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第三章 王都への旅路

第十四話 ヒルダの夢の中

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「ねえねぇ、なんか言った?」

 強引に握らされた小さな袋を開けながらヒルダが小さな声で問いてきた。

「何も言ってないよ、気のせいじゃないか?」

 内心で思った事を口に出してしまったかと焦った。
 何かで繋がっていると感じたが、それだけなのだ。

 ヒルダもそれに興味を失い、直ぐに次の事を始めた。
 それを手の平に出すと、銀色に輝く銀貨十枚と赤い小さな宝石が埋め込まれた煌めく金色の指輪が現れた。

 銀貨を仕舞い、指輪を摘まんで”まじまじ”と見つめる。
 武器と防具を扱い、さらに拳で相手を殴る、そんな戦いをする彼女は指輪をしていては壊れたり、それで自らに怪我を負うことを恐れて身に着けない。
 だが、綺麗に光り輝く貴金属が嫌いなのでは無く、いつかは首から下げお守りの様に持ちたいと願っていた。それが手の中にあるのだ。

「ねぇ、見て見て。いいでしょ~」

 エゼルバルドの目の前に摘まんだ指輪を出して”にへら~”と笑顔を見せる。偶然手に入った指輪をただ単に自慢したいだけだった。

「如何した?何処で貰った」

 今まで一度も見た事が無い奇麗な指輪が目の前で輝いていたのだ。

「ひ・み・つ!……と、言いたいけど、さっきの人達から貰った袋に入ってたのよ。まぁ、情報料と口止め料ってところかしらね」

 大事に袋に入れると、腰の鞄に仕舞い込んだ。エゼルバルドもそれを如何しようとも思わないが、情報料と聞き少し悔しい思いを滲ませた。



 その後、事件や襲撃は無く、無事に渡し場へ馬車は滑り込んだ。到着は翌日の日が西の地平線に掛かり始めた頃だった。
 二人は馬車を降りると口止め料を握らせ、宿場町のワークギルドへ足を向けた。

「どうも。まだ大丈夫ですか?」

 ワークギルドのドアを潜り、人がまばらになった室内でカウンター越しに声を掛けた。
 エゼルバルド達のお腹が鳴りだす頃で、この時間なら宿に入り、夕食に舌鼓を打っていても良い時間である。

ふぁいはいふぁいはい、まだ大丈夫ですよ」

 奥の事務室からキャリルがひょこっと出てきた。誰も声を掛けぬと、靴を脱いで寛いでいたと見られ、出て来た彼女は踵を踏みつけ”バタバタ”としていた。
 さらに、何か食べていたのが口が”もごもご”と小刻みに動いている。小腹が空く時間帯であり、それをどうこう言う積りは無いが、カウンターに人が来ているのに口に物が入っているのはどうなのかとヒルダは思った。

「なにを食べているんですか?」

 お腹が減ってきたヒルダは、キャリルの口に入っているものが気になって仕方が無かった。

「ちょっとおやつにドーナツを……って、ごめんなさいね~」
「ふふふ、一つで黙っている事にしますよ」
(ちょっとヒルダ、それはどうなの?)

 エゼルバルドが耳打ちをするが、ヒルダを制止させる事は出来なかった。
 そして、内心で両手を上げ諦める事にした。

「依頼が、処理をお願いします」

 ヒルダの行動を無視し、サインが書かれた依頼書をキャリルに提示する。
 その依頼書をキャリルが舐める様に視線を通すと、”うんうん”と頷き、完了印鑑をドンッと押印し手続きを終わらせる。

「はい、終わったわよ。あ、ちょっと待っててね」

 一度、奥の部屋にキャリルが入る。そして、小さな包みを抱えて戻ってくると、その包みをヒルダに、報酬の入った袋をエゼルバルドへと渡した。

「実は作り過ぎちゃって、どうしようかって考えてたの。一つと言わず全部、食べてね」

 ”パチリ”と肩目を瞑ったキャリルからその包みをヒルダは受け取ると、早速包みを開いて口に入れていた。ほんわかと熱を持っていたそれは、出来たばかりで湯気を出して、揚げた油の匂いが何とも言えぬ良い匂いを出し、涎を垂らしそうになっていた。

