き物を食べてたってことなんですね」
スーがピタッと手を止める。
「あれ? でも魔物の主成分は魔力だから魔物を食べても実体をもてない……? じゃあ何を食べて……」
納得してすぐに混乱するスー。授業を続けるクゲツ。
「“冒険者”だよ。まぁ迷い込んだ動物を捕食するケースもあるにはあるけど」
「?!……そっか、アタシ達も一歩間違っていたら……」
スーは手を合わせて祈る。クゲツが横目に見る。
「だからさ、生きてる僕達が生き残る方法を伝えていかないと……ね?
あ、その牙はスーが持ち帰りなさい。錆び付いて形も悪いがそれでもいい値段になるはずだよ」
「良いんですか?! ありがとうございまぁす!」
スーが大きめの声を上げる。
「スライムがまだいるから大きい声を出さないようにね」
「すいません」
スーが先ほどの事を思い出し青ざめるが、すぐに一生懸命牙を拾う。
(全く現金な子だ……どこまでが本心かはわからないけど)
クゲツに顔を見せないように牙を拾うスー。
クゲツはその足元に小さなスライムが数匹いることに気づかなかった。
形が残っている牙をすべて拾い終え、パンパンの革袋を両手で抱えるスー 。
「そろそろ時間だな。スー帰るぞ」
クゲツが声を上げる 。
「はい! メイビさんにもたくさん話したい事できましたし!
早く帰りましょう!」
入ってきた横穴をくぐり通路の方へ戻る二人。
クゲツが何か視線を感じ、辺りを見渡すが何もみつからない。
スーが「先生はやくー」と声を上げるので諦めてついて行った。
「……」
生物というよりも肉塊を粘土のようにこね回し人の形にしたような赤黒い物が 、リザドランが空けた大穴から浮遊し,その一つ目でこちらを見つめているとは知らずに……。
その後二人は関所に牙の一部を納める。
管理人が驚いたように声を上げる。
「これはリザドランの牙ですか?」
スーが元気に答える。
「そうですよ! 先生すごかったんですから! 魔法をズバーンと撃って不思議道具であっという間に撃退したんです!」
「リザドランは一層では出ないはずですが、まさか申告したよりも深いところに潜ったのですか?」
管理人の追及がすかさず入る。
「そ、それは違いますよ。ねぇ先生?」
クゲツに助けを求める。
「それが一層で出たんですよ。下層から穴をあけてですね……」
クゲツが管理人に説明する。
「ふむ。そうですか。一応上に報告しておきましょう」
こんなやり取りをして、二人はバード街前迷宮を後にする。
一方 『対魔力生物訓練所』 正面受付前 玄関広間
入り口が見える長椅子に座りそわそわしているメイビ。
「無事に講習が終わっているなら戻ってきてもよい時間だが……」
玄関から入ってきた軽装の男がメイビに気づき近づく。
「メイビさん! お疲れ様です!」
その男がペンダントのように首にかけている青色のタグが揺れる。
「あぁ,ヨウライ青年か。今日は休暇と記憶していたが?」
ヨウライというデフトマンのこの男は、メイビ、クゲツとは十年以上の付き合いのある 、
『魔力生物学 戦闘訓練課程』の指導員である。
元冒険者で体中傷だらけな上に長身なので圧がある。
「ハイ! 装備を点検に出してまして……なんか元気ないっすね?」
「察しがよいな……。実は――」
メイビが今までの経緯を説明する。
「なるほど、そんなことが……でもバード街前なら心配いりませんよ!」
ヨウライがメイビを元気づけようとする。
「私もそう思うのだが……」
「……クゲツの奴、まだあのルールを?」
メイビが深刻そうに頷く。
「そうか……いずれはその決断を迫られる時が来ると思うんですけどね……」
――バード街 某所
とある街道前の広場で男を囲むように人が集まる。
楽器も持ってない吟遊詩人が語り始める。
「人が噂を伝え、風が物語を運ぶ。
そうして吟遊詩人街は栄えていった。
本日も耳新しい、微風一つ……」
おきまりの口上を言い終えた男は大きく息を吸い、身振り手振りを交え語り始める。
「場違いにも一層に出現したドラゴン!
