ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな

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「顔色が悪い」

そこへ、奥の部屋からお盆を手にやってきた勇者くんが声をかけてくれた。
俺の前に、大粒の宝石が散りばめられた金ピカなゴブレットを置く。何コレ!?一杯数万円しそう。

「こいつに何か言われたか?…とりあえず、これでも飲んで。俺が育てた野菜の葉っぱで淹れたやつだけど、結構旨い」

金ピカの中には透明な液体が湯気を立てている。やや青臭いが、何とも素朴な香りだ。

「一息ついたら、俺で良ければ話を聞く。何か困ってるんだろう?ここで会ったのも何かの縁だ、一緒に考えよう」

勇者くんは少女と自分の前にもお茶の器(こっちは普通のコップだった)を置きながら、なんて事ない様にそう言った。表情は変わらないが、緑色の瞳が真摯にこちらを見つめている。
俺にはその姿が、後光がさして見えた。

今確信した。この人はめっちゃいい人だ。
迷える人々に希望と勇気をもたらす勇者様だ。
ああ……これが勇者か。今日から俺、この人のファンになる!

「なんじゃあ?青くなったり赤くなったり……気味悪い奴よの」

少女ボスが呆れた様に俺を見て言った。

「それより何じゃ、その趣味の良いコップは。何故わしのより豪華なんじゃ?」
「この間拾った。お客さんにぴったりだろう」
「……それは茶を飲むのに使うモノではなかろう」

勇者くんの淹れてくれた素朴な金ピカ茶で一息入れると、少しずつ落ち着いてくる。スーッとするほうじ茶みたいで美味しい。ゴブレットに指紋が付いてしまうのがどうしても気になるが。

ふと自己紹介がまだである事を思い出し、俺は切り出した。

「今さらですが、お二人の名前を伺ってもいいですか?俺は島屋というものです」
「わしに名などない。不要じゃ」
「ラスタだ。よろしく」

勇者くん改めラスタさんは、辺境の村で生まれ育った。6年ほど前に村を発ち冒険者をしている内、やがて勇者と呼ばれる様になったそうだ。

「21か…俺の四つ下だ」

10代後半かと思った。言わないけど。
見た目はほっそり体型だし、3つも属性が使えると言うなら魔法使いさんなのだろうか。

「ん?魔法使いだったか?お主」
「剣士だ」
「おー、そうじゃったよな。お主の持っておったあの剣、あれは見事じゃった。何処にしまったか忘れたが」

剣士さんだった。やはり勇者だ。体力が満タンなら、剣からビームが出せるのだろうか。いつかそれとなく聞いてみよう。

ラスボス少女に敗北したのは、大体2年ほど前。時間の感覚が無いから、正確には分からないそうだ。
そんな年単位もの間、どうやってライフラインもないこんな場所で暮らしてきたのだろう。たずねると、食料はこの魔境にいるモンスターを倒して手に入れているらしい。

ダンジョンでモンスターを倒すと死体は消えてなくなるが、代わりに「ドロップアイテム」としてその魔物の一部が出現するらしい。加工された状態で。
なんか、本当にゲームの中の世界みたいだなぁ。

それで肉が手に入る。野菜はその辺で育てており、土に埋めて数日で収穫できるものもあれば、芽すら出ない物もあるという。
飲み水は、元々ラスタさんが持っている魔法の水筒で飲み放題。彼はかつて世界のあちこちを冒険して、他にも色んな便利アイテムを多く所持している。そうして、安定したリタイア生活を送れているそうだ。

