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一章 ロリコン、金髪、時々ヤンデレ

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「お前さ、鷹閃大おうせんだい受けてみないか?」

 私がこのように担任に言われたのは、ちょうど一年前の今ぐらいの時期だった。当時高校三年生ということもあり、受験勉強を意識し始め、かといって、どうすればよいか分からず、ただ何かをしなければいけないというある種強迫観念に苛まれ、脚もそぞろに図書館に向かっていた中、気の抜けた放送で担任に職員室へと呼び出されたのだった。


「鷹閃大ですか?」
「そうそう」

 担任は何が面白いのかクツクツと笑っていたように思う。職員室の窓から見える、校庭のサッカー部やら野球部やらの蛙鳴蝉噪とした様と会い重なって、頭の隅に虫でも駆ってるかのような不快感が押し寄せた。


「すみません先生、私の勘違いでなければ名門だったと思うのですが」
「そうだな、お前の勘違いではないな」
「なるほど。なら病院に行くことをお勧めします、先生」

 ここでも担任は笑っていたかと思う。先ほどとは比にならないくらい、大きな声で笑っていたと思う。

「いやスマンスマン。碌に説明もなしじゃただお前をからかってるように思われるか」
「いえ、私も言葉が過ぎました。先生ほど生徒のことを考えている方はいらっしゃらない思います」

 勿論、世辞だった。世辞は便利だ。私は昔から人と話すことを得意とはしておらず、むしろ苦手な部類だった。しかし、社会に出ていく上で、人と接さず過ごすというのは不可能に近かいというのは言わずもがな。そこで私は、会話の中に世辞を多用することで、一定のコミュニケーションを図ろうと考えた。世辞は気づかいを化育する一つの意思表示になる。だからこそ、気づかいのいらない仲に発展するほどのコミュニケーション能力は私自身にないことは重々承知していた。


「心にもないことは言わんでよろしい」

 だから、世辞が通じない、世辞を受け取らない先生のことは苦手だった。


「まぁ、確かにお前の成績はいっちゃ悪いが、こう、なんだ、普通だな」
「そんなことは私が一番よく知っています、自分のことですよ」
「ツンツンすんなよ、お前が普通に受験して受かるには当たり前に厳しい。だがな、入試ってのは何もつらつらと回答用紙に答えを記入していく方式だけじゃない」

 そこまで話を聞いて、私は一つの解答に行き当たった。


「AO入試ですか?」
「そうなんだよ、AO入試だ。これがまた厄介でな、うちの学校、ていうか、最近の高校全般に言えることなんだが、AO入試に力を入れててな。どうしても俺のクラスの中から何人かAO入試受けさせてくれって校長に頼まれててよ。これオフレコな」

 先生は自身の口にまっすぐに立てた人差し指をそっと添えた。その仕草は、先生が内密に許しをこう場合に多用する癖があった。中年のオジサンがその仕草をするのは中々どうして虫唾が走ったことを無駄に覚えている。

「だからさ、頼む。先生を助けると思ってここは一つ、鷹閃大のAO入試受けてみないか?」
「・・・先生、力になりたいのは山々ですが、私では力不足です。そもそも、AO入試を受けるのはもっと活力的な生徒で、自分みたいな消極的な人間はとても向いてません。大体、いくら何でもハードルが高すぎます。仮に、この高校の全生徒が鷹閃大学受けたとしても、受かる人はいないかと。AO入試のお誘いなら、もっとハードル下げて下さい。先ほどの先生の話を聞く限り、AO入試であればどこでもいいんですよね?」
「どこでもいいってことはない。お前なら鷹閃大受かると思ってるんだ先生は。そして、お前がAO入試受けるなら、鷹閃大しか受からない」
「意味が分かりません」

 自分が言った言葉に満足したのか、その言葉を噛みしめるよう、顎に手を当て、先生は何度も頷いていた。この時、私は多分、この先生の話をもう、聞いているというよりは、聞き流し、その日の夕食について想いを馳せていたはずだ。それくらい、意味も意図も、説明されたのに分からなかった。私はその時、断るために口を開いたのだ。単純にめんどくさかった。


「先生、一旦、受かる受からない話は置いておきましょう。質問なのですが、AO入試は強い志望動機が必要だったかと」
「ああ、そのとおりだよ」
「先生、確かに鷹閃大は日本遍く大学の中で、他の大学を歯牙にもかけず、世界で渡り合える大学です、素封家の子息、息女は多く、政に関わりを持つ人材も集まり、かつ、経済、芸能に明るい人物も多いと聞きますし、本当に感嘆に値する場所ということは知っています。私もそんな大学入れるなら入ってみたいとさえ考えるほどには」
「おぉ!」
「ですが、それは羨望で、現実は弁えてます。だからはっきり言うと、鷹閃大にそこまで強い志望動機なんて書けません。無理です、他の人を当たってください」
「待て待て待て、落ち着いて考えろ」
「落ち着いて考えたら、どうせ落ちるのに受験料も余分にかかるという事実に気づきました」
「それは問題ない、AO入試の受験料、交通費は学校から補助が出る」
「先生、申し訳ありません。率直に言います。受けたくありません」
「そこをなんとか!」

 その後もクツの裏にくっついたガムみたいにしつこかった。本当にこの人は教師なのだろうかとさえ、頭に過った。だが、先生もAO入試を何人かに挑んでもらわなけれならず、かつ、こんな駄目な私に少しでも受験の機会を増やそうとしてくださってるのかもしれない。その時の私はそう考え、また、いい加減解放されたいという思いもあって。


「・・・わかりました。受けるだけ受けてみます」

 結局、折れたのだった。

 受かるわけがないと挑んだ入試で合格通知を貰ったのは、周りの高校生が赤本を2冊ほど持ち始めた時期だった。


 これが、学力も普通で、身体能力も普通で、高校では生徒会に属していたわけでもなければ、部活のリーダーやってたわけでもない私が、世界屈指の大学に居る訳である。

「だから言ったろ、受かるって」

 合格の報告を行った際、したり顔で先生はそう言って、更に続けた。

「お前さ、自分のことは自分がよく知っている、なんてことを口にしていたが、実際は、自分が一番、自分について分かっちゃいねぇんだよ。まぁ、事なかれ主義のお前にしちゃあ上出来だよ、合格おめでとう」

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