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1章【王都防衛迎撃作戦編】
第63話・護るべきもの
しおりを挟むそんなこんなで、俺は目的の場所へ到着した。
東通りに繋がる広場を魔力感知で探ると、ギルバートらしき反応を発見する。近付いてみると、『お忍び』というワケなのか、彼は黒色の外套を身に付けていた。
「──うむ、早いな。流石はサンクイラ君だ。鼻がいい」
シガーの吸殻を懐へ片付け、ギルバートは後ろで手を組む。
マナーなのか、喫煙中は自身の周囲に結界を張っていた様だ。
随分と器用な事が出来るなと思ったが、よくよく考えれば彼はギルドマスター。ある程度の実力はあって当然か。
「それで?ギルさん。“約束”っていうのは?」
「む?君が忘れてどうするのだ」
「へ?」
あれ?予想と違うリアクションだ。
てっきり、“約束がある”と適当な理由を付け、サンクイラに俺を呼びに行かせたって思ってたんだが⋯⋯。
「す、スンマセン。約束ってなんでしたっけ?」
「⋯⋯ふむ。まぁ、そうだな──」
言葉を区切り、ギルバートは空を見上げる。
何か考えている様な表情を浮かべた彼は、数秒後、静かに視線を此方へ向ける。
そして、僅かに口角を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「──腹は、減っているかね?」
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と、言う訳で。
ギルバートと初めて会った時に交わした、『美味いもん食わせてくれ』という要望を、彼は叶えてくれた。
いやはや、マジですっかり忘れていたな。
お陰で、なんかちょっと得した気分だ。突然、呼び出されたかと思えば、こんなもん食べれるなんてなぁ。
「──ヘイ、お待ち!」
大将に出されたソレを、俺は素早く口へ運ぶ。
甘くとろける油と、程よく酸味が効いた米。そして、なんといっても、全てを香ばしい風味で包んでくれる⋯⋯醤油!
「まさか、こっちで寿司が食えるだなんてな⋯」
サーモンの握りを平らげ、俺は感傷に浸る。
ぶっちゃけた話、この店の寿司に特別性は無い。ネタの鮮度もシャリの甘みも、何か意識させれる様な物は無い。
⋯⋯だが、半年以上は口にしていなかった寿司だ。
流石に、流石に効きすぎる。思い出による補正が強すぎるぜ。
特に、醤油に関しては、これオンリーでも泣かされそうだ。
「⋯⋯なぁ、大将?突然なんだが、米と醤油って買わせてくれたりしないか?」
「難しいな。ウチの食材は『特殊なルート』でしか手に入れられないんだ。⋯だがまぁ、気に入ってくれたんなら嬉しいぜ。
いつでも来てくれよな!」
ぐくぬ⋯⋯。
ダメ元で聞いてみたが、やっぱり厳しいかー。そうだよなー。
『特殊なルート』とやらも聞いてみたいが、流石にしつこいと怒られるよなあ。寿司握ってくれなくなっちまう。
「──気に入ったか?」
ガラリと、店の扉が開く。
外で一服してきたギルバートが、俺の隣へと座った。
「よく、こんな店を見つけられたッスね?」
「まぁ、年寄りの勘というヤツだな」
「⋯生魚とか、抵抗無かったんスか?」
「ふむ、最初はな。⋯だが、“良さ”を理解できれば、これほど素晴らしい食物はそうそう無いだろう」
そう言いつつ、ギルバートは〆鯖を注文する。
見かけ通りチョイスが渋い。あれば、ガリも気に入りそうだ。
「まぁ、戦の前の景気付けだ。堪能してくれ」
「任せろ」
茶を啜るギルバートを横目に、俺は寿司を楽しむ。
ただ、その最中。ある大きな疑問について、俺は考えていた。
(──一体、誰がコッチの世界に寿司を⋯?)
