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一章 ロリコン、金髪、時々ヤンデレ
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しおりを挟む『わたし・・・、ずーっと、こーくんのことを・・・』
6月に入って少したった頃だった。未だ夜になると少しばかり、寒さに眉を顰めるそんな気温が続いてる時。日の入りは大分長くはなってきたが、それでも殆ど真っ暗な景色の中、玄関の前に立っている彼女はインターフォン越しに言った。
私の住んでいる所はあくまでも、一人暮らしをするために、そういう明確な意図があって作られた七畳のワンルームのアパートの一室であったが、そこには時代の波に追いつけ追い越せとばかりテレビカメラ付きのインターフォンが設置されている。
『あの時からずーっと・・・』
インターフォンの前にいる彼女は、少し薄着だった。まだそんな恰好じゃ寒いだろうにと思う私の気持ちとは裏腹に、頬にはほんのり朱色がさす。瞳を雫で潤し、頬を朱色にさせ、唇を濡らしながら言葉を紡ぐ。
『ほんとうにずーっと・・・』
彼女の容姿について端的に語るなら、美人という言葉を使えば間違いないだろう。小柄で、夜の暗さに負けないほど、長い漆黒の髪が、玄関前のライトに照らされて光沢を放つ。顔立ちはほっそりとしていて、瞳には少し藍色が入っていた。その瞳を伺うとインターフォン越しにも拘わらず、直接目を合わせているかのような錯覚を引き起こす。
『みてたよ』
そんな彼女の容姿を見て、この人は真面目な人なのだろうと愚考する。大学に入ってまだ2か月たったばかりだが、その僅かな期間で女子の半分ほどは髪を染めていた。私の通っているちょっと変わった大学ですらそうなのだ。大学に入ってから、社会に出るまで髪に関してとやかく言う人は少ない。そんな解放期間に、髪を染める。何の気なしに染めてしまう。だからこそ、人生の華と言われる大学で髪を染めるというのはなんら不思議な行為ではないのだが、その漆黒の髪には一切他の色は混じっていない。もしかしたら規律を重んじる人ではないかとも思ったが、そんなことは実際容姿からは伺い知ることは出来ない。まさに愚考だった。
『ずっと見てた』
だが、そう愚考するに足る理由はあった。服装だ。薄着と表現したが、正確にいうと白いワンピースだった。彼女の頭の上に麦わら帽子をかぶせて、砂浜の海岸にでも立たせたら、思わず筆を取りたくなる画家は無数にいるはずだ。稚拙な表現かも知れないが、清麗高雅だった。
『ずっとずっと見てた、見て、それから見て、見直して、見つめて』
声は平均的な女性の声よりも高めに感じた。私自身の感想であるから、こればかりはなんとも言えないが。しかし、その声は上ずっていて、どことなく甘ったるいように受け取れる。ゆっくりと、そう意識付けしながら喋っている様子は、緊張を解きほぐそうと必死になっているようにも思える。男性なら声を聴いただけで、守ってあげたくなるのではないだろうか、
『最初は半信半疑だったの・・・。だから、ずーっと見て、見つめて、そしたら、こーくんはそんなあたしを見つめ返してくれたね・・・』
インターフォン越しの彼女は、今まで胸の前に組んでいた手をその白くてほっそりとした手を、インターフォンに目一杯近づけて、続けた。
『その時、確信したの。これは運命なんだって。あたしたちは結ばれる運命なんだって』
「すみません宗教だったら間に合ってます」
そっとインターフォンを切った。今日は少し冷える。インターフォンを切った後、近くにあったベットに横になった。
怖い話である。田舎からこの大都会に単身、しかも初めての一人暮らし。この2か月間でインターフォンを鳴らされた回数は両手の指で数え終わる。しかし、そのうち片手の指程度は、このような訪問販売の類だったことを覚えている。その中でもかなり強烈だった、インターネット回線の営業はまだ記憶に新しい。そもそも、このアパートはインターネット回線が無料で引かれている。それを理由に断ったのだが、血走った目でインターネット回線は一つじゃたらない、お願いします、部屋に入れてください、最悪、無料キャンペーンで配布しているこのタコ足配線を使ってください、そうじゃないとあの人に俺が殺されます等、必死に説得されたが、最終的にはお帰りいただいた。そんな記憶も塗り替えるほどのインパクトがあったと言っても過言ではない。