「それじゃ、遠慮なく。キャリルさん、お元気で」
「それでは」

 キャリルに別れを告げると、二個目のドーナツを口入れながらワークギルドから出て行った。



「さて、スイール達は何処に泊まってるのかな?」

 依頼完了の報告を終えた二人はスイール達に合流しようとしたが、何処で合流するのかを決めていなかったと思い出した。そんな簡単な打ち合わせもしていないと自己嫌悪に陥る二人だったが、考えても始まらないと、疲れを癒そうと夕食と宿を探すことにした。

 そして、探すのが面倒だったので、初日の泊まった宿へ入ってみた。運が良い事に二人部屋が一つだけ開いていたので、二手に分かれるのも面倒だと直ぐに泊まる手続きをした。
 一度、荷物を部屋に置き、宿に併設されている酒場兼食堂へ向かい夕食にありつく。
 テーブルに着いて、ぐるりと食堂を見渡すが、スイール達の姿を見る事は出来ず、他の宿に泊まっていると見られた。

「それにしても、あの騒ぎは終わったのかな?川の中で”バチャバチャ”と暴れた獰猛な巨大魚、いなくなったと思う?」
「ん~~~、まだだと思うなぁ。明日には変わってるといいなぁ」

 夕食を食べながら二人が話しているのは、河の中間で暴れていたピラゲーターの事だった。氷の塊を浮かべて流したら、その群れが襲い掛かり氷の塊が跡形も無く消え去り、見ていた全ての人々に恐怖を植え付けたあの群れの事だ。

「あれって、おいしいのかな?一匹、釣り上げたいな~?」
「え~、釣るの~?絶対、体に寄生虫がいるって。しかも糸も切っちゃうんじゃない」
「あ、そりゃダメだ。諦めるかぁ」
「そうそう、それがいいよ」

 いかにしたら釣り上げられるかと、駄目で元々と話し合っていると顔を赤らめた酔っ払いが二人のテーブルに近づいてきた。

「おう、あんちゃんたち、気前がいいな。奢ってくれよ」

 成人したてと思われると、すぐ絡んでくる大人を二人は毛嫌いしていた。その殆どがヒルダ狙いであり、その都度”ボコボコ”にしていたのだ。また今度も、同じでは無いかと怪訝そうな顔をするのだが……。

「はっはっはっ、いきなりすまんな。ピラゲーターが食えるかって話をしてたんじゃねぇのか?」

 酒の入ったジョッキを手にして上機嫌な男は、二人に会話に強引に入って来た。
 そして、二人の席に何処からか持ってきた椅子で座り、ドンッとジョッキを置く。男の仕草から、すでに大量の酒を飲んで、しっかりと酔っ払いになっていた。
 それでも呂律が回らなくなる事も無く、しっかりとした口調を保っているのが珍しい。普通ならこれだけ酔っぱらうと悪酔いしてそうなのであるが……。

「そうですね。群れの中から一匹釣り上げようと思ったんですけど、糸を切られそうだから無理だって話になったんですよ」
「そりゃぁ、ちげぇねぇ」

 ジョッキをグイっと傾けると、酒を喉に流し込み、話の続きを口にした。

「河口付近だったら食えるぜ。まぁ、ここじゃ無理だ。と言うわけで探してみるこった。王都でも食えるぜ。それにしても、嬢ちゃん、別嬪べっぴんさんだな。オレもあんたみたいな可愛い娘が欲しいぜ。邪魔したな」