チラと、俺は店の大将に視線を向ける。
見たところ、日本人の様な顔付きはしていない。丸坊主なので髪色などは分からないが⋯。恐らくは転生者ではないだろう。
⋯いや、若しくは、俺と同様に“肉体が変わっている”というケースも考えられるか?うーむ⋯⋯。
「大将、スマホって知ってるか?」
「すまほ⋯?なんだい、そりゃあ?」
「⋯⋯いや、間違えた。サーモン、握ってくれ」
「あいよッ!」
ふーむ、成程。
大将は転生者では無い、と。そうなると、大将に“寿司”という食べ物を教えた人物が居るのか?⋯まさか、コッチの世界で、たまたま寿司が生まれていたとかか?
⋯いや、その可能性は少ないな。
魚の生食自体なら納得できるが、やはり“醤油”は無理がある。
誰かしらが、どうにか作り出したに違いない。
⋯っと、ここまで話が来ると、疑問が増えてくるな。
今は寿司に集中したいし、気になる事は後で考えるとしよう。
「大将、酒を頼む」
「あいよッ!ギルドマスター様からの注文だ、とっておきを用意するぜ!」
「ハハ。今は、単なるジジイだよ。お手柔らかにな」
日本酒──の様な酒──を、ギルバートは嗜む。
老年の男が中心となるその光景は、見事な絵画だと錯覚してしまう程に見惚れるものがあった。
「──どうかね、君も」
俺の視線に気付いたのか、彼は酒の瓶を此方へ傾ける。
「⋯はっ。単なるジジイが、一升瓶を片手で持てるかよ」
大将から盃を受け取り、俺はお酌を受ける。
静かに酒をあおると、甘く上品な香りがふわりと鼻を抜ける。
俺は目を瞑り、喉の奥から温かい感覚がゆっくりと登ってくるのを感じ取った。
「⋯美味い」
「あぁ、美味い。良い酒だな」
盃を掲げ、ギルバートは溜息を零す。
互いに酒を飲み干し、顔を合わせる彼と俺は、ごく自然に2杯目を盃に注ぐのだった。
「これは、長酒になりそうだな」
「フッ、その通りだ。悪いが、この老耄に付き合ってもらうぞ?」
「ハハ⋯望む所さ」
頬を緩め、俺は盃を掲げる。
王都の夜に、俺はギルバートと肩を並べ、酒をあおるのであった──⋯
「⋯──そうか。君は後方支援になったか」
そして、2時間ほどが経過した頃。
程良く酒が入った俺は、今日の出来事を語り出していた。
「そぉーなんだよぉ。コーホー支援!全く冗談じゃねぇぜ!」
⋯あくまで、『程良く』だ。
全然、酔ってなどいない。少し呂律が回らなくて、机に突っ伏しているだけだ。いやホント、酔ってないから。
「そこまで言うのならば、君が前線に出れるよう、ハクア君に私が伝えておこう。仮に後方側が突破されたとしても、王都防壁の防衛機能で迎撃が可能だ、とでもな」
「それはそれでイヤだっ!!」
「⋯ふむ。それはどうしてかね?」
「ぼーえーきのーってのにも、人員がいるだろぉ?それに、そこも抜かれちまったら、マジで終わりだし!!」
机を拳で連打し、俺は頭を振る。
つまるところ、ギルバートは『コッチが仕事を頑張るから、好きに遊んで来いよ』って言ってる様なもんだし。後方側が抜かれないにしろ、アイリスやツエン達の仕事が増えるのは確実。
そこまでして前線出たいなんて、俺は望んでねー!
「──『対魔王』についての政策は聞いているかね?」
「んん⋯?ギルドランカー達に、受けれるクエストの制限をかける事で、戦力を温存しようってヤツぅ?」
「その通りだ。今回の迎撃戦も、『大規模クエスト』という扱いなのは知っているだろう?つまり、ゼクス・ツエン以外の冒険者達は手出しが出来ない状態だ」
「なんで急にその話を⋯??」
「まぁ、ザックリと言おう。この『大規模クエスト』と『王都への魔物の侵入』が別問題、という事は分かるだろう?そこでだ、万が一防壁すら抜かれてしまった場合は、どうなるのか。
考えた事があるかね?」
う、うぅん?なんだこのジイさん?