インターフォンに出た時、彼女は少なくとも5分間は無言だった。その時点でインターフォンを切ってしまえばよかったのだが、自分と同じくらいの年、しかも女性ということもあり、一応対応をしてしまった。少なくない可能性でこのアパートに住む人が、部屋の鍵をなくしてしまっただとか、もしくは私の部屋が煩い等の困りごとや苦情を言いに来たと思われたのだ。そう思った私は、インターフォン越しに言葉を投げかけていたのだが、終始彼女は笑顔で無言だった。喋り始めたと思ったら、宗教の勧誘。思えば、最初の5分は、言葉を発さないことで、私が玄関の扉を開けるのを虎視眈々と狙っていたのだろう。中々に強烈であった。
このような経験をすると、この大都会に来てある程度経つが、それでもやはり自分が田舎者であると再認識する。田舎にいた時は、少なくともインターフォン越しに宗教の勧誘を受けたことはなかった。気持ちを切り替えるために、両手を組み、思い切り伸びをする。さて、ちょっと遅くなってしまったけど、夕食でも作ろうと、ベットから立ち上がった時だった。
ピンポーン
間の抜けたような音が広くない部屋に響き渡る。今日は来客が多いなと少しばかり気が滅入る。私はそれほど初対面の人と話すのは得意ではない。それが例え、配達の業者であっても変わりはしない。偏に性格なのだが、あんなことがあったともあれば、尚更である。
誰だろうか、そう思いながら、インターフォンに表示されている画面を見る。
立っていたのは、先ほどの彼女であった。
ニコニコと、無言で、華が咲いていると表現できるほどの笑顔で、彼女が立っていた。
一体どうしたものか、とインターフォンの対応に迷っていると、不意に彼女の口が開いた。
『中に、おんなでもいるの?』
先ほどとは打って変わって、凍えるような声だった。思わず、背筋に冷や汗をかいてしまうほどの、鋭い声だった。
その言葉を聞いて、もしやと私は考えつく。この人は部屋を間違えているのではなかろうか。つまりは、宗教勧誘などではなく、彼氏の家に遊びに来た、文字通り彼女なのではないのだろうか。そう考えると不思議なほど辻褄が合うように感じられた。最初の無言で立っていた、そして笑顔だったのも彼氏の家に遊びに来ていると考えると、彼氏が玄関の扉を開けるのを待ってくれていた推察できる。その後の言葉も、私は詳しくはないが、付き合っている彼氏彼女同士の愛を確かめ合う言葉だったとも考えられなくない。それなのに、玄関の前で放置されたとなれば、中にいる女性の確認、つまり、浮気を疑ってしまっても仕方がないのではないのだろうか。
そう思うと、途端に心苦しい気持ちになった。
恐らく楽しみにして来たはずの彼氏の家を間違えてるとも知らず、彼女はその家主から無碍にされた。私が一方的に宗教勧誘と決めつけたが故である。勝手に都会は怖い所だと決めつけた私の責任のように感じられた。彼女が家を間違えていると気づいているのは私だけ。失礼な事をしてしまった。
罪悪感に駆られながら、私はインターフォンのボタンを押し、対応した。
「すみません、先ほどは失礼な対応を。恐らくなのですが、お部屋をお間違えになっているかと。私の名前は―」
『こーくんでしょ? 何言ってるの? あたしがこーくんの声を聴き間違えるはずがないよ。何回だって声は聴いてるよ。朝起きてから、夜寝るまで、ずっとずっと聴いてるよ。録音した声なのが残念だけど、これからはいつでも、いつまでも一緒だから、そんなことどうだっていいの』
これは困った。確かに私の下の名前は“こーくん”と呼ばれても不思議ではない名前だが、そんな呼び方今まで一度もされた事がないのも同様に事実だった。そして言うなら、私と彼女は初対面だ。だが、彼女は彼氏の声を聴き間違えるはずがないと。彼女であれば絶対そう思うだろうが、その認識は間違っている。
『ねぇ、あけてよ』
もしかしたら、その彼氏は私と同じ苗字なのかも知れない。インターフォン越しに彼女が食い入るように玄関を凝視しているのが分かった。玄関には苗字だけのネームプレートが心もとなく掲示されている。勘違いは恐らくそこから始まったのだろう。
『あけてあけてあけてあけて』
ドアノブがこの世のものとは思えない音をあげ、上下に揺れる。玄関が激しくノックされる音が響き渡った。
『なんで鍵を閉めてるの? あけてあけてあけてよあけろよ』
私は自分の説得力の無さを恥じた。激昂した彼女に私の声は一切届かず、このままでは玄関が壊れるか、ドアノブが壊れるかの二択となっていた。
心の中で、彼女に謝罪する。
この後、彼女に恥ずかしい経験をさせてしまう。だが、私には越してきて二か月という短い期間で自分の住んでいる賃貸を壊されても、笑っていられるほどの財力はないのだ。震える手付きで私は近くにある携帯を手に取り、人生で初めてこの番号を入力し、また恐らく人生で最後になるだろうこの言葉を発した。
「もしもし、警察ですか?」
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