それでも、不便に違いない。世捨て人同然の生活を、2年なんて。
俺が首を傾げると、彼は静かに「気楽に勝るものはない」と言った。

「フフフ!なんと負け犬らしい台詞よ!勇者の重圧というモノか?良いではないか」

お茶をずずず、していた少女ボスが嘲るように笑って言った。

「諦め投げ出した所で、何だというのだ。こやつは真の勇者などではなかった。それだけの事じゃ」

俺には何とも言えないので、黙って二人を交互に見る。
元勇者くんはどこまでも無表情で、少女ボスはひたすら愉しそうだ。

「…その通りだ」

何の感情もこもらない声で、ラスタさんが呟いた。

ーーー

要するにラスタさんは、RPG終盤で魔王に挑む前の勇者様なのだった。ステータスつよつよ、アイテムも飽和気味。いいなぁ、チートじゃん。

そんなぶっ飛んだ生活力の無い俺は、是非とも地上に帰還したい。じゃなきゃ生きていけない。
そんな旨を相談すると、もう一度あの車を鑑定させて欲しいと言われたので俺はすぐさま車の元へ戻る。

ここで緊急事態が起きた。車が影も形もなくなっていた。

「ウソォーーーッ!?」
「…おい、お前なんかしたか?」
「あん?知らんのう……ああもう、鬱陶しい。しとらんったらしとらん、本当じゃ!」

ラスタさんが真顔で人さし指を少女ボスに向けると、パチパチと輝く光の球が次々と現れ、少女へ飛びかかって行った。彼女はそれをハエのように追い払う。
初めて光の魔法を目の当たりにしたが、今はそれどころじゃない。

「ぬ、盗まれた!?誰に!」
「リビングメイルあたりが鉄の馬と思うて連れて行ったのではないかー?」
「いや。探知に引っかかった跡がない。シマヤ、さっきクルマに何かしてなかったか?」
「へ?さっき?」

真っ白になりつつある頭で考える。何した?カギかけたくらいだ。
俺はポケットからカギを出した。

「ド、ドアにカギをかけたけど…それくらい」
「鍵?」
「あ、ハイ。こうやって」

アンロックのボタンをポチッと押してみせる。

するとガチャリと音がして、目の前に車がスーッと現れた。何事もなかったような顔をしてそこにある。

「良かったな」
「よ、良かったけど…!」
「落着だの」
「落着だけど…!」

どういうこっちゃねん。人騒がせな。
俺はその場で車を消したり出したりを繰り返してみた。さっきは気づかなかったが、ロックをかけるとその場から消えるようだ。
暫く繰り返していると、どうやら車は見えなくなっているわけではなく、本当に消えてしまっているのだと判明した。
この際、色々と検証してみる必要がありそうだ。

数時間後。

「ふむふむ、つまりこいつで鍵をかければ、お主はクルマを持ち運びできるし好きな所で出し入れもできる、というわけじゃな?」
「返して……」

穏やかに晴れた空の下、ラスタさんの家から少し離れた街の広場で、少女ボスは俺から奪った車のキーをひらひらと掲げた。

買ったばかりでキーホルダーの一つもついていないカギは、ひどく頼りなさげだ。しかし、絶対に紛失するわけにはいかない大事な物であることが判明した。…あれ、それは元いた世界でも同じか。

「こいつが失せ物になった時が、お主の運の尽きというわけだ。ポーイ!」
「わーー!」

少女ボスは無邪気に笑うと、あろう事か全力で振りかぶって俺のキーを放り投げる。もうこのクソガキ、本当に勘弁して。

「何すんすか!」
「何もかにもあるか、魔境のボスのお仕事じゃ。これで帰り道は無くなったも同然…あとはゆっくりとここで暮らして、くたばるのだ」

小柄な見た目に反し凄まじい肩の力を思わせる軌道を描いて、キーは飛んでいってしまっていた。俺は慌てて駆け出そうとするが、ふと片手に違和感があって、握っていた右手に目をやる。

「?……あれ」
そこには飛んでいった筈のキーがある。どういう訳か、無事に戻ってきてくれたのだった。

「こ、これは、家に置き忘れても取りに戻らなくて済むやつだ…!」

異世界の紛失防止仕様すごいな。なんでもあり。便利便利。
じとー、と不満タラタラに睨んでくるクソガキ少女ボスを無視して、ホッと胸を撫で下ろす。
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