対峙するは『魔対』の教師と、乙女ギーパー二人組……
絶体絶命かと思いきや、教師は咎めるように魔法でドラゴンを苛み 、
ドラゴンの吐く炎を生徒の悪戯のようにいなす。
スキを突いたギーパーの投擲により、あのドラゴンの牙が砕け散った!
仕上げに教師の大魔法がスライムを操りドラゴンに襲い掛かる!
あっという間にスライムに飲み込まれ牙を残してドラゴンは霧散した……。
こうしてたった二人無傷でドラゴンを退治して見せたのです!
聡明な教師と剛腕ギーパーの乙女に喝采を!!」
拍手とおひねりが撒きあがる。
無論あの教師と少女はここまで一方的にドラゴンを退けた訳ではないのだが……
吟遊詩人の男が帽子のつばを持ち、物思いに遠くの空を見上げる。
「……そんなことは露知らず、元気に風は吹き戻る……」
物語は面白ければいいのだ。
場所は再び『対魔力生物訓練所』
受付前の扉が勢いよく開く。
「「ただいま!!」」
メイビの潤んだ瞳にはバード街で紡がれる二人が映っていた。
スーが背中をさする。
クゲツが手のひらをスーに突きつけ、感心したように言う。
「ありがとう大丈夫……。まさか両足を掴んで遠心力でスライムを剝がすとは……僕も知らないことだらけだ」
息を整え落ち着いたクゲツが尋ねる。
「そういえばリザドランの牙って落ちてるかい?」
スーがあたりを見渡す。
白墨の粉がつき発光している牙の破片が細々と落ちている。
小石程度のものをいくつか拾う。
当然さび付いて砕けているので整った形のものはほぼ無い。
「これがどうかしました?」
「せっかくだから貰っていこう。魔物の体の一部を採集できることは結構珍しいんだ」
「へーそうなんだ」
スーが牙の破片を摘まんで眺める。
「魔物の体組織は魔力濃度が高く、絶命したり体から切り離されたりすると形を保てずに霧散するんだ。
形として残るということは、それだけ魔力以外を主成分とする生物を捕食し、実体を獲得しているということなんだ」
「? だったらなんで不死鳥の親子丼なんてメニューが食堂にあるんですか?」
互いに牙のかけらを拾いながらクゲツは授業を続ける。
「食用の魔物は魔力が含まれるものを与えず飼育してるから実体をもつんだよ」
「じゃあ今のドラゴンはたくさんの生き物を食べてたってことなんですね」
スーがピタッと手を止める。
「あれ? でも魔物の主成分は魔力だから魔物を食べても実体をもてない……? じゃあ何を食べて……」
納得してすぐに混乱するスー。授業を続けるクゲツ。
「“冒険者”だよ。まぁ迷い込んだ動物を捕食するケースもあるにはあるけど」
「?!……そっか、アタシ達も一歩間違っていたら……」
スーは手を合わせて祈る。クゲツが横目に見る。
「だからさ、生きてる僕達が生き残る方法を伝えていかないと……ね?
あ、その牙はスーが持ち帰りなさい。錆び付いて形も悪いがそれでもいい値段になるはずだよ」
「良いんですか?! ありがとうございまぁす!」
スーが大きめの声を上げる。
「スライムがまだいるから大きい声を出さないようにね」
「すいません」
スーが先ほどの事を思い出し青ざめるが、すぐに一生懸命牙を拾う。
(全く現金な子だ……どこまでが本心かはわからないけど)
クゲツに顔を見せないように牙を拾うスー。
クゲツはその足元に小さなスライムが数匹いることに気づかなかった。
形が残っている牙をすべて拾い終え、パンパンの革袋を両手で抱えるスー 。
「そろそろ時間だな。スー帰るぞ」
クゲツが声を上げる 。
「はい! メイビさんにもたくさん話したい事できましたし!