 言いたい事を言い放って、颯爽と次のテーブルへからみに回って行った。流行りの飲み方なのかと怪しむが、ただののんびりした親父なだけかと二人は結論付けたのであった。

「王都での楽しみが一つ増えたな。一応、メモしておくか」

 ピラゲーターが食べられるとメモを取った所で夕食を終えると、馬車移動で疲れた体を休めるべく、部屋へと戻って行った。



 夜が明けると生憎あいにくの気持ちが沈む天気だった。
 窓を叩く雨粒がその日の天気を教えてくれた。
 その雨粒が窓を叩き付け、否応なしに目覚ましの代わりとなり強制的に人々を起こして回った。ある者は意に介さず、そのまま毛布に包まり、またある者は恨めしそうに天を睨むのであった。
 エゼルバルド達は前者であり、まだベッドから起き上がっていなかったが、それを拒むものが現れ、強制的に起こされた。

「う~、腹減った。さすがに食わないとやってられないな~」

 空腹に耐えかねて起き上がるしかなかった。それに合わせて生理現象も同時に来る。
 隣のベッドではヒルダがスースーと寝息を立てて、一向に起きる気配が無い。
 エゼルバルドはベッドから立ち上がると部屋のカギを持ち、ドアから外へと出てトイレに向かう。

 途中、酒場兼食堂をちらっと覗くと、すでに出来上がって顔の赤い宿泊人が”チラホラ”見えた。天気が悪く仕事をする事が出来ない憂さ晴らしであろう事は誰にでも変わるだろう。ただ移動するだけの自分達は幸せな存在なのだと、つくづく感じる光景だ。

 それにしても、酒を憂さ晴らしの道具にしかできないのは可愛そうとエゼルバルドは考えている。剣を振るい、魔法を使い、読書もして、他には一年だが畑を耕したりもした。
 他に興味を持てる趣味をすればもっと楽しくなるのにと思うのだ。

 用を足して部屋に戻ると、ヒルダが”ぼさぼさ”の頭のまま、”ぼー”っと何かを見つめていた。起きてはいるが”心ここにあらず”、そんな顔をしている。いつもの事だと気にはしないのだが、今日はちょっと様子がおかしい。何か夢でも見ていたのか?

「おはよう、ヒルダ。まだ夢の中か?」
「……あ、おはよう……」

 様子が可笑しい、大丈夫だろうか?と、ヒルダを見つめる。

「……何でもない!!」

 見られているのがわかると、毛布を頭まで被り再びベッドの住人へと戻ってしまった。

 毛布を被ったヒルダは、顔を真っ赤にしていて、これだけは見られたくないと必死だった。何を必死に隠したのかは、彼女が見た夢に原因があった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ヒルダは四方を真っ白な壁に囲まれた小さな部屋にいた。

 あるのは観音開きの出口が一つだけ。装飾は少ないが、神様の加護がかかっているのか眩しいくらいだ。傍らにはブールの街にいるはずの神父とシスターがニコニコした表情を見せていた。二人は必要な事を教えてくれた大恩人だ。

「「おめでとう!ヒルダ」」

 祝福されている?”えっ”と自分を見ると、大きく開き大胆に強調された胸元、腰のくびれを最大限に出すデザイン、綺麗なバラのレースが美しくあしらわれた純白のウェディングドレスを着ている。その色は部屋と同じだった。
 ベールを被り、履き慣れぬ高さ十センチもある真っ白なヒールが足元に見える。

「わたし、何しているだろうか?」
「何って、結婚式だろうが。お前の!」

 いつも通りの口調でシスターが”何を言ってるにかね、この子は”と呆れ顔を見せた。

「さぁ、新郎を待たせてはいけない。そろそろ行こうか」

 神父とシスターに左右から腕を組まれ、ふかふかの赤い絨毯の上を進みだす。
 眩しく輝くドアが手も触れずに開かれると、そこは豪華にして華やかな教会に続いていた。赤い絨毯の左右には沢山の参列者がシートに座り、ヒルダ達を注視している。

