双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります

すもも

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 気合を入れるために風呂に入り身を清める。

 色々だった髪は、亡き祖父譲りらしい冷ややかに流れるプラチナブロンドになっていた。

「セレナ様……とても綺麗ですわ」

 うっとりとしながら侍女となったメリーが髪の手入れをしながら褒め讃えた。

「ありがとう」

「それで髪飾りはどういたしましょう? リボンや花で飾りましょうか?」

「いいえ、エリスと同じ髪質のウィッグを使うから、邪魔にならないようにまとめて貰えるかしら?」

「勿体ないですわ」

「いずれ本当の私で着飾る日も来ますわ」



 対決……と言うには少しばかり大げさな感じがするけど。
 私にとっては過去との決別であり、重要な儀式なのだから……大げさくらいが丁度よいでしょう。

 私に与えられた財産を青年画家に貢いでいたエリス。 その責任転嫁までされて距離を置けばいい、勝手に落ちぶれればいい、そんな感じで自然に任せる事がどれほど危険なのかが分かった。



 エリスとの対決。
 その決意した日から既に6日が経っていた。

 理由は……クレイとユーリの祖父にあたるフォレスター侯爵の招待に応じていたため。

 本来なら会うこと等叶わぬ相手です……緊張し恐れた。

 けど実際には、私は穏やかで優しい微笑みと共に迎え入れられ、未来の保証が約束された。



 鏡を見つめながら私は呟く。

「いっそ、髪を切ってしまおうかしら?」

「セレナ様!!」

 メリーの必死の声に嘘よと言おうとすれば、それを遮ってクレイが扉の向こうで声をあげる。

「折角綺麗な髪なのにもったいないですよ!! えぇ、本当に日一日とセレナは美しくなる。 まるで蛹が蝶になるかのように……。 そう言えば、毎日髪を染めていたと言う割には、セレナの髪は本当に綺麗ですよね」

 きざな誉め言葉から急に商売めいた声色に変わるクレイに私はつい笑ってしまうのだ。 だって……なんだかかわいらしいのだもの。

「えぇ、髪が痛まないように、髪に良い成分の染草を使っていますから。 ただ、普通の染粉のように色が定着しないので、毎日髪を染めて色を重ねる必要がありますけどね」

「でも、とても綺麗です。 セレナが使っていた染粉を髪のための美容液として販売してみませんか?」

「それは、面白いかもしれませんね!!」

 最近の私は誰かのために仕事をしていない。 自分のために、自分が楽しめる仕事をしている……その充実感。 毎日が幸福だった。

 髪を綺麗にまとめ、束ね、エリスの髪質に似たウィッグをかぶれば……鏡の前には……エリスが居た……嫌い……卑怯者、裏切り者……。

 メリーがお茶を淹れるために、衣装部屋を後にすれば変わってクレイが現れる。

 鏡に映る父譲りの整った顔立ちは、鏡を通して私を見つめていて、鏡に映るエリスを睨みつける私をそっと背後から抱きしめてきた。

「そんなに怖い顔をしないでください。 無理に会う必要等ないのですよ」

「必要はあります。 それに……幸福な日々の中、私はエリスへの怒りが薄まり、許してしまいそうになるのが嫌なんです」

 鏡ごしにキツイ視線をクレイに向けながら、腰に回された腕をピシャリと叩けば、クレイは私の肩に顔を埋めるようにしてボソリと呟くのだ。

「分かりました。 ですが……無理をしないでくださいね」

「えぇ」






 そして、私は……随分と久しぶりにオルエン商会に訪れた。

「な、んなの……」

 オルエン商会本社がある建物の印象がずいぶんと代わっていた。 いえ、オルエン商会は土地売買、金融等、貴族相手の商売で大きくなった商売ですが、近年は被服、食料等の保管と販売が主流になりつつあったのに……今は金融の看板が高々と掲げられ、その横には大きな鍋でタップリ野菜のスープとパンが親の無い子供達に提供されていた。

 私は馬車から降りる事もせずに唖然としていた。

 何しろ炊き出しの横で、住まいの斡旋、仕事の斡旋、貸金を行っているのだ。 子供相手に……。

「子供達に金を貸して回収できるわけがないでしょう……何を考えているのよ。 私は、あんな事をする計画書なんて提出していないわ。 どういう事ですの?」

「それは……」

 クレイは視線をそらしたが、私がジッと静かに見つめれば静かに話し出した。



 これこそ……私のせいだった。

 会員制商人宿泊所で商人達と話をしている中、人々はオルエン商会と距離を置いた事で、オルエン商会の収益が激減、商売が暗礁に乗り上げているらしい。

「それでも、物になる企画を幾つか出していたはずなのだけど……どれも時間のかかる企画でしたけど……確実に利益の出るものでしたわ」

「使えないと……握りつぶし、自らの案を押し通したのですよ。 セレナが居なくなったことで逃げた従業員も多く、商会は人材も必要としていました。 出来るなら逃げる事のない従順な奴隷を手に入れよう。 それがエリスの計画で……現在オルエン商会に残っている者達の多くが……他者を陥れる事に罪悪感を抱かないために実行へと移されたのです」

 私は……叫びたくなる気持ちを必死で抑え……馬車を降り、炊き出しのスープをお椀によそい提供しているエリスへと歩み寄っていった。

「エリス!! どういう事ですの!!」

「あら、お姉さま、お久しぶりですわね。 お会いしたかったわ……なんだか、お太りになられませんでした? 幾ら、会長に期待されることの無い無能な男をあてがわれたからって、自らの管理を放りだしてもらっては困りますわ。 だって、私達は2人で1人なのですもの」

 そう……いつもと変わらないあどけない表情で微笑みながら、私を抱きしめるために歩みよってくる。

 私は、そんなエリスの髪をつかみ……ハサミで……いっきに切り捨てた……。



「きゃぁあああああああああああ、あぁっぁぁぁぁっぁ」

 甲高い悲鳴が響き渡り、涙を浮かべた瞳が……私を睨みつける。



 彼女の本質であろう悪鬼のような顔で……。
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