いきなり難しそうな話を初めて、何言いたいか分かんねーぞ。
「結論のみ教えよう。『王都への魔物の侵入』は、クエストではなく、単なる『襲撃』だ。『襲撃』があれば、王都内の冒険者が出張るのは当然だろう?」
「そりゃあ、そうだろうな」
「──つまり、『クエスト』という扱いから除外された状況であれば、王都のギルドランカーも実質的に戦力になる、という事だ」
「⋯えっ」
ピタリと、俺の時間が停止する。
『そんな手があったが』と思う反面、『アンタがそれを言うのかよ』と言いたい所だ。
「フフ。まぁ、ギルドマスターの言葉ではないだろう。笑ってくれて構わん」
「いや、その⋯⋯」
「──正直、私は規則などどうでもいい。⋯だが、この街だけは、何としても護りたいのだ。君が最良の形で迎撃戦に望めるなら、私はどんな案であろうと聞いてやるぞ」
成程、随分と期待されているらしい。
やる気のない俺を後方に置くより、やる気満々の俺を前線に置いた方が被害を抑えられると⋯、そういう事だろう。
万が一、後方が抜かれても大丈夫だと。
だから、お前は前線で好きな様に暴れて来いと。
ギルバートは、俺にそう言っているのだろう。
「──50年ほど前の話だ。
この街が、とある巨大な魔物に襲われた事がある──⋯」
⋯──当時は、防衛機能がまともではなかった。
それどころか、名も知られていない様な、小さな街だったな。
ある男が魔物を打ち倒し、彼の功績と共に街の名が広まった事で、凄まじい速度で発展。当代の王が、城を築いて王都となった。
まぁ、その話はどうでもいい。
その、魔物を倒した男。
彼は元々、この街で冒険者をやっていた。
名も知られず、優秀な力も無く、他人に勝る勇気も無かった。
俗に言う、凡才というやつだ。
⋯⋯いや。そう言えば聞こえはいいが、実際はただの無能だ。
だが、そんな男が平凡に過ごしていたある日。魔物の襲来があった。
街で戦える物はごく僅か。
否が応でも、戦うしかなかった。
⋯⋯本当はな、逃げ出そうとも考えたよ。
しかし、見てしまったのだ。戦う事すら、逃げ惑う事しかできぬ者達の姿を。
私は思った。
『俺が護らねば、誰が彼らを』とな──⋯
「⋯──結果的に、魔物を倒す事には成功した。その後は、先の説明の通りだ」
「⋯何故、その話を俺に?」
「分かるだろう?私も、もう年寄りだ。若い者に全てを託して、後は傍観するしか無い。ならば、せめて本心から彼らを、君を信じてみたいのだ」
「ギルバート⋯⋯」
真っ直ぐな眼差しで、ギルバートは俺を見る。
体勢を此方へ向け直した彼は、両膝に手を当て、そして軽く息を吸い込んだ。
「戦うすべを知らぬ人々の為に、どうか全力で戦って欲しい。
こんな老耄の願いを、どうか聞き届けて欲しい。そして、どうか──」
「分かった」
頭を下げる勢いの彼の肩を、俺は静かに叩いた。
ギルバードが伝えたい事は分かったし、これ以上の事をするのは、ギルドマスターとして野暮ってモンだろう。
「嫌とは言ったけど、断るとは言ってないし。1匹もソッチに行かないよう、後方でしっかりと護るさ」
「銀槍竜⋯」
俺の台詞に、どこか安堵した様子のギルバート。
本当に頼りにされているらしく、少し恥ずかしくなった俺は、照れを隠す様に別の話題を持ち出した。
「──紅志だ」
「⋯君の、名前かね?」
「そうだ。⋯兎に角、俺に任せろ、ギルバート」
そう言って、俺は右手を差し出す。
意図を理解したのか、ギルバートは同じく右手を伸ばした。
「では、頼んだぞ。紅志」
「あぁ⋯!!」
握手。
固く、強く、互いの思いが詰まったそれは、王都の夜にしっかりと握られるのであった。
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