 ヒルダの姿が現れると、その場は拍手の嵐に包まれた。
 皆が打つ、祝福の拍手の嵐を、だ。

 バージンロードを進もうとするが一歩が踏み出せない。
 ”何時もの元気はどうした?”とシスターに促され、ようやく一歩を踏み出す。そして、一歩、また一歩と赤い絨毯に足跡を付けて進む。

 壇上には白いスーツに白い蝶ネクタイ、そして胸には綺麗な赤い花が飾り付けられている、夢の様な男性が待っていた。だが、顔を見る勇気は無かった。ヒルダは今も思っている人がいる。その人であって欲しい、と。

 胸がドキドキする。
 私の相手は誰なのだろう。

 壇上に新郎と新婦がそろう。
 その気持ちが最高潮に達した。

 意を決し、新郎の顔を見ると良く見知った、いつもの顔がそこに見えた。
 あぁ、なんて幸せなのだろう。
 この時間を永遠にしたい。

 新郎が彼女のベールをそっと頭へと乗せる。
 二人は見つめ合い、甘い世界が訪れる。
 彼女の顔に新郎がだんだんと近づく。
 ヒルダがそっと目を瞑り、甘い世界の中でも、最も甘い時間が訪れようとしていた。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その時、”ガチャリ”と鍵の外れる音がして、夢から覚めたのだ。
 夢の内容を思い出しただけで思わず赤面してしまったのだ。そんな事を、同室の異性に話せるはずがない。それが幼馴染のエゼルバルドだとしても、だ。



 しばらく、毛布を被っていたヒルダは思い切って起き出す。
 毛布を”えいっ!”と跳ね飛ばし、髪を手で”ぐちゃぐちゃ”とかき乱す。後でブラシをかけるからいいのだ、と。
 隣のベッドには、着替え終わって読書をしているエゼルバルドが見える。心を乱さぬ様に平静を装い、着替え始める。十年以上一緒に住み、着替えもしている仲だ。今更、着替えを見られても恥ずかしくはないのだが……。

「ん?着替えるなら先に食堂に行ってるよ」

 ヒルダにしてみれば、気が利くのか、鈍感なのか、まったくわからない。気持ちに気が付いて欲しいとは思うが……。
 そのうち、話をしてみたいと思っている。



 食堂に来たたエゼルバルドは二人掛けの席を探し、そこを占領する。朝食のメニューはいたってシンプルだった。主食のパンと根野菜など細かく切ってを卵で閉じたスクランブルエッグ風の料理の一種類のみ。スープと飲み物がオプションだ。
 二人分の食事とオプションのスープと温かい飲み物を注文する。
 ヒルダが来るまで時間が掛かるはずなので、少し時間が経ってから運んで貰うようにと注文時に頼んでおいた。

(妹みたいだと思っていたけど、いきなり着替え始めるのはどうなんだろうな?まぁ、見慣れてるとは言え、あいつも女だしなぁ……)

 エゼルバルドもヒルダの存在に悩み始めていた。
 妹みたいな存在と思っていたが、事情を知らない他人から見れば恋人と見られたのだ。いったい、自分はヒルダの何なのか?それとも、自分の知らない存在になったのか?
 ニコラスから言われた言葉が今になって頭を駆け巡るとは思いもよらなかった。



「お待たせ!待ったよね?」

 十分ほどでヒルダが食堂に姿を見せた。髪をかし髪留めで纏めただけのシンプルな装い。たった、それだけなのだ。口に紅を引くことも、頬に色を付ける事も何もしていないのだ。
 貴族などの様に化粧をし、着飾り、髪を乗せる、そうすれば人目を引くことは分かる。だが、そうしなくてもヒルダには十分、人を惹き付けるだけの素質はあるのだ。

「思ったより早かったよ。朝食を食べてスイール達を探しにいこう」
「そうね。雨が降ってるけど、きっと渡し場にいるわね」

 冷たい雨の中を歩く事を考慮し、多めのパンと暖かい飲み物で体を温めると、宿を引き払い冷たい雨の中へと出て行った。
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