早く帰りましょう!」
入ってきた横穴をくぐり通路の方へ戻る二人。
クゲツが何か視線を感じ、辺りを見渡すが何もみつからない。
スーが「先生はやくー」と声を上げるので諦めてついて行った。
「……」
生物というよりも肉塊を粘土のようにこね回し人の形にしたような赤黒い物が 、リザドランが空けた大穴から浮遊し,その一つ目でこちらを見つめているとは知らずに……。
その後二人は関所に牙の一部を納める。
管理人が驚いたように声を上げる。
「これはリザドランの牙ですか?」
スーが元気に答える。
「そうですよ! 先生すごかったんですから! 魔法をズバーンと撃って不思議道具であっという間に撃退したんです!」
「リザドランは一層では出ないはずですが、まさか申告したよりも深いところに潜ったのですか?」
管理人の追及がすかさず入る。
「そ、それは違いますよ。ねぇ先生?」
クゲツに助けを求める。
「それが一層で出たんですよ。下層から穴をあけてですね……」
クゲツが管理人に説明する。
「ふむ。そうですか。一応上に報告しておきましょう」
こんなやり取りをして、二人はバード街前迷宮を後にする。
一方 『対魔力生物訓練所』 正面受付前 玄関広間
入り口が見える長椅子に座りそわそわしているメイビ。
「無事に講習が終わっているなら戻ってきてもよい時間だが……」
玄関から入ってきた軽装の男がメイビに気づき近づく。
「メイビさん! お疲れ様です!」
その男がペンダントのように首にかけている青色のタグが揺れる。
「あぁ,ヨウライ青年か。今日は休暇と記憶していたが?」
ヨウライというデフトマンのこの男は、メイビ、クゲツとは十年以上の付き合いのある 、
『魔力生物学 戦闘訓練課程』の指導員である。
元冒険者で体中傷だらけな上に長身なので圧がある。
「ハイ! 装備を点検に出してまして……なんか元気ないっすね?」
「察しがよいな……。実は――」
メイビが今までの経緯を説明する。
「なるほど、そんなことが……でもバード街前なら心配いりませんよ!」
ヨウライがメイビを元気づけようとする。
「私もそう思うのだが……」
「……クゲツの奴、まだあのルールを?」
メイビが深刻そうに頷く。
「そうか……いずれはその決断を迫られる時が来ると思うんですけどね……」
――バード街 某所
とある街道前の広場で男を囲むように人が集まる。
楽器も持ってない吟遊詩人が語り始める。
「人が噂を伝え、風が物語を運ぶ。
そうして吟遊詩人街は栄えていった。
本日も耳新しい、微風一つ……」
おきまりの口上を言い終えた男は大きく息を吸い、身振り手振りを交え語り始める。
「場違いにも一層に出現したドラゴン!
対峙するは『魔対』の教師と、乙女ギーパー二人組……
絶体絶命かと思いきや、教師は咎めるように魔法でドラゴンを苛み 、
ドラゴンの吐く炎を生徒の悪戯のようにいなす。
スキを突いたギーパーの投擲により、あのドラゴンの牙が砕け散った!
仕上げに教師の大魔法がスライムを操りドラゴンに襲い掛かる!
あっという間にスライムに飲み込まれ牙を残してドラゴンは霧散した……。
こうしてたった二人無傷でドラゴンを退治して見せたのです!
聡明な教師と剛腕ギーパーの乙女に喝采を!!」
拍手とおひねりが撒きあがる。
無論あの教師と少女はここまで一方的にドラゴンを退けた訳ではないのだが……
吟遊詩人の男が帽子のつばを持ち、物思いに遠くの空を見上げる。
「……そんなことは露知らず、元気に風は吹き戻る……」
物語は面白ければいいのだ。
場所は再び『対魔力生物訓練所』
受付前の扉が勢いよく開く。
「「ただいま!!」」
メイビの潤んだ瞳にはバード街で紡がれる二人が映っていた。
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