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三章 カーストに敬意と弾丸を

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 大学から私の地元まで、遠いのかと言われたら、間違いなく遠いと私は答える。所要時間は3時間を超え、費用は行きだけで1万を超えるからだ。まずは、大学の近くに駅から新幹線がある駅へ、地元近くの駅についたら今度は一時間に一本電車があるかないかという在来線へ乗らなければたどり着けない。

 帰るのも一苦労だった。


「じゃあ、久々の再会に乾杯!」
「ドリンクじゃ恰好つかないぜー生徒会長!」
「そうだぜ、生徒会長!」

 そんな一苦労が終わった私は、電話で呼び出された。地元に帰ることは数人の地元の知り合いには伝えていたが、このように呼び出されるとは考えてもいなかった。どうやら、大学の夏季休暇中に3年生のときのクラスメートで集まろうという話になっていたらしく、それがたまたま帰省のタイミングと重なった。


 正直に言うと参加はしたくなかった。人との会話が苦手な私は、このように騒々しいところも余すところなく苦手であった。
 だが、それでも参加した。それは単に、昔のクラスメートのことが少なからず気がかりではあったし、もしかしたら、大学に行って、同じような悩みを抱えた人がいるかもしれないと思ったからだ。もしそのような人がいれば、アドバイスを貰いたかった。


 それも、あっという間に後悔へと変わる。周りを見れば、鉄板焼きの周りをグルっと囲う元クラスメートが本当に和気あいあいと、席を移動しながら話していたためだ。その光景をみるとみんなが如何に充実した毎日を送っているか、如何に前を向いて生きているかがわかってしまい、嫉妬と羨望が先行する。


「隣いい?」

 そう言って話しかけてきたのは、生徒会長だった。その髪は茶髪で、短く切り揃えられており、まるで雑誌の表紙を飾れるほど綺麗に着こなした服と、少しごつめの腕時計が目に入る。パッと見たら、モデル雑誌の表紙のようなイメージを感じ取ってしまう。


「どうぞ」

 断る理由も特になかった。恐らく、言葉少ない私を見かねて横にきてくれたのだと思う。この人は高校時代からみんなに好まれ、その期待に応えてきた人物だ。率先してみんなをまとめ上げてきた、今回の鉄板焼きのお店も予約し、クラスメートに連絡をとったのも彼、こういうのを幹事というのであったか。

 彼は私の隣に座ると、当たり障りのない会話を行う。


「大学どう?」
「どう、なんでしょうか。多分、みなさんよりは謳歌出来てないと思います」
「はは、なんか君らしい言い方だね」

 その私たちの会話を聞いたのか、周りの男子がひらめいたかのように言う。


「そういや、お前鷹閃大だったよな? 芸能人の知り合いとかいんの?」
「いえ、そういった人とは付き合いは」
「ちょっとスマホみせてくれよ」

 言うやいなや、テーブルの上に置いてあったスマホは奪われてしまう。咄嗟のことに反応できなかった私は、諦めの気持ちとともに、別にいいかと考える。御剣さんへの対策として、ロックはかなり厳重にかけてあるし、そもそも、見られて困るようなものは何一つなかった。私は、手持無沙汰に目の前にあるウーロン茶を口に含んだ。


「!? なんか水着の可愛い小学生の待ち受けなんだけど!? お前そういう趣味なの!?」
「ゲバラっ!!」

 口からウーロン茶が飛び出した。
 忘れていた、女よけとかいうよく分からない理由で、待ち受けの画面が勝手に御剣さんになっていたことを。勿論、変更しようと何度も試みたが、何故か変更できなくなっていた待ち受け画面を。


「しかもめっちゃ電話かかってきてるぞ!? 御剣 凛って表示されてるけど!?」
「ギッフェンっ!」

 やばい、電話するのを忘れていた。背筋が凍るほどの悪寒と、滝のような汗が止まらない。


「メッセージもヤバイことになってるぞ・・・? お前の彼女か? ッ!! お前美音ちゃんてまさか!? アイドルのか!? しかもなんだこのメッセージ!?」
「ちょっと返してください!!」

 それ以上は私の人権を侵害する恐れがあったため、彼の手からスマホを奪い返す。


 ロック画面には、御剣さんからの着信が17件ほど表示されており、メッセージに至っては、したにスクロールしなければ、全て表示できないほど送られてきている。その中に、堂島さんから、「おはよ、今日も大っ嫌い」というメッセージも表示されている。


 堂島さんとのファミレスの一件以来、こんなメッセージが届くようになったことを思い出す。彼女はあの会話を、義務を、律儀に守ってくれていた。それに対して私は、「ありがとうございます」と返し、堂島さんの「きもちわる」という内容で大半のメッセージは終わる。よく思い返せば、なんでこんなSMプレイのようなことをしているのか疑問だ。


「いや、君はよっぽど大学生活を謳歌していると思うよ?」

 生徒会長は引き気味に笑う。引かないでください、お願いします。


 その後は、どっちも繕ったような会話をしていた。それは、なぜだろうか、彼という人物が私にとっては尊敬すべき人で、自分よりカーストが上だからだろうか。答えは出なかった。割れやすいガラスを運搬するような行為の果てに、唐突に生徒会長は切り出す。


「そうだ、話があってさ」

 彼はそんな言葉を述べた。


 その時、私は、彼が私の横に来たのは、この本題の為なのだと、直観的に悟った。いつも人を引き付けて止まなかった生徒会長は、なんとなく悪巧みをしている小学生のような表情をしていた。瞳が爛々と輝いていた。嫌な予感がした。


「聞かなきゃ、ダメですか?」
「はは、なんか君らしい誤魔化しかただね。でも人の話は聞くべきだ」

 そういうと、彼は得たいの知れない言葉を吐き出す。


「二日後、合コンしない?」

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